エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

春の芽吹き

2011-04-29 | Weblog



 花曇りというのだろう。石部桜へマウテンバイクを走らせた。
 町内にある、会津五桜の石部桜は、すでに満開となっていた。
 サクラは、二,三分咲きがいい、また、ひとひらごとに散る風情には及ばない。
 まさに、「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。」だ。
 いくらか陽が差してきて、風も弱い。こうなると、里山へ行ってみたい衝動に駆られるもの、
 石部桜を鑑賞する間もなく、急いで帰宅した。
 


 一気に躍動の春を迎えた里山、それぞれに個性的な芽吹きを楽しんだ。
春一番で咲き始めたダンコウバイも、尖った新芽が伸びてきた。



 また、今日は懐かしいクロモジを撮った。
 開く前の尖った葉の周りに、淡黄色の小さな花を沢山付けている。
 漢字では「黒文字」と書くが、何故だろうか。

【黒文字が咲いた。】


 落葉松の松ぼっくりの脇に、丸い新芽のかたまりが膨らんできたが、まだ細い葉は解けない。
これからもうすこしすると球果が見えるようになる。楽しみに見ていきたい。



 猪苗代湖からの灌漑、細い堰の流れのほとりに、ショウジョウバカマがきれいだった。



 田の畦の水辺に、早くも咲き始めたサワオグルマの一株を見つけた。
 これがいっぱい咲く頃にはウスバシロチョウがひらひら舞っていることだろう。

【サワオグルマ】


 少し山へ入ると、タンポポはほとんどがエゾタンポポだ。

 

 ヤナギの雄株がようやく輝きだした。
 春一番のネコヤナギはを見ると嬉しくなるが、ヤナギの雄花序はいろいろあって興味がある。
 ときどき見かける大きオオネコヤナギだろうか。
 いつも越冬したルリタテハやシータテハが樹液に来ているが、まだ2週間は早いようだ。





路傍には、これも冬を越したクジャクチョウ、キタテハがじっと陽を浴びていた。

【クジャクチョウ】


【キタテハ】




 白いチョウはスジグロシロチョウで、弱々しいヒメシロチョウはまだのようだ。



ルリシジミも舞い始めた。今の時期は、スギタニルリシジミもいる。
オオイヌノフグリに止まったのは、多分スギタニルリシジミではないだろうか。
 裏面の高翅の蒼青色が強いことや斑紋の鮮明さからだ。

【スギタニルリシジミ?】



 連休中に一度、春の女神ギフチョウの撮影にチャレンジしたいと思っている。
その後は、ウスバシロチョウ、ツマキチョウと姿を見せ得てくれるだろう。
いよいよ虫たちの季節がそこまで来ている。

帰りに会津慈母観音のお姿を拝んできた。
健康で山野を巡ることのできる幸せを感謝した。 (2011.4.28)






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自然の中で、無為に過ごす。

2011-04-26 | Weblog
【沢山咲き始めた君子蘭 つぼみはちょうど20個も】


 春の朝、萌え出ずる木々の緑が青空に伸びている。すがすがしい。
ようやく巡り来たすがすがしい春だ。
 庭を巡り、里山を巡り、日々自然の中で無為に過ごしている。これ以上の喜びはない。
 今年も、躍動の季節が始まった。
 静かに季節の移ろいを見つめながら、生きていることを実感しながら過ごしたい。
 チョウやトンボ、野鳥や野の草や花、生きとし生けるいのちを見つめ、元気を貰って過ごしたい。

○ 山のトンボ池付近で
【シデコブシが咲いた】




【コブシは少し遅い】


【春に目立つダンコウバイ】


【ミズバショウも】

 

○ 八田野付近で

【フキノトウも育った】


【コブシ越しに磐梯の裾野広がる】


【これがトサミヅキ】


【珍しいベニコブシ】


【ツグミが夕日を見つめていた】


時にもたげる焦りにも、いつも「なにも急ぐことはない」と言い聞かせる。
 良寛の「二人の兄弟」の漢詩をひらく。


余が郷に兄弟あり
  兄弟心各々殊なり
  一人は弁にして聰
  一人は訥にして且つ愚なり
  我れ其の愚なるものを見るに
  生涯余り有るが如し
  復其の聰なるものを見るに
  到るところ亡命して趨
 

