先月末(31日)未明、沖縄(琉球)の象徴であり世界遺産の「首里城」で火災が発生した。正殿、北殿、南殿などを含む6棟が焼失してしまった。地下の遺構にまで被害が及んでいるようである。ただ収蔵される1000点の美術品は焼失を免れたのが幸いである。沖縄の人はもちろん、日本、世界中からショックや悲しみの声が寄せられている。那覇市がふるさと納税を活用したクラウドファンディングのウェブサイト「ふるさとチョイス」を通じて受け付けている首里城火災への寄付金が4日午後には2億円を超えたという。相模太夫も再建復興へと僅かながら収めた。首里城は琉球王朝の王城であり琉球王国の幾多の興亡を伝える歴史の証人であり、首里王府の司令塔として王とその家族等が住み、華麗な王朝文化に彩られた空間であった城は外郭と内郭からなり、御庭と呼ばれる広場に面して立つ「正殿」、「北殿」、「南殿」、「奉神門」の建物は内郭に建ち並ぶ。内郭には瑞泉門、漏刻門など9つの門、外郭には歓会門、久慶門など4つのアーチ門があった。戦前は正殿などが国宝であったが1945年(昭和20)の沖縄戦と戦後の琉球大学建設により完全に破壊され、僅かに城壁や建物の基礎などの一部が残った。1980年代末から本格的な復元が行われ平成4年(1992)に正殿などが旧来の遺構を埋め戻す形で復元された。平成12年(2000)には「首里城跡」が「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された。首里城には10年前に訪れたがあの朱色で統一されたあの美麗な建物が焼失とはいまだに信じられない。10年前の画像で偲びたい。(1911)