伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

世界裁判放浪記

2022-06-19 21:21:50 | エッセイ
 弁護士である著者が休業して世界を放浪中にその地の裁判所を訪れた際の裁判所・法廷の様子、裁判官の雰囲気(スケッチもあり)、垣間見た裁判の審理の様子などを綴ったエッセイ。
 外国の裁判所について紹介した本はたいていは研究者が文献等で研究したその国の裁判制度の枠組みを説明し、裁判所に訪問を申し込んで裁判所の幹部や裁判官等と意見交換や質疑を行い、その様子を説明するもので、そういった本は制度を正確に理解し、統計的なことや通常の審理などを把握するのに適切だと思われますが、他方で、基本的に裁判官・裁判をする側の見方による情報に偏りがちです。この本は、その国の司法制度を調べてもいない著者が、調査の目的ではなく「放浪する」ために滞在している国で、現地の言葉もよくわからないままに傍聴席で見た裁判官や被告人、審理の様子を、近くで傍聴している現地の弁護士などに話しかけて説明してもらったりした限度で紹介しているもので、制度の正確な理解は期待できませんが、傍聴席から見た印象に徹底していて、そこが売りなのだと思います。
 124か国を回りながら裁判所に足を運んだのが30か国(264ページ)で、入国してすぐに裁判所に行くといったケースはあまりなく滞在後1か月とかそれ以上経ってようやく裁判所に行くことを思い立ったり、サンクトペテルスブルクと成都では外国人は許可なく傍聴できないと言われてあえなく追い出されていたりと、裁判所訪問はついでで、たまたま訪問したケースを書いてますという感じが強く出されています。それぞれの国での説明も、いきなり裁判所訪問から入らずにその地の風物、飲み食いしたものなどを書いて、地域の雰囲気をつかんでから裁判所のことが書かれることが多く、そういう国で、こういう裁判所ねと読めるようになっていて、基本的には、紀行文の中に裁判所の様子もあるという緩い読み物です。たぶん、まさにそこに、この本の価値があるのだろうと思います。
 弁護士として、もう一言すると、著者が日本の弁護士であることで、単なる傍聴者よりは裁判当事者に思いが及びやすく、裁判傍聴は他人の人生がかかった手続を「あっちの世界」としてエンターテインメント化するいやらしさがつきまとう(180ぺーじ)とか、自らが法廷の時間を「秘境ツーリズム」的に消費しているうしろめたさ(192~193ページ)を意識している点が、ただの物見遊山にとどまらない質を確保させているのだと思います。


原口侑子 コトニ社 2022年3月30日発行
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