『辯而聰』であるより『納且愚』の一人でありたいと思う。
 そして、『我見其愚者 生涯如有餘 』 すなわち 「優游」と、落ち着いて、すべて満ち足りている生き方でありたい。
 mindよりheartが大切ということか。


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新しい命を抱く

2011-04-24 | Weblog


久しぶりに赤ちゃんとの生活だ。
爺と婆で、代わる代わる抱いている。
ばあの子守歌は幼子にどう響いているのだろうか。
じいちゃんと窓越しに見る淡い緑はどう映っているのだろうか。

息子たちが避難してきて2週間になる。表で遊ばせたいからだと言う。
奏英ちゃんは、私共の4人目の孫娘、もうじき4ヶ月、おとなしい子だ。
昨日、奏英ちゃんのささやかんお食い初めのお祝いをした。
妻は、お赤飯を炊き、形ばかりの尾頭付きの鯛を焼いた。
両親と姉の紗英ちゃん、従兄弟の武琉くん、萌香ちゃんに囲まれて、
奏英ちゃんが元気にすくすく育つようにと祝った。


野鳥を撮る

2011-04-23 | Weblog


以前から野鳥に興味があった。
里山巡りは、いつもチョウやトンボの撮影が目的だが、目に触れる自然のすべてに興味があり、
出会った野鳥も、ときどき写していた。もちろん路傍の草花や樹木、ヘビやカエルにも興味がある。

 また天気が崩れるようなので、午後は里山へ様子を見に出かけた。
 今年は雪が多く、滝沢峠もまだ所々に雪が残っていた。
いつものウスバシロチョウの楽園も、まだまだ枯れ草色、ウスバシロはおろか、残雪から顔を出したフキノトウも小さい。
平年より10日ほど遅れているような気がした。
 林の間を、鳩くらいの大きさの鳥が、白い幅広の縞模様を見せて飛んで行った。
 十数メートル先の枝に止まった鳥は、あのすばらし青い模様がはっきり見えた。カケスだった。
 これからは飛ぶ姿で判別できそうだ。

【カケス】




 今日は、モズを写すことが出来た。たまたま近くに飛んできたのを、写す幸運もあった。

【モズ】


 

また、今日は、我が家の庭でメジロを写すことが出来た。スズメやメジロは驚くほど警戒心が強い。
しばらく辛抱して待っていたら、6~7匹の集団で梅の木に止まり、花の蜜を吸っていた。
身体を動かさないようにしながらシャターを切った。

【ウメに来たメジロ】





 
 野鳥の撮影、湖水に浮かぶ冬の水鳥は、大きいし、わりとなつっこくて、近づいて写せるので比較的楽だ。
ほとんどの鳥は警戒心が強く、なかなか近づけないので、レンズも最低300mmは欲しいところだ。

カラスを初めて写した。決して美しくはないし、まず写すことはなかった。正に真っ黒である。
地味なスズメにしろ、斑紋やさえずり、動きは魅力的である。すべてが真っ黒なカラスは余り興味がわかない。
 チョウもクジャクチョウやルリタテハの真っ黒な裏面も、あの素晴らしい表翅の輝きがあればこそ魅力的だ。
 少年のころチョウに惹かれたのは、その美しい羽の模様とかたちに魅せられたからだろう。

【ハシボソカラス ?】


 数日前には、お城の堀で集団で木の枝に休むゴイサギを撮った。
遠くから見ると、コブシの花が咲いたかと思われるくらいだった。
よく見ると,全身が白い個体がいた。また、背中の灰青色の無い個体もいた。
これらは、どういう違いだろうか。
 堀の岸近くの枯れ木にカワウが来ていた

【ゴイサギ】




【カワウ】


 ついでに,近くのカタクリの群生する堀の土手を見に行った。
 数十年ぶりだったが、ちょうどキクザキイチゲと一緒に群生は健在だった。





 庭のヒヨドリはこのところ毎日来てくれる。冬の間、雪をよけた餌台にご馳走を啄みにやってきた。いつも楽しみだった。
 窓から数メータなので、十分ピントを合わせて撮ることが出来る。(2011.4.22)

