Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

頭の夏バージョン

2016年07月12日 10時42分49秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日は横浜駅で1000円の理容室で髪の毛をカットしてもらった。左右と後ろは3ミリのバリカンで、前と天辺は9ミリのバリカンで、短くしてもらった。見た目は五分刈りと同じ。98%は白髪なので、このように短くするとほとんど髪の毛があるようには見えないのが悲しいといえば悲しい。

 このようにしてほしい、と伝えたところ店の人から「本当に刈ってしまっていいのですか?元には戻りませんよ。刈ってから元のように戻せとおっしゃっても無理ですよ」と云われて思わず苦笑い。「毎年の夏バージョンですからご心配なく」と伝えた。
 先に「元に戻りませんよ」と言ってから「元のように戻せと言われても‥」と続いたので、余計に私は傷ついて、半ばはムッとした。逆ならまだ柔らかい指摘なのだが‥。そのために「なかなか生えてきませんよ」というのが強調されたように聞こえた。確かに前と天辺は伸びる速度は遅い。左右と後ろは元気が良く、太いのだが、それ以外は細いし弱々しい。そのうち毛穴も閉じてしまいそうである。しかしあからさまに指摘されると普段気にしていなくとも、あえて指摘されたくはない。養毛剤を使用するほどの色気はとうになくなっている。
 まぁ店員悪気はなかったようなので、笑ってごまかした。

 このように短く刈り込んでしまうのはもう10年以上しているはずだ。一番初めに別の店員に言われたのは「夏だからといって短く刈りこむとかえって暑いですよ」ということだった。確かに直接陽があたり、汗が皮膚を伝ってすぐに顔にたれてくる。髪の毛が陽をさえぎらず、汗も溜めることはない。しかし風が吹いた時の気持ちの良さには代えられない。

 定年退職後からは野球帽をかぶるようにしている。頭頂部が一番髪の毛がうすいので直に日があたり、帽子をかぶらなかったら山ですっかり日焼けしてしまった。日焼けして分厚く剥けた皮膚が枕を汚して、妻に怒られた。枕と布団に黒く剥けた皮膚が散乱していた。人前に出られなくて野球帽を被ることにした。それが帽子をかぶり始めたきっかけである。それまで帽子はほとんど被ったことはない。すぐにどこかに置いてきてしまう。
 半世紀以上の習慣でようやく眼鏡と時計と財布、四半世紀の習慣で携帯電話と定期・財布だけは忘れないようになった。だが、60歳を過ぎて新たに身につけるものを置き忘れないようにできるとは思いもしなかった。
 確かに今でも野球帽はときどき置き忘れてしまう。組合の事務室やその傍の飲み屋ならばすぐにそれは出てくるが、それ以外の居酒屋などではまず戻ってこない。だから安い野球帽しか手に入れない。小さめだが100円ショップで購入したものも愛用している。


中原中也「頑是ない歌」

2016年07月11日 22時38分49秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
  頑是ない歌

思へば遠くきたもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空になり響いた
汽笛の湯気は今いづこ

雲の空いたに月はゐて
それな汽笛を耳にすると
竦然(しょうぜん)として身をすくめ
月はその時空にゐた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気に茫然と
眼で追ひかなしくなつてゐた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこひしゆうては
なんだか自信がもてないよ

さりとていきてゆく限り
結局我ン張る僕の性質(さが)
と思へばなんだか我ながら
いたはしいよなものですよ

考へてみればそれはまあ
結局我ン張るものだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやつてはゆくのでせう

考へてみれば簡単だ
畢竟意志の問題だ
なんとかやるより仕方ない
やりさへすればよいのだと

思ふけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ



 リフレインの響きが美しく、声に出して読めばいつの間にか暗唱してしまいそうな、いかにも中原中也らしいわかりやすい詩である。
 なお、竦然とは「怖れてぞっとするさま」のことという。
 そう来月は私も65歳、年金の手続きで今月中に手続きをしい関係するところに手続きに行かなくてはいけない。それはそうと、「思へば遠く来たもんだ」はここ十年あまり、いつも口に出てくるリフレインである。
 歌謡曲の世界でもこのような感慨が流されているのを聞いたような気もする。
 このような句が頭に浮かぶときは、45年来の友人の顔を思い浮かべ、死んだ友人の目の輝きを思い出すのがいい。

