きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

3回目のヒフ科

2012-01-31 | 健康とか病院とか
皮膚科に行って順番を待つと、父と息子の親子連れが来た。

息子の方は知的障害があるようで、ウーとかアーとか言いながらフラフラ歩いていて、お父さんが「ここに座るんだよ」と優しく言っていた。
座ってもウーとかアーとか、それなりの音量で言っていた。
kekeよりも大きい。
30近いぐらいかな。

お父さんがトイレに席を立ってしまい、息子の方は案の定ウーアーと言いながら歩き回ることになった。
私は正直こっちに来なければいいなぁ。。と思ったが、向ってくるのは私の方向であった。

(困ったなぁ・・何も無く素通りしてくれるといいんだけどなぁ。。)
と思って目線を合わせないようにドキドキしていると、彼は相変わらずウーアーと言いながらも、私の隣でUターンした。

そしてトイレから出てきたお父さんは、ここだよ、と優しく言いながら、息子を席に戻すのだった。。。

しかし、なんて優しいお父さんなのだろう。
あのマナザシと言い、あの声の掛け方と言い、素晴らしいお父さんだ。

そして、kekeに怒鳴り狂っていたついこの前までの自分と比べると、雲泥の差に恥かしくなるのであった。

誰だって好き好んで障害を持つわけでもなく、そう言う子供を望んでいたわけでもない。
でも、そうなって、それを心から受け入れる。
そして優しくなれると言うことは、なんてすごいことなんだろう。


それでも今、kekeの将来を思うと、お先真っ暗だ。
このまま行けば、生保でももらわない限り、生きてはゆけまい。
でも、傍から見れば「働けない」とはみなされない。
働けるくせに働かないで生保で生きていくヤツ、だ。

でもさすがに自分の息子がそうなるかと思うと、それをズルイとは思えなくなる。
嫌な言葉かもしれないが、それがイヤなら公に死んでもらうしかないのである。

そして、たぶん、kekeはそうなったら、それを拒否しないだろう。
公に確実に楽に死ねる方法があったら、苦悩を抱えて生きていくよりそっちを選ぶ。
働くのと生きていくのはセットだってことは分かってるから。

それを周りが死んではいけない、それだけはいけない、と言うから、しょうがないから生きていく。しょうがなくて生きてるから、金をおくれとなる。
彼らには彼らの主張があるのではないか。

と、自信はないけど思ってみる。

本当に生きていくのが大切なら、働けない人を働ける人でフォローしなくてはならないし、生保のあり方の方がそんなに大きな問題なのであれば、生きて(=働いて)いけない人はこの世から去ってもらうしかない。
そのはざまにズルイ人が本当にいるとしたら、それは隣近所が見つけてそれなりの処置を取ってもらうとか、そうできないようにする毅然さも必要かもしれない。(その結果、やはりその人が生きていけなくても仕方が無いと言う事だ。)

今はそれがごっちゃになってて、人の命は大切だし、働けるのに働かない人は許せないし、でも毅然としてると、本当に死んじゃった人が出て大騒ぎになっている。
その中の何を大切にするか、何を犠牲にするかを決めないと、この問題は永遠に解決することはないのではなかろうか。

そうやって思うと、いろいろ文句はあるけど、働く場があって稼げることはありがたいことなのかもしれない。

やけどの治療は終わった。
あとが残らない様に日焼け止めや、クリームを処方してもらった。
目立たなくなるまで(1ヶ月ぐらい塗ればいいそうだ。)

これからはゆっくり風呂に入れる。それもうれしい。^^

やらなきゃいけない

2012-01-30 | 車の練習
今回の試験勉強はしてない。
非常にマズイ。

しかし、心のどこかでこのマズサを味わっている自分がいる。
何故なら、やらなきゃいけない試験勉強をまた今日もやらずにいる自分が、どこかkekeの心境に似てるかも、と思っているのである。

やらなきゃならない。
やってない。
このままだと結果は明白。
どこかでスイッチいれなきゃ。
でも、待って。
あともう少し。

スイッチ、いつ入れよう。
最後の教材が届いてからではたぶん遅い。
どこかで【やらされてる】感が出るから。

今回はパスしちゃう?
ここんとこ、精一杯頑張ってきたじゃない。
いや、そんなの言い訳なのかな。


こうして毎日グルグル回っている。
この週末こそ、やらなければならなかった。
どこかで突破口をガツンと開けないと、私の性格だとこう言う事は始まらない。
そのガツンが出てこない。


