第一章 ( 二十 )
四十九日には、二条の姫君の異母弟であられる雅顕少将殿が主催される仏事がございました。
河原院の聖が、いつものように「鴛鴦の衾の下、比翼の契り・・」という言い古された偈を唱えて仏事は終りましたが、その後で、姫さまは故御父上に宛てられたお手紙の裏に法華経をお書きになっているものを、安居院の憲実法印を導師としてお供えされました。
河原院の導師ではなく憲実法印を導師にされましたのは、御父上の臨終の時に河原院の聖が遅れたことを、まだわだかまりをお持ちのようでした。
三条坊門の大納言殿、万里小路の中納言殿、それに善勝寺の大納言殿なども、聴聞にということでおいでになられていて、それぞれ弔問の上お帰りになられましたが、改めて悲しみがよみがえってくる法要でございました。
姫さまは、この日は方違えに当たりますので、四条大宮にある乳母の家に向かわれました。
法事から帰る姫さまの袖は、また新たな涙で湿っていて、御車の中で一人思いをかみしめておられました。お呼びをしたわけではないのですが、故大納言殿の遺徳を慕って集まって下さった方々と言葉を交わしている時は、悲しみを思い出させられる思いでおりましたのに、その人たちから離れてみますと、今度は一人ぼっちの寂しさが姫さまを襲うのでした。
それにしましても、姫さまに取りましては心の晴れる日などない毎日でございました。
七日七日の仏事もさることながら、故大納言殿との思い出は、そうそう簡単に整理など出来るものではございません。仏事などの公式のことや、思い出に一人泣きぬれる夜とが入り混じり、ただただ日だけが過ぎての四十九日だったのです。
そのような間にも、御所さまは人目を偲んで姫さまのもとを訪れておられました。
「世間はみな故法皇の喪に服していて、押し並べて見立たぬ身なりなのだから、そなたが喪服の袂であっても差し支えあるまい。忌中の五十日が過ぎたなら、出仕してくるように」
と仰せになっておられまたが、姫さまにはそのお気持ちになれない様子でございました。
四十九日の仏事が行われましたのが九月の二十三日ですから、虫の音もすでに一時の勢いがなくなっておりました。その頼りなげな虫の音さえも、まるで姫さまの袖に宿る涙の露を求めているかのようで、一層悲しさを深めるばかりなのでした。
御所さまからは、「そう里住まいを続けるのはよくあるまい。さあ、早く出仕して参れ」
と、何度も仰せがございましたが、姫さまのお気持ちは重く、いつ出仕するとのご返事も出来ぬままに、神無月を迎えました。
* * *
四十九日には、二条の姫君の異母弟であられる雅顕少将殿が主催される仏事がございました。
河原院の聖が、いつものように「鴛鴦の衾の下、比翼の契り・・」という言い古された偈を唱えて仏事は終りましたが、その後で、姫さまは故御父上に宛てられたお手紙の裏に法華経をお書きになっているものを、安居院の憲実法印を導師としてお供えされました。
河原院の導師ではなく憲実法印を導師にされましたのは、御父上の臨終の時に河原院の聖が遅れたことを、まだわだかまりをお持ちのようでした。
三条坊門の大納言殿、万里小路の中納言殿、それに善勝寺の大納言殿なども、聴聞にということでおいでになられていて、それぞれ弔問の上お帰りになられましたが、改めて悲しみがよみがえってくる法要でございました。
姫さまは、この日は方違えに当たりますので、四条大宮にある乳母の家に向かわれました。
法事から帰る姫さまの袖は、また新たな涙で湿っていて、御車の中で一人思いをかみしめておられました。お呼びをしたわけではないのですが、故大納言殿の遺徳を慕って集まって下さった方々と言葉を交わしている時は、悲しみを思い出させられる思いでおりましたのに、その人たちから離れてみますと、今度は一人ぼっちの寂しさが姫さまを襲うのでした。
それにしましても、姫さまに取りましては心の晴れる日などない毎日でございました。
七日七日の仏事もさることながら、故大納言殿との思い出は、そうそう簡単に整理など出来るものではございません。仏事などの公式のことや、思い出に一人泣きぬれる夜とが入り混じり、ただただ日だけが過ぎての四十九日だったのです。
そのような間にも、御所さまは人目を偲んで姫さまのもとを訪れておられました。
「世間はみな故法皇の喪に服していて、押し並べて見立たぬ身なりなのだから、そなたが喪服の袂であっても差し支えあるまい。忌中の五十日が過ぎたなら、出仕してくるように」
と仰せになっておられまたが、姫さまにはそのお気持ちになれない様子でございました。
四十九日の仏事が行われましたのが九月の二十三日ですから、虫の音もすでに一時の勢いがなくなっておりました。その頼りなげな虫の音さえも、まるで姫さまの袖に宿る涙の露を求めているかのようで、一層悲しさを深めるばかりなのでした。
御所さまからは、「そう里住まいを続けるのはよくあるまい。さあ、早く出仕して参れ」
と、何度も仰せがございましたが、姫さまのお気持ちは重く、いつ出仕するとのご返事も出来ぬままに、神無月を迎えました。
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