ようやく業務終了

2016年07月11日 14時27分40秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 ようやく退職者会のニュースの原稿が出来上がった。A3で裏表の2頁。実質3日かかった。予定よりは一日余分にかかったようだ。朝から写真6枚の貼り付けをした上で、いつものとおり妻に誤字脱字のチェックをしてもらい、自分でも2度ほど目を通して、微調整を行った。枠の模様も取り替えも行った。あと4行ほどは他の方に書いてもらう算段をしている。15日ひるまでに訂正・加筆を行って終了。

 フォーレのピアノ曲の夜想曲をかけていたが、ほとんど頭に入らなかった。今晩じっくりと聴くことにしたい。

 暑い一日であるが、これから買い物に付き合って横浜駅まで。一段落付いたのでコーヒータイムとしたい。


フォーレ「夜想曲全13曲」

2016年07月11日 10時10分39秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 モーツアルトの曲は好きである。美しいと思う。しかしどういうわけかいくつも続けて聴くと飽きてしまう。
 ベートーベンの曲も好きである。メリハリがあり、構成的なところが好きである。しかしどういうわけかいくつも続けて聴くとくどく感じる。
 内田光子の演奏による、モーツアルトのピアノソナタに続いてピアノ協奏曲を連続して聴き始めたが、やはりどうしても飽きてしまう。聴いていて美しいと思うが、連続しては耳を通して刺激を受けると、脳に飽和感が湧いてくる。
 これがブラームスだとモーツアルトやベートーベンで感じる感想は湧いてこない。不思議なものである。曲の感じが好きだからか、聴きあきることがないから好きなのか、そこらへんは不明である。しかし何かの原因があると思う。音の配列、構成‥どこかでそれが説明が出来れば嬉しいと思うが、そんな能力は残念ながらない。

      

 本日の作業のお供の曲として、フォーレの夜想曲を選んでみた。
 フォーレの曲もフランス系の音楽といわれる中では好きである。どこか懐かしい感じがいつもする。ドビュッシーはどうもつかみどころがない。フォーレの内省的で、夜の世界を徘徊するような雰囲気が好きである。
 この夜想曲も当初はそのつもりで聴いていた。しかし意外にもちょっと激しい部分も出てくることがある。本当は「」と共に、「夜想曲」は夜の作業に向いている。それも弱い雨が降っているといい。

本日の作業と音楽

2016年07月10日 23時29分45秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 ようやく退職者会ニュースの原稿、9割方作成が終了した。後は明日の午前中に、6枚ほどの写真を張り付けて、画面の割り付けの微調整を行えば、ほぼ完了。明日の昼には印刷所にメールで送信する約束になっている。今週中に校正刷りが出来上がる予定にしている。23日までに1300部の納品にこれで何とか間に合うはず。
 いつもより倍くらいの時間がかかってしまった。

 本日もモーツアルトのピアノ協奏曲第13番と第14番を聴きながら作業を行った。明日は別の曲を聴きたくなった。ブラームスのチェロソナタか、フォーレのピアノ曲か、寝る前までに決めたいと思っている。意外とこういう点が優柔不断である。そして、ヨーヨー・マとエマニュエル・アックスのコンビ以外の演奏によるベートーベンのチェロソナタのCDが欲しくなった。購入資金をどう捻出するか、今年の夏の課題としておこう。美術館詣をしばらく控えなくてはならないかもしれない。


「自分の中に歴史をよむ」(阿部謹也)

2016年07月10日 19時50分30秒 | 読書
   

 昨日読み終わった「自分の中に歴史をよむ」(阿部謹也、ちくま文庫)。歴史家としての著者の歩みやこれから歴史に携わろうとする若い人向けの部分(前半)を省くと、後半の第6章から第8章が核の部分にあたりそうである。
 人間と人間の関係について、「モノを媒介として結ばれる関係」と、「目に見えない絆によって結ばれる関係」のふたつから成り立っているとしたうえで、古代・中世と現代では人間の在り方大きく異なっている、と指摘する。その例として、時間と空間が現代では均質で一元的であるものの、古代・中世ではそれは自然を含む「聖なる場」と家族や村という共同体の「日常の場」とでは違っていると考える。
 それを「大宇宙」「小宇宙」としている。
 この古代からの共同体と自然の関係を大きく変えたのがキリスト教という一神教で、11世紀から12世紀にかけてこのキリスト教の教義が、社会の下層まで浸透し、キリスト教的世界観が、古代・中世初期の自然が人間社会を支配する世界秩序が崩壊したと指摘している。逆に言うとこの時期を境に日本とヨーロッパ、あるいはイスラム圏およびキリスト教圏とが、他の世界秩序と大きく違った秩序を形成した、ということになると思われる。ここに人間世界の共通性が初めて崩壊したのではないか、という結論まで私は飛躍してもいいような気がした。同時にこの時期、中世から近代への以降の過程で、旧秩序・旧世界観に属していた遍歴の民、「大宇宙」の領域で生きてきた人々が「大宇宙」と「小宇宙」の一元化にともなう新しい秩序では賤視されていったという。
 この指摘はとても刺激的である。ただしこの差別といものが、日本の社会でも現代までも存続して強固な構造を今でも持ち続けていることについては、今ひとつ私にはわからないところが残った。引き続きこの著者の著作を読みながら読み解いていきたいと思う。

