きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

昨日読んだ本(優しいライオン、和泉式部日記)

2016-01-31 | 読んだ本
昨日読んだ本を2冊紹介。

●優しいライオン~やなせたかし先生からの贈り物~/小手鞠るいさん

やなせさんのエッセーは大好きで何冊か読んでいた。(ブログで紹介もした)小手鞠さんは、やなせさん編集の「詩とメルヘン」から育ったお弟子さんである。作者は小手鞠さんだが、半分以上はやなせさんの詩や本からの引用である。(表紙等の絵もやなせさん。)やなせさんとの出会い、自分の人生をからませつつ、やなせさんの足跡を追いかけている。全章に渡って先生がとにかく好きで好きでたまらない、そんなオーラに満ち溢れている。
地球の人全部に愛をささげたいやなせさん。
ちょっぴり淋しげで陰のあるやなせさん。
ある時はスーパーマン、また1人の時は孤独なダンディ、そしてまたある時はみんなを喜ばす喜劇王・・・そんなやなせさんの魅力を(本を読んで知っているので余計に)ウンウン・・とうなずきながら読んでしまう。

そして小手鞠さんは時折、失恋や離婚、その後も作品が認められるまでにとても苦労なさるのだが、その節目節目に偶然のように、やなせさんから暗示的な言葉を受け取るのである。(結婚が上手く行かない時は「もう恋愛の詩は書かなくていいよ」と言われたりする。)まるで全てをお見通しかのように・・・。

やなせさんが「生きているうちに派手な生前葬をしよう!」と銘打って、大掛かりなパーティーを計画していたのだが、偶然にもその寸前で東関東大震災が起きたため、この大きなパーティーを不謹慎だと取り止めにした。(この話はやなせさんのエッセーに何度も出てくる)その時に小手鞠さんは弔辞を読むことになっていた。それは「先生を追いかけて天国で今度は結婚したい、結婚できなければ愛人でも略奪でもかまいません!!」と言う内容だった。
小手鞠さんはその何年も後に、年を取って目や耳がおぼつかなくなったやなせさんに「実はあの時の弔辞はこれだったんですよ。」とやなせさんに読み聞かせるのだが、90代のやなせさんは「いやぁ・・・ボクは若い子の方が好きだから。。ハハハ」と断わられてしまう。

本当は詩の一つ一つも味わうべき本なのだが、時間の関係で流し読みで終わってしまったのが申し訳ないぐらいだったが、印象深かったのでせめてブログにメモしておくことにした。私達、いや私は男女の愛情というと、夫婦やパートナーにこだわってしまう所があるが、やっぱりその人の心の持ちようなのだ。恋愛でなくても愛はあふれてる!


●和泉式部日記/川村裕子さん編集

これは古典で有名な「和泉式部日記」の現代語訳版。
この前「百人一首」の解説本が面白かった(でも全部読みきれないうちに返す事になった)ので、今度はこれを読んでみた。

私は高校・大学時代ほとんど本を読まなかったが、幾つかの例外が永井路子さんの「歴史をさわがせた女たち」シリーズである。この本は歴史に出てくる有名な女性、または有名な偉人の奥さんを5~6ページづつの短い文章で紹介しているのである。(そしてその解説も現代風で面白いのだ)
この「歴史をさわがせた女たち」の日本篇の最初に登場するのが、この和泉式部さんである。今で言うと誰になるのだろう?松田聖子ちゃん?もうちょっと暗めで、だけどもっと男性遍歴が派手で、最終的には一番権力者(総理大臣いやそれ以上の王者と永井さんは書いている)の兄弟二人の愛人になってしまうのである。(同時期ではなく兄が亡くなってから弟とデキてしまったのだ。)

この「和泉式部日記」はその弟とのなりそめを書いた日記のようである。
和泉式部さんというのは、もともと男の噂が派手な人だったようで、ましてや自分のお兄さんの彼女だった人なので、この弟(敦道親王)も最初はすごく慎重で「どうせ他の男の人も出入りしているのでしょう」と言うノリだったのだが、知っていくうちにこの和泉さんは1人ぼっちで純粋な女性だということが分かるのだ。

