きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

公園でG子

2014-05-30 | 友人
G子から電話がきた。

「もう寝る?」「いいや、ご飯食べてるとこ。」

「終わった頃また掛けなおす」というので、「もう終わるところだよ。」と言うとkeke君と一緒に食べてるの?と気にしてくれる。
「kekeはもう終わってるよ。少し惣菜買ってきて先に食べてもらいながら作ってたから。」

来月辞めるんだ、とG子は言い、今日も有休とってハローワーク行ってきた、と言う。
もう係の人が顔を覚えててくれてね、ああいう所も年齢制限書いてなくてもしてる所あるから、先にそれでもいいかどうか、どんな人を望んでるか訊いてくれて、脈がありそうな所だけ紹介状書いてもらった、と言う。

「sakeちゃんはいいなぁ」と言い、「泣きたくなるほど悔しいことないでしょ、仕事で。」と言われると、そうかなぁと思う。
G子は淋しい、sakeちゃん淋しくない?と言い、たしかに私も淋しいけど、G子の淋しいのニュアンスとどこか違うから、「もう16年だから慣れたのかなぁ」と言う。

またM君を呼び出したんだ、とG子は言う。
でも一緒にケーキを食べただけ、それから公園に行ってね、でもどうしてもイヤで車には乗らなかった、M君は何度も乗れと行ったけど、歩いて帰ったの。
真っ暗だったよ、公園。
淋しかったよ。
もう分かるんだよね、このあとどうなるか。

「T男のせいでね」とG子は皮肉った。
淋しいからM君を呼び出したのに、もっと淋しくなる。真っ暗闇の公園を歩く方がまだマシなんだから。あ、淋しいのはM君が家に帰るからじゃないよ、と言うので「分かるよ」と私は言う。

「どうして私達ってこう1人だけになっちゃうんだろうね~」と私は言い、「女の生理現象なんだろうな、たぶん男はこうじゃないと思う。もともと数バラまく方だから。」
「そう思う。」とG子も言う。
「私達は、数あるうちの1つしか受け止められないんだよ。」

「でも、M君も別れもしないくせにどうしてそんなに熱心なのかね。」
「私を使って心の弱さを埋めたいだけだよ。」
「いやそれだけじゃないと思う。そういう部分も無いわけではないけど好きなのは事実だと思うよ。だけどさぁ、それだけのエネルギーがあるんだったら奥さんと仲良くやり直そうってすればいいじゃん。」

ねー、そうだよねー、私達だったらそっちに向けるよねー、だって家庭を円満に努力した方が早いじゃんねー、と上から目線とわざと言い放った。

誰だって、理屈で説明しきれない不条理なものを抱えていることをもう知っている。
それがあっていいことも。
でも、同じ立場の同じ分かり合える者同士で、こうして言い放つことで、身が軽くなるような気がしたんだ。

「あの人たちもきっと、どうしてもそうなっちゃうんだろうね。」

sakeちゃん、淋しくない?とG子はまた言う。

私だって淋しいはずだ、淋しいけれど、何かG子のとは違う気がして、「そんなでもないかなぁ、あぁ家に帰れば必ずkekeがいるからかも。T子ちゃんはあまり家にいないでしょ?家に帰って1人だと淋しいよ。」と言った。

「T子は彼氏とディズニーランド行ったよ。」とG子はため息をつくので、「それはそれで安心だよ。」と私は言う。
そして、「またかけるね」とG子は言って電話は切れた。。。

五十肩

2014-05-29 | 健康とか病院とか
去年の正月に首が回らなくなってから(金ではなくほんとの首が、である)、月に1度接骨院に通うことにした。そこでは通院歴のある人は1,000円で15分マッサージと電気を当ててくれるのである。

必ず「最近体の調子はいかがですか~?」と訊かれるので、それとなく左の方が五十肩っぽい、と伝えている。「それとなく」と言うのは本当に「痛いです痛いです、こんなに痛いです。」と言うと、治療しましょうと言われる、それが怖いからである。「怖い」と言うのは金が掛かる、と言う意味である。