 もうひとつ記述がある。これは昔から私も同感であったし、多くの方が指摘していることである。再度自分への戒めとしてもここに引用しておきたい。
「教師はときどき、自分よりははるかに潜在的能力のある生徒に出会うことがある。そのようなとき、その生徒の能力を生かし、伸ばそうとするのが教師の勤めですが、必ずしもすべての教師がそのようにできるわけではありません。時には教師はその生徒に恐れをいだき、自分が他の生徒の前で馬鹿にされるのではないかと感じます。そのようなとき教師はその生徒を恐れながら、抑え込もうとします。ルールや礼儀をふりかざして、率先して生徒のイジメをすることがあるのです。」
 これを教師一般で普遍化してしまえば、学校の先生にとても失礼である。「教師」を企業や職場の「上司」「先輩」、「生徒」を職場の「部下」や「光背」に置き換えるとそれは現代の日本の企業そのものの縮図である。年功序列を否定し、「能力主義」の企業社会を言い募りつつ、現代の日本の企業の在り方は、阿部謹也が引用した「教師と生徒」の関係でしかない。とても先端の人間関係には行きついていない、いびつな社会構造である。ブラック企業の蔓延は他人ごとではない。前近代的な日本社会の底の浅い社会の縮図であることを考えた方が良い。
 同時に私も含めてこのような関係にふと入り込んでしまう恐れも十分ある。つい地域での会議でも若い人のひとことに過剰に反応してしまう自分がある場合を誰しも否定できない。

 常に自分を客観的に見つめる視点が欲しいものである。

横浜は昼前に30℃超えたが、意外と爽やか

2016年07月10日 18時12分19秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 正午からニュースの作成。一応全体の7割が終了した。一休み、並びに気分転換に横浜駅まで歩いて、喫茶店へ出向いた。日曜日とあって地下街は大勢の人、喫茶店もチェーン店なのでひっきりなしに人が出入りして落ち着かなかった。喫茶店はざわざわしていてあまり集中できず、途中からスマホでニュースのチェックに切り替えてしまった。

 持参した本は「セザンヌ物語」(吉田秀和、ちくま文庫)。古本屋で600円で購入。2009年の段階で1575円であった。古本の割に高いと思ったが、新品同様で読んだ形跡がないので、やむを得ない値段かもしれない。
 
 外はかなり暑い。気象庁のHPでは、横浜は11時30分の段階で30.3℃。18時現在、それ以上にはなっていないと思われる。横浜駅まで往復1時間10分あまり。汗があまりかかなかった。思ったよりも湿度は57%と低かった。適度な微風も出ていた。



 今は、西日が南側の号棟の北窓にあたって我が家のベランダを黄色く染めている。これが少し橙色を帯びてくるまでの色の変化が楽しい。7月の柔らかい草の葉を靡かせる風が心地に良い。


本日の作業は終了

2016年07月09日 23時17分12秒 | 読書
 退職者会ニュースの作成はようやく50%余りが出来た。今月号は思ったよりも時間がかかっている。11日(月)に第一稿を送ることになっているが、明日中に出来上がるであろうか。かなり心もとない。基本的な原稿は出来上がっているのだが、文書の打ち込み、写真の貼り付け、校正などどうしても2日位はかかりそうである。
 原稿と写真を送って割り付けから校正まですべて頼んでしまえば簡単なのだが、それでは費用もかかるし、意外と自分なりの紙面づくりにこだわっている自分の生きがいに近いものがある。
 本日はこのこの辺で作業は終了としたい。



 昼間、雨の中を横浜駅まで出かけて、友人から原稿と写真のデータを受け取り、プリンターのインクを購入。その後喫茶店で「詩文のなかに歴史をよむ」(阿部謹也、ちくま文庫)を読了。中高生向けの本ということで、語り口は確かにやさしいようだが、なかなか著者の思想にとって重要なポイント、本質的なことを述べている。
 要約を載せるほどの力量はないが、気になった個所はとりあえず印だけはつけておいた。

