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読書 マイクル・クライトン「NEXT-ネクストー」

2007-12-04 11:40:52 | 読書

              
 私たちには次ぎがあるが、それは一体どんなものなのだろう!遺伝子の売買か?ここでは遺伝子がテーマで、特別な細胞を持つ男の遺伝子をめぐり、その遺伝子の使われ方やバイオテクノロジー企業の儲け主義の破綻を多くの事実や作り話でスリリングに展開する。
 そもそも遺伝子とは何なのか? 私は具体的に説明できない。そこでいつものようにウィキペディアに跳んだ。そこにはこう書いてある。“遺伝子は生物の遺伝的な形質を規定する因子であり、遺伝情報の単位である”と書いてあるがこれ以上深入りしたくないので、遺伝子操作の作物やクローン牛・羊を連想する程度にしておこう。なにやらしち難しい題材ではあるが、表現は易しく随所に読者サービスと思われる箇所もある。やたら美女が出てきて眺める男たちをむずむずとさせる。
 それにこれこそ本題のメーンといえる、おうむのジェラールと類人猿のディヴによって活気とユーモアを与えてくれる。どちらも言葉が喋れる共通点がある。
 特にジェラールは、喋れるだけでなく人の物まねや物音をリアルに再現するという特技がある。ジェラールにかかればセックスシーンも下手な映画より圧倒的な迫力がある。あえぎ声は勿論絶頂をむかえた絶叫、ことの途中でかかる電話の音それにいらつく男女という具合。

 その一端を少し長いかも知れないが引用してみよう。大物投資家の秘書が持ち込んだジェラールとペットショップのスタン。“スタン・ミルグラムは、カリフォルニアの叔母の家を訪ねるため、車で家を出発した。現地まではちょっとした長旅だ。だが、走り始めて一時間もしないうちに、ジェラールがさっそく文句をいいだした。
「ああ、くさい」バックシートの鳥かごの中で、とまり木にとまったまま、ジェラールはいった。
「猛烈にくさくて鼻が曲がりそうだ」
ジェラールはそこで、窓の外を見た。
「このくさい場所はどういう場所だ?」
「オハイオ州コロンバスだよ」スタンは答えた。
「じつに不愉快だ」
「俗にいうだろう――コロンバスは華麗さのないクリーブランドだって」
オウムはなにもいわない。
「華麗ってわかるかい?」
「わかる。だまって運転しろ」
ジェラールは機嫌が悪そうだった。スタンにしてみれば、その点は納得がいかないところだ。この二日間、下にも置かないあつかいをしてきたのだから。ネットで洋鵡(ヨウム)の好むエサを調べ、旨いりんごや特別の青菜を与えてきたし、夜間にはジェラールが見られるように、ペットショップのテレビをつけっぱなしにしておいた。一日も経つと、ジェラールはスタンの指をかまなくなった。スタンの耳をかまずに肩に乗ってくれるようにもなった。それなのに……。
ジェラールがたずねた。
「もうそろそろ到着するのか?」
「なにいってんだい。まだ出発して一時間じゃないか」
「あとどのくらいかかる?」
「三日はドライブすることになるな。ジェラール」
「三日。二十四時間かける三、つまり七十二時間だな」
スタンは眉をひそめた。計算をする鳥なんて聞いたこともない。
「どこでそんな芸を憶えたんだ?」
「わたしはさまざまな才能を持つ人間だ」
「きみは人間じゃないだろ」スタンは笑った。「映画で憶えたのかい?」
時々このオウムは、映画のセリフを繰返すことがある。それはたしかだ。
「デイヴ」ジェラールは感情の欠落した男の声でいった。「これ以上は、この会話を続ける意味がない。さよならだ」(2001年宇宙の旅)
「ああ、待った。そのセリフ、知ってるぞ。『スターウォーズ』だっけ」
「シートベルトを締めて。大荒れの夜になるわよ」(イヴの総て)
スタンは眉をひそめた。
「飛行機の映画だったかな……」
「ここも捜すだろう、あそこも捜すだろう、フランス人どもは、ありとあらゆるところを――」(紅はこべ)
「ああ、それは映画じゃないな。たしか、詩だった」
「これはしたり!」(紅はこべ)こんどは英国風の発音だった。
「降参だよ」スタンはいった。
「わたしもだ」ジェラールは答え、リアルなためいきの音をまねた。「あとどのくらいかかるんだね?」
「三日だっていったろ」
ヨウムは窓の外と後方へ流れゆく街を眺めた。
「文明の恩恵から切り離されたってわけだ」(駅馬車)
こんどはカウボーイ風の、語尾を引きずるしゃべりかただった。続いて、バンジョーをつまびく音をまねしだした。