先方も私の態度でそれが分かるのか、無理に治療を勧めない。
「本当に痛くてどうにもならなくなったら、治療もできますからね。」と言ってくれる。そして左肩中心にマッサージをしてくれる。

それとなく「だいたいこーゆうのって、どのぐらいで治りますか?」と尋ねてみると、早くて半年、遅いと3年だそうである。
以前、右肩が五十肩(当時は四十肩と言い張っていたが・・)になった時、会う人会う人にいつぐらいに治るのか、どこに行けばいいのか、と尋ねていたのだが、だいたい大方2~3年、そして経験者は「最初は整形外科、それからあちこち通ったけど、治ったのは結局時間の経過かな。」みたいなことを言うのだった。
そして、自分も終わってみると、2年掛かり、最後には時間だったような気がする。

接骨院の先生曰く、五十肩は3つの痛みがあり、その3つが重なると、一番重症なのだそうだ。
1つは、後ろに手が回らない。(ブラや髪を束ねる事ができなくなる)
2つ目は、上に手が上がらない。
3つ目は、寝ている間に痛くなる。

私は前回1と2だけで済んだ。
今回もまだ1だけだったので、どうにか今が底辺でこれから少しでも良くなれば、と思っていたが、そんなに世の中甘くない。やはりあれからまた悪くなってきているようである。

今回は左腕なので、前回と違って困る点があるが体が慣れてきた。

1.駐車場にバックで入れる時、左だけでハンドルを回すのが辛い。
これは窓を開けて後ろを見ながらハンドルを回すのが痛いので、体が先に反応して、窓をチラッと見るのと、ハンドルを切るのと別々に動作している。見ては少しハンドルを切り、また窓から見てはハンドルを少しだけ切る。人から見ると「あの人何?」状態だろうと思われる。基本的に両サイドに車がある場所には入れない。

2.トイレで紙で拭くのが痛い。
これも体がだんだん慣れてきて、うんと前かがみポーズでできるだけ腕を後ろに回さなくて良い傾き方を発見しつつある。ドキッとするが、中程度以下の痛みに抑えることが可能のようである。

3.助手席にあるカバンを取るのが辛い。
赤信号の時にカバンから髪飾りを出したり、リップを取り出したりするのが、油断しててやられる。今思ったが、助手席をもっと前に出せば良いかもしれない。

他にもブラ半回転(腕が回らないので前でホックをしてからそれを後ろに回して肩紐をかける)等は今では当たり前である。昨日は労基署に行ったら、女性が棚の向こうにある窓のサッシを開けるために、うんと手を伸ばしていた。あの光景を見るだけで、こっちの腕まで痛くなりそうだ。あんな動作は夢のまた夢である。

前回は具合が悪くなってから、逆の腕ばかり使うようにしていたが、今度はそんなことをして、両方ダメになるのが一番怖いので、だましだまし左腕も普通に、かつ穏やかに使っている。

今、一番恐れているのは夏のタンクトップである。
ゆるいものならまだしも、体にピタッとつく下着系のものは、着ることはできても1人で脱ぐことができないかもしれない。頭から引っ張り出せば脱げるだろうか。1度おそるおそるやってみようか。

それから今度着ることになりそうな喪服。
後ろのボタンができない・・・・できないな、間違いなくできない。
kekeがいなかったら、何か上にはおっていかないと。
誰かにはめてもらっても、今度家で脱げない。
妹の所に行ってはずしてもらうのか??