 明日は朝から団地の管理組合の諮問機関の会議。午後からの作業となる。

中原中也「一つのメルヘン」

2016年07月09日 22時20分58秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
  一つのメルヘン

秋の夜は はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があつて、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。

陽といつても、まるで珪石か何かのやうで、
非常な固体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかなる音をたててもゐのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶が、
淡い、それてゐてくつきりとした
影を落としてゐるのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてゐなかつた川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました‥‥



 これは教科書にも載っているような有名な中原中也の詩である。多くの仕掛けや解釈のヒントがあり、多くの人が口ずさんでいる。
 中也の詩の魅力のひとつに繰り返し、それもリズミカルで口ずさみやすい言葉が連なる。この詩でも「さらさらと、さらさらと」というリフレインが愛唱されるゆえんでもある。また「ありました」という何でもない丁寧語が「韻」のように配置されている。こんな仕掛けが愛唱される理由であると思う。

 ただこれらの仕掛けとは別にいつも私が感じることがある。それはこの詩を読んで最初に受けた印象なのだが、とても乾いた印象がする。川を流れる水をうたっているが、そこに配された小石や蝶には水の湿った印象はどこにもない。陽に照らされて乾いた輝きが詩からうける印象だと思う。
 この乾いた印象はこれまでの日本の詩歌には無かったものではないかという気分になった。古くは古今集や新古今集、芭蕉や、そして明治以降の新しい詩を読んでも私は「湿気」というものをいつも強く感じた。肌に纏わりつく湿気、清浄なものの象徴としても、死や生の在り方の消長としても、この湿気、ぬめり、まとわりつく粘り気というものをいつも感じている。それが好きな点でもあるが。
 身近にいえば、「岩間とちし氷も今朝はとけそめて苔の下水みちもとむらん」(西行)にしろ、「古池や蛙飛び込む水の音」(芭蕉)にしろ、「永き日に富士のふくれる思ひあり」(正岡子規)、「しつとりとなみだを吸へる砂の玉なみだは重きものにしあるかな」(石川啄木)にしろ、湿気がないと成立しない詩歌が多い。むろんそうではない「いのちなき砂のかなしさよさらさらと握れば指のあひだより落つ」(石川啄木)のような歌もあると指摘されるかもしれないが、この歌とて海の潮の粘つく湿気のイメージが無ければ成立しない。
 中原中也のイメージの斬新さは、この乾いたイメージにあると思っている。

モーツアルト「ピアノ協奏曲第13番、第14番」

2016年07月09日 16時16分01秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 本日の作業のお供はモーツアルトのピアノ協奏曲第13番と第14番。モーツアルトが27歳、28歳の時の作品である。ウィーン時代の売れっ子としてデビューした頃の華やかな曲である。結婚2年目、3年目の時期でもある。

 第13番(K.415、1782~83)は前回ふれたとおりウィーン時代の幕開けとして作られた。この曲にはトランペットとティンパニーが加わるという新たな試みがなされ、華やかになったということが云われている。また第3楽章に短調が挿入されるという当時としても冒険が加えられている。そして予約演奏会には皇帝ヨーゼフ2世が臨席したという。
 第14番(K.449、1784)と続く第15番から第19番までと同じ年に6つまとめて作曲されている。
 これまでと同様、内田光子のピアノ、指揮ジェフリー・テイト、イギリス室内管弦楽団の演奏で、1987年の録音。

      

ベートーベン「魔笛の主題による7つの変奏曲」外

2016年07月08日 23時11分02秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 パブロ・カザルスによるチェロの演奏によるベートーベンの「魔笛の主題による7つの変奏曲」と「同12の変奏曲」、クープランの「演奏会用5つの小品」、バッハの「オルガン協奏曲第3番」から「レシタティーヴォ」、ハイドンの「ピアノソナタ第9番」から「アダージョ」、ファリャの「7つのスペイン民謡」から「ナナ」、カタロニア民謡「鳥の歌」、「カングーの聖マルタン祭」。
 1951年から1961年にかけてのライブを含む録音と思われる。
 このCDはいつ頃購入したかまったく記憶にない。しかも購入後1度くらいしか聴いていないと思われる。しかし今聴いてみるとチェロの音色はとても深みのある録音である。とても心地よい。クープランの5つの小品は華やかな演奏で、チェロならではの指のタッチまでもが聞こえる。高音部の艶やかな音色も掠れが無く心地よい。バッハはとても情感たっぷりに演奏している。このようなバッハは初めて聴くような気がする。
 「鳥の歌」は情感たっぷり。最後の曲は聴き慣れた曲ではあるが、しかしオーケストラの音が掠れてしまっている。残念ながら録音の質がかなり悪い。

