マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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城戸で聞きとる陰地の山の神

2016年07月29日 08時44分31秒 | 五條市へ
大字津越(つごし)より下って大字川岸外れ。

そこではなかった大字の陰地(おんじ)。

いったいどこに集落があるのだろうか。

川岸から走行路を下って南下する。

ここら辺りははっきり覚えている。

数回泊まった宿泊所がある。

村営の「にしよしの荘」である。

季節はいつだったか覚えてないが家族旅行で泊まった。

食事も美味しかったし格安料金だったように覚えている。

鮮明に記憶に残るアクシデントがあったことも一つの思い出。

あんまり思いだしたくないが、アクシデントは車のトラブルだ。

到着して荷物を下ろした。

家族は宿に向かって歩いていた。

私は、といえばキーを使わずにドアノブ操作でドアロックだ。

家族を追いかけて歩いていたときに気がついた。

キーは車の中に置いたままだ。

キーがなければドアは開かない。

トラブルは20数年前のことだ。

電子キーなんぞなかった時代である。

困った顔で「にしよしの荘」の職員さんに事情を伝えたら、なにやら奥から取り出してきた。

長いモノサシである。

ドアの窓ガラスの隙間に突っ込んでグニュグニュ。

音がしたかどうかは覚えていないが、ドアが開いた。

職員さん曰く、宿泊者で度々こういうトラブルがあるので対応してきたという。

タネをバラシたくはないが、云十年も前のこと。

現在の車はセキュリテイでがんじがらめ。

モノサシでは不可能だと思う。

感慨にふける余裕はない。

本題の話しに戻そう。

私が知りたいのは在所陰地の山の神だ。

たまたま玄関に居た人を発見した。

おそるおそる尋ねてみた山の神。

奥さんが云うにはそこにあったかどうか・・、である。

あったとしても集落よりもまだ山の上

「円光寺(平等山桧川御坊)」がある。

それより上にあるのが八幡さん。

神社の当番かどうか判らないが何がしかを供えているようだと云う。

もしかとすればしていないかも知れない。

旧吉野村の大字城戸(じょうど)などここら辺りは山の仕事が主たる産業だった。

今は廃れて伐りだした木材をトラックで運んでいたと云う。

業態は木材ではなくなったが、培った技術で運送業を営んでいる。

津越に向かう道で木材を伐りだしていた人たちが居た。

その人らは地元民ではなく他村から来た同業者。

山の神のことは知るわけがない。

訪ねた運送屋さんの前を登る道がある。

その道を行けば陰地になるが、たぶんに迷う。

現地をよく知る森林組合の人の案内であればいいのだが・・、という。

城戸に森林組合がある。

ここも地元民ではなく他村の人。

ほとんどの人に聞いても判らない山の神だが、唯一一人だけが地元民。

この日の森林組合は休日。

平日の場合なら居られる可能性がある。

山の神の存在を知りたければその人に聞け、と云われた。

気になっていた城戸の行事も尋ねた。

平成17年7月24日に取材した川合地蔵尊のお祭りだ。

地蔵尊の前で組んだススキ提灯。

台車に載せたススキ提灯は引っ張って曳行していた。

このときに訪れたときに神社行事の様相を聞いた。

が、何年か前に中断されていた。

もしかとすればと思って奥さんに尋ねた。

結果はススキ提灯も中断であったということだ。

(H27.11. 7 SB932SH撮影)