なんてこっちゃ。。。。

鬱の時代

2014-05-28 | 息子keke
kekeが「バイトは今日で最後」というので、「正社員にって言う話でもないかねぇ」と言うと、途端に不機嫌になり、「正社員、正社員って、どうしてそれしか言わないんだ。」と捨てセリフを残して家を出て行く。

また言ってしもうたか、と私はひとり残された。

五木寛之先生の本には「時代は鬱の時代です。」と書いてある。
昭和40~50年代は躁の時代だったそうで、誰もが「これから良くしていこう」「これからは良くなるだろう」と活気にあふれていたそうだ。そして90年代でピークを迎えしばらく定着をして、あと下降していった。

私が20代前半にいたのは80年代である。まさにバブルの全盛期だ。
その20代と同じ感覚で今のkekeと接してても、ズレズレにずれているにちがいない。

「若いから」というだけで、ほれもっともっと、もっとできるだろうと言われても、何もこの先いいことが見えないし、いい時代が来るとも思えないし、そんな中で何の為に生きているかさえわからない。自暴自棄みたいな事件が増えてそれ自体はもちろんいけないことなのだけど、そういうのが増えていくのも分かるような気がしてしまう。

今では正規に就職をして、ちゃんとお嫁さんをもらって家庭を築く、というのが当たり前にできることではないのだ。五木先生は、物書きでエライ先生なのに、どうしてそれが分かるのだろう?たくさん本や新聞を読んでいるからだろうか。女流作家のエッセー(林マリコとか)をたまに雑誌で読んでも、そういう下々の生活に対する理解や関心はあまりないように思う。そう言う所が神様的である。

そしてお金持ちっぽいのに、どんどん買い物をしているように見えないところが、またまた神様的なのだ。「最近痩せて足が小さくなってのか30年前に買った靴が履ける様になった」と書いてあったり、旅先で買った安い靴が足にあって、それをいつも履き続けているとか、案外みみっちいことが書いてあったりする。

今はマネーゲーム?みたいなことをしている人、うまく世間を操って金儲けをしている人がいるような噂をきくけれど、もしもそういう人がいるなら周りが見えなくなってしまっているのだろうか。
それとも不安で貯金をたくさんしていないと心配なのだろうか。(それなら分かる気がするが。)

たくさんのお金を儲けて、それを使ってチヤホヤされる?
高いものを買って見せびらかす?
いったい何の意味があるのだろうね。

それだけ力があるのなら、もっと世の中(若者)が元気になるような使い方があるのでは。

病院にあれだけたくさん集まるお年寄り。
そりゃ健康保険も破綻しそうになるだろう。

父のようにもうほとんど寝たきりのような状態でも年金が払われるなら、年金も破綻するだろう。
(父には長生きしてほしいけれども。)

私は働けなくなったら(働く場所が無くなったら)、病気になっても病院にはあまり行かず、さっさと死んでしまおう。ましてや寝たきりなんて。
それこそ貧乏人が、潔く日本のためにできることなのではないかと思ってしまう。

あーやれやれ、今日は愚痴だ。

ささやかに平和に晩ごはん

2014-05-27 | ぶきっちょさんの家事一般
今日は帰ってきたらkekeがおり、明日でバイトも終わるという。
パカッと炊飯器を開けると一人前ぐらいのご飯しかなく、また自分はまた今日もお好み焼きを焼いて食べようと思う。


kekeには「おうち外食レシピ決定版」いう本でみた「東京チカラめし風の焼き牛丼」を作る。

砂糖、しょうゆ、みりん、生姜のすりおろしに、少々ニンニクとりんごのすりおろしも加えたタレに、牛ばら肉を5分漬け込んで焼いたものをご飯にのせる、というレシピである。(タレもひと煮立ちさせてご飯にかける)
味付けはわりと甘目である。ちょっと焦げ目を入れるとさらに本家に似た味にあるのではないかと思う。

これが意外とkekeには好評で、毎週でも食べる、これがあれば他に何もいらないというぐらいの好評ぶりで、余ったことがないので(牛肉なので余計に作ることもない)、私はまだ一度も食べたことがないというレシピなのだ。

