エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

キボシカミキリ

2006-07-31 | 昆虫
          《センリョウの葉上のキボシカミキり》
  
 桑の葉上に、今年もまたキボシカミキリを発見した。なんだかとても嬉しくなった。
季節はいつも同じように移ろい、また季節の虫に巡り会えたのだ。良く来たなと呼びかけた。
 でも、去年の夏出会った君は、今日の君ではないよね。去年のは君のお父さんか?
 思えば、チョウも、トンボも、草花も、間違いなく初めて巡った季節に命をもらい、精一杯に生きて死んでいく。庭の小さな生き物の夏は、たいてい一度きりの夏なのだ。
 ふと、何度も季節の移ろいを見つめ、精一杯の生き様を見つめることができる自分の幸せを思わずにはいられなかった。
 それにしても、この庭はなんと無限の命にあふれていることか。

サギソウの思い出

2006-07-30 | エッセイ
 今年も早い鉢に美しいサギソウが咲き始めた。
 可憐な、清楚なサギソウの花を眺めると、いつも伯父を思い出す。もう伯父が逝ってから17,8年にもなるが、毎年お中元にお邪魔していた。とうに独立した子供達が、緊張しながら正座してジュースをご馳走になるのが常であった。そしてそれぞれに盆小遣いを頂くのを楽しみにしていた。あのとき、すだれ越しの縁側に風に揺られるサギソウが涼しげに咲いていた。

 平鉢のミズゴケに埋まるサギソウをあらためて観察した。何という美しい造形なのか。花を見ながら、特徴を図鑑で調べてみた。扇型に水平に広がるサギの翼は縁が糸状に細く裂けて美しい。また長く垂れ下がった距はバランスをとりとても魅力的だ。それぞれのこうした自然の造形に至る進化のわけを知りたいと思った。

 このサギソウが、ある遠い夏の日の伯父の家でのひとときを、たしかに見つめていた。春先に毎年植え替えをして上手に花を咲かせていた伯父の笑顔が目に浮かんできた。

スクロール・スケッチ・ギャラリー (その2)

2006-07-29 | スケッチ

 昔描いた秀峰・磐梯のスケッチ(その2)を横スクロールさせてみます。
 
    【スクロール・スケッチ・ギャラリー (その1)は7/24にUP】

スケッチギャラリー  麗しの磐梯  (その2) 
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 蟹川橋から                        会津大学(短大校舎)より                 峰は秀いずる磐梯山                        猪苗代湖・小石が浜から                 本郷・白鳳山から                       八田野の冬                          背炙り山頂から              背炙り山頂から
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一日の終わりヒグラシ鳴く

2006-07-27 | 日々の生活


 まだ薄暗い朝四時半、ヒグラシの声を聞いた。カナカナカナ、キキキキキと表現される声が、ほのかに白み始める静寂にこだました。一斉に鳴き、一斉に鳴きやむ数分間に、新しい陽が登ってきた。

 数日前にヒグラシの初鳴きを聞いた。そして、昨日の夕方の第一声は五時頃であった。夏が来たとばかりににぎやかに鳴いた。また、今朝は、ユリの葉の上に今年初めてのアブラゼミの抜け殻を見つけた。じきに、ヒグラシのに呼応してアブラゼミも鳴きだすことだろう。
 九州、四国の梅雨明けが伝えられ、 短い一瞬の夏を迎える精一杯の命が、遠く、近く、聞こえた。

ヒグラシはなぜ明け方と夕方に鳴くのであろうか。ゼフィルスの仲間のウラナミアカシジミが梢を一斉に飛び交うのも夕方である。この飛翔活動を観察し続け、照度の変化で誘発されることを見つけた青春の一ページを思い出す。今我々の聞くヒグラシの声は、営々と繰り返されてきた進化の結果なのだ。

 今日も一日が終わった。まもなく明けるであろう梅雨の夕暮れ、ヒグラシの響きは、かすかに吹き来る風に乗る、心地よい癒しのメロディに聞こえた。
 
カナカナの響き切なしわが胸に

白々と明ける静寂にカナカナと

オオルリシジミを夢見る

2006-07-26 | 昆虫
《オオルリシジミ》
 写真は東御市公式ホームページよりお借りしました。
【http://www.city.tomi.nagano.jp/midokoro/bunkazai/ohruri_shijimi.html】


