雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

田舎者いじめ(2) ・ 今昔物語 ( 28 - 4 )

2020-01-03 12:32:17 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          田舎者いじめ(2) ・ 今昔物語 ( 28 - 4 )

          ( (1)より続く )

さて、企みを提案した彼の殿上人は、寅の日(この部分誤記らしい?)の未明に、例の五節所に行き、守の子という若者に会って、得意げにあの企てのことを細々と語って聞かせると、若者はひどく恐れた様子で聞き入っていた。
話し終えてからその殿上人は、「余計なことを言ってしまった。他の君達(キンダチ・公達)に見られたりしては大変だ。そっと分からないように帰ろう。『私がこんなことを教えた』などと他の君達には決して話さないように」と言って帰って行った。

この守の子は父親のもとに行き、「新源少将(シンゲンショウショウ・新任の源氏性の少将。他にも源氏性の少将がいる場合に使う。)の君が参られて、このようなことを教えてくれました」と言うと、父親の守はこれを聞くと、「さて、さて」と言うだけで、ただ震えに震えて、頭をわななかせて、「昨夜君達がその歌を歌っていたので、『何を歌っているのか』と不審に思っていたが、さてはこの年寄りのことを歌っていたのだな。どのような罪や過ちがあって、この年寄りを歌に作って歌うのか。
尾張国の代々の国司によって疲弊していたのを、天皇が見捨て難く思われたので、『何とかせねば』と思って、懸命に努力して良い国に立て直し奉ったことが悪いとでもいうのか。また、この五節に奉仕したのは、自分が望んだことではない。天皇が無理に押し付けなされたので、苦痛であったが奉仕しただけなのだ。
また、鬢(ビン)の毛が無いことも、若い男盛りの時に鬢がないのなら可笑しくもあろうが、年が七十ともなれば鬢が落ちてなくなっても何がおかしいのか。何で鬢たたらと歌う必要があるのだ。また、わしが憎いのであれば、打ち殺すも蹴飛ばし踏みつければよい。それを、帝王がおいでになる王宮の内で、紐を解き肩脱ぎして狂い歌わなければならないのだ。決してそのようなことはあるまい。
それは、その少将の君が、お前が出て行って交わろうとしないので、脅そうとしてでたらめを言っているのだ。近頃の若い連中は、思いやりがなくこのような企てをするのだ。こんなことで他の者なら脅したり謀ったりすることもできよう。しかし、このわしは、身分は賤しくとも唐のこともわが国のこともよく知っている身なので、そうとは御存じない若い君達が口から出まかせに脅したことなのだ。他の人は騙されても、この年寄りは決して騙されたりはしない。
もし、脅しているように、本当に王宮の内で、紐を解き腰にからめて歌い狂ったら、自分のしたことで、その方々は重い罪に当たるだろうよ。お気の毒な事だ」と言って、糸筋のような細いすねを股までまくり上げて、扇であおぎ散らして怒っていた。

このように腹を立ててはみたが、「昨夜、東面の道において、あの君達がふざけていた様子からは、そのようなこともするかもしれぬ」と思われて、やがて未の時(午後二時頃)になる頃には、どうしたものかと誰もが胸がつぶれる思いでいたが、未の時を過ぎた頃、南殿(紫宸殿)の方から歌い騒ぎながらやって来る声がした。
「そらそら、やって来たぞ」と、皆が集まって、舌が回らず頭を振り振り恐れていると、南東の方角からこの五節所の方に向かって大勢が一団となって押し寄せて来るのを見ると、一人としてまともな姿をしている者はいない。皆直衣の上衣を腰の辺りまで脱ぎ下ろしている。その者たちが手を取り合ってやって来て、寄りかかるようにして内を覗き、五節所の前の薄縁の辺りにある者は沓を脱いで座り、ある者は横になり、ある者は尻を懸け、ある者は簾に寄りかかって内を覗き、ある者は庭に立っている。そして、それらの者が、皆声を合わせて例の鬢たたらの歌を歌う。
このようにして脅すことを知っている若い殿上人四、五人は、簾の内にいる者たちすべてが恐れおののく様子を可笑しがって見ていたが、事情を知らない年長の殿上人たちは、このように五節所にいる者たちが皆恐れおののくのを、ひどく不審に思っていた。

さて、守は「そのようなことはするまい」と理由立てて言い張っていたが、いる限りの殿上人や蔵人が皆肩脱ぎして、例の歌を歌いながらやって来るのを見て、「あの少将君は年は若いが、信用できる人のようなので、本当のことを教えてくれたようだ。あのように教えてくれていなかったら、自分の事ともしらずぼんやりしていたことだろう。何とも親切なお方だ。先年万年お栄えください」と言って、手を摺って祈っていたが、このやって来た君達は一人としてまともな者はなく、酔っ払っていて、肩脱ぎの人たちが簾の内を覗くので、守は、「今に自分も引きずり出されて、老い腰を踏み折られる」と思ったので、慌てて屏風の後ろに這い入り、壁代(カヘシロ・仕切りや目隠し用に壁の代わりに用いた几帳のような垂らし布。)の間で震えていた。子供たちや親族なども皆重なり合って逃げ隠れ震えていた。

そのうち殿上人たちは皆殿上の間に帰って行った。その後も守は、「君達はいるのか、いるのか」と見に行かせ、「一人もいなくなりました」と言うと、やっと守は震えながら這い出てきて、震え声で、「どうしてこの年寄りを笑われるのか。帝王の御為にも、このような無礼を働くのは呆れたことのなのだ。あの方々は、きっとお咎めがあるだろう。お前たち、よく見ていよ。天地日月[ 欠字があるらしい。 「明ら」か? ]かに照らし給う神の御代よりこのかた、このようなことは無い。国史にも絶対に記されていない。ひどい世の中になったものだ」と天を仰いで座り込んでいた。

隣の五節所の人たちが覗き見て、「可笑しいことだ」と思っていたが、後に関白殿(藤原頼通か?)が蔵人所に参って語ったのを次々聞き伝え、やがて貴族や皇族方に広く伝えられ、散々笑われることになってしまった。
その当時は、人が二、三人でもいる所では、この事を語って笑い合った、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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