「試験」という思い出したくない言葉

2016年07月08日 21時12分34秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 20時ころに、横浜では先ほど雨が降るとのメールが届いたが、今のところまだ降ってはいない。ベランダから南側の空を見上げるとうすい雲が空全体を覆っている。しかしところどころ雲の切れ目や、極端に雲がうすいところから微かに星が見えているようだ。

 先ほど夕食前に2時間、1万6千歩ほどのウォーキングをしてきた。1時間あたり8千歩と気持ちのいいペースで歩いた。湿度が高くかなりの汗をかいた。時々パラッと細かな雨の粒がいくつか顔にかかったが、気になるようなことはなかった。いつもの横浜環状2号線に沿って新横浜駅方面に向かい、折り返してくるコースである。10分の休憩後、同じコースを戻ってきた。
 折り返しに使っている小さな公園では、学校帰りの小学生・中学生が盛んに声を出して遊んでいた。もうすぐ夏休みになる。私の中学生の時は多分期末試験でひいひい言っていた時期だと思う。あるいは今日あたりでその試験が終わったのかもしれない。

 試験というものから遠ざかって四十数年になる。試験というものはもう体験はしたくない。試験と聞いただけで、逃げ出したくなる。今机の上に試験用紙が配布されたら、どうなるであろうか。たぶん自分の名前を記入する気持ちにならならないであろう。すぐに席を立ってどこかへ去って行くことは間違いがない。
 自分で思い出しておいて勝手なものであるが、試験という言葉を思い出しただけで、本日は寝付けなくなってしまうのではないだろうか。



「近代風景」(国立近代美術館)

2016年07月08日 11時14分51秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等




 「近代風景-奈良美智がえらぶMOMATコレクション(人と景色、そのまにまに)」(東京国立近代美術館)を見てきた。実はコレクション展で松本竣介の新収蔵品を見てから、こちらの展示で松本俊介の旧収蔵品全点を見ると、近代美術館の所蔵する全23点を一括して見ることが出来るという目的が第1番というのが本当のところ。
 完成した作品ばかりでなく、デッサンも含むのだが、完成作品との対比も出来て興味深い。

      

 松本竣介の作品以外では、リーフレットにもある、麻生三郎の「赤い空」(1956)、「母子像」(1959)に惹かれた。また佐伯祐三の「モランの寺」(1928)、関根正二の「三星」(1919)が印象に残った。

   

横浜も34.9℃

2016年07月07日 22時49分44秒 | 日記風&ささやかな思索・批評


 横浜も13時前に34.9℃を記録した。さすがに外に出るのは控えて、15時過ぎに横浜駅まで所用を済ませに出かけた。まだ熱気が空気の中に漂っているようすにびっくり。プリンターの補充インクを家電量販店で購入し、「ニュートン8月号」を書店で購入。
 頼まれたいくつかの買い物をして、歩いて帰ってきた。ゆっくりとあるいたが、汗だくでそのままシャワー室へ直行した。
 それ以外特に運動もせず、退職者会のニュース作成で時間が経ってしまった。
 これから近くの駅まで気休め程度だが、軽くウォーキング。

モーツアルト「ピアノ協奏曲第11番、第12番」

2016年07月07日 21時13分37秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
      

 本日の作業のお供はモーツアルトのピアノ協奏曲第11番と第12番。これまでと同様に内田光子のピアノ、ジェフリー・テイト指揮のイギリス室内管弦楽団の演奏。1988年の録音である。
 第11番(K.413、1781~82)、第12番(K.414、1782)、第13番(K.415、1782~83)はザルツブルグからウィーンに出てきた時の初期の三つ子ともいうべき作品である。
 大司教の蜚語という名の窮屈な生活から解き放たれ、25~27歳という時期にあたる。ウィーンで喝采を浴び、楽譜出版・演奏会などで音楽家として自立した生活の確保が可能であった時期である。
 三つ子といってもしかし第11番と第12番は形式も雰囲気も似ているが、第13番は少し趣きが違う。モーツアルトとしてかなり大胆な冒険も盛り込んだ曲であるらしい。また第12番の第2楽章はバッハの旋律に由来するようで、バッハがモーツアルトにおおきな影響を与えた証左でもある。この曲はバッハに対する鎮魂歌であると思う。