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アメリカ企業の代表者を表すCEO(最高経営責任者)というのを、新聞なんかでよく目にする。この人たちは責任も重いが報酬は目を見張るほど高額だ。
ここミシガン州の人口四万人の小さな町にオフィス家具メーカーの大手ストラットン社がある。そこのCEOニック・コノヴァーも例外ではない。この街の高級住宅地「要塞村」といわれるほどセキュリティーの厳重な土地に豪邸を建てて妻の亡きあと二人の子供を育てていた。
ニックはCEOとはいいながら投資会社の支配下に置かれていて、社外取締役もその投資会社の息がかかっているメンバーだった。そしてニックに強く迫ったのは、従業員のレイオフだった。一万人から五千人への人員削減は、町の反感を買い「首切りニック」と揶揄されるようになった。
それだけではない。誰かが侵入してリビングやダイニング・ルーム、キッチンの壁に蛍光剤の入ったオレンジ色のペンキをスプレーで吹き付けていく。毎回同じ文句だ。「逃げ場はないぞ」と律儀な字で書かれていた。おまけに愛犬が腹をさかれて殺される。
そんなある夜、侵入してきた男をニックは射殺してしまう。狼狽したニックは友人で会社の保安担当者のエディに処理を任せる。治安の悪い一画から大型ゴミ容器に捨てられた死体が発見される。
連絡を受けたのは地元警察の殺人課所属の黒人女性刑事オードリー・ライムスだった。物語はニックとオードリーの二つの視点から展開されるが、M&A(合併と買収)の裏工作や長男との関係に悩み警察の捜査にもおびえるニックの様子とオードリーの地道な捜査に加え、上司の裏切りまでを克明に描いてある。
クライマックスの意外な結末まで、ビジネス・サスペンスとも言うべき緊張感が薄れることなく描出されている。
余談になるが、著者の好みなのだろうオードリーの上司ノイスの執務部屋には、高額な大型オーディオ装置があって、キース・ジャレット、ビル・エヴァンス、アート・テイタム、チャーリー・ミンガス、セロニアス・モンクというジャズ・プレイヤーの演奏が流れる。この辺はわたしの好みとも合ってチョット嬉しくなった。
著者は、1958年シカゴ生まれ。少年時代をアフガニスタン、フィリピンなどで過ごす。エール大学卒業後、ハーヴァード大ロシア研究センターに進み、その後同大学で教鞭をとる。24歳のときにソビエト指導者とアメリカ財界人との癒着を暴露したノンフィクション『レッド・カーペット』で脚光を浴びる。以後、著名紙誌で数々の評論を発表。‘91年に刊行された処女長編小説『モスコウ・クラブ』はソビエト崩壊を予言したものとして話題になった。