9時、起床。
トースト、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。
午後も3時を回った頃、妻と遅い昼食をとりに「phono kafe」へ行く。食事の注文をしたあと、食前酒ならぬ食前ジュースとして今週からメニューに出た梅シロップをペリエ割りで。
グラスの仲の梅の実を最後に食べるのもお楽しみ。
ご飯セット(ご飯は軽め)でおかずは6品をシェア。
ごぼうのフリットは二皿注文した。
揚げ茄子の茗荷入り和マリネ(左) ブロッコリーのタルタルソース(右)
ズッキーニとカシューナッツのレモン和え(左) 薄切り―ベジミート(右)
「まやんち」のフォレノワールを妻が食べたいのというので、お店に電話をして、「まだありますか?」と尋ねたら「ございます」というので、2切れキープしておいてもらう。店に着いて、空いていれば店内で食べ、混んでいたらテイクアウトして家で食べることにする。
梅雨は明けたが見上げる空の雲はまだ本当の夏の雲ではない。上空はずいぶんと風が強そうだ。
駅の東口に出る。
「まやんち」に着いたのは4時半頃だったが、今日は蒸し暑いせいだろう、空席があり、すぐに案内される。
フォレノワールは単品では本日が最後のようである(アフタヌーンティーセットの一部としては来週も食べられる)。
フォレノワールのファンは多いらしく、周りのテーブルの客もこれを注文している人が多かった。やさしく上品で、ちょっとキュートな味わい。
紅茶は東方美人を注文。妻はポットではなくマグカップのミルクティーを注文した。
店主のまゆみさんが「ピーチメルバ、来週の金曜日から出します!」と言った。
駅ビル西館の「有隣堂」に寄って行く。単行本を4冊購入。
木皿泉『さざなみのよる』(河出書房新社)
『昨夜のカレー、明日のパン』から5年。木皿泉の2冊目の小説だ。4月に出ていたのだが、私は気づかなかった。先日、卒業生のユミさんが教えてくれた。いずれNHKで連ドラマ化されるだろう。
西佳奈子『おまじない』(筑摩書房)
「著者の新境地をひらく10年ぶりの短編集」だそうである。
吉本ばなな『人生の旅をゆく』3(NHK出版)
「あとがき」で吉本ばななはこう書いている。「いろいろな時期にあちこちから依頼され、つどテーマをいただいて書いたこのエッセイたち。/だいたいが「依頼されたテーマ+ちょっといい話」で構成されている。/というのも、この世のエッセイの依頼主の求めというのがだいたいそういうものからだ。/私もそこで冒険しようとは思わない。職人とはそういうものだ。/しかし、次の巻がもしあるとしたら、少し毛色が変わっているといいな、枠を壊せているといいな、というふうに先の自分の力量に期待している。それもまた職人というものだ。」
「3」とあるけれど、私は「1」と「2」を持っていない。エッセイ集だから「3」から読んで何の問題もない。もしとても面白かったらー吉本ばななだから「面白い」ことは読む前からわかっている。問題は「とても面白い」かどうかだー「1」と「2」も読むだろう。
谷川俊太郎・佐野洋子『ふたりの夏』(小学館)。佐野洋子は2010年に亡くなっている。だからこれは新刊本ではない。1995年に光文社から出た本の再刊である。ただし、再刊にあたって挿絵(佐野画)が大幅に改められ、初めて収録された文章もいくつかある。
「ふたつの夏」であって「ふたりの夏」ではない。谷川俊太郎と佐野洋子はときには寄り添い、ときには離れ、それぞれの夏を生きてきた。
巻頭に谷川俊太郎の「夏が来た」という詩が載っている。その一部を引く。
夏はほんとうは生涯にただ一度だけではないか
夏がめぐって来るたびに今度こそはと夢見るが
終わってみるとどの夏も生涯に一度の夏ではなかったと思う
駅に止まってもそこが下りる駅ではないみたいだ
いつまでも下りることが出来ないのは迎えに来てる人が
すれ違ったこともない人ばかりだからなのか
蝉が鳴き太陽がかんかん照っている
遠くに水平線がかすんでいる
また夏が来た
遅い昼食の上にでデザートまで食べてしまったので、夕食は軽くしようということになり、「ちよだ鮨」でテイクアウトする。
食べたのは8時を回った頃。
食後2時間ほど経ってからウォーキング&ジョギングをして、風呂を浴びてから、ワールド杯のフランス対アルゼンチン戦を観る。4-3でフランスが勝ったが、これがワールド杯という試合だった。フランスの若き10番、ムパッペのことは覚えておこう。
3時、就寝。