朝起きると、kekeがグースカ寝てるので、私は家を出た。
昨日も起きていたので、このまま昼過ぎまで寝ているだろう。


そう国民年金だ。納付書で払わなきゃ。

「自分の年金ぐらい自分で稼いでほしい、もう学生ではないのだから。」と昨日は闇の中でつぶやいた。
家を出たのは、それもある。
今、顔を見ると何か言いたくなる。
それを止めるには、自分が家を出よう、なんて。

怒り・悲しみ・後悔。


今日の行き先は、港北区方面だ。たしか3回目か4回目。
ここらの広い道路が爽快なのと(休日だからなのか車も少ない)、先には新横浜、横浜と言う名所がある。

デジカメを忘れてしまった。

空模様も曇っているのが気になる。
天気予報見ればよかった。
すぐ引き返せるようにラジオをつけると、「今日は一日天気が良いでしょう、お出かけ日和です」ときた。

よしよし。(^_^)

曲がり角を間違えたり、細い道に入ってしまうたびに、未だに全身の体毛が逆立つほどあせるのだが、「事故さえ起こさなければ良いからゆっくりと。」と、「少しづつでも車の量の多い太い道に入っていけば、いつか居場所が分かるようになるから。」をモットーに進むのである。

世間一般にはどうなのかわからないが、私の場合は「いつもの道を走る」ことと、「知らない道を地図で走る」ことは、精神的負荷が違うと言いますか、もう大変なことなのである。
なので、「知らない道」を「いつもの道」にするべく、今日も走ってみたりする。
知らない道を走ることは大変だけれども、走り終わった後の「克服感」が何ともうれしい。

いつかこの気持をkekeにも味わってほしい。
でも、今はまだ違う気がした。

今事故を起こして二度と乗れなくなるよりは、本当に乗りたくなる日が来るだろう。
私がそうだったように。。。。。
そして、それが爆発した時、こんな風に無我夢中で走る日が来る・・・・・はず。
(何人かの方のアドバイスから想像すると)


ドライブから帰ってきたら、年金はまたどうでもよくなった。
私は、今日も成果(走った道を改めて地図で復習)を確かめた。
新しい道を開拓することがこの先、何の役に立つのか分からないけど、とにかくそうしたかった。
30年近く冬眠していた自分の運転能力が「今はやりたいんだ!」と言う。

そして、また今日も勉強はしなかった。

賽銭箱の歌

2012-01-29 | 父の記録と母の思い出
正月からの咳がおさまって父の所に行くのは3週間ぶりだ。

「sakeだよ」と言うと、「sakeか、どこにいるの?」と言う。
目がほとんど見えていないので、「sakeだよ」と言っても忘れてしまう。
とりあえず手を握ってみるけど、これが【sake】の手だと言うことも、分かってないかもしれない。
(sakeが誰なのか、たぶん分かってないと思う。)

私は会話に困った。

もともと自分から率先して話すことが苦手なので、面と向って話すことが何も無い。
普通だったら「天気がいいですね」とか「今日のお昼は何を食べましたか?」とか言いたいところだが、父は目も見えてないし、さっき食べたものは忘れているだろう。
他に話題は何だろう、kekeの事は何て説明すればいいのだろう。
もともと私と父は、父がペラペラしゃべって、私がヘェヘェと頷いている間柄だったのだ。
うーん。。。。

と思っていたら、向かいに座ってる割と最近入ってきたバアさんが隣の人に「アノ人、頭がおかしいんだよ」と指で合図している。
どうやら、父とその隣のじいさんを、頭おかしい呼ばわりしているようだ。
そして、「私達はああならないように気をつけないとね」等と言っている、失礼な。(`´)