それから1品だと淋しいような気がして、また今日もざる麺をゆでる。
ほぼ昨日といっしょ。


ささやかなものだけど、「おいしいなぁ」とかみしめて食べることにする。

最近なるべく余計なものを食べずに、お腹をすかせてご飯を味わいたい、なんてことも考える。
お腹をすかせてからご飯を食べると、こんなご飯でも「あぁおいしい」と思う、その気持がしあわせにつながってくる。

「料理で男の胃袋をつかむ」という説はあながち間違いではないよな、とまた今日も思う。
今この食べ物がおいしい、と感じられる気持は「平和」につながるような気がする。

あなたがだからこうだから、とか、誰がどったらこうだったとか、そんな下世話なものではなくて、あぁおいしいというこの感覚、今感じているこの感覚が、平和につながっていく気がする。


TVを見ると、石田純一夫妻が出ている。どうやら人間ドッグの診断をしているようである。
1歳半の息子のいる石田純一さんが還暦だと知って驚いた。

映像によると、毎晩のようにパスタとワインを楽しんでいるようであり、でも「おいしい」「楽しい」その瞬間その瞬間をメチャ味わって生きている、そんな風に見えた。


いつだか、石田さんが不倫スキャンダルに巻き込まれてさんざマスコミに追いかけられていた頃は、私は専業主婦だった。(と思う、だってその映像を何となく覚えているから。)そしてゴルフ場みたいなところでしつこく追いかけてくるマスコミに逆切れ的に「不倫は文化」と吐いたら、またその言葉があれよあれよと一人歩きして、不倫男みたいな烙印を押されてしまったのであった。(というのが私の当時の印象である。正しいかどうか分からないけど。)

他人事のようにTVをぼんやり見ながら、あーあみたいな受け止め方をしてたけど、今になるとあれは気の毒に思う。そしてバラエティでカムバック、今は孫のような息子さんと奥さんに囲まれて、幸せそうで良かったなァと私は心から思う。

私もいろいろとあって、いろいろと考えが変わったのだ。


大腸ポリープの映像が流れて気持ち悪くなったのでチャンネルを変えた。
もうちょっと石田夫妻を見ていたかったなぁ。

番組でまた意地悪く「他の女性に目が行ってしまったらどうしますか?」みたいな質問を奥さんは、「そういう彼も含めて全て好きですから。」と答えていた。
いい夫婦だなぁと思った。

これで上出来

2014-05-26 | 日記
今日の夕飯は冷蔵庫にあるものでお好み焼きと、ざる麺をゆでた。

せっかくの休みの日なのにどうしてこんなに手抜きなんだろう。
ちょっと自分を責めつつ、「でも他力ならぬ無力に流される事にしたからこれで良いのデス」と締めくくる。


がっつり食べたかったのに、お好み焼きとざる麺だ。
「物足りないなぁ」と言って、サザエさんが終わると見切りのサンドイッチを買いに行く事にした。
まだ30%引きだけどしょうがないかぁと買った帰りに、kekeと同級生のご両親とすれ違った。
夫婦でこれからどこかデートに行かれるのだろうか、二人のオシャレな格好に、相反して私はそんじょそこらの破けたようなシャツを着て、手にしているのは30%値引きのサンドイッチ、しかもそれが夕飯の一部という。。。。

この情けないシチュエーションに思わずギクッとしたが、挨拶してすれ違って「これが私なのさ」と思ってみる。

そうさ、これが私なのさ。


ひとりで見苦しくて、ドケチで、家事さぼりの私だけど、いいじゃん。
私は私で、このままで。

だって、そうでなかったら、「他力」も「無力」も知らないで終わってたかもしれない。こんな私だから、今まで出会ったものがあって、今の自分がいて、このままで同じように素晴らしい。

