Sightsong

自縄自縛日記

千葉成夫『現代美術逸脱史』

2021-09-20 11:11:58 | アート・映画

この名著が文庫化されたのでさっそく再読。(ちくま学芸文庫、1986/2021年)

いまとなっては当然のようにも思えるけれど、やはり辛辣でおもしろい。著者は、戦前から戦後にかけての前衛アートを、欧化主義という「極楽トンボ」と矮小な伝統主義というローカリズムの間の有象無象だと断じたうえで、1950年代の「具体」や60年代からの「もの派」とは、本質的にはアートの存立意義じたいを問うものだったとする。その活動が重要なのは「プラークシス」(実践)と、それとあわせてとらえるべき、既存の体系に基づく「ポイエーシス」(手段としての制作)の崩壊や再生だということ。即興音楽の模索にも通じるところがあるね。

アートがプラークシスによる不断の革命だとすると、ここでジル・ドゥルーズによる「マッケンローの恥辱」を思い出してしまう。テニスのジョン・マッケンローは、とにもかくにもネット際に突進し、自らをにっちもさっちもいかない袋小路に追い込んだ。それによってはじめて、情勢を突き破る「出来事」すなわち革命が生まれる。さてそこまでの話かどうか。