同じバアさんでも、いろんな性格のバアさんがいるものだ。
私はどんな風にボケるか想像はつかないが、できれば可愛らしいバアさんでありたい。

私と父の間には歌しか共通の話題が無く、父に「賽銭箱の歌を覚えているか?」と尋ねると、父は

 「賽銭箱に、100円玉投げたら、つり銭出てくる人生がいいと、」

と、歌詞をすらすら唱えだした。

 両手を合わせ、願えば願うほど、バッチィにけっつまづいてひざをすりむいた、
 なるべくなら、なるべくなら、ウソはつかない方がいい、
 ウソはつかない、そう心に決めて、ウソをつき続けてオレ生きている、

旋律に合っている様なつぶやくような早口で、最後のランララランラン、ランララランランランと歌うと、ハイオシマイ。と言う。
(1番完唱)

その様子を聞いていた看護婦さんが、「お父様と裕次郎のCDをお部屋で聴かれますか?」と言うので、ハイ、と言うと用意をしてくれた。が、たまたま裕次郎のCDが見当たらず、五木ヒロシのCDをかけてくれた。

すると、歌が聞えるので、何人かのバアさんがやってきた。
皆黙ったまま何も言わず、静かに耳を傾けるのだった。。。。

そして、数曲が終わった後、(父は五木ヒロシには興味が無いようなので)ここからどうするべかなぁ~と思っていると、バアさんの1人が何枚かのCDを見ながら「この【かえり船】が聴きたいわ」と言うので、そちらのCDに変えてスイッチを入れた。

チャンチャカチャンチャン、スチャカチャチャンチャン・・と言うギターの音色がいかにも枯れた昭和と言う感じなのである。
バアさんは「これはあなたも知ってるでしょう、あんなに流行ったのだから・・」と当然のように言うが、分からん。

そのCDはこの何曲かあとに母が良く歌っていた「カスバの女」があったのだが、父はそこまで待ちきれずに「さぁ」と出かけようとするので、その場を去ることにした。。。

次回はウォークマンを忘れないようにしよう。^^
賽銭箱の歌も借りるかなぁ・・・・?

寒い!!

2012-01-27 | 息子keke
さぶっ。。。><

ハンパ無い寒さである。
今が一番寒い時期だとは分かっているのだが。
さすがに一昨日は朝エアコンを入れたし、一昨日もkekeが皿を洗っている間にエアコンを入れて、洗濯物をたたんだ。

そんな中、我が家に電気料金の納付書が届き、9,000円を超えた。
通常の倍近くである。

kekeには「暖房は使っていいよ」と言っていたが、この1ヶ月家の中でどんな使い方をしているのだろうと、おそるおそる尋ねてみると「半分ぐらい使った」と言う。

その「半分」と言うのが足元ストーブなのかエアコンなのかは分からない。下手に言うと一切暖房を使わなくなるので、それ以上は尋ねなかった。

しかし、2~3日考えて、このまままともに使われたらちょっと困るなぁと思って、またおそるおそる「日中は(居間の)こたつで生活してもらえないだろうか」と言うと、「周りが汚い(片付いてない)」と言う。

(はぁ~?片付いてない?アンタ、いったい誰のお陰で飯食ってると思ってるの?家に金を入れるか、汚いなら片付けなさい!)
と心の中ではプチキレしたのだが、言ったら最後だと思ったので、「ちょっと片付けてくれると助かるんだけどねぇ」と言うと、散らかしたのは自分じゃない、と言う。

「あら、このカラのペットボトルはkekeが飲んだんでしょ」と言うと、「それだけ」と言う。
まぁ、実際に散らかしているのは自分なのだと分かるけど寒いし、私はとにかく忙しいんだよ。
家に帰って来てから、夕飯の支度とか買いに行ったり、それから必死で足を濡らさない様にお風呂に入ったり、それから食べるでしょ。

今日だってほら、髪をドライヤーでかわかさずに、前髪だけはそっくり返るのがイヤで、巻いてるけど、全然跳ねてるじゃん。
そう言うのさえ、やる暇ないの。
でも、あまり説得力が無いのも分かってる。だって、ブログを書いてる時間もあるからね、家でPCを開いているのをkekeはよぉく知ってるから。