【ヒヨドリ】


 野鳥については、私にはプロの友がいる。小松市の獣医、矢田新平氏で、野鳥の会の石川支部長も務め、野鳥に関する著書もある。
 長い間、石川県内の自然環境調査に精力的に取り組んでおられる。
 彼とはお互い中学生のころに知り合ったチョウの友で、以来五十数年の長い付き合いだ。
 鳥のことを教えて貰ったり、ときどきメールに素晴らしい写真を添付してくれる。

 (参:拙ブログ(2008-08-19)『友のエッセイ集出版』)

http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/fdc499bb18a6aedb5996b67023048269


 このブログをアップする前に、彼の写したすばらしい写真の掲載をメールでお願いした。
 早速、彼からOKの返信と一緒に、8年前の北陸旅行の折、妻と彼を訪ねたときのスナップが届いた。
 思えば、その数ヶ月後、わたしは突然の大病に襲われたのだった。
 おだやかな矢田院長の隣に、当時70㎏ほどのふくよかだった私が写っている。
 いろいろ懐かしさがこみ上げてきた。


  【 矢田院長と懐かしい再会 2003.3.24 】

 下に、最近彼から送ってもらった写真を載せる。
 いつか、こんなすばらし写真を写せたらと思っている。

********** 矢田新平氏撮影 ************

【オジロワシ】


【サカツラガン】


【コウノトリ】


【カワセミ】


【コマドリ ♂】


【コルリ ♂】


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小彼岸桜

2011-04-22 | Weblog

 昨日の春の遠足、1年生の萌ちゃんは大塚山、3年生の武くんは鶴ヶ城だった。
最高の遠足日和に恵まれ、郡山から避難している息子の孫を連れて、お城の桜の様子を見に出かけた。
休みだった末娘も呼んだ。

 昔の三之丸にある県立博物館の周りのサクラは、もう5分咲きくらいに咲いていた。
これは信州の高遠より来た小彼岸桜で、ソメイヨシノより早く咲くのだ。
 会津の名君保科正之公は、二代目高遠藩主から会津藩主となった縁がある。
 高遠城のコヒガンザクラは長野県の天然記念物として指定され、エドヒガンザクラとマメザクラの中間種、花は少し小ぶりで赤みを帯びている。

【コヒガンザクラ】




咲き始めたサクラの花越しに、新装なった赤い屋根瓦が美しく聳えていた。
大震災の影響で、桜まつりは中止、夜桜のライトアップも無くなった。
閑散とした城内、本丸には、おそろいのユニホームの遠足の子どもたちが集合していた。
 武琉くんはいるかな、と遠くから探していたら、友達と一緒に武琉がを振っていた。
 遠くから望遠でシャターを切った。





一クラス30人足らずの子どもたちが、茶室「麟閣」へ入って行った。
このあと天守閣に登り、本丸でお弁当を食べて帰るのだろう。
 学校から約3キロか。素晴らしい街中散歩、郷土の歴史の一端にふれる幼い子どもたちが羨ましく思えた。

 紗英ちゃんはお城の売店で、でんでん太鼓を買って貰った。
 鉄門をくぐると、天守閣の西側広場のソメイヨシノもほころび始めていた。
 いいアングルを見つけて「春の鶴ヶ城」を撮った。





 妻は、思いがけない旧友Nさんにばったり会って、しばし立ち話。
 久しぶりの外出で、紗英ちゃんもご機嫌。すがすがしい公園内を一周して、廊下橋から博物館へと歩いた。



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ささやかな楽しみ

2011-04-20 | Weblog


昨日の雪には驚いたが、あれから気温は下がらなかったようだ。
 朝方、雨はあがったが、冷たい北風の中、孫たちが元気で登校していった。
 季節の移ろいを楽しんでいるが、今日も家の中で過ごすしかない。

 昨日、久しぶりに絵筆を執った。
 スケッチ画を整理していたら、未使用のパノラマサイズの写真額が出てきた。
 薄手のポリエステルの布に、いつもの湖水に浮かぶ磐梯を描いた。
 色合いは描く度に違うが、色を工夫して染める数分間は芸術家の心である。
 目を瞑っても描ける磐梯の空の余白に、これまたいつもの詩歌もどきの「磐梯を讃える」を添えた。
 そして、我が作品が所狭しと掛けられている応接間の一隅に飾った。
 誰か気づくだろうか。
 すべてが自己満足の、ささやかな楽しみだ。




