雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

謎の盗人 ・ 今昔物語 ( 29 - 1 )

2021-06-14 13:11:33 | 今昔物語拾い読み ・ その8

          『 謎の盗人 ・ 今昔物語 ( 29 - 1 ) 』 

今は昔、
[ 意識的な欠字。天皇名が入るが不明。]天皇の御代に、西の市の土蔵に盗人が入った。
盗人が土蔵の中に籠っていると聞きつけて、検非違使(ケビイシ・京中の警察、治安を一手に担当した。)共が皆で取り囲み捕らえようとしたが、その中に、上の判官(ウエノホウガン・第三等官で、六位の蔵人に任ぜられ、昇殿が許された。検非違使としては最高の出世とされた。)[ 意識的欠字。名前が入るが不詳。]という人がいて、冠をつけ、青色(六位の蔵人に着用をゆるれた色)の上衣を着て、弓矢を負って指揮していたが、鉾を手にした放免(ホウメン・刑期を終えて出獄し、検非違使の手先として奉職した者。)が土蔵の近くに立っていると、土蔵の戸の隙間からその放免を招き寄せた。

放免が近寄って、盗人が言っていることを聞くと、「上の判官に申せ。『御馬より下りて、この戸の近くに立ち寄りください。御耳にこっそりと申すべきことがございます』と」と言った。
放免は上の判官のそばに寄り、「盗人がこのように言っております」と申し上げると、上の判官はそれを聞いて、戸の近くに寄ろうとすると、他の検非違使共は、「そのような事をするのは良くありません」と言って、止めた。
しかし、上の判官は、「これには何か子細があるのであろう」と思って、馬から下りて土蔵のそばに近寄った。

すると、盗人は土蔵の戸を開けて、上の判官に「こちらにお入りください」と言ったので、上の判官は土蔵の中に入った。盗人は戸を内から鍵をかけて閉じ込めてしまった。
検非違使共はそれを見て、「これは大変な事だ。土蔵の中に盗人を閉じ込め、取り囲んで捕らえようとしている時に、上の判官が盗人に呼ばれて土蔵の中に入って内から鍵をかけて閉じ籠り、盗人と話をされている。このような事は聞いたこともない」と言って、文句を言い合い大いに腹を立てる。

やがて、しばらくすると土蔵の戸が開いた。上の判官が土蔵から出てきて、馬に乗って検非違使共の所に近寄って、「これは訳のあることだった。しばらくこの逮捕は行ってはならぬ。奏上すべきことがあるのだ」と言って、参内した。

その間、検非違使共は周りを取り囲んでいたが、しばらくして上の判官が戻ってきて、「『この逮捕は行わず、速やかに引き上げよ』との宣旨である」と言ったので、検非違使共はこれを聞いて引き上げていった。
上の判官は一人残って、日が暮れるのを待って、土蔵の戸の近くに寄って、天皇が仰せになられたことを盗人に語った。すると、盗人は声をあげて激しく泣いた。

その後、上の判官は内裏に帰って行った。盗人は土蔵から出ると、行方が分からなくなってしまった。この盗人が何者であったか、誰も分からないままであった。また、事の次第はついに誰にも分からないままであった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆







     

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神出鬼没の盗人 ・ 今昔物語 ( 29 - 2 )

2021-06-14 13:10:45 | 今昔物語拾い読み ・ その8

          『 神出鬼没の盗人 ・ 今昔物語 ( 29 - 2 ) 』

今は昔、
世に二人の盗人がいた。多衰丸(タスイマロ)、調伏丸(チョウブクマロ)といった。
多衰丸は世間によく知られた盗人であったが、土蔵破りを常習としていた。度々捕らえられて獄に繋がれていた。
調伏丸は、どういうわけか正体不明の盗人であった。
多衰丸も[ 欠字あり。かなり長い文章が欠けていると思われるが、内容は不詳。]似ている。その時に多衰丸は不思議なことだと思った。調伏丸は、名前はよく知られていたが、遂に何者か正体が分からないままであった。世間の人々も、皆たいそう不思議に思っていた。

これを思うに、調伏丸は極めて賢い奴である。「多衰丸と組んで盗み回ったのに、何者とは知られないままであった。極めて珍しいことである」と世間の人は噂し合った、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

* 本話は、調伏丸がいかに神出鬼没の大盗人であったかということが主題であったと推定できるが、残された部分では全く分からない。おそらく、欠字となっている部分には、本話の中核となる逸話が含まれていると推定できる。
残念ながら、ほとんど物語としての体を成していない章段になってしまっている。

     ☆   ☆   ☆

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謎の女盗賊 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 29 - 3 )

2021-06-14 13:09:13 | 今昔物語拾い読み ・ その8

         『 謎の女盗賊 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 29 - 3 ) 』

今は昔、
いつ頃のことであったろうか、侍ほどの者で、誰だとは知らないが、年が三十歳ほどで背丈がすらりとしていて、少し赤ひげの男がいた。

ある夕暮れ時に、[ 欠字 ]と[ 欠字 ](ともに、条坊など場所を示すのを意識的に避けたものらしい。)との辺りを通っていると、半蔀(ハジトミ・蔀の上半分だけを開閉できるようにしたもの。現代の窓にあたる。)の陰からチュッチュッと鼠鳴きして手を指し出して招く者があったので、男は近寄って「お呼びですか」と言うと、女の声で「申し上げたいことがございます。そこの戸は閉まっているように見えますが、押せば開きます。それを押し開けてお入りくださいませ」と言うので、男は「思いがけないことだ」と思いながら、押し開けて入った。