だけどさ、9000円はちょっとどうにかしてほしいわけ。
昼間だったら、図書館だって暖房きいてるでしょ?出かける所探せばあるじゃないの。
とか、工夫とか。

でも、また今日も何も言わなかった。
朝、kekeは風呂を沸かしてこれから入ると言う。
今日はどこかに出かける気でいるのだろうか。
それとも家でくつろぐ気なのだろうか。
それとも、皿洗いをするのに風呂に入って体を温めようとしてるのだろうか。
でも、「風呂に入りたい」と言う気持があるから、何かがあるんだろう。

昨日の残り湯だけど、温泉の素を入れておいたよ。
自分の腰痛とか肩こり用なんだけど、きっと温まるよ。

でも、通常の1/3の分量なんだけどね。^^;
お湯が110リットルだから、それでいいかと思って。。。

時々暴れたい気持を封じ込めて、私達はどこに向かっているのだろう。
世間様からは「何もしてない」と言われても仕方ないこの状況だけど、少なくても私達は生きてはいるんだよなぁ、今は。

kekeには「寒かったら暖房入れていいよ、エアコンつくよね?」と今日も言って家を出た。


石油ストーブかぁ。。。

気がついたこと。

2012-01-25 | 今の会社
昨日は道路が心配だったので、バスにした。

こう言う日は一応会社から交通費をもらっている。
電車とバスで申告しているんだけど、バスだけの乗り継ぎでも行けて、そうすると片道20円安くなる。
そこから私はそのバスの乗り継ぎを(待つのが面倒なので)片方歩くようになり、さらに170円浮かしているのである。
デヘヘ。

しかし、今日は足にダメージがあるので仕方ない。
バスの乗り継ぎで帰ることにした。

ほんの小粒だけど雪が舞う。

うちの会社はノーマルタイヤの人がほとんどで、スタットレスがあるのはnanuさんの車と、ZENさんの車だけである。
(何故なら、とてもじゃないが欲しいとは言いにくい雰囲気だからである。)

nanuさんはまもなく新車と入替なので、今回冬用タイヤに履き換えず、ZENさんは断りなくタイヤを勝手にスタンドで(会社の金で)つけた。たぶん、社長はZENさんの車がスタッドレスだとは知らないかもしれない。
そんなこんなで昨日はnanuさんが車を出せず、秀クンが奥さんの冬用タイヤの車で、nanuさんを乗せて来たと言う。

(あぁ・・・寒い・・・)
と、倉木麻衣の「1000万回のキス」を聴きながら、バスを待っていると、目の前をビューと軽が通り過ぎて行った。

あれ?もしかして秀くんの奥さんの車だったのかしら?
まぁええわ。。。
社長が早く帰る日は、私が帰るとみんなサッサとこうして帰ってるって事が今日分かったよ。

そして遅ればせながらバスが来て、私は乗った。
リピートリピートして聴きながら駅まで行くか、途中で降りるか迷ったが、途中で降りて、バスで乗り継ぐことにした。

しかし、道路の向かい側に行くのに信号待ちをしている間にそのバスは目の前を通り過ぎてしまった。
「まぁ、すぐに来るさ」
と思っていたが、何台待てども、私の目当てのバスは来なかった。
その時に電話が鳴った。

話し終わると、目的のバスが来たので、飛び乗った。
最終地点は合っていたのだが、どうもそれはコースが違ったようで、間もなく違う方向に進んでいるのに気がついた。げげ。

結局すぐ降りて歩くことになったよ。。。(--;)とほほ。。。。
帰りのバスは乗り継ぐぐらいならそこから歩いた方が早いのかも。


翌日(今日)も私は車はやめた。
ニュースですべってる人や車を見て怖気づいたのと、たぶん困っても誰も助けてくれる人がうちの会社には居そうになかったし、かろうじてZENさんは駆けつけてくれるかもと思うけど、それはそれで申し訳ない気がするからである。

翌日、朝、秀クンが昨日「バス停でバスを待ってたでしょ」と言うので、(あぁあれはやっぱり秀クンとnanuさんが乗ってた車だったのか)と思いながらハイと返事をすると、「てっきりバスの時間に合わせて帰ったのだと思ったよ。nanuさんと【sakeさんだ!】って気がついたけど、あそこUターンできないでしょ。だから乗せられなかったんだよ。」と言う。

「え!\◎◎/」
うちの会社の人達に、そんな気持が微塵はあったのか。。。と気がついた一幕であった。
(バスの時間は知っているけど、私は5分は早く出ないと気が済まないのと、会社の時計が5分進んでいるから合わせて10分早いのである。)

それからもう1つ気がついたことがあったのだけど、それはあえて自分だけの胸にとどめておこう。

この前はいつだったかな。

2012-01-25 | 健康とか病院とか
「あれ?この前生理っていつだったっけ?」

ほんとに覚えてないわ。いつだったんだろう?
あれあれあれ?