 今、山道の沿道にクララの白い花穂が咲き、クマバチが花筒に潜って蜜を吸っている。クララは絶滅が危惧されているチョウ、オオルリシジミの食草である。
 私が小学生のころ求めた蝶類図鑑には、会津若松市がオオルリシジミの代表的生息地として紹介されいる。でも、残念ながらすでに絶滅してしまった。

限られた地域で、ひっそりと生き続けるチョウは、食草が無くなる開発で生きてはいけない。かつては国蝶オオムラサキは、今の季節わが家の庭を悠々と滑空していたが、最近は見ない。自然保護が叫ばれてきたが、里山は変貌し、かつて普通に生息していた虫たちは明らかに減っていると感じている。

レッドデータブックによると、オオムラサキや南会津のキマダラルリツバメなどは準絶滅危惧種にあげれているが、それらの保護活動が全国各地で行われている。オオムラサキの保護活動は、県内では鮫川村が村全体で取り組み、田島町では食草の「エゾエノキ」の苗木を植林していると聞いた。県内のどこでもオオムラサキの雄姿が見られることを期待したい。
 
 最近の図鑑によるとオオルリシジミは、かつて記録のあった東北地方ではすべて絶滅とある。絶滅危惧Ⅰ種(絶滅の危機に瀕している種)に分類され、現在は九州では久住高原、阿蘇山麓のみに、信州では東御市北御牧など限られた地域にしか生息していない。

いつか、会津若松市周辺でオオルリシジミの舞う姿を見たいと思っている。
 それは、夢物語だろうか。

アザミの歌  ”山には山の~  ”

2006-07-25 | 日々の生活
 今日は文字のスクロールの勉強です。 
 昨日と同様に *ブログ「サクラの勉強室」【http://www.geocities.jp/ja6ei/pasokon.html】からソースをお借りしました。 先日初めて拝見したサクラさんのブログには驚きました。
 少しづつ勉強したいと思います。今度は音楽を入れてみたいと思います。

 【 オンマウスで止まる】
< あざみの歌

作詞:横井 弘
作曲:八洲秀章
唄:伊藤久男


1 山には山の愁いあり
  海には海のかなしみや
  ましてこころの花園に
  咲きしあざみの花ならば


2 高嶺(たかね)の百合のそれよりも
  秘めたる夢をひとすじに
  くれない燃ゆるその姿
  あざみに深きわが想い


3 いとしき花よ汝(な)はあざみ
  こころの花よ汝はあざみ
  さだめの径(みち)は果てなくも
  香れよせめてわが胸に

     


<


ノアザミの向こうのシルエットは磐梯山 (拙ブログ6/23、6/30参照)

スクロール・スケッチ・ギャラリー

2006-07-24 | スケッチ

 画像を横スクロールさせてみました。
いつも心癒されている秀峰磐梯の素人スケッチです。

スクロールのプログラムリストは *ブログ「サクラの勉強室」【http://www.geocities.jp/ja6ei/pasokon.html】からソースをお借りしました。
 サクラさん有難うございます。

スケッチギャラリー  麗しの磐梯  (その1) 
<
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  猪苗代町の対岸、崎川浜より         猪苗代町 堅田から                  背あぶり山頂から                  湯川村から                             湊・赤井谷地から                  会津若松市高野町から             湊・中田浜から                     沼の倉から
<
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トンボやチョウ 夏の使者次々と

2006-07-23 | 昆虫
《サカハチチョウ(夏型)》  

 我が家の門柱には、手づくりの看板「自然に学ぶ庭」が掛けてある。【拙ブログ4/22(自然に学ぶ庭)】
 出来るだけ多くの草木を植えてきた庭は私の生活の中心で、毎日この小さな自然の中の多彩な命のドラマを楽しんでいる。

 今日は梅雨の晴れ間に、トンボ道を悠然と飛ぶオニヤンマを初見した。オオシオカラトンボが溜め置いたポリバケツの水にしきりにお尻を打ち付け産卵していた。ハバビロトンボや羽化したてのノシメトンボも訪れ、いよいよ夏本番を告げていた。
 ベニシジミが朝日を浴びてサルビアの葉に羽を休め、赤い花弁とのコントラストが一段と美しい彼女をクローズアップレンズで写真に収めた。また、ホシミスジがユキヤナギの廻りをゆったりと舞い、警戒しながら産卵、そして珍客ヒメキマダラセセリが黄色いキクイモモドキに我を忘れ吸蜜していた。