周りの人は身分違いなので大反対。(ましてやその兄も和泉さんや他の女性とデートしているうちに伝染病に掛かって亡くなったと言う経緯があった。)だからなかなか敦道さんも訪れることも会うこともできず、二人はお互いに相手の心が分からず苦悩する。和泉さんは他の男性を許さないのだが、それでも他の男の人が勝手にやってきたりして、そういう車を見てしまったりして何度も敦道さんは傷つき、そういう互いの心の悶々や誤解に耐え切れず、敦道さんは「女中と言う名目で家にきてほしい、そうすればもう誤解することはない」とくどくのである。
女中とは言え、身分の違う女性を御所にあげるのだからそれは大問題・・・敦道さんの奥さんは(日記では夫婦仲は冷え切って敦道さんは孤独だったと書いてあるが)、怒って出て行ってしまう。。。。

ここでその日記は終わってしまう。
私なんぞはこの後、宮中に上がってからどんな感じだったのか、いろんなことがあったでしょうに、敦道さんの愛情はそれでもそのまま変わらなかったのか、どんなやり取りがあったのか等々が気になるが、それはもう必要ないようである。プレイガールが高貴な弟さんを寝技で強引に押しかけたかのように言われるのが辛く、そのなりましを書かれたようである。(編者の川村さんは、自分の弁明ではなくむしろ、敦道さんが死後バカにされるのが我慢ならず「私達の愛は本物でした」ということを書きたかったのでは、と解釈している。)

今の時代では喧々囂々目も当てられないほどの非難殺到になりそうなこの暴露本・・・果たして当時はどうだったのだろうか。この本は現在言葉の訳の他に、さらに解説もはいっているので、とても分かりやすく、さすがの私でも読みきることができた。

隠れた人脈

2016-01-30 | 今の会社
会社で知り合いのライ田さんのお母さんが亡くなったそうである。

(ライ田さんかぁ・・・)と私は思う。
ライ田さんとは、昼間はシャイで奥ゆかしい感じの男性なのだが、酒が入ると急に無礼講(みょうに馴れ馴れしく)になってしまう・・本当にこんな漫画みたいな人がいるんだな、というキャラクターの人である。

いつしかお酒の席で彼は奥ゆかしく私に言った。

ライ田「この前○○というお客さんの所に行ったら、そこに居たヤツが実はオレの同級生だったんデス。」
sake「そうですか、それは久しぶりで懐かしかったですね!」
ライ田「いいえ。そいつは昔いじめてたヤツだったんで、かえって気まずくなってしまいました。」

えっ、ライ田さん、いじめてたんですか?!@@と言うと、彼は「実は昔は自分、暴走族をしてたんデス。」とまた奥ゆかしく語る。

昔は暴走族→奥ゆかしい→たまに酒乱という個性三重ミックスのライ田さん。(ちなみに前の奥さんからはお前なんぞ死んじまえと言う勢いだったというキャラも合わせ持つ。)

Aさんから「ライ田くんの訃報が届いてからでいいから、香典用意しといて。」と言われていたが、前日になっても来ない。Aさんに(ライ田さんの訃報全然来てませんよ・・)と言うと、(えぇ~~)と言い電話は切れた。

電話を切った後に秀クンに「ライ田さんのお母さんが亡くなったそうですよ。」と言うと、「あぁ知ってるよ」と言い「直接電話があったもの。」と言う。
そしてやがて1時間ぐらいするとピロピロ・・とFAXが送られてきた。ライ田さんもショックで何をしていいか分からないのではないのだろうか。。。

みんなに「ライ田さんのお通夜は行かれるんですか?」と言うが、nanuさんも秀クンもイマイチな反応であった。(本人ならともかくお母さんではなぁ・・別にいいんじゃないの?みたいな感じ)
うぅ・・ライ田さん、淋しがっていないかなぁ・・と思いながらも、社長が代表して行くそうなので社員一同お任せすることにした。


Aさんと話していて、「そう言えばライ田さんのお母様のお通夜どうでした?」と言うと(Aさんはお手伝いをしていた)「それがビックリしたよ」とAさんは言う。

てっきりしめやかなお通夜かと思っていたら、お母さんの知り合いが後から後からものすごい人数来ていつまで経っても終わらなかったよ、と言う。(お母さんは某習い事の先生をしていてその関係だったらしい。)大勢のおばさん連中の団体が幾つも来ていたと言う。

「それで不思議なのが普通親族席って、喪主と兄弟とか家族とか親類とかって2~3列ぐらいになるでしょ?それが喪主のライ田君ともう1人男性がいるだけなんだよ。イスも二つだけ。」
「どうしたんでしょう?訳ありなのかもしれませんね。」