何かついこの前だったような気がするんだけど、よぉく考えたら、今年に入ってものすごく咳き込んでた時期、お腹に力を入れるたびに困ったことになって、尿洩れパッドをしたんだっけ。
あの感覚があるせいか、ついこの前だったような気がしてならないんだよね。

ってことは、生理と共に歩んで30年以上が過ぎ、はっきりいついつとは覚えていなくても、何となくそうだよなぁ、そろそろだよなぁ、と言う感覚があるって言うのは、ナプキンをはさんでいるかどうかなんだね、たぶん。
その周期で体が覚えているんだろう。
だから、途中で尿洩れパッドとか入っちゃうと、前回いつだったのか分からなくなってしまう。

まぁいいや、この年になるといつ来ても、時期がずれてもおかしくないし、ある日突然無くなってしまうかもしれないから。


今日の晩は洗髪をすることにした。
片足を上げて湯船につかり、そしてもう片方の足と両腕でエイヤーと体を起こし湯船から出るつもりが、ひざも痛いし四十肩だしで、ここぞと踏ん張ることができず、苦労する。(哀)

それでもどうにか湯船から出て、シャワーで髪を洗う。
お湯しぶきがあまり広がらないように片方の腕で頭のすぐ上に持ち、もう片方の指で洗う。

洗い終えて冷えた体をもう一度湯船に入れようかなぁ~と思ったが、また湯船から出る時に腕や手が踏ん張ることができなくて大変な姿を想像したら、面倒になり、そのまま出た。

しかも、その上に今日は生○である。
温泉の素まで入れたのに、くつろぐのクの字もありゃしない。

それでも足は今日になるとまったく痛みが無く、このまま薬を処方していただいて、治ってオシマイなのではなかろうか。
あぁ、早くゆっくりのんびり何も考えずに風呂に入りたいー。

早退します

2012-01-23 | 今の会社
いつもフロントガラスの霜を取り除くのに、水筒にお湯を入れて持って行くのだが、今日は寒いのでそれこそアツアツのお湯を詰めていた。

kekeがなんだ?と言うので、「車のガラスの氷を溶かすのさ」と自慢げに説明。

そして、昨日清水から飛び降りたぐらいの気持で買ったアムロの口紅を塗り塗りして、さぁ出発さ。
「いってくるね」と言うと、kekeもうんと言う。

しかし、時々水筒がもれる事があるので、図書館の本は置いて行かないと・・と玄関先で手提げ袋から探していたら、持っていた水筒をほんとに足元に落としたのである。蓋が外れて中身がこぼれた。
ギャァーと何回も叫ぶと(またいつものことかと思われいるので一度ぐらいじゃ来ない。)kekeがやってきたので、とりあえずお湯を拭いておくれ、もう時間が無い、と言う。

歩いているうちにだんだん足が痛くなってきた。
最悪だ。。。

赤くなって若干腫れているか?
濡らしたタオルを当てると楽になるけど、そんなことしてられない。
運転してても痛い。


会社に来て、またタオルを濡らしていると、ZENさんが来たので事情を話して、「あとで湿布を買おうと思うんです」と言うと、そんなのコンビニで売ってるから買ってきてやるよ、と言う。

しかし、しばらく来ないのでハテナ、忘れたのかな、と思う頃戻って来て、「シップは無かったからヒエピタ買ってきた」と言う。
わざわざ車でコンビニを何軒かハシゴしてくれたようである。
「ZENさん、ありがとう」とお礼を言い、早速ヒエピタを貼るが、足の裏まで回ってしまって歩きにくいので、ちょっと向きを変えようとひっぺがえすと、最高に痛い!

