テキサス州ダラス市警には身長180センチ、赤い髪をなびかせる美人の麻薬捜査課刑事がいる。部下四人を持つレズビアンのベティ・リジックだ。
原題が「The Dime」、つまり10セント硬貨のことで、これがベティの窮地を救うことになる。ミステリー物って書くのが難しい気がする。刑事が主人公なら、犯罪を追うのは当たり前で、専門知識を必要とし悪いことにほかの人が散々書いている。余程の力量でない限り、勝利の旗は揚げられない。
本作は、2018年度アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞にノミネートされているから成功したと言える。
読了の結果は、理解しづらい比喩もああるが、観光ガイドブックにはないテキサスやテキサス男(テキサス女も)が描かれ興味が尽きなかった。
本物のダラスは、リヴァーフロント・ストリートと聞いたベティは「上昇した気温が、鏡のように輝く鋭いうろこに覆われた怪物みたいに頭にまとわりつき、汗が耳や首を舌で舐めるように流れ込んでくる」というあまりピンとこない比喩に戸惑いながら、「監視対象の家は、北ダラスのこのあたりに建っている、チューダー様式を模したほかの家々と全く同じ大邸宅だ。どれもゼロ・ロット・ライン方式の狭い空間に建ち並んでいる」
ちなみにこのゼロ・ロット・ライン方式とは「行政の策定したルールに基づき、所有権とは別に敷地内への立ち入り権を設定し、隣住戸に敷地の一部利用を認める手法。狭い敷地を合理的に活用する仕組みとして、米国の分譲戸建てで活用されている。隣戸の外壁まで敷地が利用でき、境界がゼロになることから「ゼロ境界線」=ゼロロットラインと名付けらた」とネットで解説されている。(建ぺい率を計算するとき、隣家の外壁からできるということかな。もしそうならより大きな家を建てることができる)
今、監視の車に中にいるのはベティと相棒のセス・ダットン刑事。このセス・ダットン「よく日焼けした健康な体形にスカンジナビア系か中西部人にありがちなタイプの、とてもハンサムな男だ。身長は183センチ、ベティとほぼ同じぐらいだ.課で言われているジョークに「セスが部屋にに入ってくるたびに気絶したりしない女は、北テキサスではベティ一人だけだと言われている」
ベティが言う「セスは顔を上げ、にんまりと笑う。私が男に欲情する女なら、すぐさまトイレの個室に連れ込んでむしゃぶりつきたくなる笑顔だ」
ベティにはジャッキーという医師のパートナーがいる。「法廷で証言するときのジャッキーはこの上なく美しく、法医学の知識を短剣のように駆使する彼女は、まるで証人席の復讐の女神のようだ」
日ごろは男勝りの女丈夫ベティもジャッキーの誕生祝いとなれば「リュニオン・タワーの最上階のレストランには、十年ぐらい履いているドクターマーチンのワインカラーのブーツ、カスタムメイドの黒のレザーパンツ、タイトなカットで裾が腿の中ほどまである新しいベルベットのブレザーといった大枚をはたいたファッションで行く。
ジャッキーは、シーグリーンのシルクのブラウスとぴったりした黒のスカート、それに高いヒールの靴を履いていて、その靴で歩くとふくらはぎがピンと伸び、まるでバレリーナのようだ」(こんな二人からは、目をそらすことはできない)
それにハイウェイ事情もある。テキサスの大半は何キロ行けども何もない場所がひたすら続くだけの土地だ。そんなところにスピード制限の標識があるわけがない。セスがハンドルを握ると時速145キロが当たり前なのだ。
インターステート75号線では、ラッシュアワーが始まりダラスっ子(ダラサイト)たちのうんざりするような自動車大移動突撃作戦が始まり、まっとうな車線変更テクニックは役立たなくなる。「たまにはウィンカーを出しなさいよ」とベティが叫ぶ。
著者のキャスリーン・ケントは、テキサス州で育ち現在ダラス在住。20年程ニューヨークに住んだ事がある。これまでに三作の長編小説を発表し、優れた歴史小説に与えられる文学賞を受賞。