これからイイ人に出会えれば、と言う人もいるだろう。
子供がちゃんと働いてたら、と言う人もいるだろう。

それはその人の考えで、私は私で今のままでいい、って思おう。
自分の一番の支持者でいよう。
そんな風に思える自分をほめてあげよう。

そして私は堂々とすることにしたのです。
「同じように素晴らしい」と堂々と思うことにしたのです。

誰もが一人一人がそれぞれに同じように素晴らしい。

どんな状況も、自分にとっては必要で出会うべくして出会った状況で
そこから何かを見つけ出せるなら
それを全うしてみようという気持になれるかもしれない。

誰もが同じように素晴らしい。



  (※今日はこれからちゃんとお弁当を作ろうと思う。やらないことがよいことではないから。)

父と「無力」

2014-05-25 | 父の記録と母の思い出
父の所に行くと、食事が始まるところだった。

下のあごがガクガクしているのであまり状態が良くないのだと思う。
案の定、一口食べてもなかなか口が開かずひと昔前のようである。

あまりにも食べ方が遅い(1時間以上にもなる)ので、看護士さんが気にしてシャツの中に手を入れてみると、体温が温かく熱があるのでは?と言うことになり、計ると38.8度であった。

急遽、食事は取り止め点滴になった。
たまたまレントゲンの取れる日なので、肺炎かどうかも調べてみるという話であった。
心残りもあったが、レントゲン室に向かったようなので今日は帰ることにした。

父に会うたびに「いつまでもこの状態は続かないだろうな」と思う。
昔、まだ自分でご飯を食べていた頃は、途中で歯につまるものが気になっていたようだ。今はもちろんそんな感覚なんてまったくない。
「今日このまま最後になったらどうしよう」と思ったけれど、後悔しないことにした。

ある日父は死んでしまうのだろうけど、一気に死んだと言う気がしないのではないか。
こういう形で最終的に死ぬ場合は、少しづつ少しづつその方向にこうして向かっていくのだ、ということを考える。それは身内にとっては大切なことだ。


帰りに古本屋に寄ってみると、たまたま五木さんの「人間の覚悟」が108円であったので、ラッキーと思って、竹内久美子さんの本と一緒にレジに持っていくと152円ぐらいで、今日は3割引の日だったようである。心のバイブルが70円台で買えるなんて超ラッキーと思いながら、次に図書館に寄り、五木さんの「無力」と言う本を借りる。

そしてさっそく「無力」(←題名はムリキと読む)を読んでみると、「他力」を力説する五木さんのもとに読者の方から意地悪な質問が届いたそうである。

「五木さん、そうやって他力を信じて、他力を一生懸命目指している事が既に「自力」じゃないんですか~?」

五木さんはそれを読んで「たしかにそうだな」と思ったようで、

「他力と言う考えを信じているが、100%他力でなんて境地にはまだまだ自分はとても到達できない。」
「自分は他力と自力を行ったり来たり、ぶれながら進んでいく存在なのだ。」

と考え、さらに力をなくしたい、ブレながら迷いながら進む自分を「無力(ムリキ)」としたのである。
この本は去年発売されたようであった。

70何円でバイブルを買ったら、もう五木さんは進化して「無力」の世界が発売されていたのだった。が、私は今まで自力にだいぶ比重が置かれ過ぎていたので、ここしばらくは他力を目指した方が良いだろう。他力を目指しながら、フワフワ迷いながら生きることにする。

そして7割がた読んでいるが、前回の「人間の覚悟」ほどのインパクトは今のところ無い。
なんせ「無力」なので、「こんなメッセージを送りたいんですよ!」という力をあえて抑えてみたのだろうか。しかしまた、最後の章まで読んでみないとどうなるかは分からない。

「人間の覚悟」は2008年に発売された本である。
このあとに震災、原発問題が起こり、憲法改正問題や軍隊の是非?などが少しづつ沸き起こってきて、このたかが6年でも少しづつ大衆(世論)が変わってきたことが改めて分かる。これが良い方向なのかどうかは、五木さんもはっきり書いてないし、私もよく分からない。

