米国ではオピオイド乱用による死者が増え続けており、1999年から2017年の間に70万2000人がオピオイド過剰使用で死亡し(MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2018; 67: 1419-1427)、交通事故による死者を上回るまでになっている。この事態を踏まえて、トランプ米大統領は2017年に公衆衛生上の緊急事態を宣言。オピオイド乱用防止などの対策に60億ドル(約6500億円)の予算を投じるなどしている(Ending America’s Opioid Crisis)。米国のオピオイド危機が起きた背景、日本でのオピオイド鎮痛薬使用の現状と展望などについて、獨協医科大学麻酔科学主任教授の山口重樹氏に解説してもらった。米国では現在、オピオイド鎮痛薬を開発・製造販売する企業への訴訟だけでなく、米国疼痛学会が解散する事態にも至っているそうだ。(聞き手・まとめ:m3.com編集部・坂口恵/2019年9月27日取材、全4回連載)
「痛みの10年」宣言とNSAIDへの逆風・オピオイド新剤形の登場
――米国でのオピオイド危機(※記事下部「一口メモ」参照)は、企業に開発・製造販売の責任を問う訴訟が起きるなど、事態の収拾にはほど遠い状況のようです。
山口重樹氏(以下、山口) ええ。米国疼痛学会は2019年6月、突然解散しました(国際疼痛学会2019年6月25日付公式リリース)。
――そうなのですか!
山口 米国疼痛学会の親学会には世界疼痛学会があり、日本疼痛学会や米国疼痛学会など各国・地域のアライアンスがあったのです。最近、製薬企業を相手取った訴訟が全米各地で起きていることを受けて、企業から多額の奨学金や研究費を受け取っていた学会にも火の粉が飛ぶ懸念があるということで、解散したと見られています。
――そもそも、被害が拡大した起点は何だったのでしょうか。
山口 クリントン政権時代の2000年、米議会が「痛みの10年(the Decade of Pain Control and Research)」という法案(現在は廃案)を採択しました。10カ年計画で痛みの研究、診療体制の構築、そして教育をやりましょうと。日本でいう、がん対策基本法に似たような法案です。
その法案作成に当たっては、慢性疼痛による欠勤や退職による経済的損失が誇張され、痛みを治療することで、この経済的損失を補えるといった統計調査を発表するなど、国を挙げての痛みによる健康被害の改善、予防を試みた結果が、オピオイド鎮痛薬の安易な処方、使用につながってしまったようです。
「痛みの10年」が採択された頃、ちょうど、米国ではオピオイド鎮痛薬の経口剤や貼付剤、舌下錠など、使用しやすいさまざまな製剤が登場しました。その前の1990年代、米国ではロキソニンやボルタレンといった非ステロイド抗炎症薬(NSAID)の過剰使用による死者の増加が問題になっていて、NSAIDに逆風が吹いていました。さらに、副作用が少ないと期待されていたCOX-2選択的阻害薬の心血管リスクが問題になり、NSAIDに対する過度のネガティブ・キャンペーンにつながってしまいました。そこに「痛みの10年」が採択され、オピオイド鎮痛薬の使いやすい新剤形が登場するなど、複数の要因がかみ合ってしまった結果です。
「強い鎮痛薬」位置付けで安易に処方
――オピオイド鎮痛薬には、薬理的に依存性があることは知られています。どこかの時点で、安易な使用の拡大に警鐘を鳴らす動きはなかったのでしょうか。
山口 もちろん、オピオイド鎮痛薬に依存性があるのは分かっていました。しかし、米国では、昔から戦争とオピオイド鎮痛薬との根深い関係があるのです。例えば南北戦争のときは、戦闘で死にゆく兵士の苦痛を減らすためにモルヒネ注射薬が使用されました。ベトナム戦争ではヘロインが兵士を中心に蔓延しました。イラク・アフガン戦争のあたりからは医療用麻薬の娯楽目的の不適切使用が広まり、その時代、時代でオピオイド鎮痛薬の乱用、依存症が問題になってきたのです。さらに、オピオイド鎮痛薬の積極的使用を推奨する専門家が、動物実験で得られた「痛みがあれば、オピオイド鎮痛薬の乱用、依存は形成されない」という結果を過度に強調し続けてきました。
――NIH(米国立衛生研究所)薬物乱用研究所の公式サイトには、オピオイド危機について「1990年代、複数の製薬企業が『医療用のオピオイド鎮痛薬では、依存は起きませんので安心してください』と医療業界に働きかけた後、医師の同薬処方が激増した」と企業の責任を強調する記載があり、驚きました。
山口 そうです。米国では「強い鎮痛薬」くらいの位置付けで、術後の鎮痛などにもオピオイド鎮痛薬(多くが医療用麻薬)が安易に処方されるようになってしまいました。しかも、米国の医療制度は日本と異なり、在院日数が極端に短く、日帰り手術も一般的で、再診までの期間が長いなどの問題もあり、一回の処方で多量の経口オピオイド鎮痛薬が処方される状況が長年続いてきています。短期間に何度も受診できません。(取材に同席していた某大学病院麻酔科医の)A先生は、もし、術後に経口オピオイド鎮痛薬が処方するとしたら、どれくらいの期間必要だと考えますか?
