きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

月曜日の引き出し

2013-02-28 | 今の会社
月曜日会社に来て、ゲッと思ったことは、私の机の引き出し(真ん中の広い引き出し)がほぼ全開になっていたことであった。

たぶん居ない土曜に誰かがここで何かを探したのであろう。
別に私の備品を誰かが使ったとしても良いのだが、これはめちゃくちゃで他人が物を探せるような引き出しではないのだ。

改めて目にして私も恥ずかしくなった。
普段身近で開け閉めしている時は何とも思わなかったのに、遠目で見ると何とぐじゃぐじゃであるか。10年ぐらい前にnanuさんから「机の引き出しが女じゃない」と言われたけれど、まさにその通り。

「一体誰がこんなことを・・」と思ったら、やがて判明した。
ある文具をいつも入れている箱が、位置を変えて誰かが使った模様である。
たぶん、最初それが私の机の引き出しにあると勘違いして、開けて探したのだろうと思われる。社長のようだ。
ったく、人の引き出しを開けてそのままとは失礼な。

と思っている所に電話が鳴り、誰かと思ったらAさんである。
夕方渡したい書類があるけど、給料に関するものだから人目につかないようにしたい、 と言う。

「あー、もし居ない時だったら私の机の引き出 しに入れておいてください。」
と言いながら、この引き出しにかよと1人ツッコミ。
よぉーく考えれば、今さらそれが一体何だと言いたいところが、私はそれに便乗して机を片付ける気分を盛り上げた。これぞ女子力活用法。


まずは1度引き出しの中の物を上に出す。
そしたら出るわ出るわ、今までこんなに溜め込んでいたのかと呆れるほど、いろんな物が出てきた。

そうなのだ。
会社の文具を補充するのは私の役目なのだが、何がどれだけ在庫があるかなんて把握できていないので、いざ突然無くなってしまってもその日一日ぐらいは過せるように、ほとんどの文具を自分の机に溜め込んでいたのだ。

しかしダブルクリップは軽く 見積もっても50個はあったし、ボールペンは赤は5本、黒は10本はあり、 なぜか社内で「 ケシケシ」と呼ばれる修正テープも5個(補充用が更に1個)、のり・ハサミは2個づつ、小さい普通のクリップは散乱、引き出しの奥からは残り3枚ぐらい残ってる汚れたフセンが5つぐらい、乾電池4本、50円玉、花粉用マスクもみつかった。
(引き出しの奥にあったこれらは数年使わなかったものであり、つい先日までこれに包み紙のみのチロルチョコも混じっていた。)

私は補充用は最低1つあれば充分と、最低限の文具をお菓子の空き箱に入れ、残りはあるべき所に戻し、またあるものは箱に入れたり立てたりしてきちんと横の引き出しに納め全て片付け、手前中央の引き出しは、メモ用紙と銀行の振込用紙、1本づつの筆記用具のみにした。

やった!
これこそ「女の引き出し」!
私は改めて、エヘンとうなづくと、引き出しをガラガラと開けた。
おぉ~~~これだったら普通に見られる!

私は何度も机を開けたり しめたりした。
そのうちアホくさくなって、止めた。

あれからまだ誰も、この引き出しに気付いていない。
また散らかる前に誰かが気付いてくれることを、チラッと望む。

夜の台所でハンバーグを焼きながら

2013-02-27 | ぶきっちょさんの家事一般
カキの栄養が体に行き届いたのか、朝から元気。(^O^)
更年期ではなくて、栄養不足だったのかも。

そして今日は家に帰ってハンバーグを作ろうと思い立つ。
ここ毎日お皿を洗ってくれるkekeの好きなハンバーグだ。

玄関をあけ、kekeに「ただいまー今日は何にしようかなー」と(本当は決まっているのに)言ってみると、ぬくっとドアから出てきて「もう寝る」と言う。

「これから作ろうと思ったんだよ、寝る前に皿洗いでもしてくれると。」
なぁんて、あまり期待せずに言ってみると、「いいけど寒い。」と言うのでエアコンを入れた。
皿を洗ってくれるようである。

そして私は買い物に出る。
ついつい余計なものも買ってしまうけど、その時その瞬間食べたいものをカゴに入れる、と言うこの行為が1日を満たしてくれる。

この後すぐ消費されるから、買った後で悔いることがほとんどない。
一つ一つが低価格だから、少々買いすぎても自分を責めずに済む。

唯一問題なのは・・・
この後買って帰ってから、もう作るのがイヤになる場合だ。

私はキュッと心を引き締めて玄関を開けた。
kekeはお約束通りもう寝ていた。

炊飯器のスイッチを入れて、作るは野菜スープ。
こま切れ野菜をコトコト煮ながら、ハンバーグをこねる。
そして、無事にやる気をキープしたまま両面を焼き、市販のハンバーグソースでしめじと煮込んで、できあがり。