すると、その女が出てきて「その戸の鍵を掛けておいてください」と言うので、戸に鍵を掛けて近くに行くと、女は「お上がりください」と言うので、男は上がった。
簾の内に呼び入れたので、たいそうよく設えられた所に、二十歳余りの美しく魅力的な女性がただ一人座っていて、微笑みながらうなづいたので男は近くに寄った。
これほど女に誘われては、男たるもの引き下がるわけにもいかず、遂に二人は共寝した。

その家には、他に誰一人いないので、「この家はいったいどういう所なのか」と怪しく思ったが、一度結ばれたあとは、男は女に心を奪われてしまったので、日が暮れるのも知らず共寝していると、やがて日は暮れ、門を叩く者がいた。
誰もいないので、男が出て行って門を開けると、侍らしい男二人と、女房らしい女一人が、下女を連れて入ってきた。
そして、蔀を下ろして灯をともし、たいそう美味らしい食べ物を銀の食器に盛って、女にも男にも食べさせた。
男はその様子に、「自分が入った時鍵を掛けた。その後は、女が誰かに連絡したこともなかったが、どうして私の食べ物まで持ってきたのだろう。もしかすると、別に男がいるのかもしれぬ」と思ったが、腹が空いていたこともあって、しっかりと食べた。女も、男に遠慮することなく食べたが、すっかり打ち解けた様子である。
食べ終わると、女房らしい女が後片付けなどして出て行った。その後、女は男に戸の鍵を掛けさせ、また二人で寝た。

夜が明けると、また門を叩くので、男が行って戸を開けると、昨夜の者たちとは違う別の者たちが入って来て、蔀を打ち上げて、ここかしこを掃除してしばらく居たが、粥や強飯(コワイイ・蒸した飯。おこわ。)を持ってきて、それらを食べさせなどして、続いて昼の食べ物など持ってきて、それらを食べさせると、また皆去っていった。

このようにして二日三日と過ごすうちに、女は男に「どこかに用事がありますか」と尋ねると、男は「少しばかり知人の所に行って話したいことがあります」と答えた。女は「それでは、すぐに行ってきてください」と言うと、しばらくするうちに、立派な馬に世間並みの鞍を置いて、水干(スイカン・男子の平服)装束の雑色(雑役に従事する下人)三人ばかりが舎人(トネリ・牛や馬の口取りの男)を連れて引いてきた。そして、男が座っている所の後ろに、壺屋(ツボヤ・壁で囲まれた納戸のような部屋)のような部屋から、ぜひ着たいと思うような装束を取り出してきて着せたので、男はそれを着てその馬に乗って、その従者どもを引き連れて出掛けたが、従者どもは従順でとても使いやすい。
そして、用を終えて帰って来ると、馬も従者も、女は何も命じないのに、返って行ってしまった。食事なども、女が命じている様子もないが、どこからともなく持ってきて、前と同じようにして返って行った。

このようにして、何不自由なく二十日ばかり過ぎたころ、女が男にに言った。「思いもかけず、このような関係になりましたが、かりそめのご縁のようですが、然るべき縁(エニシ)があればこそこのようになられたのでしょう。されば、生きるも死ぬもわたくしの申し上げることに、否やはございませんでしょうね」と。
男が「まことに。今となっては、生かすのも殺すのもあなたのお心しだいです」と言うと、女は「とても嬉しく思います」と言って、食事をしっかりと食べる。昼はいつものように誰もいないので、男を「さあ、こちらへ」と言って、奥の別棟に連れて行き、この男の髪に縄をつけて幡物(ハタモノ・磔用の道具?)に縛りつけ、背中を荒々しく出させて、足を曲げてしっかりと結び付けると、女は烏帽子をつけ水干袴を着て、肩脱ぎをして鞭で以って男の背中をしたたかに八十度打ちすえた。
そして、「どんな気持ちですか」と男に訊ねる。男が「大した事ではない」と答えると、女は「思った通りの人だ」と言って、竈(カマド)の土を水で溶いて飲ませ、良い酢を飲ませ、地面をよく掃いてそこに寝かせて、二時間ほどして引き起こし、もとの体に回復すると、その後でいつもより立派な食事を持ってきた。

そのあとよくよく介抱し、三日ばかり間をおいて鞭の跡が少しばかり癒える頃に、前と同じ所に連れて行き、また同じように幡物に縛りつけて、前の鞭の跡を打つと、鞭の跡一筋ごとに血が流れ肉が裂けたが、構わず八十度打った。
それから、「堪えられますか」と訊ねると、男は少しも顔色を変えることもなく「堪えられます」と答えた。今度は最初の時より感心して褒め、よく労わって、また四、五日ばかり経つと、また同じように打ちつけたが、それに対しても同じように「堪えられます」と答えると、今度は体をひっくり返して、腹を打ちつけた。
それにもなお「大した事ない」と男が言うと、たいそう感心して褒め、それからしばらく十分に労わり、鞭の跡がすっかり癒えたあとのある夕暮れ方に、黒い水干袴と真新しい弓・胡録(ヤナグイ・矢を入れて背負う武具)・脚絆・藁沓などを取り出してきて、身支度を整えてやった。

そして、女は男に教えた。「ここから蓼中の御門(タデナカノミカド・所在など不詳)に行き、そっと弦打ち(ツルウチ・弓の弦をはじいて鳴らすことで、呪術的な意味があった。ここでは連絡用の合図になっている。)をしなさい。すると、何者かが弦打ちをするでしょう。それから口笛を吹くと、また何者かが口笛を吹くでしょう。そこで、あなたはその者に近寄りなさい。
すると、「お前は何者か」と問われるでしょう。その時に、あなたは、ただ「参っております」と答えなさい。そして、連れて行かれる所に行き、言われる通りに従い、立てと命じられた所に立ち、人などが出てきて邪魔することがあればよく防ぎなさい。
それから、船岳(フナオカ・朱雀大路の真北にある小山。雪見の名所であるが火葬場でもあった。)の麓に行って、獲物を処理するはずです。その時、あなたに取らせようとする物を決して取ってはなりません」と、よくよく教えて出掛けさせた。
                      ( 以下(2)に続く )