「他力」という考え方/「人間の覚悟」から

2014-05-24 | 読んだ本
五木寛之さんの「人間の覚悟」も8割がた読めたであろうか。

私はその中の「他力」という考え方を紹介したい。
と言っても、私なりの解釈ではあるのだが。

「他力」とは自分で何の努力もせずに怠けている、ということではない。
それでは何か?と言うのに、逆に「自力」というものを考えてみる。

「自力」とは分かりやすく書くと、人一倍頑張って人より抜きんでて勝ちに出て掴みとる、という考え方である。そこに何が問題があるかと言うと、「頑張らなければ認めない」というものがある。努力をするものだけが素晴らしいという考え方である。

それは、報酬が得られたのは頑張ったから→自分は頑張ったから報酬を得られて当然、というスタンスになる。この価値観を続けている限り、常に自分は頑張り続けねばならず、また頑張らない相手は許せなくなる。そして頑張った自分はこうなって当然、という驕りが出てくるのである。

分かりやすく「頑張る」ということで例えてみたが、「正義・悪」、「良い・悪い」、「上か下か」、そういうものの見方、とかく白か黒かで決着をつけようという考え方である。
果たして世の中に起こる全てのことがそのような捉え方で良いのだろうか?という一つの問い掛けである。「悪い」ものにもいろんな側面があり、「悪い」だけが全てではない。

それは「頑張ること」「正しいこと」を放棄するのとは意味合いが違う。
そこだけに全ての価値観(ジャッヂ)をつけることに、傲慢さ・横暴さ、そこに暴力的なものを感じてしまうのである。
そして最近、そういう風潮がとても強くなった気がする。時にそうジャッヂをつけることで快感にさえつながるような力を感じる。

そんな風に感じたその自分の感覚を信じて、ふと周りを見渡すと、(明確には分けられない分けることはできないだろうけれど)「自力」っぽい人と、「他力」っぽい人とがいるように思う。
本来、頑張っているのだから「自力」の方が良くなるはずなのに、一緒にいて心が落ち着くのは「他力」のタイプの人の方が多いように思う。

もっと突っ込んで書いてしまうと、自分が頑張ったから・自分がしてあげたから、という考え方は、何かしてもらえなければありがたみを感じない、と言う考え方にもつながる気がする。もっとこの世界は誰もが平等に、存在しているもの全てが(動物も虫も草花もお天気も)ありがたい、温かいものなのではないのだろうか。

世間に存在する「価値観」はその中の限られた一面にすぎない。


人間は生まれた時から死のキャリアを積んでいる、と五木さんはいう。
出会った時からもう別れは始まっていると言う。
何をしたからこうなった、何をされたからこうなった、みたいな狭い次元の話ではなく、何をしたってどうあがいても、人は1人で死んでいく中で、世間の評価より、その瞬間その瞬間を自分なりにめいっぱい咲き、生きていくことが大切なのではなかろうか。(と、私は解釈している。)

生きていく上で、喜びと悲しみは必ずついてくる。
悲しみや苦しみだけを忌み嫌う、悪いものだと遠ざけるのは間違っている。
その両方があって今の私なのだから、それを思いっきりかみしめて生きていきたい。


※書いている間に先ほど最後まで読み終えた。アマゾンで多くの方が最終章が圧巻と書かれていたが、その通りだと思う。今度古本屋で探して、しばらく自分のバイブルにしたい。

初めての梅酒づくり

2014-05-23 | ぶきっちょさんの家事一般
毎年この時期が来るたび「梅酒コーナー」が気になっていた。

と言うのも、両親が毎年梅酒を作っていたからだ。
普通の梅酒もあればウイスキーで作ったもの、ブランデーで作ったものもあった。
それで角瓶の空き瓶に梅酒をつめて持たせてくれたのだ。

そんなに地道で年月のかかる料理(例えば漬物とか)、イチから手作りでなんてことはしなかった両親だけど、何故か梅酒だけは毎年手作り。それだけお酒が好きだったのだろう。

