みみずのしゃっくり

みみずのしゃっくりのように役に立たないことを不定期に書き込むブログ。
専属スターはいませんが、猫っぽい内容です。

女傑の空白

2013-06-12 | おきにいり

私はLondon Review of Booksという隔週刊の書評雑誌を定期購読しています(略称LRB)。
読むのはごく一部の記事ですが、新刊書の広告を見るのが楽しいのです。
2年くらい前、LRBの中で「The Hare with Amber Eyes」という本の広告を見て、強く惹かれました。
日本の根付けコレクションとその所有者の運命を追跡し記録したもの、という紹介が印象的だったからです。
昨年、ウィーン・ミッテ駅の本屋で偶然、英語のペーパーバックが山積みになっていたので購入。空港への直通電車が発着する駅のビルにある本屋なので、英語本の需要も多いのでしょう。

表紙


裏表紙


読んでいる途中、ウィーンの友達がドイツ語訳を読んだことも知りました。深い感銘を受ける優れたドキュメンタリー文学です。読み終わってから大分後に、ロンドンの友達からハードカバーの豪華本が送られて来ました。もちろん、もう読みましたなどとは言わず、心からお礼のメールを送りました。ハードカバーでは、ペーパーバックで省略された図版も含め、カラーの図版が多いのです。

ロンドンの友達から送られて来たハードカバー


この本では表紙・裏表紙の見返しにコレクションの一部が紹介されています。






これは264個の根付けコレクションの履歴書です。

既に日本語にも訳され「琥珀の目の兎」というタイトルで2011年に出版されています
著者と内容の紹介はアマゾンのページにあるので、ここでは特に印象深く感じた3点だけを書きます。

1)19世紀末ヨーロッパに大流行したジャポニズムについては、色々なところで読んでいますが、それを直接扱ったものではない本書から、その大流行振りが確認され、改めて驚きました。

2)根付けコレクションを所蔵していたエフルッシ家の没落は、ナチスの重大な犯罪のひとつです。著者は、あくまで「根付けの履歴」を辿る、という立場で、ナチスの犯罪には立ち入っていません。その控え目で淡々とした叙述から、むしろ、ナチスの犠牲となった人々の悲劇が感じ取れます。

3)この「履歴書」の決定的な事実は根付けコレクションが救い出されたということです。エフルッシ家にあった大半の貴重な文化財がナチスに没収された中で、コレクションが救い出された陰には、ひとりの女傑が存在します。エフルッシ家に長年仕えていた女性が、ナチスの目を掠めて、根付けを少しずつ「救い出し」、自室のベッドの下に隠したのです。当時、エフルッシ宮殿はナチスの施設として利用され、その監視下で、根付けをケースから持ち出すのは命がけでした。彼女の英雄的行為がなければ、この本も成立しなかったことでしょう。著者も、そのことを意識して、彼女の「その後」を調べ出そうとしたのですが、結局何も分かりませんでした。この「女傑の空白」によって、本書は彼女の記念碑ともなっています。

更に、著者が相続する前にコレクションを所蔵していた著者の大叔父が、戦後、仕事で日本に暮らし、幸せな歳月を過ごしたのは、喜ばしいことです。


長らく根付けが「滞在」していたエフルッシ宮殿はウィーンの、私がいつも利用する市電ターミナルのそばにあります。

電停から見上げたところ


入り口


市電通り側ファサード


横の通りの外部


全体


Wikipedia:Palais Ephrussi(英語)
以前にアップしたボケボケ写真はこちら

建物は現在カジノ・オーストリアの社屋となっています。この本が世界的に反響を呼んでいることから、ひょっとしてガイドツアーなどが実施されるようにならないかと期待しています


      

ベルリン郊外の友達を訪問するため、ちょこっと1週間ばかり出掛けてきます。
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2 コメント

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根付け (海月)
2013-06-13 15:10:50
日本のフィギュア文化の源流とも言われているとか。
ナチスの眼を盗んで...とは、よほど思い入れがあったのでしょうね。
先日東北でアメリカにある伊藤若冲ほかの絵画が展示されてたのといい、日本の芸術はまだまだ海外に眠っているのかもと思いました。
ちゃんと手入れして一般の眼にふれる機会をもうけてくれれば、どこに保存されていてもいいですよね。
一部のお金持ちや権力者が隠してしまうのは残念です。
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海月さん (ななみみず)
2013-06-22 03:51:44
すっかりお返事が遅くなってすみませ~ん
帰った日から突然の猛暑が続き、バテバテ
明日22日から少し温度が下がり、来週は涼しいようです。
温度差が激しくて困りますね。暑すぎるか、涼しすぎるかで
正しい良い子の春夏秋冬が例外になってるような・・・

パリのエフルッシ家にもウィーンのエフルッシ家にも
貴重な美術品のコレクションがあったのですが
大きな絵画や彫刻などをナチスから隠すことはできませんでした。
エフルッシ家の当時の女主人の部屋の片隅に
根付けコレクションを並べたショーケースがありました。
女傑のアンナは、このショーケースから毎日少しずつ
根付を自分の服のポケットに入れ、自室のベッドの下に隠しました。
幸い、無知なナチスの連中は
ショーケースの中に貴重な美術品が並んでいることに気付かなかったのです。
そして、戦争が終わってから、アンナは、著者の祖母に根付けコレクションを返したのです。

日本自身が伝統文化に目覚める前の明治初期には
浮世絵を含む大量の美術品が格安で外国に流出しました。
残念なことです
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