A氏 術後の鎮痛には、多く見積もっても3日以内で十分と思います。
山口 そうですよね。つまり、未使用の薬が余ってしまうことになります。その結果、余った経口オピオイド鎮痛薬が自宅に残ってしまいます。多くの人は、強い鎮痛薬という認識で、薬をキャビネットなどに保管しておくことになります。そして、処方された本人が術後痛とは異なる痛み(例えば腰痛、頭痛、生理痛など)に余っていた薬を使用する、あるいは、家族が使用してしまうなどのことが起きてしまいます。「普通の痛み止め(NSAIDやアセトアミノフェン)は効かない。そういえば、以前処方してもらった強い薬が残っているので、使ってみよう」。――このような行為こそが、オピオイド鎮痛薬の「乱用」です。本来の薬の目的は「術後の鎮痛」であって、他の痛みの緩和のために処方されたわけではありません。異なる痛みへの鎮痛薬の使用、これを「セルフメディケーション(自己投与)」といいます。医師や薬剤師らの指導がないままに、自分で薬の内服を始め、内服する薬の量を勝手に決めてしまい、次第にその使用をやめられなくなる。このようなことは、深刻なオピオイド危機に陥っている米国では、珍しくないことです。米国でオピオイド鎮痛薬の長期連用と依存が蔓延したきっかけは、術後痛に処方されたオピオイド鎮痛薬の「自己投与」が原因の一つと考えられています。
――風邪薬や湿布、抗菌薬などと同じように、依存性のあるオピオイド鎮痛薬の残薬の不適切使用が広まってしまったということですね。
山口 他にも、オピオイド鎮痛薬の処方が氾濫した原因があります。米国の医療保険システムの問題です。米国では、医療保険にも格差社会が存在します。高い医療保険に加入している人はより良い医療が受けられますが、必要最低限の保険(メディケアやメディケイドといった公的保険)にしか加入していない人は適切な治療が受けられず、症状緩和のみの治療が主になります。関節リウマチ(RA)と診断された米国の患者を例に挙げてみると、高い医療保険の加入者は生物学的製剤などの高価な治療も受けられますが、公的保険にしか加入していない人では医療用麻薬だけが処方されることもあります。米国では、公的保険に加入する患者の40%がオピオイド鎮痛薬の定期処方を受けているとの報告もあります(Arthritis Rheumatol 2017; 69: 1733-1740)。
――何とも言えない状況ですね……。米国におけるオピオイド危機の出口は見えているのでしょうか。
山口 米国の医療保険制度の問題と経済格差がある限り、終息は難しいでしょうね。
オピオイド鎮痛薬の適正使用には、(1)保険医療システムによる処方の厳格な規制、(2)依存症患者の治療体制の整備、(3)非合法の麻薬の取り締まり、そして(4)痛みの教育――の4つが必要と考えられています。米国において、これらを直ぐに実現するのは、かなり困難だと思います。
アヘン戦争で清朝は敗北し、国家の危機に追い込まれましたが、「米国型資本主義社会の終焉はオピオイド危機だった」と50年後の教科書に書かれるくらいの出来事が起きている、と私自身は考えていますが、言い過ぎでしょうか。
カナダも米国ほどではないのですが、2016年から9000人以上がオピオイドの過剰使用で死亡しており、政府が「オピオイド危機」を宣言して対応を図っているところです。先日、カナダの保健当局関係者と意見交換をしたのですが、オピオイド危機に直面しているカナダでは、改善の糸口が見えている気がしました。
カナダは英国型の保険医療システムで国民全員が保険診療を受けられ、依存症の治療も公費でまかなわれます。また、「薬物乱用をする人が悪い」という偏見(スティグマ)がもともと恵まれない背景を持つ患者をますます追い込み、患者が持つ「怒り」が依存性薬物への欲求を深めることが分かっていますが、カナダでは政府による薬物依存症の人のスティグマを解消するための教育も進んでいるところです〔Health Canada“Canada’s Opioid Crisis (fact sheet)”〕。
(つづく)
【一口メモ】オピオイド危機(opioid crisis):
2017年、米国のトランプ大統領が麻薬乱用・依存とオピオイド危機の対策委員会の設置に関する大統領令に署名した頃から公式に用いられ始めたとみられる(Office of National Drug Control Policy/ President’s Commission)。
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● 訴訟大国USA。次はどの学会が狙われるか? 個人的には高血圧や
コレステロールに責任のある学会が望ましいと思います。
● 勿論最終的には、遺伝子組み換えの食品を食べさせられた恨みが
爆発して、USAの農業の崩壊・西欧文明の崩壊が起こります。