雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

落馬の言い訳 ・ 今昔物語 ( 28 - 6 )

2020-01-03 12:29:11 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          落馬の言い訳 ・ 今昔物語 ( 28 - 6 )

今は昔、
清原元輔(キヨハラノモトスケ・従五位上。三十六歌仙の一人。清少納言の父でもある。)という歌人がいた。
その人が内蔵助(クラノスケ・中務省の内蔵寮の次官。)になって、賀茂の祭の使者(朝廷から遣わされる奉幣使。)に任命されて、一条大路を通って行ったが、[ 欠字あるが、不詳。]の若い殿上人の車がたくさん立て並べて見物している前を過ぎようとした時、元輔の乗った飾り馬が何かにつまずいて、元輔は頭から真っ逆さまに落ちた。

年老いた者が馬から落ちたので、見物していた公達たちは、気の毒なことだと見ていると、元輔はすばやく起き上った。しかし、冠が脱げ落ちてしまい、あらわになった頭には髻(モトドリ・髪を頭上で束ねたもの。)が露ほどもなく、まるでお盆でも被ったようである。
馬の口取りがあわてふためいて冠を拾って手渡したが、元輔は冠を着けようともせず、後ろ手で制して、「これ、うろたえるな。しばらく待っておれ。公達に申し上げることがある」と言うと、殿上人たちの車のそばに歩み寄った。夕日が差していて、頭がきらきらと輝いていて、見苦しいことこの上なかった。
大路にいる者は市を成して駆け集まり、大騒ぎして見物している。車の者も桟敷にいる者も、背を伸び上がらせて大笑いする。

そうした中を、元輔は公達の車のそばに歩み寄って言った。「公達方は、この元輔が馬から落ちて、冠を落としたのを愚か者と思われるのか。それはお心得違いというものですぞ。そのわけは、思慮深い人であっても、物につまずいて倒れることは普通のことです。いわんや、馬は思慮あるものでもありますまい。それに、この大路には石が多くでこぼこしています。また、手綱を強く引いているので、歩こうと思う方向に歩かせることも出来ず、あちこちと引き回すことになります。されば、心ならずも倒れた馬を『悪い奴だ』と責めることなど出来ません。石につまずいて倒れる馬をどうすることが出来ましょう。唐鞍(カラクラ・唐風の鞍。儀式用の豪華な鞍。)はまるで皿のように平らなのです。何につけうまく載せられるはずがない。馬が激しく躓いたので落ちたのです。何も悪いことではありません。また冠が落ちたのも、冠というものは紐で引っ掛けて結び付けるものではなく、掻き入れた髪でとめるものだが、私の髻はすっかり無くなってしまっている。されば、落ちた冠を恨むわけにもいかない。それも例がないわけではない。[ 意識的な欠字 ]の大臣(オトド)は大嘗会の御禊の日に落とされた。また[ 意識的な欠字 ]の中納言は、ある年の野の行幸において落とされた。[ 意識的な欠字 ]の中将は賀茂祭の二日目に紫野で落とされた。このように、先例は数えきれないほどあるのです。それを、事情をご存じない近頃の若君たちは、これをお笑いになるべきではないのです。お笑いになる公達の方こそ、愚か者というべきでしょう」と。
このように言いながら、車一つ一つに向かって指を折って数え上げ、言いきかせた。
こう言い終ってから、遠くに立ち退き、大路の真ん中に突っ立って、声高く「冠を持って参れ」と命じ、冠を取って髪を掻き入れて被った。
その時、これを見ていた人たちはいっせいに爆笑した。

また、冠を拾って手渡そうと近付いた馬の口取りが、「馬から落ちられた後、すぐに御冠をお被りにならず、どうして長々とつまらないことを仰せになったのですか」と尋ねると、元輔は、「ばかなことを言うな。尊(ミコト・もともとは尊称語であるが、「お前」といった意味でも使われた。)。あのように物の道理を言いきかせてやったからこそ、これから後、あの公達方は笑わないだろう。そうでなければ、口さがない公達はいつまでも笑うことであろう」と言って、行列に加わった。

この元輔は、世慣れた人で、面白いことを言っては人を笑わせてばかりする翁だったので、このように臆面もなく言い訳したのだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 無知な郡司 ・ 今昔物語 ( ... | トップ | 越前守の悪だくみ(2) ・ 今... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その7」カテゴリの最新記事