都市と楽しみ

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祇園祭温故知新(京都市文化市民局文化財保護課監修):多方面の関係者から多面的にとりまとめる

2020-06-17 02:57:24 | 京都

 八坂神社(神事)、鉾町(寄町)、修復など多方面からの講演などの記録で知見が多い:

・御霊会(9~11C)、山鉾の出現(14~15C南北朝、室町)、鉾と山の不行(16C 室町)、神輿と山鉾の逆転(神事がなくても巡行16C~17C 室町後期、江戸初期)、仏教から神事に変換(明治~第二次世界大戦後)、ルートや前祭・後祭は変更(1966~2014)、後祭の復興(2014~)

・山鉾は14C半ば、作山、作山風流、風流鉾等、下辺(下京)の鉾(笠鉾・高大鉾)、疫癘(えきれい)の脅威が始まる6月の始め(旧暦→新暦では7月17日が相当、気温が上昇し水質が悪化し、排水も梅雨明けで停滞する時期)

・風流拍子物、羯鼓稚児(赤熊(しゃぐま))、鼓、鉦、笛が鉾に乗る

・徳島宍喰祇園祭( https://www.awanavi.jp/spot/21837.html )に桂男、羯鼓稚児が残る

・16C意向山鉾の装飾化、神体化、やすらい花→風流傘(笠鉾)の下に人々が体を寄せ、厄災の種を寄せ集め今宮の駅神社に封じ込め→鉾の先の長刀で気を切り疫病を払う役割もあるはず

・二条から松原(旧五条)で中心は蛸薬師で南北を分け、南が前祭、北が後祭、室町時代に能の演目が山鉾の題材に

・鉾町は寄町の分担、町衆(ちょうしゅう:cf まちしゅうは単に街の人を指す)が土地の売買を仕切る(1割を徴収)、取得者は裃を着て幕を張る。山鉾のスポンサーにもなるというステータス

・土地を預かる町中持(ちょうじゅうもち)、町中は行政単位で不動産売買、居住転出店入居可、印鑑証明発行の権利を持つ

・山鉾の懸装も毛皮、絨毯など珍しいものを利用

・足利の初め、曲舞(くせまい)車に剣鉾(手持ち)をつけたものが鉾車の起こりでは(上杉本)、女曲舞から稚児曲舞に変わった、鉦も後から導入

 歴史があるというが、変遷もあり、ありがたがるより楽しむのが祭と思う。本来の疫病退散の役割はいまやない

 読んで楽しいが基礎知識が必要

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