年がら年中追いまくられ手当てに明け暮れる漏水防止、その漏水のメカニズムは「パイピング現象」と言うのだと今になって知った。生涯を通して学ぶべき事は減らないものである。
まあ短期記憶など数分保てれば合格点の今日、「学ぶとは忘れさる事なり。忘れるを忘れ学びを誓う」こんなバカを言う君の名は?・・・。わ・た・し。
なんちゃっても残暑のせいですが涼しくなっても治らないのはご愛嬌ですて。パイピング現象は水が浸透して顕在化する過程もあるだろうがフイールドの漏水大部分は昔の葦の地下茎の名残り空洞とモクズガニ、サワガニ、アカハライモリなどの生物的侵食も大きい。
特に基盤層からの漏水は地下茎が腐食した後の空洞に起因するケースがほとんどで根絶するには重機を入れ鎮圧するしかないのだが、現状個人の0.3馬力では絶望的でしかない。まあ、ボチボチと墓地に行くまで手当てするだけである。「後は野となれ山となれ」でも無く、元の藪っ原に返すだけだ。これは「バイイング現象」と言うのだそうな。なんと博識、いいえ白痴気豊かだと思えませんか・・・。
歌に事寄せれば「誰もいない谷地、独りの時を確かめたくて、彼方の空を振りむいてみたの・・・」または「今はもう飽き、誰もいない谷地、知らん顔して他人が行き過ぎても 私は逃れない ここに束縛したから云々」・・・。
真面目に手当てを考えるにオーバーフローや落ち口の仕様は杭を並べ物理的な壁を地中深く横にも広く設える必要がある。そのために労力も資材も量が増すけれど、先々の手入れが先細る事を考えると「今そこにある危機」の対処が要なのだろう。
上の池オーバーフローあんこ部の漏水は何度も補修しているが構造的欠陥がある。泥水地の各落ち口も丸太で仕切った構造なので丸太下部から水抜けする。固い土を押し込んだくらいでは一時しのぎだ。
なんやかんやと三途の河原に行かずとも日々、土積みを崩されても崩されても行わねばならない二度わらしであった。これは生きていればこその責め苦であって幽体離脱してしまえばもう悠久の平安と寂聴しかない虚無無辺の宇宙と一体である。とは言えそこは現世浮き世よりダイナミックな誕生と消滅が不可分一体のはずと信じて疑えない。
そこに行きつくのにパイピング現象が使えるのか、それともワームで直結なのかは帰ってきた人がいないから誰も分からない。
上の池オーバーフローあんこ部の漏水 泥水池1オーバーフロー部の水抜け緊急補修
まあ短期記憶など数分保てれば合格点の今日、「学ぶとは忘れさる事なり。忘れるを忘れ学びを誓う」こんなバカを言う君の名は?・・・。わ・た・し。
なんちゃっても残暑のせいですが涼しくなっても治らないのはご愛嬌ですて。パイピング現象は水が浸透して顕在化する過程もあるだろうがフイールドの漏水大部分は昔の葦の地下茎の名残り空洞とモクズガニ、サワガニ、アカハライモリなどの生物的侵食も大きい。
特に基盤層からの漏水は地下茎が腐食した後の空洞に起因するケースがほとんどで根絶するには重機を入れ鎮圧するしかないのだが、現状個人の0.3馬力では絶望的でしかない。まあ、ボチボチと墓地に行くまで手当てするだけである。「後は野となれ山となれ」でも無く、元の藪っ原に返すだけだ。これは「バイイング現象」と言うのだそうな。なんと博識、いいえ白痴気豊かだと思えませんか・・・。
歌に事寄せれば「誰もいない谷地、独りの時を確かめたくて、彼方の空を振りむいてみたの・・・」または「今はもう飽き、誰もいない谷地、知らん顔して他人が行き過ぎても 私は逃れない ここに束縛したから云々」・・・。
真面目に手当てを考えるにオーバーフローや落ち口の仕様は杭を並べ物理的な壁を地中深く横にも広く設える必要がある。そのために労力も資材も量が増すけれど、先々の手入れが先細る事を考えると「今そこにある危機」の対処が要なのだろう。
上の池オーバーフローあんこ部の漏水は何度も補修しているが構造的欠陥がある。泥水地の各落ち口も丸太で仕切った構造なので丸太下部から水抜けする。固い土を押し込んだくらいでは一時しのぎだ。
なんやかんやと三途の河原に行かずとも日々、土積みを崩されても崩されても行わねばならない二度わらしであった。これは生きていればこその責め苦であって幽体離脱してしまえばもう悠久の平安と寂聴しかない虚無無辺の宇宙と一体である。とは言えそこは現世浮き世よりダイナミックな誕生と消滅が不可分一体のはずと信じて疑えない。
そこに行きつくのにパイピング現象が使えるのか、それともワームで直結なのかは帰ってきた人がいないから誰も分からない。
上の池オーバーフローあんこ部の漏水 泥水池1オーバーフロー部の水抜け緊急補修