と、冷静に会話しながらも、親族席にライ田さんと弟さん(仮定)がポツネンと座りながら、お坊さんがお経を唱える中、女性ばかりが仰山、後から後から絶え間なく訪れるというアンバランスさ。。。。
Aさんはライ田君が「うすら笑っているようにすら見えた」と言うので、「そんなわけありませんよっ、お母様が亡くなったんですから。」と私は言うが・・彼のキャラから考えるとその光景が何故か目に浮かぶ。

翌朝、社長も「アイツのかあちゃん、何か商売してたの?すっげー弔問客でよぉ~、あの年齢で女であれは珍しい。」と言っていたので、よっぽどすごかったのだろう。。。
ライ田さん、お母様の思い出と共にこれから邁進していきますように。(と何となくしめてみる)

正義の合唱

2016-01-29 | 巷の話題
今日のどこぞやの新聞の一面がベッキー休業だと言う。
ワイドショーもベッキーから始まった。

私はCM全部降板は仕方ないだろうと思う。(商品のイメージは大切だ)
休業(職場を追われる)も仕方ないかもしれないと思う。

私はあの「センテンススプリング」だかのギャグを読んだ時に「こんなのどこかの成りすましだろう」と思った。
そんなアホなことあるもんか、と思った。

しかしそういう報道はない。となるとこれはホンマものなのか。
(それもちょっと驚きではあったが二人だけの間でならこういう気持もあるかもしれない、よく考えてみたらば。)

だとすると、他人のラインなるプライベート情報(?)を確実に盗んで週刊誌に何度も売った人間がいるのだろうか。
それはいったい誰なのだろう。これだけの騒ぎになりながら、「これでもか」「これでもか」とまだマスコミに情報を売り飛ばす、それも人のスマホだかパソコンだかに平気でもぐりこんで、そういうことをしている人間がいるのだろう。それは犯罪にならないのだろうか。

例えば、私がある人のPCの中にもぐりこんで、その人が秘密にしてたムフフの画像を「この人はこんなものを所持してるんですよーー」と全部世界中にばら撒く・・・それってやっていいことなの?そっちに対しては週刊誌は隠し通すの??


奥さんが流してるならそれもありかなぁ・・とは思う。

私もこういう性格、そういう裏切りにあったら「さぁ、どうしたらアイツらを地獄に落としてやろうか」と考える性格なので、すごい気持はわかるし、やりかねない。だからそうだと分かれば、「あぁなるほど、それもあるかもね。」とは思う。しかしこれまったく知らない第三者とか友人だったら問題じゃなかろうか。(それもまったく触れられず)
今の状態では「スッキリ」しない。

片や、仕事を奪われ日本中から非難され、国外に逃げても写真を撮られて追われて精神的にも徹底して叩きのめしておきながら(そうなるだろう。。)、スマホを盗み見て暴いた方は正体は一切さらされず、もしかしたら今でも世界中の個人情報を盗んで高らかに笑っている・・?


二人の会話で
「不倫じゃないし」「うん。」
「略奪でもないし」「うん。」

という中身があったそうだが、この事情は何なのか。男の方では既に結婚が破綻していたという認識があった(少なくてもそう告げていたと思われる)。だとしたら何故そのちょっと前に入籍をしたのか。男の方は入籍しなければならない事情があったのだろうか。そこら辺のことが何も分からないままである。

中には何やらともあれ不倫が大っ嫌いで、不倫のフの字も許せない人もいるだろう。(かつては私自身もそうでした。)
だからもちろんそういう考えがあってもいいのだけど、それを弁護する人まで目の敵にして攻撃してTVの仕事を奪うような行動をとるのは違うような気がする。刑事罰ではないし、事情もあるかもしれないし・・・個人的には男性側の方がもっと悪いのでは。。。と思ってしまう。(でも大騒ぎはなぜか女性の方。)


例えばそれは、例えばちょっと用があって、分かってたけど駐車禁止の所に5分ぐらい止めてしまった車があったとして、それを24時間見張っていて、警察に通報して駐車禁止の切符を張られたのを見て喜んでいる人のように見えるのだよ。

駐車禁止はたしかに悪い。うんとでもちょっとでも歩いてコインパーキングに止めれば良かったかもしれない。でも、もしかしたら近い場所にコインパーキングがなかったかもしれないし、あっても満車だったかもしれない。
それを悪いことだからって通報して、まぁそれは間違ってはない行為だけれども、それでしょっぴかれたのを満足して喜んで居る人と似ている。(ような気がする)

