隠岐騒動、明治維新、草の根右翼

2024-08-16 22:57:16 | 離島旅行



隠岐の島町の真ん中からやや北に、「隠岐郷土館」という建物がある。


元々は水若酢神社の見学ついでにその特徴的な外観を眺めるつもりだったが、もう回るべき場所もローソク島展望所だけなため、見学でお邪魔することにした。


で、詳しい中身はまた別の機会に書くつもりだが、そこに置いてある1868年の隠岐騒動に関する漫画が興味深かったので少し触れておきたい。


隠岐が明治初期の廃仏毀釈によって寺院が一時皆無になったことは以前述べた通りだ。後に復興はされたが数は少なく、今でも隠岐の葬式は神式(神葬祭)になっているほどである。


しかしそもそも、隠岐騒動の前史として、著名な山崎闇斎の弟子、中沼了三による教育と尊皇思想の浸透があった。その中で隠岐は諸外国の進出に対する松江藩の対応力の無さに失望していたところ、大政奉還が行われたのを好機として幕府の群代を追放するにいたったのだ。


結果的に隠岐騒動は80日程度で終息したが、その間はまがりなりにも自治政府が置かれていた点でなかなかに興味深い。なお、この騒動に際して仏教寺院は良く言えば幕府側と融和的な、悪く言えば微温的な態度を取ったことが島民の反感を買い、それが大々的な廃仏毀釈のうねりに繋がったと言われている。


私がこの資料を見て興味深いと思ったのは、隠岐の人々がその歴史をどのように語り継ごうとしているかの参考資料になると考えたからだ。


実際、単に攘夷思想による異国打ち払いという側面よりもむしろ、天保期に起こった天災や飢饉に対する幕府の失策が、それへの失望と隠岐に自力救済の意識を植え付けたことが強調されている点は注記すべきだろう(参考として、1837の大塩平八郎の乱も想起したい)。


もちろんそれは、開国以後の日本の躍進を知っている現代人からすれば、単に「尊皇攘夷思想が団結の依り代になった」という説明では、旧態依然とした人々の頑迷な抵抗か、下手をすれば狂信者的な集団だったとみなされる危険を考慮した面はあると思われる。


しかし、日本史の流れ全体を見ても、このような幕府へのスタンスは多くの藩に当てはまるものでもあった。


というのも、ペリー来航以前の段階で、徳川家斉の無計画な子作りやその降嫁などによる幕府財政逼迫や経済政策の失敗、諸藩の財政窮乏、それに加えて前述のような天災や飢饉への失策があり、すでに幕府への信頼は揺らいでいたのである。そこに黒船がやってきて幕府の対応が後手後手となり、さらに朝幕関係で前者の優位性が高まってきたからこそ(これもいきなりではなく光格時代の先例に基づく)、王政復古の発想がより強くなった、というのが実態である(もちろん薩長同盟前の薩摩を代表に、幕政改革を目指す勢力もいたが)。


このように、孝謙天皇の神国思想に基づいた対外強硬姿勢を理解するには、前代の光格天皇の復古主義的姿勢を押さえておくことが必要不可欠であるが、ペリー来航以降の幕藩体制の動揺についても、同じことが言えるのである。


このような変化の中を通じた幕府への信頼失墜が、いわば自力救済の発想を産み出したのであり、それが隠岐騒動なのであった。


ただここで重要なのは、隠岐の人々は確かに郷土を守るために立ち上がったわけだが、それは天皇を推戴して国民国家(強力な中央集権国家)を作り上げんとする明治新政府においてはあくまで「ノイズ」であった(この点は、政府による神仏分離令と、廃仏毀釈の間にある「ズレ」を理解する上でも重要な要素だ)。


そして隠岐騒動のような「草の根右翼」の流れは、実は自由民権運動のような形で、後に様々な表出を見せていく(同運動の主要な提唱組織の一つとして玄洋社があったことに注意を喚起したい)。


このような見地に立つと、前に新選組資料館絡みでも書いたことだが、幕末の人々の思想・活動と、明治以降の右翼思想や保守主義について、その連続性・非連続性を丹念に調べることが必要であると強く感じる。


というのも、幕末における維新の志士や佐幕側には一種の英雄崇拝のような形で陶酔しながら、一方でスティグマを背負った明治期以降の右翼・保守思想については、意識的・無意識的にそれと切り離して考える不毛から、いい加減に脱却すべきだと思うからだ(この橋渡しをしようとしたのが『ナショナリズム』や『昭和維新試論』を著した橋川文三であり、今日それを受け継いでいるのが片山杜秀や中島岳志である。ちなみに古典教育の話で会沢正志斎の『正論』に言及したのもこれを背景としている)。


今回、隠岐騒動の案内を見ることで、改めてその思いを強くした次第であり、このテーマについては今後折に触れて扱っていきたいと思う。

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