澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

ニュージーランド地震報道はこれでいいのか?

2011年02月26日 12時28分05秒 | マスメディア

  ニュージーランド地震が起きてから、TV各局の報道はこれ一色。もうひとつの「一色」さん(=海保・保安官)の尖閣ビデオ問題はどうなった?

 韓国人の評論家・池東旭氏がラジオで興味深い発言をしていた。韓国メディアはNZ地震をどう報道しているかというリスナーの問いに応えて、「今回の地震では、韓国人の被害者も出ているが、マスメディアは騒いでいない。死者に対しては、日本人よりも冷淡だ」と。これは韓国人が日本人よりも冷酷だという意味ではなく、現に北朝鮮問題が緊迫しているように、韓国人はより緊張感を持って現世を生きているということらしい。
 
 地震後、72時間を経た時点で、オーストラリアのTV放送は、「CTVビルには生存者がいない」と断言していた。CTVビルは、日本人留学生がいたビル。日本の派遣隊員が「生きていると信じて救援活動を続ける」とコメントしていたのには頭が下がる思いだが、現実は厳しいようだ。

 それにしても、日本のTV報道は、尋常ではない。被災者のプライバシー、親族のコメントをこれでもかと報道し続ける。麗しい家族愛、郷土愛、愛国心にこれらの報道が由来するのならば結構なことだが、実際には視聴率が上がればいいというだけのことではないか? もし、東京直下大地震が起きて、数十万人が死に、過密地帯故に仮設住宅も整備できず、人々が流民のようになったとき、マスメディアはどう報道するのだろうかと考えてしまう。NZ地震でこれだけ騒ぐのだから、その一万倍、十万倍くらいの報道をしていただくのが、ジャーナリストの使命というものだろう。だが、われわれはもう気づいている。「マスゴミ」とも言われるマスメディアがそんなことをするはずもないことを。

 ミキシィの日記に興味深い一文を見つけた。キョウさんという方の日記だが、引用させていただく。

「昨夜イラッとして日記書こうと思ったけどやめた
でもやっぱ書くわ

昨日の法捨てでNZ地震報道の締めに古舘伊知郎が
「人が人を思う気持ちが繋がっています」
みたいなことを言ってた

取材陣は安否不明者の家族親族にマイクを向け
ホームステイ先まで押しかけて、本人の同意も得ずに部屋まで撮影していたな
他局ではあるけれど、脚を切断した男性に失礼極まりないインタビューしてたな

これが「人を思う気持ちの繋がり」ですか?

世界から集まったレスキューチーム
安否不明者の家族親族友人
現地の方々や世界中の人々
人を思う気持ちで繋がってると思う

けどメディアは繋がってない
人を思う気持ちがない
無配慮なインタビューだけじゃない
安否不明者の過去・経歴まで掘り下げて
「夢や希望を持って学んでた人がこんな災害に遭ってしまった」と
過剰に悲劇を演出してまで視聴率が欲しいか?
NZ地震ニュースの尺が取りたいか?
人の不幸は飯の種だと思ってるんじゃなかろうな?

奇跡が起きることを信じて
ついニュースを見てしまうけど
メディアの報道姿勢にはもううんざりだ」