そこで「たしかに違反だからしょうがないよね」と思う人もいるかもしれないけれど、「でもさぁ、何もそこまで通報しなくてもいいよね」と思う人もいるかもしれない。それを声に出してしまうとまた正義の大合唱でたたかれるから誰もがもう言えないが、それでさぁご満足ですか、と言う気持である。


もうこんなに何もかも全てを失うなら、二人の愛情だけは変わらぬもので結んであげてくださいという気持に私はなってしまった。(貧乏神の余計なお世話か)

「眠れないほどおもしろい百人一首」/板野博行さん

2016-01-28 | 読んだ本
図書館の返却棚にあったこの本を読んでいる。

百人一首といえば、子供の頃のsake家の正月で行われていた。
カルタ取りもしたし、坊主めくりという遊びもした。私はどちらも好きだった。
(その後いつしかsake家の正月はマージャンに替わるのだが。。。)

百人一首かぁ・・・。
当時は下の句のカルタを取るのに必死だったので、何枚か覚えていたものもある。
ちなみに私がお気に入りの札(絶対に自分が取らねばならない札)はこれである。

●さびしさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮
(あまりのさびしさに耐えかねて、家を出てあたりを眺めてみると、どこもかしこも同じようにさびしい秋の夕暮れであることよ)


・・・深い意味はない。
ただ坊主頭がおもしろくて、気に入っていたのだと思う。
他にもオハコの札が何枚かあったが、いずれも全て坊主札であった。
私は子供時代の当時いじめられっこだったので、(おそらく)お姫様や天皇みたいなお偉いさんより、こういう見てくれのわるい坊主札をかわいそうに思い、ひいきにしていたのだろうと思われる。


そんな百人一首の思い出もありつつ、本を読んでみることにした。
案外面白い。
この本のうれしい所は、古文は全て現代訳がついていることである。よく読めば意味が分かりそうな句にも現代訳を必ず載せてくれている。(ありがたい)

それから、その句や作者にまつわるエピソードも載せてくれているので「ふむふむ」と思いながらその和歌を楽しむことができる。例えば在原業平さんのようなプレイボーイは過去にこんな恋もしてたんですよ、みたいなワイドショー的解釈も入れてくれている。

頑張っているなぁと思うのは、この作者は自ら藤原定家(百人一首を選んだ作者)になりきって本を進めている。(「これはボクのお父さんの句」と言いながら父親の句を紹介している。)また、現代人は恋愛の歌が面白いだろうと推測し、恋愛の和歌からどんどん紹介(それも小野小町や在原業平、和泉式部といった恋愛スキャンダラスな有名人の句から紹介)している辺りもにくい演出になっている。


それにしても平安時代の男女はこうも悩み苦しみながら恋に身をこがしていたのか・・。

というのは、当時の結婚形態は、男子が夜に女子の家を訪れる結婚形態なのである。そして男子はこの人一人にしぼらなくてもいい(罰則がない)のだ。なんとなく飽きてしまったら、もっと若い恋人の家を訪ねるのもOK。そしてまたたまに古女房の家を訪ねるのもOKなのである。

そして基本、女子から男子に猛アタックするのは「はしたない」事とされ、女子はひたすら待ちの身なのである。本当は他に好きな人がいても、その人の足が遠のいてしまえばどうすることもできず、しかし新たに他の迫ってくる男子を受け入れるのもやぶさかではない。(ちなみにその家の資産は女子が受け継ぐので、夫がよその女の方に行っても金銭的に困ることはないようだ。)

だから百人一首も、この時代の文学も、女が身をこがして来ないかもしれない男を待つ、涙涙の歌(中にはプリプリ怒ったり恨んだりするのも)がゴマン!とあるのである。「袖をぬれつつ」みたいなのは、全部涙で袖をぬらしているのである。


パタンと本を閉じて、これは今の時代では考えられないことである。
今なら携帯で「ちょっとぉ~、今日うちに来るの?来ないの~?」で終わりであろう。

しかし見よ。
まだ昭和の時代、携帯がない時代、我々は約束の時間にまだ来ない相手を思い煩い、ハラハラドキドキ待っていたあの頃を。あの頃の方が相手が来るか来ないか、来ないなんていったい何があったのか、だからこそ会えた時の喜び・・・そして恋はいつもジェットコースターであった。(と振り返りたい)

