雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

越前守の悪だくみ(2) ・ 今昔物語 ( 28 - 5 )

2020-01-03 12:30:08 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          越前守の悪だくみ(2) ・ 今昔物語 ( 28 - 5 )

      ( (1)より続く )

さて、続く舎人共も、皆待ちかねていただけに、二、三杯、あるいは四、五杯と喉の渇きのままに呑み干した。李を肴にして呑むと、さらに杯をしきりに勧めるので皆が四、五度、さらに五、六度と呑んだ。
その後、守は簾の奥から出てきて、「私が強く物惜しみするため、皆様方にこのように責められて、恥をさらすことになるなど思いもよりませんでした。わが任国におきましては、昨年は旱魃(カンバツ)で露ほども租税の徴収ができませんでした。たまたま少しばかり徴収できた物は、まずは尊いお上に責められて、ある限りの物を納めてしまい、何一つ残っておりませんので、わが家の食糧さえ無くなってしまいました。召使いの女童などは空腹を抱えている状態なのに、さらにこのような恥をさらしてしまい、もう自害でもしようかと思っています。
まず皆様方にお食膳にわずかなご飯さえ差し上げられないこともご推察ください。前世の因縁が拙く、長年官職につけず、たまたま疲弊した国の守になるも、このようにつらい目に遭うことになりましたが、人をお恨みすることでもありますまい。これも皆、私が恥を見るべき前世からの報いなのでしょう」と言って、激しく泣いた。

このように、声を限りに弁解を続けるので、兼時・敦行は、「仰せられることは、極めて道理でございます。われら皆ご心中をお察しいたします。しかしながら、これはわれら一人の事ではございません。最近は、衛府の食糧が底をつき、陣に勤務している者ども皆困り果てて、このように押しかけてきたのでございます。これもみな相見互いでございますので、お気の毒とは思いながらも、押しかけて参りましたが、まことに不本意ではあります」などと言っているうちに、二人の腹がしきりに鳴り出した。
盛んにごろごろ鳴るのを、しばらくは笏で机をたたいて紛らわし、あるいは拳を机の片端に突き入れるようにする。(この辺り、誤字もあるらしく分かりにくい。)
守が簾越しに見わたすと、末座にいる者まで皆腹を鳴らし、身体を震わせている。

しばらくすると、兼時が「失礼して座を外させていただきます」と言って、急いで走るように出て行った。兼時が席を立つのを見て、他の舎人共もわれ先に席を立って重なりあって走り板敷に下り、ある者は長押を飛び下りる時にびりびり音を立てて着たまま垂れ流した。ある者は車寄せに駆け込み、着物を脱ぐ間もなく糞をひりかける者もある。またある者は急いで着物を脱ぎ尻をまくり器から水を流すように排便する者があり、あるいは隠れ場所も見つけられずうろうろしながらひり散らす者もいる。
こんな目に遭いながらも互いに笑い合って、「こんなことになろうとは思ってもいなかった。『あの爺さんのことだから、ろくなことはするまい、きっと何か企むことだろう』とは思っていたことだ。何をされても守殿を憎くは思われぬ。われらが酒を欲しがって呑んだのがいけないのだからな」と言い、皆笑いながら腹を下してあたりかまわず糞を垂れ流した。

そして、再び門を開け、「では、皆さん出てください。今度は次々に衛府の役人方にお入りいただきましょう」と言うと、「それは良いことだ。早く次の者たちを入れて、われらと同じように腹を下させてやれ」と言って、袴などいたる所に糞がついているのを拭い去ることも出来ず、われ先に出て行くのを見て、あとの四衛府の役人たちは、笑いながら逃げ去ってしまった。
何ともこれは、この為盛朝臣が謀ったことで、「この炎天下において、平張の下で三時四時(八時間近く)日に照らさせた後に呼び入れて、喉が乾いている時に李や塩辛い魚などを肴として空きっ腹に十分食べさせたうえに、酸っぱい濁り酒に牽牛子(ケニゴシ・朝顔の中国名。漢方薬として下剤に用いられた。)を濃くすり入れて呑ませたなら、そ奴らが腹を下さないわけがあるまい」と思って、企てたものである。
この為盛朝臣は、たいそう奇抜なこと考え出すことに巧みで、人を笑わせる老獪な爺さんだったので、このようなことをしでかしたのである。とんでもない者のもとに押しかけて、舎人共はひどい目に遭ったと、当時の人々は笑い合った。

それ以後はこりたのであろうか、供出米を納めない国司のもとに六衛府の役人共が押しかけて行くようなことなくなった。
為盛朝臣は奇抜な工夫の上手で、役人共が追い返しても引き上げようとしなかったので、このようなおかしな策を考えだしたのである、
となむ語り伝へたるとや。

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