 その日、だいぶあとになって、ヨウムはフランス語の歌を歌いだした。いや、もしかするとアラビア語の歌かもしれない。スタンにはよくわからなかった。いずれにしても、外国の言葉であることはたしかだ。まるでライブ・コンサートにきたみたいだった。少なくとも、ライブ録音を聞かされているみたいではある。というのは、ジェラールは歌を歌いだす前に、聴衆のざわめきや楽器のチューニングの音、演奏者たちがステージに出てくるときの歓声なども再現してみせたからである。歌自体は、“ディディ”だかなんだかのことを歌っているように聞こえた。
 しばらくはおもしろかった。外国のラジオを聴いているような感じだったからだ。しかし、ジェラールは何度も同じことを繰返す傾向があり、そのうちにつらくなってきた。あるとき、ある狭い間道で、女性ドライバーの車のうしろについてしまった。進みが遅いので、一、二回、追い越そうとしたが、なかなかうまくいかない。しばらくのろのろと進むうちに、ジェラールがいいだした。
「ル・ソレイユ・セ・ボーおてんとうさんはきれいだね」(勝手にしやがれ)
そして、大きな銃声をまねた。
「それ、フランス語かい?」スタンはたずねた。さらに何度か、銃声が響いた。
「ル・ソレイユ・セ・ボー」バン!
「ル・ソレイユ・セ・ボー」バン!
「ル・ソレイユ・セ・ボー」バン!
「ジェラール……」
「女の運転は臆病でいけねえ、とろとろ走りやがって」ヨウムはそういって、低く響く音を出した。
「なんで追い越さねえんだよ?……あ、そうか、ちっ、工事中か」
女性ドライバーは、やっとのことで右に折れてくれたが、右折ぶりがまたのろのろとしていて、そのうしろをすり抜けるとき、スタンは少し速度を落とさねばならなかった。
「ブレーキを踏むなっての……ブガティじいさんもいってたぜ、車は走らせるためのもんで、止まるためのもんじゃねってよ」
スタンはためいきをついた。
「きみがいってることはひとこともわからないよ、ジェラール」
「やべえ、ポ リ だ!」
こんどはパトカーのサイレンのような音をたてはじめた。
「もういいから」
スタンはラジオのスイッチを入れた。午後も遅くなっている。すでにメリーヴィルを通りすぎ、セントルイスに向かっているところだ。だいぶ車が多くなってきていた。
「もう着くか?」ジェラールがたずねた。
スタンはためいきをついた。
「訊かないでくれ」
どうやら、長くて消耗する旅になりそうだった“

チョット長かったかな。この辺でコーヒーでもどうぞ。

 訳者あとがきによると、本の中に現れる人名や事件はほぼ実在、実名をひねったものだという。勿論フィクションの部分もあるが、金髪遺伝子をめぐる報道のドタバタは本当にあったことだし、イタリア首相が吸引した体脂肪で作った石鹸の話、自分の体脂肪を燃料にしてしまった男の話、DNAのモザイク、サイトカイン・ストーム、カナバン病試料の私物化、少女たちの卵子売り、精子バンクの提供者を捕捉して養育費を請求する話等、すべて実話であるという。
 わたしは千葉に在住していることもあって、「箱には〈追跡技術(トラックテック)インダストリーズ、チバシティ、ジャパン〉の文字が入っている」という記述を見てインターネットで調べたが不明だった。それにしても日本の一地方都市名が作品に表れるのを見たのは初めてでこれが最後かもしれない。この追跡技術というのは、例えばスニーカーに埋め込んだ小さな部品からの電波で居場所を知らせるというものだ。日本人なら出来そうな技術に思える。
 著者は、1942年、イリノイ州シカゴ生れ。ハーバード大学で人類学を専攻後、ハーバード・メディカル・スクールを卒業。在学中からミステリを書きはじめ、1968年に発表した『緊急の場合には』でアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞を受賞し、69年の『アンドロメダ病原体』がベストセラーとなる。その後『ジュラシックパーク』『ディスクロージャー』『エアフレームー機体―』『タイムライン』『プレイー獲物―』『恐怖の存在』など、次々と話題作を世に送り出し、その著作のほとんどが映画化されている。また、自らも映画監督として活躍した経験を持つほか、人気TVドラマシリーズ『ER』の製作者としても知られる。
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