このくっつき方は患部に対してマズイのではなかろうか。。。
痛いながらもネットで調べると、たしかに貼りつく系は火傷の皮膚に良くないようで、ティッシュをくるんで当てることにした。

この状態は果たして病院に行った方が良いのか。
私は常識がないので、こう言う学校の授業で教わらなかった物事への判断がまったくできないのである。

妹にメールを送ると「面積にもよるが、心配なら診てもらった方が良いのでは」と言うオーソドックスな回答が返って来て、社長に断ってお許しがでたので、今日は夕方から早退します。

初詣でハシゴ

2012-01-23 | 日記
そうだ、まだ初詣に実は行ってないんだった。^^;(イヤイヤ。。)
今日はそれにしようじゃないか。

天気を見ながら、心配しながら車を走らせた。
時々小雨が降ってきては引き返そうかと思うのだが、あれよあれよと行ってしまうのだった。


そして、東京大神宮についた。
3年前の今頃だ。
G子と来たんだっけ。

と言うことは、まだあれから3年なのか。。。
でも、あの時G子もここに来てくれて、「病気が治りますように」って祈ってくれてたんだっけなぁ。。。

小銭をチャリリンと投げて、
「あの節はお陰様でありがとうございました、それから昨日の咳も大事になりませんように。」と「kekeもこれから元気になりますように」と祈ろうとするが、隣の女の子の祈り方の激しさに(二拝二拍手一拝のあと、そのまま数分固まって必死に祈っている)、動揺してしまい、あまり集中できないままに終わる。

いやぁ、よっぽど好きな彼氏がいるんだろうなぁ。(汗)


そして、ついに来ました、初詣(?)のおみくじ。
よしっ。
100円高い「恋みくじ」の方を選び、巫女さんの前で必死にみくじ棒を振る私。(人のコトは言えないわ。。^^;)
「番号を呼んでください」と言われてみると、八番。

やった。。。末広がりじゃぁ。。。(^o^)丿

交際も積極的にすすみましょうで、出会いも理想の人に出会えるとか。
よっしゃあ。。。。v(^o^)v←お祈りはしてないけど、ウレシイ。

あぁ、このすがすがしい満足感よ。
200円+駐車代でここまで喜べる私ってば。アハッ。


それからブラブラ都内を回ってから、モコのお守りを買った神社に行くことにした。
同じ日に2軒もはしごをするのはアリなのかどうか分からないが、こちらの氏神様にも御礼を言わないと片手落ちではないかと思ったのである。

またチャラランと小銭を入れ、「モコはお陰さまで無事故です、これからもよろしくお願いします。」と「kekeが元気になりますように。」とお願いした。

そして開運だるまみくじ、と言うものがあったので、kekeに買って行くことにした。
ダルマだし縁起もよいだろうし、しかもおみくじ付である。
ここでも「どうかkekeの未来をお願いします」との念力投入は忘れない。

ここへはかれこれ3回目になるのだが、毎回心が落ち着くのである。
やはりこう言う場所には「精気」のようなものがあるのだろうか。


家に帰ると予想通りグースカ寝ているので、1人でカレーを作っていると、kekeが起きて来た。
そして、おみくじ、おみやげだよーと言うと、へぇと言って、怖いなぁ、末吉だと思うとか言いながら開けると、ほんとに末吉であった。

「次第次第に運がひらけて盛んになります。」と書いてある。
あまり急いで無理をしない方が良いそうである。


自分のおみくじが大吉だったことは、言わなかった。。。
でも、次第に運が開けるらしい。^^

はじめの一歩

2012-01-21 | 息子keke
買い物から帰ってくると、寝ているkeke。。。。

まだ午後1時じゃないか。
仕事に行ってて知らなかったが、こんな感じでいつも午後は寝ているのだろう。。。

だから最近、私が帰ってくるとちょうど起きてくるのだ。

普段は仕事でいないから、昼間は野放しだ。
首にナワをつけて夜眠らすようになんてできやしないよ。

このまま一生こうかもしれない。
覚悟したつもりでも、悲しくなってしまう。


車でひと回り走らせた。

走ることはまだ退屈ではないが、雨だし、渋滞気味の道路はガソリンばかりが消耗しているような気がしてしまう。
何の目的も無く走ることに、そろそろ意味をなくしてきた今日この頃かもしれない。