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東日本大震災と良寛

2011-04-19 | Weblog
 【クマシデの新芽】


朝から雨降り、肌寒いくらいだ。午後、萌ちゃんの帰りを途中まで迎えに出た。
 それまでの雨はみぞれになり、白く見え始めた。なんと、一瞬のうちに車の屋根はシャーベット状に。
急に気温が下がり、庭の寒暖計は1℃を差していた。
 この前、庭に出した鉢物が心配になり、いくつかを取り込んだ。
あとは、みぞれ降る中を、まとめて新聞紙で覆いビニールをかぶせた。
天気予報では、夜は雪になる。被災地の宮古あたりは雪が積もりそうだという。

冬に逆戻りのこんな日は、 終日読書で過ごすしかない。「良寛」に思いを巡らせた。
地震が起きてから、200数十年前の三条地震に遭った時の良寛の有名な言葉を考えていた。
                
災難に逢う時節には逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難からのがるゝ妙法にて候。」である。
これは知人に送った見舞い状の一節だが、その解釈はいろいろあるだろう。
表面的な厳しい言葉の裏にある、良寛の真意をくみ取らなければならないと思う。
 また、このとき良寛は三条の街の惨状を見て、その悲惨さに涙を流し、漢詩「地震後詩」を残している。
 以下に、良寛研究家・谷川敏朗の『良寛漢詩講座』の『漢詩「地震後詩」』】から引用する。( 【http://www.geocities.jp/my_ryoukan/kouza412.html )

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この長詩「地震後詩」は、三段で構成されている。
 1.現在の様子 
 来る日も来る日も、また来る日も、毎日毎夜肌をさすように寒い。
空一面に広がる黒い雲で日の光もうすく、大地いっぱいに激しい風が雪を巻いて吹きすさぶ。
荒れ狂う波は天にとどくばかりにさか巻き、そのために大きな魚も自由を失い、余震のたびに壁が揺れて鳴り、人々はおびえ悲しむのであった。
 2. 過去の有様
 思えば四十年この方、世の中が浮わつきぜいたくになっていくありさまは、まことに馬を走らせるような速さである。
まして長い間安らかに治まっていたことにたよって、人々の気持がゆるみ、よこしまで鬼のようなやからは群れを作り、争ってこれにつけこんだ。
情けや正しい道は立ちどころにすたれ、まごころや思いやりはまったく知る人もいない。
もうけになる話をすれば毛の先ほどのわずかな物をも奪い合い、人の道を説く人を底ぬけの愚か者とする。
そして自分をえらいと思い、人をだますのをやり手だとする。さらに土の上に泥を加えるようなあさましい行いをして、終わる時がない。
 3.未来(自省)
すべて物というものは、かすかで目に見えないようなことが積もり積もって、やがてはっきりと目に見えるようになるのが普通のあり方である。
このたびの災害は、人々の心の持ち方が招いたもので、なお遅かったといってよい。日月や星の運行が乱れている(人々は夜遊び呆けて昼は疲れて働かない。
昼と夜が入れ替わったようだ。と良寛さんは嘆いている。)が、誰がそれによく気づいていようか。
また四季のめぐりにきまりがなくなってから、すでにずいぶん時がたっている。
もしわたしの言っている意味を理解したならば、すぐに自分をかえりみなさい。
どうしてこんどの災害を、他人のせいだとして怨んだり、天のせいだとして悪くいったりして、いくじのない女の子の口ぶりをまねてよいものか。
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 ある面、現代の世相ととても似ていると思う。そして、震災直後の石原都知事の「津波は天罰」の発言記事を思った。
《生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとえば、冬と春のごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。(道元:現成公案)》
冬が来たら冬を自然と受け入れる、「騰々として天真に任す」のこころである。
 良寛の時代の人々は、自然を受け入れ、堪えがたくとも堪え、自然と調和して生きた。まず自然を受け入れた。
しかるに、現代人は自然を克服できると奢ったのではないか。
 憂うべき原発事故は、自然を制御できると考えた傲慢さであり、人災である。