そこで汚れた鍋や皿を見つめた。

そうなのだ。
私は大きな皿でよそった惣菜類も、残りが少なくなると小さい皿に移し変えたり、大きな土鍋で煮たおでんが少々余ると小さい鍋に移し変えたり、そう言う習性があって、洗いモノがついつい増えてしまうのである。

そして母の言葉を思い出した。
母は祖母(育ての親)の悪口よく言っていて、どうも私がその祖母によく似ていたようで、どうも小さい頃母に好かれていた感触がない(母はそれを晩年否定していたけれども)のだが、その祖母が家の中でも年中服を着替えていたそうだ。
それで洗濯物が増えるんだから!とよく怒っていた。

その習性、まったく私もそのまま引き継いでいて、1日に何回も着替えてしまう。
汗をかいたからみたいな(清潔な)理由ではなくて、「ちょっと寒いから」「ちょっと暑いから」「これは外行きの服だから」みたいなどうでもいい理由で、ひどいと1日に3回ぐらい着替えてしまう。

いや何って、皿を移し変えるのと、服をやたら着替えることが、何だか妙に似ている気がして、こんなどうでもいいことが私には非常に重要な「やらずにはいられない」事だったりす る 。
生理的に根付いているとでも言うか。

しかし母のあの言葉が脳内を駆け巡り、kekeが明日この皿や鍋を洗うかもと思うと、やはり萎縮する。
料理をすればするほど、皿も鍋も汚れてくる。
洗って汚して、洗って汚して・・・皿の山はあまりに虚しい。

すまん、keke。
明日もまた頼む。。。。なるべく・・・80%ぐらいの「なるべく」で。


こんなに悪い悪いと思いつつ、今ここで自分が洗おうとは決してせず、私はさっそくビールをプシュと開けて、ハンバーグを食べるのであった。。。

今日はもう閉店。おしまい。

またあしたと言える今日で

2013-02-26 | 女だから思ったこと
思い立ったら吉日で、さっそく更年期に必要な栄養素、亜鉛・カルシウムを取ろうと、買い物に行った。

亜鉛はカキが良いそうだ。
それで牛乳も買って、カキとホウレンソウのグラタンを作ることにした。

kekeはグラタン食べないから、生揚げの炒め物とチャーハン。

自分ばかりが栄養あるもので、良心が傷む。

それから更年期で補足したいものが「大豆イソフラボン」らしい。
そう言えば、先週突如アーモンドを袋で買ってボリボリ食べた。
こんな事今まで無かったのに。

突如好きでないはずのトマトソースが食べたくなったり、突如乳製品を買い込んだり、滅多に買わないイチゴを買ってパック全部ひとり食べってことがある。
あれって栄養不足なのかね。

これから、スナック菓子食べるよりナッツ類や果物・ヨーグルトを食べよう。
お金は少々掛かるけど、日々の健康には替えがたい。
(こうして文章にしてみると、年取ったのが分かる。)


栄養取りすぎたのか、朝超早く目覚めて、また闇の中でいろいろ考えた。
過去の結婚について。終ってしまった男達。

「終り悪ければ全て悪し」みたいな感じで、何ひとつ思い出そうともしなかった。
裏切ったこと裏切られたこと、最後は醜い別れ方をした。
記録としてたしかにあったことだけど、そうなるとどこにもみじんのカケラもなくなるのが私である。

そう思うと、今のこともいつかはみじんのカケラも無くなってしまうのだろうか。

結婚するわけではないのだから必ずいつかは終わりが来るし、過去を振り返ってもその時は七転八倒することだろうけど、そしたら今日の日のこともなくなってしまうのだろうか。

ボウリングのあの一番手前のピンですら、努力で倒す確率を多少上げられるかもしれないけれど、努力よりも偶然のような気がするのと同じで、頑張ったって縁には敵わないし、ましてや「正解方法」が無いところで、どっちが正しいも間違ってるも無く、終わりはやってくる。

もう自分を責めることは無いと思うけど、相手を尊重して「終わる」ことができるだろうか。
感情を無理に押し殺すことはせず(それは後で後悔するからね)、言いたいことは言いつつ、しかしきれいに終わること。
そんなことを考えた。