     ☆   ☆   ☆











 

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謎の女盗賊 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 29 - 3 )

2021-06-14 13:08:14 | 今昔物語拾い読み ・ その8

         『 謎の女盗賊 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 29 - 3 ) 』

     ( (1) より続く )

男は、教えられた通りに出かけていくと、女が言ったように呼び寄せられた。
見てみると、全く同じような姿の者が二十人ばかり立っていた。そこから少し離れて、色白の小柄な男が立っていた。その者に皆が服従している様子である。その他に下衆(ゲス・下っぱ)の者が二、三十人ばかりいる。
その場で、それぞれの役割を指示し、一塊となって京の町に入った。そして、大きな家に押し入ろうとして、二十人ばかりをここかしこの妨害が予想されそうな家々の門の前に二、三人ずつ立たせ、残りの者全員が狙っている家に押し入った。
この男は、腕前を試そうということで、特に手ごわそうな家の門に立っている者の加勢に加えられた。その家の中から人が出てこようとするので、それを止めるため矢を射かけたが、男はよく戦って射殺してしまったりしたが、それぞれに分かれている者どもの働きもよく見て取った。

やがて、略奪し終わると、船岳の麓に返り、獲物を分配し、この男にも分け与えようとしたが、男は「わしは何もいらない。ただ仕事を見習おうと思って来ただけだ」と言って受け取らずにいると、首領と思われる者が少し離れて立っていて、満足そうにうなずいた。
やがて、それぞれは別れて去っていった。

この男があの家に返って来ると、湯が沸かしてあり、食事などの用意をして待っていたので、入浴や食事を済ませると、女と二人で寝た。
男は、この女と離れられないほど愛しく思うようになっていたので、この仕事を嫌だと思う気持ちはなかった。やがて、このような事をするのが七、八度に及んだ。
ある時には太刀を持って家の中に押し入らせ、ある時には弓矢を持って外に立たせた。その度に男は役目をそつなく果たした。

このようにして、二人の生活が続いていたが、ある時、女は鍵を一つ取り出して男に渡して、「これを、六角通よりは北、[ 欠字 ]よりは[ 欠字 ](道路名、方角を示しているが不詳。)にある然々という所に持って行き、そこに蔵が幾つかありますので、その中のこれこれを開けて、目についた良い物をしっかり荷造りさせ、その辺りにには車を貸す所が沢山あるので、その者を呼んで積んで持ってきてください」と命じた。
男は、教えられた通りに行って見ると、本当に幾つかの蔵があった。その中の教えられた蔵を開けてみると、欲しい物がいっぱいあった。「何と、驚いたことだ」と思いながら、命じられた通りに車に積んで持って帰り、思うままに取って使った。
このようにして過ごしているうちに、一、二年は過ぎた。

ところが、ある時、この妻同然の女が、いつもと違って心細げな様子で泣いていた。
男は、「これまでこのような事はなかった。おかしなことだ」と思って、「どうして、泣いておられるのですか」と尋ねると、女は「ただ、心ならずもお別れすることがあるかと思うと、悲しいのです」と言うので、男は「どうして、今さらそのようなことを言われるのか」と尋ねると、女は「この儚い世の中では、そのような事があるものですよ」と言う。

男は、「格別に何かあって言ったことではあるまい」と思って、「ちょっとした用事があるので出かけます」と言うと、女は、これまで通りに仕度を整えて出掛けさせた。
男は、「供の者どもも、乗っている馬もいつも通りだ」と思い、出かけた先で二、三日滞在する予定だったので、供も馬もその夜はそこに留めて置いたが、次の日の夕暮れに、ちょっとその辺りに外出する様子で馬を引き出していたが、そのまま姿を消してしまった。
男は、「明日帰るつもりなのに、これはどういうことだ」と思って探し回ったが、見つけることが出来なかったので、驚き怪しみ、人に馬を借りて急いで返ってみると、あの家は跡形もない。
「いったいどうしたことだ」と不思議に思って、蔵があった所に行って見たが、それも跡形もなくなっていて、訊ねる人もいないので、どうすることも出来ず、その時になって初めて女が言っていた言葉が思い合わされた。

さて、男は、今更どうすることも出来ず、前からの知り合いの家に行って過ごしたが、日頃の習慣から、今度は自分の意志で盗みを働き始め、それが二度三度となった。
そのうちに男は捕えられて尋問され、ありのままに一部始終を白状した。

これは実に驚くべきことであった。
あの女は、妖怪変化の者であったのだろうか。一、二日のうちに、家も蔵も跡形なく壊し消し去ってしまうなど、何とも不思議な事である。また、多くの財宝や従者どもを引き連れて去ったのに、その後、何の消息も聞かないのは、実に驚いたことである。
また、家にいながら命令することもしないのに、思いのままに従者どもが時を違えずやって来て強盗を働いたというのも、極めて不思議な事である。

あの家に男は二、三年女と一緒にいたが、「こういうことだったのだ」とは気づかないままであった。また、盗みを働いていた間も、やって来た者どもが誰ということも全く分からずじまいであった。
ただ一度だけ、仲間が集まっているところから少し離れて立っていた者に、他の者が畏れ敬うようにしていたが、松明の灯影に透かして見えた姿は、男の顔色とも思えないほど白く美しかったが、その目鼻立ちや面差しが我が妻としていた女とそっくりに見えたことも、もしかするとそうであったのではないかと思われた。
それも確かな事ではないので、いぶかしく思いながらもそのままに終わった。

これは世にも不思議な事なので、
此く語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆









    

 

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謎多き妻 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 29 - 4 )