 未曾有の東日本大震災で被災された皆様にこころからお見舞いを申し上げます。
そして、東電原発の沈静化をはじめ、被災地の一日も早い復興をこころから祈りたい。



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日向ミズキが咲いた

2011-04-18 | Weblog


明日は雨になり、寒気が流れ込むという。
冷たい春の風が強く、春霞に、磐梯山の狐の雪形が見えた。
 この磐梯山の雪形は、猪苗代からは尺八を吹く「虚無僧雪」に見え、磐梯町や若松方面からは「狐雪」に見える。
この雪形を見ると、いよいよ春の農作業が始まると言われている。
そして、完全に消えると会津の暑い夏を迎えるのだ。





庭では豊後梅が一輪、2輪とほころび始めた。
 楽しみに待っていたシュンランも咲き始めた。芽を出し始めたアジサイの根本でエゾエンゴサクが人知れず咲いていた。


【シュンラン】


【エゾエンゴサク】

大雪に埋まって太い幹が折られた日向ミズキが、レモン色の花を咲かせ、早春のさわやかさを感じさせてくれた。
 山の公園には土佐ミズキの垣根がある。そろそろ咲いているだろうか。
 よく似ているが、土佐は日向よりも少し濃い黄色の花で、花房は長くて大きい。
 一見して見分けにくいが、蕊が紅色ならトサミズキ、黄色はヒュウガミズキである。



トサミズキの若い枝は分岐点でジグザクに曲がっている。何度か挿し木を試みたが根付かなかった。
また、トサミズキは四国の土佐に自生しているらしいが、ヒュウガミズキのヒュウガは日向(宮崎)でない。
図鑑には本州(中部以西)~近畿、石川県、四国に分布するとあるが、会津の冬も十分越している。
さらに、トサミズキ、ヒュウガミズキはミズキ科ではなく、マンサク科の花木だそうだ。


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町内 友の会

2011-04-17 | Weblog

     【今年も見事に咲いた君子蘭】

 大病を克服して8年になった。しばらく、病後の健康に気遣いながら隠遁生活を送った。
ここ2,3年かなり元気になった矢先に、町内の役員を引き受けることになった。
また、友の会にも加入することになった。いいことだと思っている。

 昨日、総会と、そのあと昼食を兼ねて「観桜会」なる懇親会があった。
 堅かったつぼみも少しふくらんできた。一週間遅れだろうか,数日中に咲くだろう。
 友の会の努力目標には、『充実した生き甲斐と・・・親睦と連帯を求め、・・皆で楽しく希望を持って・・・』とある、
 町内のいわゆる老人会だ。難しいことは言わない、諸先輩の話を聞きながら楽しく会に混ぜて貰いたい。
  この町内に住まいして30数年、時々顔を合わせる方々も、どこのどなたかはわからなかった。
 世間は狭いもので、子ども同士、あるいは職場を通しての話題に盛り上がった。
 
 妻に念を押されたが、やはり飲み過ぎた。
昨日も、昔そうだったように、お酒が入ると弁舌さわやか、最後の一人になってしまう馬鹿であった。
 老人会の仲間入りをして、改めて馬齢を重ねた我が身を思い、見つめている。
 もっとスマートな老人でありたい。
 3人の子どもも地域の方々にそれなりにお世話になり、それぞれに独立した。おかげさまである。
 少しでも住みよい町にしていきたいと思う。

 今朝は,町内各組からの震災募金の集計作業に出た。
 募金箱を開くと、大判小判がどっさり、硬貨の集計は大変だったが、壱万円札も数枚、
 約20万円を越えるすばらしい善意の募金が集められた。


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早春の山里

2011-04-15 | Weblog


 新しいカメラを購入した。キャノンKiss X4、レンズは純正18-50mmと55-250mmだ。
 これまで7,8年使った一眼レフはKissdigitalレンズは28~80mmと70~300mmとクローズアップレンズだった。
 いろいろな自然を写してくれたが、今となっては古く、最近は画素数630万が物足りなく感じていた。
 上にはキリがない。何とか満足できるカメラを求めることができた。KissuX4は1800万画素で申し分ない。

 写真が好きで、カメラも何台も使った。デジカメの出現と共に、今はもう使うこともない骨董のカメラが物置に眠っている。
 思えば高校生のころ、自宅の押し入れで始めた現像作業は楽しかった。
自分で焼き付け、引伸ばしたモノクロ写真、そのつたない作品がアルバムの一隅に懐かしい思い出と共に残っている。
 
