さて、さて。
閲覧数は、まあまた落ち着きを見せている。
美女は、ちょっと顔を出し、またどこかに去って行った。
「仕事せ〜よ〜」と笑顔で言い残して。
美女に言われなくても、仕事、したくなったらします。
ほっといて〜。
年末年始を過ごした、夫の実家を短時間、覗いた。
集合場所が夫の実家だったため、わたしは2時間かけて、えっちらほっちら向かった。
夫を待つこと1時間。
その間に、実家のあちこちをチェックして回った。
年末年始に出た、プラゴミや、燃えるゴミ、不燃物ゴミ、カンビンなど、再生ゴミ、捨てるゴミは、正しい場所に移動され、全てキレイに処理されていた。
布団、シーツなども、所定の場所、場所に、きちんと収められていた。
管理を委託している人の仕事ぶりは、100点だった。
仕事が早い。2週間で完璧。
が、前任者から申し送られ、引き継がれているのだろうが、あんなにいちいち全部、(遠く離れた)元の場所に収めなくてもよいと感じた。
1シーズン、一度きりの利用を想定されているのだろうが、万が一、もう一度、泊まることにでもなれば、また一から、引っ張り出さなければならない。
まあ、何回も泊まることはないので、別に構わないのだが。
それはそれとして、、、
あんなに賑わい、皆んなが集まっていた家に一人いると、しーんと静まり返り、つわものどもが夢の跡、、、の気分だ。
カーテン越しに太陽の明かりが薄暗く入る寒い室内。
(カーテンは、わたしが閉めたのだが)
なぜなら、日中、雨戸がタイマー開閉され雨戸が開いている間、外からガラス越しに室内が見える。
中からカーテンを閉めると、覗き込まれ見られていても、わからない。
中で異変が起きて人が倒れていても見えないが、鍵を開けて入って来る人だけに異変を発見してもらいたい。
留守宅の室内を(ご近所の)他人さんの目には触れられたくない。
いるのだ、そういうご近所さんが。
勝手に人の家にズカズカ入ってくるのは、地域の特色のようなのだが。
それはさておき、、、
やはり、家は器ではあるが、人が集ってこそ。
誰も居ない室内は、どんなに趣向を凝らそうが、虚しいものだ。
去年のリフォームで、玄関ドアを新しくしたのだが、趣味が良くなかった。
自分で選んだので、誰にも文句は言えない。
苦笑い、、、。
もっと真剣に探せば他にもあっただろうに、気力が萎えていて、勧められるいくつかの中から何でもいいやと適当に選んだ。
外観はどれもこれも、気に入らなかった。
まあ中が良ければそれでいいか、、、と自分を慰めたが、中に入れば、全く活気のない、温かみのない、人の気配がしない、無機質な部屋。
居住していないということは、そんなものだろう。
昨日のTV「ポツンと一軒家」で、紹介されていた人里離れた山奥暮らしの男性。
夢に描いていた、山に別荘を建てて友人達をたくさん呼んで飲食、宿泊でワイワイおもてなしをする願いが叶えられた。
頑張るねえ、、、と思った。
わたしはその気、なし。
気力もガッツも体力もない。
さすがにTVの人も旬は過ぎて、今はごく限られた数少ない人をお招きして楽しんでいるそうだ。
若い時は体力も夢も溢れかえっているから、やる気満々だったのだろうと活躍を安易に想像できる。
わたしはそもそも社交性がないから、人を大勢お招きする趣味がない。
その時期を最初から抜かして、家族だけで集う。
家族も度々集わなくても、良い。
もっと老齢になって、自分だけが、ひっそり、ひとりで楽しむこともあるだろう。
それでよい、、、
が、管理は子供たちには重荷だろう。
自分で管理できなくなった日が、夢の終わりの日。
この度、わかったが、次女の夫は、食器が好きで器に興味を示していた。
長男は昔々、若い頃は、古いものが詰まった夫の実家をレトロ・テーマパークだと面白がっていた。
今は多分、仕事で余裕がないと思うが、リタイアしたらゆっくり眺める楽しみが残っている。
そうやって歴代の人々は、リタイア後の楽しみをお取り置きしていたものの、やはり毎日の暮らしに追われて、楽しむことができなかった。
(ちなみに、夫は、元々そういう分野にはまるっきり全く何の興味もない)
わたしも、息子も同じ流れになりそうだ。
というより、いっさいがっさい、家ごと全て廃棄される可能性もある。
更地になって、スッキリ。
それが、長年、強制的に受け継がされる者たちは夢に描いていたカタチかも知れない。
夫の実家のご近所に、見事にキレイさっぱり(奥の一棟だけを残して)更地にした家がある。
年末に近所でお会いした時に、「キレイにされましたねぇ」とわたしが言うと「キレイに何もなくなったでしょう?!」とにこやかに奥さんが仰っていた。
うちの場合も実際にはどうなるのかは、未来の子供たちを見ないとわからない。
「わたしの目が黒いうちは好きにさせない」なんて言いながらも、そのうち(遠くない将来に)目はすっかり白くなっているだろうから、何も言わない、言えないと予想する。
自分が動けるうちにしか、自分が好きなことは出来ない。
その期間は至って短い。
が、過去の人が一人一人して来たことに触れると、感慨深いものがある。
※写真は記事とは無関係です。