2021-06-14 13:07:20 | 今昔物語拾い読み ・ その8

          『 謎多き妻 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 29 - 4 ) 』

今は昔、
[ 欠字 ]の[ 欠字 ]という人がいた。(姓名部分を意識的に欠字にしている。)
父母に先立たれ、この先の世渡りをどうすればよいのかと思いあぐねていた。妻もいないので、「頼りになる妻を娶りたいものだ」と探していると、「親もなく、身一つで豊かに過ごしている」と教えてくれる人がいたので、つてを頼って結婚を申し込んだところ、女が承諾したので、男は女の家に行って契りを結んだ。

さて、男が女の家の様子を見てみると、結構に造られた家に住みついていてたいそう豊かそうである。侍女も年配の者、若い者が合わせて七、八人ばかりいた。皆、着物なども見苦しくないものを着ている。下働きの者も、若くてきびきびとした者が大勢いた。
また、どこかから持ってきた様子もないのに、自分の装束や小舎人童(コドネリワラワ・召し連れて雑用に使う少年)などの着物も立派な物を着せてくれた。牛車なども思いのままで何の不自由もなかったので、「仏神のお助けであろう」と思って喜んだ。

妻は二十歳余りで、美しくて髪も長い。「ここかしこの宮仕えの人を見ても、これほどの女はおるまい」と、何もかもが嬉しく思い、一夜とて欠かすことなく通い続けているうちに、四、五か月ほどして妻は懐妊した。
その後、悩む様子で三か月ばかり経ったある日の昼、妻の前に年配の侍女二人が付き添って、腹を撫でさすったりしていたが、男も「出産の時に万が一のことがありはしないか」などと、かねてから恐れていたこともあって横になっていると、妻に付き添っていた侍女が一人づつ立ち去って、誰もいなくなった。
男は、「自分がこのように横になっているので、気をきかせ立って行ったのだろう」と思いながらそのまま横になっていると、北側の部屋から人が入ってくる気配が遠くにあり、そこにある襖を閉めた。

すると、思いがけない方の襖を引き開けるので、「誰が開けたのだろうか」と思うまでもなくその方を見ると、紅の衣に蘇芳染(スホウゾメ・マメ科の木の実で染めたもので、暗紅色。)の水干(スイカン・男子の平服)を重ねた袖口が差し出されていたので、「いったい何だろう。誰が来たのか」と思い[ 欠字。いぶかしいといった意味の言葉か?]てあるに、差しのぞかせた顔を見ると、髪を後ろざまに結い、烏帽子も着けていない者が、まるで落蹲(ラクソン・雅楽の一つで、竜の面を用いる。)という舞の面のような顔なので、驚き怖ろしくなって、「さては昼盗人が押し入ったに違いない」と思って、枕元の太刀を取るや、「お前は何者だ。誰かいないか」と大声をあげると、妻は衣を引き被って汗みずくになって伏せっていた。

男の声を聞いて、この落蹲に似ている者は、すっと近くまで寄ってきて、「お静かになさいませ。私はあなたが怖ろしいと思われるような者ではありません。この姿をご覧になって怖ろしく思われるのは無理もございませんが、私の言うことをお聞きくださいましたら、哀れと思われることもございましょう。ぜひとも、お聞きくださいましたあとで、それでも怖れるなら怖れてください」と言い続けて、涙を流しさめざめと泣く。それに伴って、伏せっていた妻も泣き出した様子なので、男は二人の様子に何が何だか分からず、きちんと居ずまいを正して、心を静めてから、「これはどういうことなのだ。どういう者が入って来て、そのような事をいうのか」と言ったが、心の中で「盗人が物を取りに入ったのか。または殺しに来た者なのか」と思ったが、その様子がなくさめざめと泣くので、「怪しい」と思うばかりであった。

すると、この怪しい男は、「申し上げるにつきましても、何とも申し上げにくいのですが、とはいえ、知っていただかないわけにもいきませんので」などと言って、「実は、あなたが妻になさっている人は、私のたった一人の娘でございます。母もおりませんので、『この娘を真実愛おしい』と思ってくださる方がいないかと、一人住まわせておりました。幸いあなたがお通い下さいましたが、『このまま長く続くことはあるまい』と思っておりましたので、私のことはお話しないでおりましところ、このように、娘が懐妊いたしましたので、あなたのお志も真実のものと承知致しましたからには、『いつかは分かることなので、いつまでも隠れているわけにはいかない』と思いまして、このように参ったのでございます。
今、こうしてお目にかかりましたので、心の重荷がおりました。『このような者の娘だったのか』とお思いになって疎(ウト)まれ、もし離れて行かれますならば、この世に生きてお過ごしになれるとはお思いになられませんように。必ずお恨み奉ります。
それでもなお、こう申し上げましても、お志が変わらないのであれば、御身一つは安楽にお過ごしになれましょう。それに、この娘が『このような者の娘だ』ということは、決して誰も知りますまい。私も、今日より後は、再び参上することはございません。また、『これはこのような者が差し上げるものですから、他に持ち主がいるのではないか』などと思われて、疑ったり遠慮なさったりしないでください。思いのままに取って使ってください」と言って、蔵の鍵を五つ六つ取り出して前に置いた。

そして、「近江の国に持っております土地の証文です」と言って、結び束ねた書類などを三束置いた。
「これより後は、お目に掛ることはございませんでしょう。もし、我が娘をお捨てになられるようなことがあれば、必ずお目に掛るつもりです。そうでもない限り、影のようにあなたに添い奉ってお仕えいたしましょう」と言うと、立ち去った。
                       ( 以下 (2) に続く )

     ☆   ☆   ☆








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謎多き妻 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 29 - 4 )

2021-06-14 13:06:11 | 今昔物語拾い読み ・ その8

          『 謎多き妻 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 29 - 4 ) 』

     ( (1) より続く  )