 夕方はヒグラシの切ない鳴き声に哀れを感じ、夜は網戸に止まり点滅するヒメホタルのほのかな、崇高な光に精一杯の営みを感じた。

 いつまでも変わらない足元の豊かな自然を見つめる毎日は楽しく、大病後の私の一番の慰めでもあり、この庭で実に多くを学んでいる。











《ベニシジミ》

お日市(おひいち)

2006-07-22 | 日々の生活
 
 会津若松市内では、7月に入ると7月1日の「おんばさま」を皮切りに9月8日の「北山薬師如来」まで、ほぼ毎日、約2ヶ月間様々な縁日が45か所で行われる。各町内で続いてきた産土神、神社、仏閣の夏祭りで、その日限りの市なので「お日市(おひいち)」と呼ばれ、古いものは約400年前の蒲生氏郷の時代から行われていたという。会津の夏の風物詩である。
 我が町内の八幡神社の祭礼は7/15だが、数年前から、学校が夏休みに入った第4土曜に行われている。
 幸い昨日まで降り続いた梅雨の晴れ間、昼過ぎに孫とお祭りに出かけ、参拝してきた。孫に、夏のお祭りの雰囲気を味わわせたい思いがあり、カメラ持参だ。孫の手を引き階段を上りお賽銭を上げ手を合わせた。朝から太鼓が鳴る本殿に、近在から三々五々参拝に訪れていた。
 神社の鳥居から参道の両脇に、形ばかり、たこ焼き、焼きもろこしの出店、そして子供会のおもちゃくじと金魚すくいの店などが並んでいた。でも、昔のようなにぎわいはない。参道には裸電球が吊され準備万端、夜は多少にぎやかで雰囲気も出るのだろう。
祭礼に寄付をして、もらった抽選券を忘れずに持参、くじ引きの賞品は空くじ無し、ビールか、洗剤か、ティッシュペーパーだ。結果は去年と同じビールが当たり、何となく嬉しかった。
 夕方からは孫たちは保育園の夏祭りに特別参加の計画。私は留守番、おばあちゃんは大変だ。孫たちは盆踊りや、お店屋さんごっこを楽しみにしている。
 今日1日、お祭りの日は2才と4才の孫にどんな思い出ができただろうか。
いつの日にか、遠い日の思い出として幼子たちの脳裏に甦ることだろう。



生き方を考え直した1冊の本

2006-07-21 | 文芸

ブログ仲間のマーヤンさんの「ブログに遊ぶ(ときめきの日々を過ごしたい)」(*)で1冊の本を紹介された。宮本輝著「草原の椅子」だ。どうしても読んでみたくなり、早速取り寄せて、一気に読了した。
 作者は日本に「おとな」がいなくなったと嘆き、主人公の生き方に本当の「おとな」を示してくれた。彼は「幾多の経験を積み、人を許すことができ、言ってはならないことは決して口にせず、人間のふるまいを知悉していて、品性とユーモアと忍耐力を持つ偉大な楽天家」を「おとな」と言う。
 そんな「慈しみのある、人間力のあるおとな」を読みながら、周囲に落胆し、不満だらけの負け組にむなしさを感じてきた自分の生き方を後悔している。できることなら、主人公を、そして彼の親友との羨ましい人間関係を手本に、もう一度新しい生き方をしてみたいと思った。
 ちっぽけな国での、ちっぽけな人生だが、と、 さわやかに自分の使命を追求していく主人公が立派な人間に思えた。
 遅ればせながら、これからでも自分が少しでも優れた「おとな」でありたいと思っている。

久々にいい本に出会い、今、さわやかな読後感に浸っている。
マーヤンさん有難うございました。

(*)[ブログに遊ぶ]
http://blog.goo.ne.jp/hasemasa1138/e/1f6f22d2a55e6897f98610fc8335e744

