ジェームズ・ボンド、30代前半、身長180センチ、体重78キロ、黒い髪の毛、右頬に長さ8センチほどの傷痕があり、元海軍予備軍中佐。勿論頭脳明晰でハンサム。筋肉質な体。あらゆる銃に精通、射撃の腕も抜群。格闘技にも秀でている。一体こんな男が本当に存在するのか。
逆説的に言えば、そんな男が存在しないからこそイアン・フレミングが造形したのだろう。ただ、このボンドにも悩みがある。本から引用すると“ジェームズ・ボンドのために生まれてきた女、すべての秘密を打ち明けられる女、彼の人生を共有できる女は、この世のどこかに存在していると思いたい”
仕事柄一箇所にとどまることがない。しかも、非常に危険だ。MI6とかMI5という諜報機関に所属しているとはおいそれと女性に言えない。正義の味方ではあるが、手段を選ばないという点では恐らくほとんどの女性には理解してもらえないだろう。どこかに理解してくれる女性がいるのだろうが、今のところ出会いはない。したがって、女性とのデートもその場限りになる。
映画でもボンドは、女性に囲まれてでれでれとしているが、内心は寂しいはずだ。カナーリ(イタリアの高級紳士服メーカー)の紺のスーツ、海島綿(西インド諸島(中南米)に産出する綿の最高級品。一着25,000円~35,000円ということのようだ)の白シャツ、バーガンディ色(ブルゴーニュ産の赤ワインのような濃い紫をさす)のグレナディン地のネクタイ。シャツとネクタイは、ターンブル&アッサーのもの(イギリスのファッション・メーカー)。それに黒いスリップオンの靴を合わせた伊達姿。多分国家予算で賄っているんだろうなあ。
世界を股に掛けてまるで人食いサメのように遊弋している。今回も大量殺人のテロを嗅ぎつけて南アフリカで、銃撃戦や車の追尾、それに女性とのお楽しみもありエンタテイメント性充分だった。
本筋のストーリーとは別に私としては楽しめた部分がある。まず、ボンドと車は切っても切れない関係だろう。出勤に使うのは、ベントレー・コンチネンタルGTだ。
“ツィンターボを搭載したW型十二気筒エンジンが低いうなりとともに目を覚ます。ダウンシフトパドルを指先で操作して一速に入れ、ゆっくりと通りに出た”こういう記述から見ると著者のジェフリー・ディーヴァーもかなり車好きに見える。
もう一台、それは日本製のスバル・インプレッサWRX STI。エンジンは305馬力のターボチャージャー付きで、六速マニュアル・トランスミッション。元気のいい車だと褒めている。
もう一つ、ワインやカクテルに造詣が深く、バーでマティーニを注文する場面はこんな具合だ。
“舌が痺れそうなくらいよく冷やしたウォッカには、薬と同じとは言わないまでも、癒す力があると信じている。そこで、ストリチナヤ(ロシア産ウォッカ)を使ったマティーニをダブルで頼んだ。そして、よくシェークしてくれと付け加えた。ステアするよりもウォッカがよく冷えるだけでなく、細かな気泡が入るおかげで風味が格段によくなるからだ”
なるほどなあ! ウォッカを使うのか。通常のレシピでは、ドライ・ジンを使うことになっている。本には物語を楽しむほかに、こういう食べ物や飲み物、ファッションや音楽などの薀蓄に触れることが出来るのがうれしい。