妻の父親の話を聞いて、男が「どうすれぱよいだろうか」と考えている様子なのを妻が見て、さめざめと泣くので、男はそれをなだめながら心の中で思った。
「何事も命あってのことだ。もし逃げ出せば必ず殺されるだろう。誰にも知られず行動する者が、深く思い込んでつきまとうのであれば、とても逃れることなど出来まい。されば、命も惜しいし、妻とも別れ難いのだから、『これも前世からの定めであろう』と思ったが、もし自分が出かけた先で、誰かがそっと耳打ちでもするのを見れば、『きっとこの事を聞いて告げ口しているのだろう」と思ってしまうだろう。これは困ったことになったぞ」と。
しかし、あれこれ思い悩んだが、命が惜しいので、「絶対にここを去るまい」と強く思いを固め
た。

そこで、その受け取った蔵の鍵で、言われたとおりにその蔵を開けてみると、多くの財宝が天井に届くまで積まれていた。それを、思うままに取り出して使った。
また、近江国の領地も自分のものにして楽しく過ごしていたが、ある夕暮れ近くの頃、たいそう美しい紙に書かれた上申書のような物を、一人の男が持ってきて置いていった。
「なんの書状だろう」と思って、取って開いてみると、仮名交じり文でこのように書かれていた。

「怪しい姿をお見せした後も、娘へのお心変わりもなく、蔵の物もお使いいただき、近江国の領地も遠慮なくお取りになられました。この上なく嬉しく思います。たとえ死にましても、あなたの守護者になる所存です。
実は、私は近江国の然々と申した者でございます。ところが、思いもかけず人に騙されて、その人に頼りがいがあると見せようと雇われて行っておりましたが、それが盗人働きをしているとも知らず、ただ敵討ちをするためだと思って手助けしているうちに、捕らえられてしまいました。しかし、策を廻らせて逃げ出して、命だけは助かりましたが、世間に顔向けできないような恥を受けましたので、こういう経歴の者だとは人に隠して、『すでに死んでしまった』と人に思わせて、このように隠れて過ごしているのです。
そして、私は世間で過ごしておりました時には裕福でしたので、京にこの家を造り置き、多くの蔵に財宝を貯えておいて、娘をここに住まわせていましたが、このように娘を妻にしてくださるお方に差し上げようと思って、鍵を今まで待っていたのです。近江国の土地も我が先祖からの領地ですから、苦情を申し出る者などありません。それに致しましても、このように私の願い通りにしていただきありがたいことです」と、こまごまと書かれているのを見て、さては、こういう事情があった者だったのだと納得したのである。

その後は、蔵の中の物を取り出して使い、近江国の領地も手に入れて楽しく暮らした。それにしても、少々気味の悪い妻ではあった。
後には、何らかの事情で、他の人が知ることになったのであろうか、
此(カク)なむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆






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貞盛の武勇伝 ・ 今昔物語 ( 29 - 5 )

2021-06-14 13:05:18 | 今昔物語拾い読み ・ その8

          『 貞盛の武勇伝 ・ 今昔物語 ( 29 - 5 ) 』

今は昔、
下京の辺りにちょっとした資産のある法師がいた。
家は豊かで、何不自由なく暮らしていたが、その家に怪しいお告げがあったので、加茂忠行(生没年未詳。平安中期頃の陰陽師で、安倍晴明の師匠にあたる。)にそのお告げの吉凶を尋ねに行かせたところ、「某月某日、固く物忌みをしなさい。そうしなければ、盗人に襲われて命を失くすかもしれないぞ」と占なったので、法師はすっかり怖気あがった。

やがて、その日になったので、門を閉じて人も入れず、厳重に物忌みしていたが、この物忌の日が度々になったあとに、その物忌に当たる日の夕方に門を叩く者があった。
怖ろしくて返事もしないでいると、ますます激しく叩くので、人を出して「どなた様でしょうか。只今は厳重な物忌の最中です」と言わせると、「平貞盛(父の国香を平将門に殺されたが、940年に藤原秀郷と共に将門を滅ぼした。)が、只今陸奥の国から上京しました」と言う。

この貞盛は、この法師とは以前からの近しい知り合いで、たいそう親しく付き合っている仲なので、貞盛は重ねて「只今陸奥の国より京に着きましたが、夜になってしまい、『今夜はゆえあってわが家には帰るまい』と思っているのだが、さて、どこへ行ったらよいのか。それにしても、いかなる物忌ですのか」と取り次がせた。
家の内からは、「『盗人に襲われて命を失う』との占いがあったので、厳重に物忌しているのです」と返事があった。
貞盛は再び取り次がせた。「それならば、ぜひとも貞盛を呼び入れておくべきだ。どうして貞盛を返そうとされるのか」と。
そこで法師は、「まことにその通りだ」と思ったのか、「それでは、殿だけお入りください。郎等や従者の方々はお返しください。何分、厳重な物忌ですので」と返事を伝えさせると、「承知しました」と言って、貞盛自身だけが入り、馬や郎等共を皆引き返らせた。そして法師には、「物忌を厳重に行われているのであれば、出て来られてはいけませんよ。私はこの放出(ハナチイデ・庇の間の一部を仕切って、仮にしつらえた部屋を指しているらしい。)の間に今夜は居させてもらいましょう。今日は家に帰ってはならない日なのです。そして、明朝お会いしましょう」と言って、放出の間に座り、食事などして寝た。