その時まで日々大切に過していくしかないんだけど、結局は。


それでも朝が来て、今日も始まる。
元気な朝。

昨日いろいろ作ってすぐに食べられるものがたくさんあると、それだけで元気になるね。

アレの始まりか?生まれ持ったものなのか

2013-02-25 | 健康とか病院とか
最近何か体が重い。

一番打撃を受けているのが家事だ。

秋口にホイホイ家じゅうを掃除していたのが同じ自分だとは思えないほど、はるか遠いことのようである。(あっちが異常だったのかもしれないが。)

そして次にしんどいのが、食事の用意である。
この前図書館で借りたエッセで「まとめてつくりおきしてすると便利ですよ」みたいな特集を読んで、いったんその気になり、カラーコピーまで取ったのに、それは頭の中だけで全て完結してしまったようだ。

台所に立つまでの圧迫感がただものではない。
それでも(この数日kekeが皿を洗ってくれてるので)、何かするフリをしなくてはと腰を上げて買い物に行ってみるまで辛抱すると、どうにかできるようなのがこの数日である。

そして今日は頭痛がして、寝起きに体温を計ってみたら36.8度であった。
もうよっぽどの事がないと計らない体温なので、計ってみた所でこれが正常なのか異常なのかよく分からない。

薄々我ながら「最近だらしないなァ」とか「怠けてるなァ」と感じてきた。
「年だからこんなものなのかなァ」なんて思ってみた。
「残りの人生も少ないし、まいいか」なんて考えてみた。

しかし今日は新たなアイデアが浮かんだ。
「これが噂の更年期障害ではないか」と言うアイデアである。

しかし掃除をやりたくないのも、料理が面倒くさいのも、人と会うのが面倒なのも、物忘れがひどいのも生まれ持った性格と言えばそうとも言える。
なので、「これぞそうだ」とも言い難い。

ここ年中体の不調ばかり訴えるブログになっていて申し訳ないような気がするが、書いてみたのは「私もそうなのよ!」「そうだったのよ!」と言う方がいたら、良かったら、コメントでもメッセージでもお願いします。

これが「更年期障害」であれば、少し心の負担が軽くなるかもしれない。


恥をしのんでさらに書いてみると、夜中に突如あることで怒りがこみあげてきて、昼になるの待って「明日時間を取ってください」と某さんにメールを送ったのだが、今になったら何だかどうでも良くなってしまって、これからそれをどう説明しようか、困っている。
ここいら辺りで「この出どころがホルモンバランス」なのではないか?と言う気もしなくもない。
(しかし、生まれ持った性格と言えなくもない。)
 
いったい私はこれからどうなるのだろう。
好奇心と客観性を持ちつつ冷やかに自分を観察してみたい。

昨日の父の様子

2013-02-25 | 父の記録と母の思い出
父の所に向う。

また父は転倒して骨折してしまったようだ。
前日に妹から聞いた。

前回は大きな病院で手術を受けたけれど、今回は様子を見ることにしたそうである。
父がもうそれに耐えられるかどうか(肉体的にも精神的にも)何とも言えない状態だったからだ。
それに今回は手術をしても一人で歩く可能性が少ない。
私は妹の判断を信じているので、妹が決めたことに間違いがないと思っている。

1ヶ月は安静に寝ていなければならないので、食事も全てスプーンで介護してもらうことになった。
しかし行ってみるといたって元気で、「あーん」と喜んで食べさせてもらっている。

そして私は前回の骨折を思い出した。
あの時は二度と自分で食事ができるとは思わなかった。
もう意識がないようなボンヤリしたままの状態になってしまうのではないか?とさえ思った。

妹に「そう言えばしばらくここに戻ってきても(様子が前とうって変わっているので)、しばらくは女性の帽子をかぶせてもらって、いたんだっけ。」と私は言った。
当時はシアワセばあさんが元気で、父のうって変わった状態をとても見せられなかったので、施設の人がわざわざ女性の帽子を父にかぶせて気付かないようにしていたのだ。

思えばよくここまでまた自分で食事ができるようになったものだ、と思い出した。
少しづつ少しづつ、体力もできることも少なくなっているのは事実だけど、それでもここまで元気でいられるのは介護している方のお陰だと改めて思わずにはいられない。

昨日の父は顔つきもサッパリしてて、「sakeちゃんか」といたって会話もスムーズだった。
父は幸せな人生だったんだなぁ。(まだ過去形ではないんだけど)
そんな気がする。