「結婚さえしちゃばこっちのもの、何かあったら慰謝料でギュウギュウ言わせてやるわよ」
そんな気持では・・・・。


そうだよ、そこに待つ哀しみがあるから意味があるのだ・・・。
(ちなみに男が振られることもある。女だって他にもっとめぼしい男が来れば今の男は断ってしまうのだ)


恋はいつもフリーダム。相手の心も自分の心も何の保証も約束もない。だからいっそ切ないし思いやりが持てる。(のではなかろうか・・)
力でねじ伏せられるのが怖いから大きな声では言わないが、そう思っている人はきっといるはず。
正しいだけでは、人の心は動かせないってね。

便利なことが、人をどんどん鈍感にし、正しいことが生きることをどんどんつまらなくしている。
・・・・この時代の行く末には何があるのだろうか・・・。

最近の料理(リンゴジャムで焼いたパンほか)

2016-01-27 | ぶきっちょさんの家事一般
最近のお気に入りは栗原はるみさんの「豚と小松菜のあんかけ焼きそば」です。(レシピはこちらから)


豚と小松菜以外の野菜はあったものでいいです。豚と小松菜だけでもいけます。
今まで小松菜はあまり買ったことがなく、初めて使ってみたのがこの料理。おいしくて、こればかり作ってます。


大原千鶴さんの「小松菜と塩ざけのごまあえ」。
ゆでた小松菜と焼いた塩鮭をほぐしたものを、すりゴマ・だし汁・醤油であえたメニュー。「きょうの料理」で探してみたけれどレシピが見つからなかった。


小さなテフロン鍋で焼いた餃子。
最近、鉄製のフライパンを使っているが、餃子がうまく焼けない。みんな皮がくっついてしまう。皮がはがれるように水分がなくなるまで火を入れると皮がこげる。できない。近いうちにまたテフロンのフライパンを買おうと思う。
また、この時は白菜をフードプレッサーで細かくしすぎて、水分が出すぎてしまい、そのまま水分を切らずにひき肉と混ぜてみた。肉汁みたいに水分が出るかもと思っていたら、包みにくいし、味はつかないし、肉汁なんてものではなく、餃子の足元にも及ばないようなものになった。。。(でも餃子が好きなので食べる)


前に作ったリンゴジャム。


リンゴジャムで作ったパン。
砂糖はまったく入れずに甘みはリンゴジャムだけ。その時牛乳が無かったので、代わりに生クリーム100ml+水20mlを入れる。だめもとでホームベーカリーのスイッチを入れてみたら、これがなんと!おいしいパンになった。
甘さ加減もよく、見栄えはイマイチだが、味はおいしい。kekeは信用せずなかなか食べなかったが、2日後に仕方なく食べてみたらおいしかったようで、さっさと部屋に持って行ってしまった。
(でもいい加減に入れて作ったので、もう同じ味は再現できないと思う。)

たまに残った生クリームが他に使いようがなくパンの材料にして焼くことがあるが、そうするとおいしいパンになるようである。


このリンゴジャムは、他にパイ生地でアップルパイにしたり、この前はカレーに入れたりもしてみた。ジャム自体がゆるく長期保存向きではないようなので、さっさと使おうと思う。

この世界はみんなうたかた

2016-01-26 | 息子keke
Aさんと先日のお葬式の話になり、社長さんは60代半ばで「早かった、奥さんも告別式では泣いていた」と言う。

私は父の葬式では泣かなかった。
妹も泣かなかった。

だから泣く・泣かないと言われると何となく違和感がある。
泣きはしなかったが、父は大好きだったから。
そして今も父は私の心の中で生き続けている。


でもそんな流れだったので、「でも離別より死別の方がいいですよね、これからいっぱいいい思い出が残って。」などとはとても言えなかった。
でも心の底で私は思った。
そうやって「お別れが悲しい」と思えるような生き方をしてみたかったものだ、と。



そう言えばまたこの前何の話からか、kekeが「(生きているのは)あと2年」と言うので、「またそんなことを言っているのか、少なくても死ぬのは私が死んでからにシロ」と言うと、「死ぬのはたぶん無いと思うけれど」と言い、あと2年ぐらいで家を出たい、と言う。

「その前に仕事がないとなぁ」と言うと、まだ具体的にそこまでの計画はないようで、でもkekeはあと2~3年で家を出たいそうである。(あくまで希望的観測のよう。)