 これまでのコンデジは、はじめはフジのファインピックス、これは故障して同じ機種を求めた。
その後、オリンパスが2台、ずっと里山の自然を撮り続けてきた。
 忘れられないことがある、10年前にデジカメ1眼を購入するとき、ネットで詐欺にあってしまった。
払い込んでもカメラが届かなかった。
愛媛の四国銀行、松山東支店のH.M宛に112,000円を振り込んだのだ。何度も警察に通ったっけ。
ひどい話だ。今この犯罪者はどんなんな生き方をしているのだろう。

 今日、今シーズン初めて里山を巡った。早く新しいカメラの写り具合を見てみたかったのだ。
 妻に頼まれたフキノトウを採りがてら、河東から磐梯方面へ出かけた。
 いつものフキノトウの脇にはまだ残雪があった。



 日当たりの良い山道に、シータテハ、キタテハが元気に飛び回っていた。
 秋に別れた彼女たちとの再会に胸がときめいた。
 今年初めてのチョウばかりだった。スジグロシロチョウ、ルリタテハにも会えた。


【シータテハ】


【キタテハ】


【スジグロシロチョウ】


【ルリタテハ】

 まだ緑の少ない田畑に、所々農家の方々が畑仕事に出ていた。半年ぶりに、河東のHさんに合って立ち話をした。
写真を写しに行って出会い、何度か野菜をいただいたお年寄り夫婦だ。
畑のウメが満開だった。土手はびっしりオオイヌノフグリのお花畑になっていた。


【スミレ】


【キブシ】



 いよいよ虫たちの活動が始まった。今年も彼女たちとのふれあいを大切に、元気に過ごしていきたい。

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息子一家避難

2011-04-13 | Weblog
            【おかえり!ピカピカの一年生 4日目】

   
萌香ちゃん、今日は初めての給食でおかえりは午後1時半、半ドンのママと一緒に迎えに出た。
明日まで先生方の引率での帰宅だそうだ。八幡様の前で、かなり待たされた。
 遠くによく目立つ黄色い帽子が見えてきた。
 学校から約800mをみんな整然と歩いてきた。おかえりと声をかけた。

 砂利道にはいると、萌ちゃんは駈けだして家に向かった。紗英ちゃんたちが来ているのだ。
息子一家が、しばらく我が家で暮らすことになった。
 毎日余震が頻繁で、いわきでは2日連続で震度6弱、完全復旧目前でまた断水したという。
息子たちは昨日いわきで6弱の地震を体験、息子の職場は若松だし、いろいろ考えて避難することにしたようだ。
賑やかになりそうだ。

 我が家へ私道の間のウメの木が1本、咲き始めていた。
 我が家のウメは白加賀も高田も、少し早い豊後もまだつぼみが堅い。





その根元にはキバナアマナやオオイヌノフグリが見事に咲いていた。





我が家では、チオノドグサやイチリンソウ、ミスミソウが素晴らしい。











 アオキの実はこれから紅く熟すのだ。何年か花を付けなかったシュンランのつぼみを発見して嬉しくなった。




 昼過ぎに少し風が強くなったが、庭の寒暖計は16℃になった。
 せつない春だが、いわきや仙台でソメイヨシノが咲き始めたとのニュースを聞いた。



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「すべなき時」には

2011-04-11 | Weblog
      【オイランソウの新芽】

 

 日中は、何をするでもなく窓の外を眺めていることが多い。
 庭へ出て、せめて芽吹いた草花をみたいと、新しいいのちに気をつけながらシャベルで土を耕してみる。

”もの思いすべなき時はうちいでて古野に生うるなづなをぞ摘む”
 良寛の「すべなき時」の心の動きを真似してみるのだ。

とかく何かわからない焦りを覚えるときがある。
 でも、何も急ぐことはない、静かに、ゆったりと、と言い聞かせる。

また、良寛は詠う。 ”我見其愚者 生涯如有餘”
 足るを知り、「今ここに」を大切に、健康に気遣い、生きていることを大事にしたい。
 訪れた春の息吹を、花を、野鳥のさえずりを楽しもう。
 それが生きていることなのだ。