でも毎年ためらってきたのは、初期投資がかかるからである。
梅を手に取って、ビンをあれこれ見て、リキュールの「作り方」を見てみた。

定番は梅1kg、角砂糖500~800g(1kgと書かれている所もある)、リキュール1,800mlのようである。漬けこむビンもそれに相当するものを選んで、値段を計算して、サイフと相談して、今週末にしようかな、と思ったけれど、今日買わないと、また来年まで買わないかもしれない、思い立った今でなければ・・・・・。


ということで買ってしまった。

ビンは煮沸消毒ではなく、洗って逆さにして乾かすだけでいいらしい。
梅は洗って、一つ一つよく水分を拭き取ると書いてあるので、その通りにする。
(これが手間だと思われたが、2~3個一度に拭けるので気合がある今は難なくできた。)

そして梅と角砂糖を交互に入れ・・・・

ジャン。

2~3ヶ月で飲めるが、1年経つと更においしくなるという。
kekeが帰ってきたので、さっそく漬けこんだ梅酒を見せると「自分1人で飲んで。」と一言言われる。

角砂糖は来年も使えるように、500gにした。
今回は3,000円以上掛かってしまったが、来年は梅(880円)とリキュール(1,400円)で作れるはずなのだ。(全部それまでに飲み切れれば。)

今、不安なのは、途中でカビが生えたりしないか、ということと、梅自身をどうするかである。私は梅の実を食べるのがあまり好きでない。(と言うより食べたことすらないのである。)
作ってみたものの、それはどうするのだろう?
両親が食べていたのも見ていないような気がする。
使うにしてもこんなにたくさん使えないし、結局捨てることになるのだろうと思うが。。。。

まぁそれはさておき、2ヵ月後が楽しみだな。(^o^)

「人間の覚悟」/五木寛之さん

2014-05-22 | 読んだ本
昨日は1日へこんだ。
誰かさんが会社を辞めるかもなんて言うから。

私もいつかそんな日が来るだろうとは思ってたけど
本人から言われると結構へこむ。

みんなで楽しかったことばかりを思い出してしまう。
何もしてもらってない、何も助けてもらってない、と思ってきたけれど、こんなにへこむのだから、心の拠り所だったのだろうか?
でも、流れるものは「縁」だから仕方ないね。


今は五木寛之さんの「生きる事はおもしろい」と「人間の覚悟」である。
「生きる事はおもしろい」は短いエッセー集。「人間の覚悟」は2008年に出た新潮新書である。

「生きる事~」は読んでいて、何かこの話聞いた事がある、デジャブか五木さんと前世であった事があるのでは?なぁんて一瞬思ってしまったが、たぶん以前借りたことがあるのだろう。それで最初のうちだけ読んで、そのまま返してしまったのだと思う。(何となくタイトル的に私がいかにも借りそうなタイトルだからである。)

私が熱心に読んでいるのは「人間の覚悟」の方。
初めから引用したいところがあちこちあるのだけど、今読んでいる所(4割ぐらい目)にも興味あることが書いてあった。

五木さんは50歳前後で鬱状態になり、60歳の頃もあった。そして70代と3回鬱状態になったそうである。その時心に思ったことを書き最後に「うれしかった」「かなしかった」で綴るノート(日記)を作った。3回目の鬱の時はそれでも治まらず、「あんがとノート」ありがとうと思ったことを綴るノートを作って乗り越えたそうである。

そんなことも踏まえて、ロシア語の「トスカ」と言う言葉と、韓国にある「恨」と言う言葉を書いている。
特に韓国の「恨」に例えると(ある母親から息子への会話から)、大人になるとある時期、何とも言えない無気力・憂鬱な気持に襲われる事がある。その時は家族さえも他人のように感じられて、母親さえも敵のようになってしまい、自分なんかこの世からいなくなればいいと思ってしまうのだそうだ。