そして「だから自分に頼られても困る」と言う。


「なんだと?!どっちが誰を頼っているんじゃ。お前の方こそいつまでも親に頼っているんじゃない」と私は言い、「私が困るのはパソコンが動かない時ぐらいだ。kekeになんて頼ってない、出て行くんならそれもいいんじゃないか。」
と言った。


・・・んん・・でも本当に一人になったらちょっと寂しくなるかもしれん・・・(-_-;)


でもかまわん。
親はいつまでも生きてないし、まったく、こっちこそいつまでも親が一緒に暮らしているものだと思われたらかなわん。
親がいなくなっても生きていけるように、早く独り立ちしてほしいぐらいだ。。。



そう言えばAさんと葬式の話で、シーンとしてしまったので、「そう言えばあの社長、おさかな(釣り)が好きだったんですね。写真みましたよ」と言うと、「エッ!sakeさん葬式に来てたの?!」と言うので、「気がつきませんでしたか?」と言うと、知らなかった知らなかったと言う。

「そう言えばBRさん、お近くなのに来てたんでしょうかねぇ。」と言うと「来なかったんじゃないの?というより誰も伝えなかったんじゃないの?」と言う。「だってオレ受付にいたから名前を見たらゼッタイ気が付いたはず」と言うので、「えー!だって私が来たのも知らなかったじゃない」と言うと、「sakeさん違うところに出したんじゃないの?」と言う。


・・・ということは、私が式場と間違えてうっかり通夜振る舞いの方に行こうとしたのもAさんには見られてなくてよかった。


しょうがない。
みんな別れる時は別れなきゃならないんだ。

その日に後悔しないように今を大切にしていこう。今日も明日も。

お別れ

2016-01-24 | 母子家庭だから思うこと
今日はある方の旦那さんのお通夜に行った。

こんな時にこんな風に思うのは不謹慎のような気がするが、今の私は死別がうらやましい。
死ぬまで寄り添えた間柄がうらやましいし、これからは今までの楽しかった思い出と共に歩いていけるだろうと思うとうらやましい。

というのは、私は離別だったので、心底相手を恨み憎んできた。
写真も全部破り捨ててしまったし、終わりよければの逆で、今になって思い出せるものも何も無い。思い出したくも無い!と思っているうちにみんな消えてしまった。

私はこの先、心底悲しいお別れがあるのだろうか。
できれば無いと思いたい。
たぶん順番が年功序列なら、身内の中で次に死ぬのは自分のはずである。それで行けば私はもうこの先悲しいお別れは体験しないはずだ。もう余計に出会うまい、このまま散るべき時に散ってしまえばいい。

それでもこうやって「お別れは無い」と言いきってしまうと、またとんでもない事が起きるので、用心に用心を重ねて、いろんなパターンを想定しておこう。
雪もそうだが、私は準備をしておくと、かえってそういう事態にならない事が多い。(大地震に備えて防災準備もしておこう)いつものパターンで、とんでもなく悲しいことや辛いことがこの先待っているかもしれない。50年も生きていると、だいたい自分が人並みに幸せになるタイプかどうかも、分かってくる。たぶん私はそうでは無いほうだと思う。覚悟して進めばいいさ。

でも、この先もしも泣くようなお別れがあったら、そんな出会いがあったことに感謝したい。
別れて泣けるような相手は、過去にそれなりに楽しかった思い出がある相手なのだろうから。


時計が何だかおかしいなと思ったら、時間が止まっていた。
帰りに時計屋さんに寄った。(妹がここで誕生日に買ってくれた腕時計だった。)
前に時計の電池をここで替えていた時の領収書が3年以内だったら、タダで電池を交換してくれるそうだが、そんな昔の領収書(保証書?)なんてどこにあるかすっかり忘れた。
1500円で直してもらった。

また時計が止まってしまっても3年以内だったら、今日の保証書を持ってくればタダで電池を交換してくれるらしい。それをここに書いておくことにした。(ブログを検索すればすぐに分かるように・・・)

冷えとり靴下とハイドロテック・ファムのその後

2016-01-23 | 日記
さて、前に「冷えとり靴下、冷えとり健康法」の話をブログに書いた。
(書いた場所はここですね。)

それは体の冷えを取って健康になろう!という健康法である。
その冷えとりの代表的なのが、「靴下(天然素材)を4枚履く」と言うもので、絹の5本指靴下(最初)→毛の5本指靴下→絹の靴下→毛の靴下という順番で4枚重ねて靴下を履くのである。
すると足元を温める事で血液の循環もよくなり汗をかきやすい体質になっていき、汗と共に体にこもった毒素も排出されるという健康法なのだ。

