きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

今日の父

2010-05-23 | 父の記録と母の思い出
日曜の首都高は8時9時辺りが良いようだ。
ほどよく混んでいるので、60キロぐらいだし、ほどよく車間も開くから車線変更もできる。

何度も何度も電話して、やっとkekeと少しだけ会話ができた。
「学校は行ってるの?」
「行ってる。」
「お金は足りてるかい?どのぐらい要るかい?」
「分からない。」

電話はそれで切れた。

自転車も位置が変わっているので、引きこもってはいないようだ。
詳しい事は分からない。

首都高は乗り始めると、雨が降ってきた。
我慢強い私がワイパー自動にするほどの雨になった。


帰ってから、父の所に向う。

たまに前の日に眠れないと、やたらテンションがおかしい時があるのだが、今日は穏やかで元気だった。
二人で裕次郎のCDを聴く事にした。

CDデッキを持ってきた看護婦さんが、「いい声ですね。お父さんはカラオケはよくされていたんですか?」と訊くので、「もちろんそうです!毎日とまでは行かないけれど、週の半分はカラオケスナックに行ってました。妹も母も家族で行ってたんです!」と言うと、ニコニコして父に「お歌うまいですね」と声を掛ける。

「ここもカラオケがあったらいいんですけどね。」と父に言う。

父の病院の看護士さんは、どなたもニコニコしてて、じいさんばあさんを大切にしてくれる人ばかりで嬉しい。
幼稚園の保母さんのようだ。
仕事だから仕方なくやる、だけではこのような笑顔にはならないはずだ。

よく考えてみると、幼稚園の子供と、認知症の年寄りは案外似ている。
自分の要求にはストレートだが、あまりしたたかな企みはないのである。

あ、もう年長さんぐらいだと、したたかな子もいるかもしれないな。

認知症棟に踏み入れて、最初はたまらんわと思ったのが正直な感想だった。
しかし、みんな純粋だ。
要求に素直なのでワガママではあるけれど、ずるくない。
子供は可愛くて年寄りは手が掛かるだけ・・・と言うのは、今までの私の偏見だったのかな?


家に帰りたくて今日も大声でダダこねてるおばあさんは、息子が3人いるらしい。
大声なのは、本人耳が悪いかららしい。
彼女も、3人の息子達を育てていた「旬」な時代があったのだろう。
息子達が面会に来ているのを見たことはないが、それもそれぞれ事情があるのだろう。

それで、いいのだ。


父の部屋で裕次郎の曲を聴いていると、シアワセばあさんが何度もやってくる。
「父が途中で寝てしまうのが心配なのだ」と言う。
そうすると、看護婦さんが昼食を抜いてしまってそのままになるから、心配で来るのだと言う。

もう1曲聴いてから、父をシアワセばあさんのソファーに戻す事にした。
父の好きな「嵐を呼ぶ男」である。

シアワセばあさんは「娘さん、来てくれてよかったでしょ。忘れちゃダメよ」とまた父に言う。
しかし、その瞬間、父は忘れてしまうのだった。
目が見えないから、次の動作に移る瞬間に、もう忘れるのだ。

忘れた事が分かると、またばあさんに怒られるから、「sakeだよ、またくるね」と言った。
父は「おぉ」と言って、「気をつけて」と言う。

たぶん、今まで一緒に居た事も、裕次郎の歌を聴いていたことも、もう忘れているんだろうが。。。

まぁいいか!
私も旬に子育てしてた時代があり、そろそろ誰からをも必要とされなくなって、やがては何も分からずあの世に向う。
それだけのことよ。(注1)


今日のドライブは中森明菜の「Femme Fatale」と言うCDだ。
私が持っているたった5枚のCDの中の1枚である。
明菜は、やっぱりいいな!!!!!!

さっそくレンタル屋で最近のCDを借りる。

明菜に関しては語りたい事が山ほどあるので、いつか語りつくそうと思う。


(注1)それだけのことよと言うのは「Femme Fatale」と言うアルバムの中の「jive」と言う曲の歌詞の引用。今日は明菜三昧である。