型破りで多才な男ジョン・ヒューストンが自ら語る明白な履歴である。
文末に次のような記述がある。“孫をもつ身として、私には自分の罪多き人生を省みて、若き人々に一片のアドバイスを授ける資格があるだろう。よくある問いかけに答えるかたちで私なりのアドバイスを要約してみよう。
曰く『人生がやり直せるものならどうするか?』
自分の子供たちともっと多くの時間を過ごす。
金を使うのはまず金を手にしてからにする。
きつい酒ではなくワインの楽しさを覚える。
肺炎になったらタバコを控える。
五度目の結婚はしない。“
この裏返しがジョン・ヒューストンの人生そのものだった。生涯で41本の映画を監督し、18本の作品に脚本を提供し、40本の映画に出演した。
1948年「黄金」でアカデミー監督賞と脚本賞を受賞。1951年「アフリカの女王」でアカデミー作品賞を受賞し、ほかにノミネート作品多数を数える。
ハリウッドもシステム化され、経営陣に映画制作の素人が参加するのを見て、嫌悪をあらわにしている。この人は、いわゆる職人の映画監督なのだろう。
酒好き女好きは特別のものではないが、若いころボクシングをやり、絵も描き、文章も書いていた。いずれもプロ級の腕前で、それに加えハンティングや釣り、競走馬の飼育や乗馬を愛し、自然環境に愛着を持つという男だった。
映画の裏話も見え、本人のいたずら好きにもにんまりするという、当時の映画好きには何かと話題を提供してくれる。
話は変わるが、脚本をトルーマン・カポーティが担当しているのがある。ジョン・ヒューストンの1953年のコメディ「悪魔をやっつけろ」、同じ年にヴィットリオ・デ・シーカの悲恋に終わる映画「終着駅」、1961年の幽霊のお話「回転」がある。
また映画出演が一本ある。億万長者の役の1976年「名探偵登場」である。先日トルーマン・カポーティの「冷血」をブログに書いたのでちょっと気になった次第。
億万長者役のカポーティ
ジョン・ヒューストンは1987年8月28日他界。享年81歳だった。なお、遺作となった愛娘アンジェリカ・ヒューストン主演の「ザ・デッド(‘87)」やジャック・ニコルソン、キャスリン・ターナー、アンジェリカ・ヒューストンの「女と男の名誉(’85)」はぜひ観たいと思っている。
文末に次のような記述がある。“孫をもつ身として、私には自分の罪多き人生を省みて、若き人々に一片のアドバイスを授ける資格があるだろう。よくある問いかけに答えるかたちで私なりのアドバイスを要約してみよう。
曰く『人生がやり直せるものならどうするか?』
自分の子供たちともっと多くの時間を過ごす。
金を使うのはまず金を手にしてからにする。
きつい酒ではなくワインの楽しさを覚える。
肺炎になったらタバコを控える。
五度目の結婚はしない。“
この裏返しがジョン・ヒューストンの人生そのものだった。生涯で41本の映画を監督し、18本の作品に脚本を提供し、40本の映画に出演した。
1948年「黄金」でアカデミー監督賞と脚本賞を受賞。1951年「アフリカの女王」でアカデミー作品賞を受賞し、ほかにノミネート作品多数を数える。
ハリウッドもシステム化され、経営陣に映画制作の素人が参加するのを見て、嫌悪をあらわにしている。この人は、いわゆる職人の映画監督なのだろう。
酒好き女好きは特別のものではないが、若いころボクシングをやり、絵も描き、文章も書いていた。いずれもプロ級の腕前で、それに加えハンティングや釣り、競走馬の飼育や乗馬を愛し、自然環境に愛着を持つという男だった。
映画の裏話も見え、本人のいたずら好きにもにんまりするという、当時の映画好きには何かと話題を提供してくれる。
話は変わるが、脚本をトルーマン・カポーティが担当しているのがある。ジョン・ヒューストンの1953年のコメディ「悪魔をやっつけろ」、同じ年にヴィットリオ・デ・シーカの悲恋に終わる映画「終着駅」、1961年の幽霊のお話「回転」がある。
また映画出演が一本ある。億万長者の役の1976年「名探偵登場」である。先日トルーマン・カポーティの「冷血」をブログに書いたのでちょっと気になった次第。
億万長者役のカポーティ
ジョン・ヒューストンは1987年8月28日他界。享年81歳だった。なお、遺作となった愛娘アンジェリカ・ヒューストン主演の「ザ・デッド(‘87)」やジャック・ニコルソン、キャスリン・ターナー、アンジェリカ・ヒューストンの「女と男の名誉(’85)」はぜひ観たいと思っている。