本当なら、この4枚靴下健康法、入浴時以外は基本4枚重ねで過すもののようだが、そこまでやってられないので、私は家にいる時と会社にいる時だけにして、外を歩く時は1枚目と4枚目の靴下の2枚重ね、寝る時は裸足で寝ている。


そして3ヶ月が過ぎた。

よい事は、会社で「ひざかけ」が不要になったこと。
4枚靴下を重ねて履いているので、以前よりは冷えなくなったような気がする。でもそう思い込んでいるからそう思うだけかもしれないし、会社のエアコンが変わったせいで部屋が温かくなったのかもしれない。

逆に悪い事はあまりないのだが、あえて言うと靴下がよく破ける。最初に破けたのは始めて1ヶ月半経った辺りである。3枚目がいつしか穴があいて、上下に伝染したかのように破れた。それを糸で縫ったが、また他の所が破れたり、それ以来針と糸が欠かせない。(体の毒素が靴下に穴をあけるという説もある)

年中かがったり、毎日手洗いしたり(1枚目だけ、他は毎日履き代えてない)、面倒なこともあるのだが、会社でひざかけが要らなくなったり、自分ひとりだけ寒い寒い言う場面がなくなったので、まだ4枚靴下をズルズル試している。面倒こともあるけど「温かいし、もうちょっとやってもいいな」とズルズル続けているのである。
やはり足元が温かいことは心も快適になるのだ。


それから去年の今頃「ハイドロテック・ファム」の靴を買った。

これも買って使って1年・・・感想を述べると、とても良かった。
最初は皮がまだ硬くて歩き慣れなかったが、1年経つと皮もやわらかくなって、本当に履き心地がいい。「次に買うとしたらメレルのジャングルモック」と思っていたが、通勤でも使えるデザインがやっぱりいい。
来月の自分の誕生日には、この靴をもう1足買って交互に履くようにしようと思う。


同じように服も「これが自分のスタイル」というのを決めて、他には手を出さない。そうすれば服も買う枚数が減るような気がしてきた。
自分が考えているのは、あまりかしこまっていないブレザー風のジャケット。色はモコと同じこげ茶。スカートもそれに合わせたスカート。丈はあまり短くなくて、自分の足に合う膝前後の長さのもの。そしてブラウスはそれに合ったものにする。

・・・と考えたら、大学時代、本当にこげ茶のジャケットと、スカートをよく履いていたのを思い出した。何てことはない。私の服装の傾向は結局変わっていないのだ。(まだ持っていたら、また今改めて着たかも。。)

髪型もそう。髪の長さを変えてみたり、パーマをかけてみたりしても、顔の形や髪の性質でだいたい今までのどれかのパターンになっていく。「これでいい」と言うスタイルが見つかったら、もはやそれでいいのかもしれない。
(たまにグッと変わるのもメリハリがあっていいけれどね。)

人も同じかもしれない。
いろんな人と出会ったとしても、結局自分の選ぶ人は変わらないのではないだろうか。


この靴と同じ物をまた買おう、と思えた靴に出会えたことはうれしいことだ。

これからはそう思えることをふやしたい。
(自分の周りにそういう好きなものをいっぱい抱え込む、それに満足するすることはたぶん生きる喜びにつながる気がする。)
話がだいぶそれてしまった。

雪に備える

2016-01-22 | 日記
今は一番寒い「大寒」だけど、冬のいいトコ探してガンバロー(^o^)丿

・・・そうたしか昨日は書いたはずだが、まさか明日また雪が降るとは。。。(-_-;)


それだけでメゲそう。。。

一昨日は雪かき用スコップを買った。

昨日は長い長靴を見に行った。

靴屋で「雪用の靴はどこですか?」と尋ねると、慣れてなさそうな外人風のネェちゃんがここだと言う。
そこにはブーツっぽい防寒の靴が並んでいた。

いろいろ履いていると、近くをビニール製でうんと丈の長い長靴を履いたお母さんっぽい人が試し履きで通り過ぎていった。

「ん?@@あっちの靴の方が丈が長くて雪が入らないのでは」と思って別のコーナーに行き、ビニール製の丈が長い長靴を履いてみる。

(う~ん・・・でも靴下2枚履くと脱ぐのが大変だ。。(ーー;))と思いながら、そこらに居た店員さんに、「この丈の長いビニールの長靴も雪用ですよね?」と尋ねてみると、そのビニール製は雨用で雪用ではありません、と言う。