ひとりボウリング(2)

2013-02-23 | 日記
朝もこれから明るくなる時間・・・私は車に乗り、この日別のボウリング場に向った。
早朝割引とは言え6時過ぎ・・・さすがにこの時間から投げるのはおひとり様だろう。もちろん化粧なんてしてこない。

「初めて1人でボーリングをしにきました」とまたまた言うと、名前を訊かれレーン番号と「靴はそちらでお求めください」と言われる。

ボウリング場内に入るとなんと!この時間で他にもボウリングをしている人がいるのだ!
4~5組は20代の若いグループ。4~5人はおひとり様である。

若いグループはおそらく徹夜明けなのだろうが、酔っている風でもなく、ごく健全にボウリングを楽しんでおり、女子がいるグループもある。
おひとり様は相対的に私よりちょっと若い感じ。他はみな男性である。

また「8」のボールを探すが、ここでは8の隣にS/M/L/LLと書いてあるので、指のサイズかな?とも思ったが、LとLLに違いを感じられなかったので、近くの従業員の兄チャンに「これは何ですか?」と尋ねると、やはり指の大きさのようだ。
「親指が太くてなかなか入るのがないんです」と言うと、7号ボールで爪の長い女性用の大きな穴(中がゴム入り)のボールも持ってきてくれた。

でもこの前と同じ8号でやってみると、やはりガーターである。
ピンの手前に近づくと急にボールが左に寄ってしまうのだ。

2度それが続くと兄チャンは「もしや」と思ったようで、「やはりボールが傷んでますね」と言い、新しいボールを持ってきてくれた。それだけでなく後ろで見てくれ、投げ方まで指導してくれた。
それから私を見ながら「手首が曲がってるね」と後ろで兄チャンに話しかけ、投げるポーズをしている謎の老人が登場し、老人も私の隣でボウリングを始めた。

「どれどれお手並み拝見」と見ていると、いきなりストライク。
スコアはストライクかスペアでどんどん埋まっていった。

そしてヘタクソな私も続いて投げる。
ごくまれにストライクやスペアを取ることがあり、すると老人や兄チャンや、もう片方の隣のレーンのお一人様男性が小さく拍手をしてくれた。
「日本人っていいよなぁ」と思った瞬間であった。

私も、老人や隣のレーンの男性にぜひ拍手を送りたいと思うのだが、彼らは投げるのもピンが倒れるのも瞬間芸みたいな感じで、笑顔も見せずただ黙々とレーンと戦っているようでもあった。

そして2ゲームが終わり、私は帰ることにした。
せめてありがとうございましたの一言も言いたかったが、兄チャンもその時はどこかに行ってしまった。

私は老人に軽く会釈をして帰る事にした。

この日はスコア「87」「89」
ストライク2回、スペア3回。
真ん中ピンを倒せたのは1回目のゲームで2フレーム。
2回目は3フレームのみ。
ガーター5回。

どうして真ん中手前のピンにここまで当たらないのだろう!
真ん中に(2回目でも良いから!)辺りさえすれば、スペアストライク、もっとスコアは伸びるはずなのに!


※この後接骨院に行って「だいぶ良くなりました」と言ってみたが、やはり肩こりを見抜かれてしまい、「あまり重いものを持ったり負担をかけると、また元に戻りますよ」と言われてしまった。
なので、盛り上がりつつあるこの「おひとりボウリング」次回はいつになるか定かではない。

ヤサシイボクダカラ

2013-02-22 | 息子keke
今日は「ひきこもる」と言うことを考えた。

と言うのは、自分は最近「ひきこもっている」のではなかろうか、と思い始めたのがきっかけだ。
見た目は外にも出ている、仕事もしているように見えるのだが。

年齢的・環境的なこともあり、「これを今すぐ直すべきか否か」まだその答えは保留にしておく。
とにかくここで、自分がひきこもることで、kekeの心境を考えてみようじゃないかと思い立った。

なぜひきこもるのか。

それを「どうして自分は人と接するのが億劫になってきたのか?」と考えた。
自分自身に問いかけると、私はすぐに答えを出した。

「それは傷つくのがイヤだからです。」
私はそう答えた。

そうなのだ、わざわざ傷つくのがイヤなのである。
だからkekeも自分の部屋に入って扉の鍵を閉めたのである。
「アンタの言葉でこれ以上傷つきたくないよ」と言うことなのである。