「なんで、kekeは車に乗らないんだろう。」



私が18になった時、当然父は(車会社勤務だったので)免許を取って車に乗るように言うけれど、私は自分にそんな事ができると思わなかったし、車自体酔いがひどくて、楽しい記憶がまったく無くて、とにかく運転は男がすればいいと思っていた。
30過ぎて離婚をして、さすがに免許ぐらいは取っておこうと思うのだが、教習所で乗るたびに自信を失い、最後はほとんどお情け状態で免許をもらい、以後路上に出たことは1度もなかった。

そんな私が始めて路上に出たのは、40を過ぎてからである。
それまで何十年も電車の窓でしか見えなかった同じ景色が、違う角度で目の前に現れたのだ。
それは感動ものであった。

そこからあれよあれよと遠くに乗るようになっていったんだっけ。

たぶん18でイヤイヤ免許を取っていても、33で仕方なく運転してみても、こうはならなかったかもしれない。
それから、ここまで事故がなかったのも奇跡的だと思う。
実際、事故になってもおかしくないような危機一髪は何度もあって、でも、今までのどこかで事故があったら、やはり途中で挫けていただろう。
そう思うと、「私と車」は、いろんな偶然が重なった=神様に導かれてここまで来たように思うのだ。

だとすると、kekeもいつか目が覚める時が来るのだろうか。
私が初めてハンドルを握ったように、kekeも時期が来たら外に踏み出したい、って思う日が来るのだろうか。


でも、みっともないながら、親として何も信じることができないのである。
それでも今日も言わなかったよ。


夕飯で一緒に見たTVはアニメだった。
「これ、どこかで見たことのある絵だ、何て言うんだっけ?」とkekeに尋ねると、「日常」と言う。

「あ、そうか。kekeの本棚に漫画があったね。」と言うと、「ストーカーだなぁ」とkekeが言うので、「1人暮らしをしている時に1冊だけ読んだんだよ。」と答えた。
それからしばらく、二人で見ていたんだけど、(そう言えばkekeは最近、漫画やゲームも何もそういうものを買ってきてないな)と言うのに気付いて、「最近、漫画は買わないのかい?」と言うと、チャンネルを変えてしまった。

何か悪い事を言ってしまったのだろうか。

でも、そう言えば、たしかにいつ頃からだろう?もうだいぶ前から、kekeは何もそういうものは一切買ってない。
欲しければバイトをすればいいんだから、と余計に渡していなかったからか。

今は昼は家で食べられるし、小遣いはそれなりに余力があるはずだ。
なのに、どうして買わないんだろう?

寒さの熱帯魚

2012-01-18 | 今の会社
熱帯魚の一種で尾っぽにミッキーマウスの黒い斑点のある小さい魚があるのだが、うちの会社の水槽にも何匹か入っている。
その中で1匹だけまったく成長しないどんくさいミッキーがいて、そいつだけは大きさも他の奴の半分ぐらいにしかならなかった。何故だろう?と注目してみていると、エサを取るのに懸命ではなかったり、食べても吐きだしたりして、頑張っているんだけど、どこか不器用な奴だった。

正月明けて会社に来てみると、魚全部が覇気がなく、エサを落としても食べにこず、隅っこでうずくまっている魚さえあった。
そして、あのどんくさいミッキーは消えていた。
最初は物陰にでもいるのだろうと思ったのだが、あれから何日たっても一度も見ていない。

「水温が寒いのではないか?」とそれから温まった部屋のドアをあけたり、ぬるま湯を足してみたりしたのだが、朝18度~昼過ぎ20度ぐらいしか上がらない。
エンゼルもボォーっとしててエサをなかなか食い付きにこないので、これはどうしたことかと、販売店に事情を相談してみると「ヒーターの故障なので、これから送ります。交換してください。」とのことである。

今日届くはずなので、ZENさんにスタンバってもらっていたが、在庫が無いとかで明日になるそうである。
ZENさんはしみじみ眺めて、「テトラも減ったな」と言う。

もっと早く電話するんだった。。。(T_T)