「そうなんですか?」と尋ねると、雪用の靴は裏面にすべりにくいように滑り止め(靴の裏にしっかりスジがついている)が施されているそうである。(更に滑らないように靴の裏面に金具(スパイクについてるような)がついている靴もあった。)
しかし、雪用と言われている靴はさっきの雨用に比べると丈が短く、金具が裏に入ってる靴は更に丈が短くて、今履いている長靴とあまり変わらない。

うーん、うーん・・・(ーー;)
5,000円もする買い物・・・その日は決心がつかず、翌日また店に行き、金具は入って無いけれど、底が雪用で防滑、防寒のブーツを買いました。

無駄な買い物だったかもしれません。。。でも今家にある靴はどれも底がツルツルだったのです。これで転倒が防げると思えば悪い買い物ではないかも・・・と思いたい。水道管が破裂するかもと思って、ペットボトルの水も買っておきました。

私がこれだけ準備することで、かえって雪が降らなくなればいいなと思います。(ーー;)

いつも思うように行かない事が多いので、雪の備えをしていれば、逆に雪が大して降らないかもしれません。いつも空回りばかりの自分です。

でも明日はあまり降りませんように。。。

風邪もなおってほれオバQ

2016-01-21 | 日記
車で出勤すると、空がきれい。

自分はスキーをしないので、雪の原っぱはゲレンデのようだ。
なんてきれいなんだろう!

昔、大学時代にスキーが流行っていたっけ。
スキーが好きな人は、すべることだけではなく、こんなだだっ広い一面の雪のゲレンデを見るのが好きなのではないだろうか。

例えば私が子供の頃に水をみるだけでワクワクするのと同じように(泳ぐのが好きだったのでプールの塩素の臭いも好きだった)、この一面の雪のゲレンデを見るとワクワクするのではなかろうか。

それに空気も透き通っているようにきれい。(な気がする!)
遠くの山も今日はくっきり見えるから。

飲み水もおいしくなるかもと思えてしまう透明感よ。

大きくスーハー深呼吸。

そしてしばらく洗車してなかったモコちゃんが溶けた雪でピッカピカ!!
まるで新車のようである。



さて、先週処方していただいた風邪薬は3種類あった。
抗生剤と咳止めと、痰の薬だったようである。

そして飲んでいたら、一つの薬だけもう無くなってしまったのだ。

(もう!薬局で薬の数を間違えたのでは!)と思って、これからは個数まで自分で数えて確認せねばあかんのかっと思ったが、よくよく袋を確かめてみたら、朝昼晩1日3回の薬を、勘違いして朝晩2回しか飲んでなかったり、一度に2錠飲むべき薬を1錠しか飲んでいなかった。(そう言えば薬局で2錠なので気をつけてくださいと言っていたっけ。今思い出した。)

バカですねぇ・・・orz
それも4日後になるまで気が付かなかったとは。。。

私のチョンポやミスは今に始まったことではない。
・・・・と思うが、薬の飲み方を間違える。それも3つあるうちの2つを間違えるなんて事があるのだろうか。。。
若い頃はこんなことはなかったはず。これも老化現象?!
自分で自分が心配になる。


でもお薬が終わって、お酒も解禁~(^o^)丿
咳もほぼ出なくなり、ビールを堪能した。

やっぱりうまい!!(^o^)


今は一番寒いといわれる「大寒」だが、立春になれば太陽の光もまぶしくなってくるのは毎年のこと。
そうすると私はメキメキ元気になってくるのだ。

それまであともう少しである。
この寒さも今のうちだと思って楽しもう~!

柚子湯にカキに、お鍋に雪景色。
ブーツもコートも、いっぱい楽しもう。


昨日のブログで書いた手作りラーメン。
具は豚肉と小松菜とたまねぎをニンニクしょうが風味で炒めたもの。
汁は鶏がらスープの素、鮭をつけた後の味噌漬け(めちゃ甘め)に、ごま油、しょうゆあたりを適当に。

余談だが、ヤフーニュースより「老後は一人暮らしでも家族同居と同じように幸せ」という記事があった。
なんだかうれしいねぇ。
これ読んでちょっとだけ、もう少し長生きしたくなった。