もう1人の(親としての)私は言う。

「傷つくより前にちゃんと誤解の無いように説明したらどうかしら。」とか
「それは事実なんだから直したらどうかしら。」とか。

でもちょっと待った。
例えばその場合、どちらが正しいと言うのは誰のジャッジだろう、と私は考えた。
その原因は傷つく方の繊細さかもしれないし、傷つけた方が無遠慮なのかもしれない。
その判断に正確と言うものがあるのだろうか。

その場合、「自分が正しい」と言ったものの勝ちなのではないか。


私は今日はナゲットを揚げながら、やってきたkekeに「kekeはとても優しい子だから、今まで人を傷つけるような言葉を1度も言ったことがないだろうね」と言った。
kekeは「ヤサシイボクダカラ。」と言う。

「ほんとは私もそうなんだよ、親子で似てるんだよ。」と私は言い、「これからはお互い傷つける言葉を止めて優しい親子でいよう。」と言うと、kekeは「(自分はそうだが)アンタにそんな事できる訳がない」と言う。

それはずいぶんじゃないか、とでも言いたいが、kekeがそうジャッジする以上、そうなのだろう。
子供が安全なのをいいことに、私は今まで傷つけるような言葉を言ってきたのだろう。
「正しい」と言う武器を持って。

それでは、そう言う子供が元気になれるにはどうあればいいのか。

一つは自分が否定されない絶対的な存在、安全基地みたいな存在があると良いのではないか。
親は絶対と言うことはなかなかできないから、おじいちゃんおばあちゃんとか。絶対ここに来れば大丈夫、と言う安心できる場所があると良いのではないかな。

それともう一つは、自分が相談される立場になると良いのではないか。
相談されたり頼られると誰でも「答えたい」と思う。
そうすることで、ちょっと元気になれるのではないかなぁ。

今日はそんな事を考えた。
考えたからと言って明日から何が急に変わるわけでもないんだけれど。

穏やかな夜

2013-02-21 | 息子keke
一昨日はケンカした。
怒って言っている訳では無いけれど、kekeには嫌な文句に思うようだった。
ゲームをしている時間がそんなにあるなら、皿ぐらい洗ってくれと言ったのだった。

するとそんな時間はないだの、疲れてるだの言う。
本当に疲れていたらゲームもできないだろうと私は言う。

kekeがバイトに行くようになったのは良いけれど
やっぱりちゃんと勤めをみつけてほしいのだ。

するとkekeは「考えてないことは無い」と言う。
「それじゃ何をしようとしているの?」と言う。
「それは話したくない、いつだって話してアンタが認めたことがあるか?」と言う。

私は怖れをなす。
そう言うことで、それが現実的でないことが怖かったし、本当に「がんばれよ」と思えるようなことで無い様な気が薄々するからだ。

kekeは「現実逃避は必要だ」と言う。
「でもお前はあまりにその時間が多すぎる」と私は言う。

そしてkekeは布団を自分の部屋に持ち込んで鍵をかけてしまった。

そんな会話を思いだして、悲しくなった。
これがよその家庭のことだったら、どんなに楽だろう。

K女史のお兄さんはバイトを繰り返して、お金がたまると海外でサーフィンを楽しんでいるという。
「亡くなった母は最期に『思うように生きなさい』と言い残したのでまだそんなことをしてます。」と言った。

今さら誰に知られて恥ずかしいとも思わない。
自分がこの先どうなるかが怖いわけでもない。

だったら私は何を恐れているんだろう。
自分が死んだ後、kekeがどうなるか、その問題なのか。

いやいやそれもあるけれど、そうじゃない。
親は二つには割れないのだった。
今になってそれを知る。

私はkekeに優しくしたかった。
kekeも本当はそう言う場所がほしいはず。
でもそれをしてたら、誰がkekeに言うだろう。
その役割は誰も居ない。

誰も居ない。

それがとっても悲しかった。
誰にもできない。
誰にも頼れない。

それがとっても悲しい。
この家にいるのは1人と1人なのだ。
そのことへの反発。
憤り。
取り返しのつかない欠落。

それが自分を責める。

何の問題でもない、と誰かと思えたら。



私は車を降り、家に向った。

「今日は何か買ってきてくれないか、今日はちょっと疲れてた。」
ダメかなと思っていたけど、kekeは買い物に行ってくれた。
何を買ってくればいいの?と言うので、何でもいいよと言った。