この状態が、「心に恨が宿る」と言う状態なのだ、と言う。
この時はどうしようもない、だから無理に押さえ込もうとせずに、体全体で大きくため息を三度四度、五度六度でもつくんだよ、そして少し心が軽くなったらふっと歩き始めればいいんだよ、と母親が息子に語った、と言う話である。

日本にはこれに該当する言葉が無いが、何でも「うつ病」として治療するのはいかがなものか、これは誰でも自然に訪れるものでそれを抱えながら生きていくものではないか、と言う。
前回読んだ養生の本でも同じ、治さねばならない病気と捉えず、それを抱え込みながら生きていくのが人生、とする五木さんのこの考え方がとても好きなのである。

喜び一辺倒の人生なんてありえない、そこには必ず悲しみや愁いがある。
体に関しても何でも思い通りに行くのは50まで。それからはどこかに何か抱えるものだ。
そう思うと、逆に安心できるし、たしかにそうだよなぁと思う。


かなり大袈裟だけど時々、無国籍なぁという気分になる。
何も心に拠り所がなくて、頼る当てが何もどこにもないと思う時だ。

でもそれでも今までも自分の人生が続いてきて、まだ明日へ続いて行く。
出会いも別れも乗せながら、心に隙間を抱えながらそのまま私の人生は続いていく。
そう思うしかない。


ちなみに「生きる事~」の本の方は、五木さんが「パーティで誰も人の話を聞いておらん」とか「新幹線に乗って食べたかったK軒のシューマイ弁当がない」とかあちこちで愚痴っている。
この本だけ読むと気難しいオヤジみたいだが、他の本を読んでから読むとこれだけ自然派の五木さんが、あちこちでケチばかりつけるはずがなく、独特の毒舌=ユーモラスなのだと分かって面白い。
(でもこちらは最後まで読まずに返す事になると思う。)

目の充血

2014-05-21 | 健康とか病院とか
昨日久しぶりにコンタクトをしていて、うっかり目をこすってしまったのが原因だったのか、目が充血してしまった。

たまに目をこすってしまうというAさんや相談してみると「そういう時は病院に行ってる」と言い、秀クンも「母親がコンタクトで充血して病院に行くことがあるよ」というので、行ってみることにした。

予約をしていないからずいぶん待たされたけど、親切に見ていただき、あまり心配するようなことでもないらしい。
目薬を処方してもらって帰ることにした。
思わぬアクシデントに2,700円も使ってしまった。


1週間ぐらいで治るだろうけど、その間はコンタクトはしないでおいた方が良いだろうと言うことである。

渡されたリーフレットによると、このような目の出血は原因がある場合もあるし、ない場合もあり、そんなに慌てるほどのものでもないらしい。たいていのものは自然に治るのだとか。そんなことが書いてあったので、次回同じようになった時はこんなに待ってまで診察を受けないかもしれないけど、目なので、とにかく目は大切なので心配である。

この数年、病院に行きたくない割にはあちこちの病院に行っていて、それをブログにいちいち書いている。
自分の不注意なのか、2月に右の小指辺りを強打してしまい、それも様子を見ながらまだ治りきってない。いつ治るか治ったらブログに書こうと思っているが、治ってないのである。(日常生活には支障がない、ピアノが弾けないことを除けば。)

その不注意さ、その治りにくさ(徐々には快方に向かっているが完全に治りきってない)、年のせいにはしたくないけど、年かもしれない。

最近、気のせいかつまずくことが多い。
何となく手をぶつけることも多いような気がする。

こういう一つ一つが「もう気をつけなさいよ」という体の声、ご先祖様の声のような気がする。


今までコンタクトをして目をこすってしまうという人の話を聞いて「自分はそんなことはするわけがないよ」と思ってしまったが、その自信がなくなった。
それで2,700円もかかるなんて。

これからは、コンタクトをすることは極力控えようと思う。