さて、夜半も過ぎたかと思われる頃、門を押す音かがしたので、貞盛は「これは盗人が来たのだろう」と思って、弓を持ち胡録(ヤナグイ・矢を入れる武具)を背負って、車宿り(牛を外した牛車を納めておく建物。)の方に行って身をひそめた。
やはり盗人だったが、太刀を持って門をこじ開けて、ばらばらと入り込んで、南面の部屋の方に回ったので、貞盛は盗人の中に紛れ込んで、物を置いてある方にはいかず、何も無い方に向かって、「ここに物がありそうだ。ここを押し破って入れ」と誘導した。

盗人は貞盛が指示しているとも知らず、松明の火を吹き立てて押し入ろうとしたが、その時貞盛は「盗人が立ち入れば、思いがけず法師も殺されるかもしれない。されば、押し入らない前に射殺しよう」と思ったが、武具を背負い[ 欠字あり。盗人の様子を描写していると思われるが、言葉は不明。]気なる盗人がそばに立っているので危険な気がしたが、「とはいえ、このままにしてはおけない」と思って、そ奴を後ろの方から征矢(ソヤ・ふつうの矢)で以て背中から射抜いた。

こうしておいて、貞盛は「後ろから射る者があるぞ」と叫んで、この射倒された奴に「逃げろ」と言いながら、その射倒されている奴を奥の方へ引き入れた。それを見た別の奴が「誰が射たのか。かまわず、どんどん踏み込め」と恐れることなく下知する奴を、貞盛はそばに走り寄って真ん中に差しあてて射通した。
そして貞盛は、「射る奴がおるぞ。もう逃げよ、者ども」と言いながら、そ奴も奥の方に引き入れたので、二人とも奥の方に倒れ伏した。

その後、貞盛は奥の方から鏑矢(カブラヤ・音を発する矢)を射続けたので、残りの盗人どもは、先を争って門の方に逃げたが、その背中を次々と射てゆくと矢に射られて門の前に三人は射倒されていた。
もともと十人ほどの盗人どもなので、残りの奴らは仲間のことなど見向きもしないで、走って逃げ去ってしまった。そこで、そのうちの四人はすぐさま射殺した。もう一人は、四、五町ばかり(500m前後)逃げたが、腰を射られて逃げ切れず、溝の中に倒れ込んでいた。夜が明けた後に、そ奴を詰問して、残りの奴らを逮捕した。

されば、運の良いことに、貞盛朝臣が来合わせたことで、命拾いをした法師である。
「あまりに厳重な物忌して貞盛を家に入れなかったなら、法師はきっと殺されていただろう」と人々は言い合った、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆










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一網打尽にする ・ 今昔物語 ( 29 - 6 )

2021-06-14 13:04:21 | 今昔物語拾い読み ・ その8

          『 一網打尽にする ・ 今昔物語 ( 29 - 6 ) 』

今は昔、
[ 欠字 ]の[ 欠字 ]という者がいた。(氏名を意識的に欠字としている。)
家は上京の辺りにあった。若い時から受領(ジュリョウ・実際に任国に在住して、実務を執行した国司。)について諸国に行くのを仕事にしていたので、次第に蓄えが出来、生活に不自由はなく家も豊かで従者も多く、自分の領地も手に入れていた。

ところが、その家は東の獄舎に近い所にあったので、獄舎の辺りに住んでいる放免(ホウメン・刑期を果たし、あるいは一部を免除されて出獄し、検非違使の下人として奉職した者。)どもが多数集まって相談し、[ 欠字 ]の家に強盗に入ろうということになったが、その家の様子が詳しく分からないので、「何とかして、あの家にいる者を一人仲間に取り込もう」と策を立てたところ、[ 欠字 ]が摂津国に持っている領地から宿直(トノイ・ここでは一時的に下人として仕えている者のことらしい。)として上京してきている下人がいたので、放免どもは「そ奴は田舎者なので、だませるだろう。物を与えてやれば、まさか嫌とは言うまい」と話し合い、策を練って、その宿直人の男を放免の家におびき寄せた。

そして、うまい物を食わせ酒など飲ませたうえで、「お主は田舎の人らしいが、京では何かと物入りであろう。また、必要なこともあるだろう。本当にお気の毒だ。わけがあって、お主を気の毒だと思うことがあるが、お主はまだ若いので分かるまい。それで、これからは京にいる間はこのようにいつでもここに来なさい。ご馳走いたそう。また。用がある時は言ってくれ」などと親切に話したので、男は「嬉しい」と思いながらも「怪しい」とも思ったが、「何かわけでもあるのだろう」と思って帰った。

このような事が四、五度にもなると、放免どもは「もう、だましおおせた」と思って、もう断れないというほど引き込んだうえで言った。
「実は、お主が宿直している家に我らを手引きして欲しいのだ。そうしてくれれば、たくさんお礼をしよう。この世でお主一人が暮らしていけるほどのことはさせていただこう。これは誰も知らないことだ。この世に生きている者は上下を問わず、我が身のためには悪事を働いたりするものなのだ」と。
このように、放免どもは宿直の男をうまくだましおおせたと思ったが、この宿直の男は下衆の身(身分が低い者)ではあるが思慮深く賢い奴で、心の内では「とんでもない悪事だから、こんな企みに加わってはならぬ」と思ったが、「ここで断れば、きっと悪いことになろう」と考えて、「簡単なことですよ」と承知した。

放免どもは喜んで、「これは少ないが」と絹や布などを与えようとしたが、宿直の男は「すぐに頂かなくとも、首尾よくいってから後に頂きます」と言って、何も受け取らず返ろうとすると、放免どもは「それでは、明日の夜に決行するので、夜半頃に家の門のそばにいて、門を押したら待ち受けていて門を開けてくれ」と言う。宿直の男は「簡単なことです」と言って、返って行った。
放免どもは、その家が武士の家ではないので、気安く思って、強盗の心得のある者を十人ばかりが集まって、明日の夜集合する手はずを決めて、散って行った。