皿はきれいに洗われていた。

「この肉、もう食べないと」とkekeが言うので「あぁやきそば作るよ」と言った。
あとご飯炊いておこう、と私は言った。

私は着替えた。
「kekeだけは、どうなっても幸せでありますように」
と思えたら、泣ける。
最後に思うのは、やっぱり何を置いてもそれだけ。
この先人生は謳歌する予定だけど、願いは。

kekeが惣菜を買ってきて、まだご飯が炊けてないので二人でやきそばを食べながらTVを見た。
久しぶりに何だか話した親子の会話。

穏やかな夜だった。

チロルの怪

2013-02-20 | 今の会社
今日、机の引き出しを何気に開けると、奥の方からチロルチョコの包みが見えた。

それは会社のロゴマークのではなく、普通のチョコであった。

そう言えばいつしかここに置いたままだったかも。。机の引き出しを更に奥まで開けてみると、そのチロルチョコは中身がなく、包み紙だけであった。

ハテナ。
中身はもっと奥に入っているのだろうか、と私は思い、更に開けてみると、またもや別のチロルチョコの包み紙が見えて来た。

そしてそれも引きだしてみると、やはり中身はなく、包み紙(食べカス)だけであった。

このチロルチョコ。
おそらく1年ぐらいは平気でここの机の引き出しに入っていたと思われる。
食べたら思ったより甘くて、それでも「そのうちいつか食べる日が来るかもしれない」と思い、何となく机の引き出しに入れ放しでそのままだったと、かすかな記憶がよぎる。

しかし問題なのは、何故包み紙だけが机の引き出しに残されているのだろう。
いくら無精な私だとしても、ゴミは必ずゴミ箱に捨てている。

さりとて、長い年月が自然にチロルチョコの包み紙を開くとも考えにくい。

これは誰か?

それともゴキ??◎◎

図書館で借りた本にて。

2013-02-19 | 読んだ本
毎週図書館で本を借りています、なんて書くといかにも本を読んでいるみたいだけど、本についてはほとんど何も知らない方。

図書館に通うようになったのも何年前からだろう。
このブログが始まるより後ではないかと思う。
それ以前は本なんてほとんど読んでいなかった。
何を読んでいいかも分からなかった。

高校時代は読書感想文の宿題のため、やっとイヤイヤ本屋でブルーバックス辺りを選んだ記憶がある。
だから、流行りの本なんて何も知らない。
つい最近までそんな感じだった。

小説はほとんど読まない。
ドキドキワクワクを外から取り込むのが好きでない。
小説でもって何か訴えられると呼吸困難になりそうな気持になるみたいな。

それが「私小説なんですよ」と言われるとちょっと安心して読めそうな気がする。
その人、今生きてるんだからきっと大丈夫だろ、みたいな。
それで読んでみたのが瀬戸内寂聴さんの「夏の終り」。(最近だか映画にもなったらしいが。)

でもちょっと苦しかった。
胸が痛いと言うか、とにかく主人公が辛い思いをしているのに心が耐えきれないんだ。
そう言う訳で、やっぱり2話ぐらいまでしか読めなかったと思う。

それから、小さい文字で難しそうな文章が並んでいる本も苦手。
図書館でペラッとめくって、そう言う本だと本棚に戻してしまう。

私にとって本とは、眠りに着く前に穏やかな気持にさせてくれる存在でなければならない、のだ。

そんな私が最近読んでいるのは、川上未映子さん、小林正観さん、伊藤比呂美さんは何冊か。
昔から読んでいるのは何度か紹介した竹内久美子さん(生物学)、さくらももこさん、歴史で言うと永井路子さんのエッセー(小説は読んでないの)


と、ズラズラどうでもいいことを書いてきたが、何を隠そう。
この前図書館で借りた本の中に「クイズの本」があって、そこのクイズが面白かったので、あさましくもブログに書いてみようと思ったのだ。

さぁ、皆さんよろしいですかな。

ではクイズ。

第1問 日本語を英語に直すクイズです。
  
  頭→ヘッド
  顔→フェイス
  胸→バスト
  尻→ヒップ
  あそこ→?










  正解 : あそこは「there」です。


クックックックック。。。。超面白い。。。。(^○^)

誰かにやってみたい。
誰かにやってみたい。

・・・けど、ちょっと乙女の私では・・・言えないですよねぇ?


ちなみに、

第二問 同じく日本語を英語に直す問題です。

  トラ→タイガー
  ゾウ→エレファント

  では、カッパは?












  正解 : レインコート

無難だけど、イマイチ面白みに欠けるなぁ。。。(ーー;)


もしよろしければ、皆さん。
お酒を飲む機会でもあったら、やってみてね!(^O^)ノ

引用 :「ビジネスマンのための大人クイズ」