既に旧聞に属しますが、日曜日の千秋楽で、横綱白鵬が32度目の優勝を果たしました。大鵬の記録に並ぶ偉大な記録です。
大鵬と言えば、「巨人、大鵬、玉子焼き」という高度成長期の流行語になった大横綱です。年2場所制の伝説の横綱双葉山よりは現在に近いですが、長嶋・王と並ぶ伝説の力士です。一般にお相撲さんよりも野球選手の方が選手寿命が長いので、長嶋選手の本当に晩年と王選手の後半の全盛期は記憶にありますが、さすがに大鵬は記憶にありません。
そんな昔の大力士に多くの横綱が挑戦してきました。私の子どもの頃の大横綱は北の湖でした。「憎たらしいくらい強い」と言われ、見た目も可愛げがなかったので、本当にヒール(悪役)でした。逆に、110kg台の軽量大関貴ノ花は判官びいきのファンに愛され、この一戦は名物でしたが、大抵は北の湖が一蹴していました。破竹の勢いで優勝を重ね、大鵬の記録に迫ると思われましたが、優勝も20度を数えると、ケガが増えてそのペースは鈍り、24度の優勝で現役を終えました。
次に大鵬に迫ったのは、北の湖に比べると、肩の脱臼などで出世が遅かった千代の富士です。出世こそ遅れましたが、幕内上位にあがってからは軽量ながら鋼のような身体と前みつを素早く奪う自分の型を武器に、圧倒的な強さと息の長さを誇ったものの、わずか1回届かず引退しました。
その後、双羽黒、大乃国などやや実力不足の横綱も登場しましたが、激しい稽古でスピード出世をした若貴兄弟の活躍で、相撲人気はピークを迎えました。そして、人気先行に終わらず貴乃花は数々の最年少記録を打ち立て、平成の大横綱となりましたが、若い頃からの激しい戦いが身体をむしばんだのか、20代後半はケガに泣かされ、優勝ペースはめっきり落ち、奇跡の復活を遂げて、小泉首相に「感動した!」と言わしめましたが、満身創痍で優勝22回に終わりました。
その直後、権力の間隙を縫って横綱に昇進したのが朝青龍です。まさに、権力の間隙で、長らく一人横綱となり、土俵を支えましたが、逆に言うと、誰も対抗勢力がなく、どんどんと優勝回数を重ね、今度こそ大鵬の記録に迫るかと思われました。ところが、後を追ってモンゴルの同朋白鵬が頭角を現すとともに、朝青龍自身、土俵外でのことが問題になることが増え、25回の優勝で最後も何だかすっきりしないドタバタで土俵人生に終止符を打ちました。
このように過去、大横綱と呼ばれ飛ぶ鳥落とす勢いだった力士でも、30歳近くになるとケガが増えたりして、急に優勝ペースが急減し、いつしか次代を担う力士に追い越されるのが、通例でした。相撲が他のスポーツとちょっと違うのは、横綱はその地位を陥落することはないという絶対的な存在だということがありますが、これが影響しているような気もします。
プロ野球をはじめ、プロスポーツの世界で、いつも「エース」や「4番」、「ワントップ」や「トップ下」が絶対的に約束されることなどはありません(一時的に暗黙的に認められることはあるでしょうが)。それに対して、横綱は公式の制度として、その地位が保証されています。
しかし、だからこそ、そのプレッシャーや体への負担などは計り知れません。それとともに、いかに鍛え抜かれた肉体とはいえ、100kgをはるかに越える肉体の酷使が重なり、あれほど絶対的に見えた全盛期を短いもににしてしまうのでしょうね。
ところが、白鵬はこの常識をあっけなく(といっては本人の努力に対して失礼でしょうけど、それくらい軽々と見えるくらい)、乗り越えてみせました。これが本当にすごいところです。もちろん、白鵬を脅かす存在がなかなか出てこないということもあるでしょう。後に続く、日馬富士も鶴竜も力士全体ではほんのわずかしかいないモンゴル出身です。それくらい、相撲界は人材が枯渇しているのでしょう。
しかし、だとすれば、頂点に立つ白鵬のストレスはまた、格段のものがあるのでしょうが、それを克服してのこの結果は本当にすごいと思います。
勝負が決しての「ダメ押し」や勝ち名乗りで懸賞金を受け取る所作の荒々しさが批判を浴びているようですが、これも逆に言えば、最高位にありながら、過去のVTRを見るなどして誰よりも相撲を研究している白鵬だからこそ、自分を脅かすことのない力士たちに歯がゆさを感じているのではないでしょうか。少なくとも、土俵を下りてからの所作、考え方、物腰は、無理しすぎていると思えるほど、抑制的です。それほど自分を抑えて横綱の地位を守ろうとしているのですから、土俵上の多少の熱さは目をつぶってもいいと思いますけどね。批判している人たちは、誰ひとりそんなプレッシャーのかかる位置に身を置いたことのない人たちですからね。
それにしても、日馬富士、鶴竜はもちろん、大関稀勢の里をはじめとするほかの力士たちにも、しっかりしてほしいものです。入幕二場所目の逸の城は楽しみな力士ですが、周囲の目が、そちらにばかり行くことに腹を立て、奮起してほしいですね。
強靭で柔軟な心身を持つ白鵬が、優勝記録を塗り替えるのは間違いないと思いますが、この記録が40回とか、50回とならないように、他の力士の奮起を期待したいですね。