雅工房 作品集

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女にだらしない男 ・ 今昔物語 ( 28 - 1 )

2020-01-03 12:39:09 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          女にだらしない男 ・ 今昔物語 ( 28 - 1 )

今は昔、
如月(二月)の初午(ハツウマ)の日は、昔から京じゅうの上中下の多くの人が、稲荷詣でといって、こぞって伏見の稲荷神社に参詣する日である。

ところで、いつもの年より多くの人が参詣する年があった。
その日は、近衛府の舎人(トネリ・ここでは近衛府の官人で、将監以下の総称。)たちも参詣した。尾張の兼時、下野の公助、茨田(マムタ)の重方、秦の武員(タケカズ)、茨田の為国、軽部の公友などという世に知られた舎人たちが、餌袋(エブクロ・もともとは、鷹の餌を入れて鷹狩に携行した竹籠などを指したが、後には食物を入れて携行するのに用いられた。)、破子(ワリゴ・折箱状の容器。)、酒などを下人に持たせて、連なって出かけたが、中の御社近くまでくると、参詣に向かう人終えて帰る人が様々に行きかっていたが、とてもきれいに着飾った女に出会った。濃い紫のつや出しした上衣に、紅梅色や萌黄色の着物を重ね着して、なまめかしい様子で歩いている。

この舎人たちがやって来るのを見て女は、小走りに走り去って、木の下に立って隠れていると、舎人たちは気恥ずかしくなるような冗談を言い、あるいは近づいて下から女の顔を見ようとしながら通り過ぎて行ったが、中でも重方はもともと好き者でいつも妻に焼きもちをやかれては、知らぬ存ぜぬなどと言い争っているような男なので、特に立ち止まって目を離さずに女について行き、近くに寄って細やかに口説いた。
女は、「奥様をお持ちの方が、行きずりの人に出来心でおっしゃられることなど、聞く人の方がおかしいですわ」と答えたが、その声も実に魅力的であった。

重方が、「我君々々(アガキミアガキミ・「もし、あなた」といった呼びかけ)。おっしゃるように、つまらない妻は持っていますが、顔は猿のようで、心は物売り女(品性下劣な女の例え)のようなので、『離縁しよう』と思いますが、たちまちに綻(ホコロ)びを縫う者がいなくなるのも困るので、もしも『好意が持てそうな人に出会ったら、そちらの人に移ろう』と本気で思っていましたので、このように申すのです」と言うと、女は、「それは実のことでございますか。冗談をおっしゃっているのですか」と尋ねた。
重方は、「この御社の神もお聞きください。長年願っていた事であることを。『こうして参詣した甲斐があって、神様がお授け下さった』と思いますと、大変嬉しくてなりません。それで、あなたはひとり身でございますか。また、どちらのお方なのでしょうか」と尋ねた。
女は、「私も同じように、これといった夫はおりませんので、宮仕えをしておりましたが、夫がやめよというのでやめましたが、その人は田舎で亡くなってしまいましたので、この三年は、『頼みとなる人が現れますように』と思って、この御社に参詣していたのです。本当にわたしに好意をお持ちくださるなら、わたしの住いをお教えいたしましょう。いえいえ、そうとは申しましても、行きずりの人のおっしゃることを真に受けるなんて愚かなことですわ。早くお行き下さい。私も失礼いたします」と言って、さっさと行ってしまおうとするので、重方は、手を擦り合わせて額に当てて、女の胸の辺りに烏帽子をくっつけるようにして、「御神さま助けたまえ。そのような情けないことを聞かせないでください。今すぐに、ここからあなたの住いに参り、わが家には二度と足を踏み入れません」と言って、頭を低くして拝み倒すと、女は、その髻(モトドリ・髪を頭上で束ねたもの)を烏帽子の上からむんずと掴むと、重方の頬を山が響くほどにひっぱたいた。

重方はびっくりして、「これは、何をなさる」と言って、顔を上げて女の顔を見ると、なんと、自分の妻が姿を変えていたのである。
重方は仰天しながら、「そなたは、気でも狂ったのか」と言うと、妻は、「お前さまこそ、どうしてこんな恥知らずなことをするのですか。ご一緒の方々が、『あなたの主人は、油断も隙もありませんぞ』といつも来ては教えてくれていましたが、『わたしに焼きもちをやかせるために言っているのだ』と思って信じていませんでしたが、本当のことを教えてくれていたのですね。お前さまが言うように、今日からわたしの所に来ようものなら、この御社の神罰で矢傷を受けることになりましょうぞ。どうしてあんなことを言われたのか。その横っ面をぶち欠いて、往き来の人に見せて笑わせてあげよう。この恥知らず」と言い立てる。
重方は、「そんなにわめきたてるなよ。まったくお前の言う通りだ」とにこにこ顔でなだめたが、全く許すそぶりさえない。

一方、他の舎人たちはこの騒動を知らず、参道の先の小高い崖に登り立ち、「どうして田府生(デンフショウ・重方のこと。「田」は「茨田」の唐風の略称。「府生」は近衛府などの下級官僚のこと。)は遅れているのだ」と言いながら振り返って見ると、女と取り組んで立っている。
舎人たちは、「何事が始まったのか」と言って、引き返して近寄って見ると、妻に打ちすえられて立っていた。そこで舎人たちは、「よくなさったものだ。だから、いつもも申し上げていたでしょう」とほめそやすと、妻はこう言われて、「この方々のご覧の通り、お前さまの本性が明らかになったようですね」と言うと、髻を掴んでいた手を離したので、重方は烏帽子のくしゃくしゃになったのを直しながら上の方にお参りに行った。
女は重方の後ろ姿に、「お前さまはその惚れた女の所に行きなさるがいい。もし、わたしの所に来ようものなら、きっとその足を打ち折ってやるからね」と言って、下の方に降りて行った。

さて、その後、妻があのように言っていたのに、重方は家に帰ってきて盛んに機嫌を取ったので、妻の怒りもおさまってきたので、重方が、「そなたはやはりこの重方の妻なので、あれほど厳しいことが出来たんだなあ」と言うと、妻は、「うるさいわね、この愚か者が。目の不自由な者のように、妻の気配も見分けられず、声も聞き分けられずに馬鹿をさらして人に笑われるとは、なんと呆れたことではありませんか」と言って、妻にも笑われた。
その後、この事が世間の評判になって、若い公達(キンダチ・貴公子。摂関、大臣、上達部などの貴族の子弟の称。)などの笑い者にされたので、若い公達がいる所では、重方は逃げ隠れするのであった。

その妻は、重方が亡くなった後、女ざかりの年頃となり、別の人の妻となっていた、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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