雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

雪のいと高うはあらで

2014-08-21 11:00:01 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百七十三段  雪のいと高うはあらで

雪の、いと高うはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。
また、雪のいと高う降り積もりたる夕暮より、端近う、おなじ心なる人、二、三人ばかり、火桶を中に据ゑて、物語りなどするほどに、暗うなりぬれど、こなたには灯もともさぬに、大かたの雪の光、いと白う見えたるに、火箸して、灰など掻きすさみて、あはれなるも、をかしきも、いひ合はせたるこそ、をかしけれ。
     (以下割愛)


雪が、それほど高くはなくて、うっすらと降っているのなどは、とても情緒があります。
また、雪が高く降り積もった夕暮時から、縁側近くで、気の合う女房同志二、三人ばかり、火桶を中に据えて、お話などしているうちに、空は暗くなってしまいましたが、自分たちの所は灯もともしていないのに、一面の雪明かりで、とてもはっきりと見分けがつくような時に、火箸で灰などをわけもなく掻きまわしながら、しんみりとした話題や美しいお話などを、語り合うのはとても風情があります。

「宵も過ぎてしまったかしら」と思う頃に、沓の音が近くに聞こえるので、「おかしいな」と思って、外を見ますと、時々、こうした折に、不意に顔を見せる人だったのです。
「今日の雪を、『どうなさっているのか』と心配しておりましたが、つまらぬ用事に妨げられまして、その所で一日過ごしてしまったのです」
などと言う。
「今日来む」などといった歌にひっかけているのでしょうね。昼にあったことなどをはじめとして、いろいろなことを話されるのです。簀子縁に円座ぐらいはお出ししましたが、片足は縁から下に垂らしたままで、暁の寺の鐘が聞こえる頃まで、御簾の内の女房も外の男も、こうしたおしゃべりは、飽きることがないように思われます。

暁闇の頃に、男は帰ると言って、
「雪、某の山に満てり」
と吟誦したのは、とても情緒のあるものでした。
「女ばかりだったら、このように夜を明かすなど出来そうにないわ。男が一人入ると、ふだんと違って楽しいし、風流なことね」
などと、女房同志で語り合いました。



とても穏やかな文章です。
雪の夜ということですから、相当寒いと思われますが、火鉢だけで、御簾の内とはいえ戸は開け放たれていますし、訪れてきた男性は、その縁に腰を下して一夜語り明かすのですよ。
それでも、少納言さまにとって、最も穏やかでしみじみとした時間なのでしょうね。

なお、「今日来む」・・・、は、拾遺集の「山里は雪降り積みて道もなし 今日来む人をあはれとは見む」を指していて、雪の中をわざわざ来ましたよ、と訴えているのでしょう。

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