伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

裁判例にみる自転車事故の損害賠償

2022-06-01 00:04:41 | 実用書・ビジネス書
 自転車(運転者)が加害者となる交通事故についての裁判例を整理して解説した本。
 私は、交通事故は専門としておらずあまり取り扱っていない(事務所の同僚の伊藤まゆ弁護士が交通事故の専門家なので、相談が来たら回してしまうため…)ので、基本的に一般教養のつもりで読みました。しかし道交法の自転車の通行場所の規制、駐停車の規制(4~9ページ)は、複雑でよく知られていない(私もよく知らない)し、実情に合っていない気がします。それでも事故になり裁判になるとそれを守っていないことが過失とされるのですから、自転車の運転でも慎重にしないといけないなぁと改めて思いました。
 自転車と歩行者の事故(101~136ページ)では、基本的には自転車側に損害賠償責任が生じるのですが、自転車(加害者)側の過失相殺の主張(歩行者にも過失がある)とその判断がなかなか興味深い。夜間(午前3時頃)酒気帯びで下を向いて(前方不注視)時速15~20kmで走行していた加害者が、視力障害者(両眼とも0.01)が一人で懐中電灯も持たずに外出したことが過失だと主張して否定され(101~103ページ:東京地裁2013年3月27日判決)、夜間無灯火で下り坂を携帯電話を操作しながら片手で時速約20kmで走行していた加害者が、歩行者が対抗者とすれ違うために道路中央に出たことが過失だ主張して否定され(105~106ページ:横浜地裁2010年4月14日判決)、時速約25kmで減速しないまま黄色信号で交差点に進入したとみられる加害者が、歩行者が青信号になった途端に駆け足で横断歩道を渡り始めたことが過失だと主張して否定された(120~121ページ:東京地裁2011年7月6日判決)などをみると、加害者が自分の重大な過失を棚に上げて被害者の過失を主張することには厳しい視線が向けられることがわかります。時速約20km(秒速5.6m)は自動車なら低速度なのでしょうけれども、自転車としては相当速い速度だと評価できます。近くに歩行者がいる状況ではこの速度自体危険があるということだと、私には思えます。自分のことを棚に上げて相手を非難する姿勢が裁判所の心証を害することは、自転車事故の裁判に限らず民事裁判一般にも通じるところと思え、弁護士としては心しておきたいところです。そうはいっても主張すべきことは主張しないわけにもいかないので、なかなか難しいところではありますが。
 自転車同士の事故(137~179ページ)については、自動車同士の事故と似ていますが、少し違う評価要素もあるようです。自転車同士の事故については、走行方向や位置関係が図示されていないと読んでいて直感的に理解できません。手間がかかるとは思いますが、それをつける親切が欲しいところです。また、追い越しの事案では、基本的に追越車両側に過失が大きく、被追越車両の過失はゼロが基本と明示する判決がある一方で被追越車に単純な注意義務をあげるだけで過失を認定しているものもあり、被追越車が二人乗りをしていた(なお追越車はイヤホンをつけて走行)ということで被追越車に60%の過失を認めた例(152ページ:東京地裁2010年1月12日判決)など、これが評価のブレなのか、具体的な事案の条件によるものなのか、もう少し事案の事実関係、過失(割合)の判断を左右した事情を踏み込んで解説して欲しいと思いました。
 歩道上を2台並んで走行していた自転車の後方を走行していた自転車が、並走車に気を取られて対向車に気付かず接触して車道に転倒させ、そこを別の自転車がさらに衝突したという事故で、衝突しなかった並走車それぞれに20%の過失を認めた(最初に衝突した加害者に35%、その後に衝突した加害者に15%、被害者に10%)という事例(171~173ページ:東京地裁2012年6月20日判決)など、ふつうに考えると衝撃的(自分は事故を起こしていないのに歩道を並んで走行していたというだけで損害賠償責任が認定されている)です。こういう事例は、何故そう判断されたのか、どういう事実関係がポイントになったのかを詳しく解説して欲しいと感じます。
 そういうところは、事件で使うのなら自分で判決文に当たって調べろということでしょうけれども、書籍として読むには、疑問を感じつつもそこまで調べる気にもなれないので、そうか、いろいろあるんだなぁという読後感で止まってしまいます。まぁ、その意外にいろいろあるんだなぁとわかること自体に価値があるのでしょうけれども。


北河隆之、長島光一 保険毎日新聞社 2022年1月26日発行
 
コメント
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