相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!
☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

「相模原麻溝公園」では真っ赤な「ベニバナトキワマンサク」が!!

2022-04-12 15:12:00 | 公園・庭園
相模原市南区麻溝に四季の花が絶えない「相模原麻溝公園」はある。今、当園は「桜」が終わり、代わって「ハナモモ」クレマチス、シャクナゲ、ネモフィラ、芝桜が咲き始めている。フィールドアスレチックのアジサイ小路沿いに3本ほど植栽されている濃い紅色の細長い花弁の花をしている「ベニバナトキワマンサク」が咲きだしている。まるで木全体が紅葉しているかと見間違うように真っ赤である。マンサク科トキワマンサク属に1種のみ知られている常緑樹。しなやかな枝に卵形の小さな葉が優しく揺れるように咲いている。花は細いリボンのような4枚の花弁があり、春の開花期には枝先に集まるように咲くため株全体が花に覆われ、遠くからでもその花姿は美しい。花言葉は「私から愛したい」である。(2204)
 
 
 
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「横浜水道みち」と「緑道緑地」を歩撮!!

2022-04-12 09:34:42 | 道・緑道
相模川上流の水を横浜まで引いた、日本で最初の近代水道が「横浜水道」である。地下に水道管を埋める大掛かりな工事は英国人の技師ヘンリー.S.パーマー氏に設計を依頼して着工、明治20年に完成した。工事の際、水道を埋没する用地の上に、工事資材を運ぶトロッコが走るレールを敷いた。その「トロッコの道」が今では「水道みち」と呼ばれている。始点が相模原市緑区青山3482番、終点が横浜市保土ケ谷区川島町522番で全域約37.3km。相模原市における横浜水道道緑道は南区上鶴間4丁目から中央区田名地内までの12.2kmを相模原市内を縦断している。この緑道は市民への有効利用を図るため、昭和57年に横浜市と「横浜水道道の使用に関する協定」を結び整備された。それは歩行者・自転車の通路をアスファルトやブロック舗装等で整備し両側の空地には芝生やバネ遊具等の遊びの空間を設置する。ベンチや屋根付き日よけ等の休憩施設を設け、低木で親しみやすいサツキ、ツツジ等を植栽により潤いを持たせる。市内を走る他の緑道「さがみの仲よし小道・相模緑道緑地」と交差し市の緑道の中心軸となっている。今日は「東林間」から「小田急相模原」方面1.5kmを歩くとその名残りが感じられる。(2204)
 
 
 
 
 







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上草柳熊野神社の末社「桜森稲荷神社」

2022-04-12 07:33:34 | 神社
大和市桜森、相鉄線「相模大塚駅」そばに京都伏見稲荷大社を総本社とし、上草柳に鎮座する熊野神社の末社、神階の最高位に位し従一位の上になる「正一位」の「 桜森稲荷神社」はある。「正一位」は弘化2年(1845)、熊野神社において熊野三社大権現を勧遷し、弘化3年(1846)、熊野神社で熊野三社大権現を勧遷した際に鬼門除けとして現在地に稲荷を祀られ建立された。その時、桜木を植樹したとされる。祭神は学問の神様である菅原道真公と宇迦之御魂神(倉稲魂命)、三峯山神社大神を祀る。社名の由来は境内や参道に「桜の古木」、「桜並木」あったことに因んでいる。「源頼朝」が鷹狩に来た際、その桜の木に馬を繋いだとの伝説から「桜森」と名付けられた。「鳥居」、社号標を抜けると正面に昭和56年(1981)に再建された「社殿」、左に「手水舎」、「神輿庫」がある。稲荷神社らしく境内各所に数体のお狐様が置かれている。当社は大和市深見の「深見神社」の兼務社となっている。(2204)
 
 
 
 
 
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