なぜ自分は若い日々をゴージャスに過ごさなかったのか。
しようと思えば出来たのに。
知らないわけではなかったのに。
東京でのゴージャスな暮らしは、1年で飽きた。
そもそもわたしは、倹約家(「ケチ」とも言う)で、湯水のようにお金を使うのがあまり好きではない。
お金のかかる遊びは、好きではない。
高価なハイブランドの服は、気が引けて買えない。着ると肩が凝る。
また幼少期の田舎暮らしの影響からか、牧歌的雰囲気が好き。
さらに小さい頃から教育成果主義の一貫校に通っていたためか、何かしらの成果を求める。
この要素が合わさって、耽美的は好きだとしても、退廃的は、嫌い。
(どう違うんだ?
わたしの感覚では微妙に違う)
例え部屋はぐちゃぐちゃだとしても、生産性のない生活は好まない。
しかし、美的なものに対して、母の影響はかなり受けている。
母は精力的に働き、室内も室外も庭も、掃除がピカピカに行き届く、頑張る戦中派タイプ。
遊興費にはあまり使わないが、美しいモノや空間には豪快に使う。
わたしは高度成長期に生まれ育っているため、母とは少し時代背景は違う。
父はクレバー・スーパー・ミラクル働き者。
父も母も共通点は、前世は馬車馬かと思うぐらいよく働き、お上品な気取った雰囲気が大嫌い、窮屈で息が詰まると見られる。
最大限オーバーに言い過ぎるとすると、(良いように言い過ぎてかえって反発を買うことを恐れずに言うと)全てのスケールは違うが、白洲二郎と正子?
(やっぱり言い過ぎて気分が良くない、、、)
全力で頑張るタイプで、共に、ちんたらこんたら、チャラチャラは嫌い。
これらが合体して、昭和後期の創造物としての、わたしが形成されている。
なので、時代背景もあるだろうけれど、両親には、ぐうたらDNAは無い。
ではあるものの、なぜか、兄とわたしは、ぐうたら。
なんで?
科学では解明できないが、わたしが想像するには、環境、育て方だと思う。
兄=ただ一人の生き残り跡取り男子。
わたし=末子で手を掛けて躾をするのに疲れ放任。
それで、2人が、ぼーっとしている。
その間に挟まった姉は、実にシッカリしている。
両親の教育方針にも姉は反旗を翻し、抗議した。
わたしは、そんなことが過去にあったことも知らなかった。
歳が離れた姉妹ならいざ知らず、姉とは2歳しか離れていないのに。
兄は家事はしなくていい代わり、家父長制の気の毒な犠牲になった。
姉は3人分のシッカリ者の要素を一人で抱えている。
わたしは父系の遺伝を強く望んでいるのだが、どうも母系のような気がする。
悪い予感。
詳細を精密に鑑定したわけではないので、何とも言えないが。
環境のせいもあるとは言え、皆んな、働き者なのに、なぜ、兄とわたしは、(たぶん、生まれつき)ぼーっとしているのだろう。
親の加護がなかったら、今頃どうなっていたことやら。
とりあえずは、税金を納める社会人になったが。
ではあるものの、兄もわたしも(もちろん姉も)、放蕩はせず地道な道を歩んだ。
贅沢は、あまり性に合わないのだろう。
だから、ちょっと経験、試してみただけで、もう結構、もう十分、となると思われる。
深追いしない。
定位置は、ノーマル・スタンダード。
小さな暮らし、プラス、好みに応じてオプションを追加。
若き日々をゴージャスに過ごさなかったことに対しては、なんの後悔もない。
もともとの性格なので、無理やり、誰かにそそのかされて遊びまくったわけでもなし(わたしが堅物で誰も遊んでくれなかった)、地味路線を歩いた。
ゴージャスな人を見かけると、興味本位で観察している。
自分とは別の違う人種なので、べつに衝突しない。
ツマラナイ超個人的な話を書いた。
※写真は本日、撮りたてほやほや。
堂島川沿い。