【ミスミソウ】


【サンシュウ】


【ミセバヤ】


【ヒロハツヤゴケ】


【モミジ】

多忙な日曜日、久々の大夕食会

2011-04-10 | Weblog

しばらく無かったが、夜半に目覚めた。眠れずに、側らの本を開いて過ごす。
明け方、少し眠った。

 今日は、町内の資源ゴミ回収があった。
2ヶ月に1度、資源ゴミの新聞、雑誌、段ボール類をトラックで業者に持って行って貰う。
この年間の収入は子供会の資金に還元されている。同時に並行して、小正月の歳の神で使った田んぼの後片付けをした。
船頭が多く、30分あまりで終了。その後役員、組長からなる合同役員会があり、
町内でも遅ればせながら、今回の東日本災害の義援金の募金をすることになった。 
 娘も今年は子供会の役員となり、朝から一緒に動いた。
子ども会は午後からの総会、新入生お祝いの会があり、武琉も、萌香も参加、楽しいひとときを過ごした。
 重なるときは重なるもの、今朝は萌ちゃんのスイミング検定試験もあった。
8時過ぎに孫たちと引率の婆ちゃんを送り、会議が終り帰りも迎えに行った。
 萌えちゃんのバタフライ25mの記録は32秒02で、見事6級に進級した。

 午後は、郡山の息子一家が来訪。
久しぶりに3ヶ月になった二人目の孫、奏英ちゃんの顔を見せに、ついでに冬タイヤ交換だ。
 娘、息子たちの車のタイヤはすべて我が家に置いてある。だから、わざわざ我が家の庭へ来て交換することになるのだ。
近くにいる末娘も冬タイヤを交換にきた。

 その後、思いがけない展開となった。久しぶりに全員がそろったので、大夕食会となった。
思えば、妻と二人から、子どもと連れ合い、孫を含めて現在11名の大家族となった。
賑やかな宴にお酒がおいしく、妻と歩んだ我が半生をしみじみと思った。


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竹の秋

2011-04-09 | Weblog
静かさやしっとり揺れる竹の秋


 春の庭が、久しぶりの雨に濡れている。
 静かに落ち着いた庭をぼんやりながめていたら、クロチクの葉が黄ばんでいた。
 近づいて葉を診ると、先端から枯れ始めていた。つまり、竹の紅葉だ。
 離れてながめると、確かにこれが「竹の秋」かと思えた。
 そして、やがて落ちる葉の下には、粟粒ほどのちっちゃい葉芽らしきものが付いていた。
 
 俳句を詠む人には当たり前のことだろうが、「竹の秋」は春の季語だ。
 たしか、いつかブログの友マーヤンさんの句で知った覚えがある。
【「ブログに遊ぶ」 http://blog.goo.ne.jp/hasemasa1138/】
 改めて調べてみた。
《親の竹は、新緑の時期に葉っぱが黄色く枯れたようになり、終には落葉する。まるで秋の紅葉。
然るにこの現象を「竹の秋」と言う。竹の秋は春の季語です。》とあった。
夕方や吹くともなしに竹の秋    永井荷風
  門前の古き旅籠や竹の秋      中村吉右衛門
  老夫婦のみの隣家も竹の秋     飯田龍太
そして、「竹の春」は秋の季語、竹の緑葉が一番美しいのは秋ということらしい。



 
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春がきた

2011-04-08 | Weblog

 6日の入学式も終え、萌ちゃんは昨日からお兄ちゃんと二人で登校しはじめた。
 元気で楽しそうだ。



 長い春休みも終わり、二人だけの火が消えたような空間が戻ってきた。
 何か物足りなさを覚えている。

 門の前の北向きの道路脇に、わずかな雪のかたまりが見える。
 いつの間にか雪の消えた庭に、小さな春を見つけた。
 福寿草、ミスミソウが咲き出し、イチリンソウも開きかけていた。
 裏庭のミスミソウが心配で厚い落ち葉をよけると、いっぱいのつぼみが固まって出ていた。
毎年、決まって春一番に間違いなく咲く可憐な紫の花だ。









 ヒヨドリが飛んできて、何かくれるのを待っていた。
急いでぼけたリンゴを小さく切って放ると、じきに舞い降りてきた。
 午前中はカワラヒワが賑やかにさえずっている。
 みんなが待ちわびた春を楽しむかのようだ。本当の春が来たのだ。(2011.4.7)

カワラヒワ






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