宿直の男は、主の家に帰り、「何とかしてこの事を密かに主に伝えよう」と思ってうかがっていると、主が縁側の辺りに出てきたので、宿直の男は地面に膝をついて、周りに人がいないのを見定めて、「申し上げたいことがある」といった様子を示すと、主は「そなた、何か言いたそうだな。暇を取って郷里に帰りたいと思っているのか」と尋ねると、宿直の男は「そうではございません。そっとお伝えしたいことがございます」と言ったので、主は「何事だろう」と怪しく思って、人目を避けてこっそり呼びつけて聞いてみると、「申し上げますのも、極めて気がとがめることでございますが、『お伝えしておかなくてはどうなることか』と思ったのです。実は、これこれしかじかの事がございます」と言った。

主は「よく教えてくれた。下賤の者は欲に絡んでそなたのような考えを持たないものだ。まことに殊勝なことだ」と言って、「それなら、そなたは、かまわぬから門を開けて盗人どもを中に入れよ」とだけ言って、心の中では「門の外で追い返したのでは捕らえることが出来ず、何者か分からないままになる。それはまずかろう」と思って、大あわてで、長年親しくしている[ 欠字 ]の[ 欠字 ](姓名を意識的に伏せている。)という武士の家に行き、密かにこの事を相談すると、その武士は話を聞いて驚いたが、親交を結んでいる人の相談なので、「郎等ばかりでなく、下男なども含めて、武道に達している者ども五十人ばかりを、明日の夕方に密かに遣わそう」と言ったので、頼みに来た主は喜んで帰って行った。

翌日の夕方になると、かの武士は、弓矢や太刀などを物に包んだり長櫃に入れるなどして、さりげない様子で先に送り込み、夜になってから、武士たちが普通の人のように装って、一人ずつその家に行って隠れた。そして、その時刻になると、ある者は武具を背負い、ある者は太刀を手に取り、全員が甲冑を着けて、手に唾つけて待ち構えた。
また、外に逃げ出すこともあるかもしれないと、少々は辻々に立たせていた。

放免どもは、このような事になっていることをつゆ知らず、すっかり手引きの男を信用して、夜が更ける頃、その家に行き門を押すと、宿直の男は待ち構えていたことなので、出て行って門を開けるや否や、走って引き返し縁の下に深く入り込んだ。
同時に、放免どもがばらばらと押し入ったが、全員が入るや、武士たちは待ち構えていたことなので、抜かりがあるはずもなく、一人ずつ捕らえた。盗人は十人ほどいたが、武勇に優れた武士たち四、五十人が手ぐすね引いて待ち構えていたので、全く抵抗させることもなく全員を捕らえて、車宿(クルマヤドリ・牛を外した牛車の車庫)の柱に縛りつけて、その夜はそのままで、夜が明けてから見てみると、全員縛られたままで目をぱちぱちさせていた。
このような奴らは、獄舎に放り込んだところで、やがて解き放されたら、また悪事を働くだろうと思われたので、それとなく、人に知らせずに、夜になってから密かに外に連れ出して、全員を射殺させてしまった。
そのため、こ奴らはこの家に強盗に入って、打ち殺されたのだということになって、そのままに終わった。

つまらぬ欲を出して、命を失くしてしまった奴らである。この家の主は賢い男であったので、そのお蔭で命拾いしたのである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆












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盗み心 ・ 今昔物語 ( 29 - 7 )

2021-06-14 13:03:15 | 今昔物語拾い読み ・ その8

          『 盗み心 ・ 今昔物語 ( 29 - 7 ) 』

今は昔、
猪熊小路と綾小路が交差する辺りに、藤大夫[ 欠字 ](人名が入るが不詳。なお、藤大夫は藤原氏で五位の者の通称に用いる。)という者が住んでいた。
受領の供でもしたのであろうか、田舎に行って京に帰ってきたが、多くの物を持ち返りそれを整理していたが、隣に住んでいる盗み心のある者が見ていて、同じように盗み心のある親しい仲間を多数集めて、その家に強盗に入った。
その家の人は皆、ある者は物陰に隠れ、ある者は縁の下にもぐりこんだ。待ち受けて戦う人は一人もいなかったので、盗人どもは思いのままに家の中のあらゆるものを探し回り、根こそぎ奪って逃げた。

ところが、縁の下に逃げ込みうつ伏せになっていた使用人の小柄な男がいた。盗人が物を取り終えて返ろうとした時、縁の下に隠れていた小柄な男は、盗人が縁側から走り下りようとした足に抱き着いて引っ張ったので、盗人はうつ伏せに倒れた。その上にこの小柄な男は襲いかかり、盗人の[ 欠字。体の部分と思われるが不詳。]を刀を抜いて二突き三突きした。
盗人は足を取られて強く転倒したので、胸を打って気を失っていたところに[ 欠字 ]を何度も突かれたので、何の手向かいもしないまま死んでしまった。
そこで、この小柄な男は、盗人の両足首を掴んで、縁の下の奥の方に引きずり込んだ。

そうしておいて、この小柄な男は何事もなかったかのような顔つきで出て行くと、逃げ隠れした者たちも、盗人が逃げ去ったので、皆出てきて大声で騒ぎ合った。着物を剥ぎ取られた者は裸で震えている。家の中は、何もかも皆めちゃくちゃにされていて、すっかり打ち壊されている。
盗人は物を取り終え、猪熊小路を南に走り逃げようとすると、隣家の人々が起き出してきて矢を射かけたので、散り散りになって逃げ去った。
しかし、仲間の一人が突き殺されたことには気づかなかった。