舗装なしの悪路楽しい散歩道

2006-07-20 | 日々の生活
               《路傍の草々》

 市道から家までの100mほどの道路は、市内一のいまどき珍しい土の悪路である。でも私にとっては実に楽しい散歩道だ。愛犬と日に何度も、見逃しそうな足元の草々との対話を楽しんでいる。
 牧野富太郎は、自然に親しむにはまず友達になり相手をよく知れと言った。顔見知りにはなってもなかなか名前が分からないが、何回か話しをしていると自己紹介してくれるから不思議だ。道の両側に生える植物とはいつしか友達となった。
 背が伸びたヒメジョオン、満開のタチアオイが道に倒れかかり、すでにカラスノエンドウの黒いサヤは弾けている。秋の草、カゼグサやエノコログサもいつしか穂を付け風に揺れている。スイバは所々立ち枯れ、カナムグラ、ウマノスズクサが勢いよくつるを伸ばしている。ほどなく辺り一面に香りをふりまくクズもかなり伸びてきた。道の真ん中には、オヒシバやオオバコがしっかり根を張っている。
 これから散歩の行き帰りに、対話のなくなる雪の季節まで、これらの草々それぞれの生きざまを見つめていきたい。かんかん照りの夏に、色ずく秋に。

デシカメで梅雨の庭を撮る

2006-07-19 | 自然観察
 

 今年の梅雨は男性的だ。梅雨入り後しばらくはほとんど雨が降らず、梅雨らしい雨が欲しいと思っていた。ここへきて、本格的な雨の日がもう10日ほど続いている。
梅雨入り頃は九州で、近頃は北陸で被害が出るほどの雨が降っている。
こう雨が降り続くと、これから出る昆虫が心配になる。1週間ほど前に鳴き始めたニイニイゼミの声も、その後ほとんど聞かない。本能が鳴かせないのだろう。かわいそうだ。降りが弱くなると、ベニシジミがすぐに飛び交い、スジグロシロチョウが弱々しく舞いだしている。
 しかたなく、今日は雨の中を傘をさしてデジカメを首に提げ、梅雨の庭の様子をじっくり観察した。

 写真を見ながら、以下に、感じたままを情景描写してみた。(順不同)
 【アジサイがとてもきれいで生き生きしていた。雨に濡れた風情もいいものだ。
ブルーベリーも大きさだけはもう食べられるくらいに大きくなっていた。気づけば、隣のムラサキシキブも咲き始めたピンクの花が雨に濡れていた。雨の中、庭を十分に時間をかけて観て歩いた。キキョウのつぼみが膨らみ、オイランソウのつぼみがピンクに色づき明日開きそうだった。クリンソウが草原に揺れるように美しかった。一番大きな花穂が薄い紫色に色づいて、それを取りまいてこれから咲く花穂が何本も出番を待っている。可憐だ。全部咲き出せばさぞ壮観だろう。雨に濡れた「自然に学び庭」の看板に、ミセバヤの枝が垂れ下がりひときわ美しく輝いていた。
キクイモモドキもいつしか我が家の花になった。次々とつぼみを伸ばして咲く山吹色が鮮やかにさわやかだ。その花の下には、多分キリギリスなのだろう小さい幼虫が雨宿りをしていた。長時間見ていると、雨の中を花の上に上り、おしべ口づけをしていた。何をしているのだろうか。花粉を食べているように見えた。春に株分けしたオリズルランはまた茎を伸ばして先端に可憐な白花を咲かせていた。オニユリがもうじき咲きそうな白いつぼみを7つも8つ付けていた。全部咲いたらどんなにかきれいだろうか想像した。レックスベコニアメリークリスマス)が雨に濡れ、緑、赤、白、ムラサキの色彩が一段と美しく心が洗われるようだった。】