夜半過ぎに押し入った盗人なので、それからいくらもしないうちに夜が明けた。
隣の人も集まってきて、大騒ぎする。西洞院大路と[ 欠字。道路名を意識的に伏せている。]が交わる辺りに、藤判官(トウハンガン・藤原氏で検非違使の尉である人物の通称。)[ 欠字。氏名を意識的に伏せている。]という検非違使も、この藤大夫と親しい間柄だったので、人を遣って見舞わせたが、この盗人を突き殺した小柄な男は、その藤判官のもとに行き、「然々の事をいたしました」と申したので、藤判官は驚いて、手下の放免を呼んで藤大夫の家に行かせて調べさせた。放免がその家に行って突き殺された盗人を引き出してみると、それは隣家の某殿の雑色(ゾウシキ・雑用を勤める小者。)であった。そして、何とも驚いたことに、隣の家に多くの品物が運び込まれるのを見て盗みに入ったのだと分かった。

放免がこの事を藤判官に申し上げると、藤判官はすぐさまその雑色の家に人を遣って、妻を逮捕させた。
「妻はきっといきさつを知っているだろう」と思って尋問すると、妻は隠しきれず、「昨夜、其丸・彼丸が家にきて密談をしておりました。その者たちの家はどこそこです」と白状したので、正式に検非違使庁の別当(長官)に申し出て、その女に案内させて、その家々に行って逮捕しようとすると、そ奴らは昨夜の強盗に疲れ果てて寝ていたので、全員ことごとく捕らえられた。
言い逃れも出来ないことなので、片っ端から全員が獄舎に入れられた。また、盗み取られた品物もすべてを取り戻した。
そして、この盗人を突き殺した小柄な男は、それから後は、立派な武士として用いられるようになった。

されば、家では、いろいろな物を取り広げて、むやみに人に見せるものではない。このような盗み心を起こす者もいるのである。たとえ従者といえども心を許してはならない。いわんや、見知らぬ者に対しては、そのような心があるのではないかと疑ってかかるべきである、
となむ語り伝へたるとや。

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哀れな女房 ・ 今昔物語 ( 29 - 8 )

2021-06-14 13:02:23 | 今昔物語拾い読み ・ その8

          『 哀れな女房 ・ 今昔物語 ( 29 - 8 ) 』

今は昔、
下野(シモツケ)の守藤原為元(生没年未詳。1000年前後の人。従五位下。)という人がいた。 家は三条大路よりは南、西洞院大路よりは西に当たる所にあった。

さて、十二月のつごもりの頃に、その家に強盗が入った。
隣家の人々が驚いて騒ぎ出したので、ろくな物も取らないうちに盗人は「取り囲まれる」と思って、その家におられた身分の高い女房(妻という意味ではない。花山院の女王らしい。)を人質にして、その女房を抱きかかえて逃げ出した。
三条大路を西に向かって逃げたが、この人質を馬に乗せて、大宮大路の辻まで来たところ、追手がやって来たと思い、この女房の御衣を剥ぎ取り、女房は捨てて逃げ去った。

女房はこれまで経験したこともない酷い目に遭い、裸で恐怖におののいているうちに、大宮川に落ち込んだ。水には氷が張っていて、風の冷たいこと限りなかった。
やっと自ら這いあがり、近くの家に立ち寄って門を叩いたが、恐れて誰も応じてくれない。そのため、女房は凍えて遂に死んでしまい、犬に食われた。
翌朝見ると、たいそう長い髪と真っ赤な頭と紅の袴とが、切れ切れになって氷の中に残っていた。

その後、宣旨が下り、「もしこの盗人を捕らえて突き出した者があれば、莫大な恩賞を与える」と発表されたので、大変な評判になった。
この事件については、荒三位(コウザンミ・粗暴な三位という意味で、藤原道雅の異名。)といわれる藤原[ 欠字。意識的に伏字にしている。]という人が疑われた。それは、この荒三位が、あの犬に食われた姫君に懸想していたが、聞き入れなかったので起こしたことだと世間の人は噂した。

ところで、検非違使左衛門尉(ケビイシ サエモンノジョウ・検非違使で左衛門府の尉(三等官)を兼ねた者。
)平時道(生没年未詳。1012-1025の頃右衛門府に在勤しているので、左衛門府は間違いらしい。)が宣旨を承って犯人を探索していたが、大和国に下る途中に山城国に柞の杜(ハハソノモリ)という所の辺りで一人の男に出会った。
この男が、検非違使を見て平伏した様子が怪しかったので、その男を捕らえて奈良坂に連行し、「お前は何か悪事を犯したのであろう」と厳しく尋問を続けたが、男は「決してそのような事はしておりません」と否認したが、さらに厳しく責めて尋問を続けると、「一昨年の十二月のつもごりの頃、人に誘われて、三条西洞院にあるお屋敷に押し入りましたが、何も取ることが出来ず、身分ある女房を人質に取り、大宮の辻に捨て去って逃げました。その後承るところでは、凍死して犬に食われなさったということです」と白状した。

時道は喜んで、その男を連行して京に上り、事の次第を申し上げると、「時道は大夫の尉(タイフノジョウ・大夫は五位の者を指す。尉は六位相当なので昇叙されるという意味。)に昇進するだろう」と世間で噂されたが、その賞はなく終わった。
どういう事情があったのか、「必ず恩賞を与える」との仰せがあったが、[  脱文があると思われるが、不詳 ]
遂に時道は五位に叙せられて、左衛門大夫といわれていた。世間の人がこぞって非難したからであろう。

これを思うに、たとえ女であろうとも、やはり寝室などは十分用心しておくべきである。「油断して寝ていたからこのように人質に取られたのだ」と人々は噂した、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

* 何とも残酷な物語ですが、1012年12
月に花山院の女王が殺害されたという事件は発生しているようです。
本話は、それにもとずく説話ですが、事件の内容は少し違うようですし、政治的な背景も絡んでいるようです。
欠字部分が多いのも、その辺りの事情もあるのかもしれません。

     ☆   ☆   ☆




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