デシカメで梅雨の庭を撮り、それを印刷して情景をメモする。単なる写生だが、こんな楽しみがあったかと思った。ときどきやってみたいと思う。


放浪の天才画家・山下清

2006-07-18 | 文芸

《貼り絵・長岡の花火 (1950)》

 昨日、郡山市立美術館で始まった山下清展を観に行った。
「放浪の天才画家」と代名詞が付いた山下清の人間像を、深い感動を覚えて鑑賞することができた。
 解説には「点と線の芸術」との記述があったが、繊細な線と共に、大胆な構図と、なによりもすばらしい感性に驚かざるを得なかった。
 特に印象に残った作品は、貼り絵「スイスの町」の雪を抱く青いアルプスの山々、「遠足」や「自分の顔」に見る顔や衣服の陰影、ペン画の「小石川の後楽園」などだ。また、代表作と言われる「長岡の花火」は、花火の美しさと観衆を描くあの繊細さ、几帳面さにあらためて驚かされた。
 それぞれの作品には清の折々の感想文が添えられていた。いろいろな先入観もあったが、一つ一つの作品が、その裏にある、この純真な心と相まって実に貴いものに感じられた。そして、多くの人々に感動を与えた作品をあらためてじっくりと鑑賞した。
 激動の時代に生きた清の作品は、しばらく忘れていた諸々の感動を与えてくれた。


《貼り絵・スイスの町 (1963)》

柴五郎生誕の地

2006-07-16 | 街中散歩

 今朝、探し物があって図書館へ行く途中、近道をしてつばくろ児童公園の脇を通った。そこに「まちに街に歴史あり」*)の観光案内板があり、公園付近が柴五郎生誕の地であることを知った。
 私が彼を知ったのは「ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 」( 中公新書 石光真人編著)を読んでからだ。涙無しには読めない、心から感銘を受けた本の1つである。 その本の 第1章『柴五郎の遺書』の「血涙の辞」をいつしかそらんじてしまった。
故郷の山河を偲び、過ぎし日を想えば心安からず、老残の身の迷いならんと自ら叱咤すれど、懊悩流涕やむことなし」の五郎翁の文面だ。その本の余白に、【胸が詰まる思いで読了、懊悩流涕、正に止むことなし】と読了のメモ書きがあった。
 その後、静かな苔むす墓所、小田山の麓の恵倫寺に柴五郎を訪ね、翁の、この切ない思いをつぶやき手を合わせことがあった。
 戊辰戦争では家族の多くが自刃したが、五郎は残された家族とともに新天地である下北の地を踏む。わずか12歳であった。当時の少年の純真な心情、その後の斗南での餓死との戦いを読むとき、いつも切なく胸が詰まる。

 百年も前の戦争へのこだわりは、会津人の特別な想いであろう。
小椋佳の歌「愛しき日々」には「もう少し時が緩やかであったなら」とある。誰を恨むではないが、いつも会津の惨憺たる運命を想わざるを得ない。

 会津若松は歴史の町、観光の地でもある。市内には気づかなかった歴史の足跡があちこちにある。我が家の近くにはあの白虎隊士の墓のある有名な飯盛山や、隊士達が仮埋葬された妙国寺、戊辰戦争のとき藩主松平容保が白虎隊に出陣を命じた会津藩の本陣などは、ときどきの散歩コースでもある。
この歳になって、故郷の歴史を学びたいと思っている。まずは関心の高かった戊辰戦争に関わる歴史場面を訪ねたいと思う。そして先人に学ぶことがあればと思っている。

 *)会津の先人ゆかりの市内各所に、案内板「まちに歴史あり」が立てられ、先人を紹介している。 



自己流の絵  私の楽しみ

2006-07-15 | スケッチ

私は絵を教わったことはない。すべて自己流だから、作品も自己満足の域を出ていない。
 スケッチが好きで磐梯山ばかりを描いてきた。磐梯山は絵になる山で、いろいろなところから眺める磐梯は、もう百枚超えた。
それらは、家中の到るところに所狭しと飾ってある。そのほとんどは水彩だが、寡作の油絵も5,6点ある。ほとんどが6号、8号の小さいものだが、30号の雪の秀峰もある。また、特注した額に入れた布絵の磐梯や、いつか凝ったガラス絵の浅間山も気に入っている。
 油絵は上塗りが何度もできて修正が効くが、水彩は一発勝負だ。私は、几帳面に、繊細に、時間をかけて描くのが苦手なので、油は性分に合わない。水彩が好きで、スケッチブックにサインペンで雑なスケッチをしてくる。いくらかたまると、1本の筆で水彩画を楽しみながら描いている。
 愛用のハンカチもろうけつ藍染めやアクリル絵の具のスケッチ画だ。こうして色塗りを楽しむひとときは、充実した熱中できる時間である。
 これからも、ときどき、静かに絵筆を握りたいと思っている。