エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

君子蘭 白きつぼみ見つけ喜ぶ

2015-03-31 | 日々の生活

 
 穏やかな春日和に、風防室に取り込んでいたいくつかの鉢を庭に出した。

みんな厳しい冬を乗り越えてくれた。

ふと、君子蘭に微かな白いつぼみを見つけた。

数日前まで今年は駄目と思っていたので嬉しかった。思いがけない春のプレゼントだ。 

   

特別な管理もしていないが毎年花を付け咲いてくれる。そして、脇から新芽も出し、いつしか4鉢に殖えた。

白いつぼみを楽しみに見つめている。やがて茎を伸ばし、白から橙色に変わっていく君子のような豪華な花が浮かんだ。

今年はいくつ花を咲かせるだろうか。
 

  

                                                                                 キクザキイチゲ咲く                            ミスミソウ咲く

 


初チョウはテング

2015-03-29 | 日々の生活

数日前の初の里山巡りでは、チョウの姿は見られず。

今朝、レストランにリンゴの皮を置きに庭に出た。

気温は低いが、朝日の陽だまりは風もなく暖かい。

ふと、落ち葉らしきものが降ってきた。今年初めての来客、初チョウはテングチョウだった。

翅を広げると結構大きい。雌のようだが、判別しやすい脚が見えなかった。

このテングチョウ、今ではタテハチョウ科のテングチョウ亜科となっている。

頭部の触覚の内側の突起が天狗の鼻のように見えるのでこの名がある。

 

     天狗の鼻

  

   花火がはじけそうなサンシュウ

 観察用のヒメシロチョウの蛹を見た。

茎に帯蛹したヒメシロチョウの帯糸の片側の糸が切れたようだ。葉に作った糸座も、葉が枯れて丸まっている。

でも羽化に支障はないだろう。 あの分厚い雪の下では、ほとんどの蛹は過酷な状態だろう。 よく春を迎えられるものだと感心する。

羽化の瞬間を撮影したい。

いよいよ春本番を迎える。

 


里山へ

2015-03-27 | 日々の生活

ようやく春の暖かさを実感。

越冬したチョウを思い浮かべて里山へ、でも、まだまだチョウどころではない。雪が沢山残っていた。

   

飯豊の山脈  リンゴ園の奥へは雪で道は空かず

南向きの土手を見て歩き春を探した。まだまだ萌えず。

土手のハコベ、オオイノフグリは満開だった。

 フキ味噌用にフキを摘んできた  

春を待ちわびたように、悠くん、萌ちゃんと庭で遊ぶ。

ジンチョウゲのつぼみがいくらか紅く見えた。スイセンも雪につぶされながら伸びていた。

  

越冬したタテハの仲間、テング、ミヤマセセリとの再会も、もうしばらく待つこととしよう。

黄昏の山の端見あぐ星一つ

  黄昏に宵の明星 

                                                                                  西側の原っぱが宅地開発された。 電柱が建った。 西会津の山脈の夕景が悪くなった。


暑さ寒さも彼岸まで

2015-03-26 | 日々の生活

 

町内のwさんが亡くなった。季節の変わり目に何人もの身近な知己が逝ってしまった。
葬儀の朝、吹雪の中を帰宅した。町内の数人と夕食お使いに招かれ故人を偲んだ。

 

 お彼岸中も、天気が猫の目のように変わった。恒例の彼岸獅子は見なかったが、両親のお墓参り、雪の消えた墓地の暮れに雪で倒れた松の大木の様子を見てきた。
 お隣のH家の墓石に枝かかかり、倒れていた。大事だ。樹齢数百年はあるだろう、素人には負えない業者に頼むしかないだろう。

  暮れには近づけなかった  

 

 午後は柳津の伯父、伯母へも線香を上げてきた。いつもの園芸店はすっかり春、きれいに咲く何鉢かを求め持参した。

 柳津は豪雪地帯だ。未だ背丈以上の積雪に驚いた。

   

 又、珍しい山の幸をいただき、おいしい晩酌の友となった。

好物の煮物 :ウド、こんにゃく、大根、鶏肉、ニシン               フキ味噌、アサズキ、煮物で一杯

 

 ついでに柳津西山温泉に浸かってきた。
 夕闇迫る雪の露天風呂を満喫した。源泉の70度の熱湯が湯船にそそいでいた。
 何かと気忙しい塵芥を離れての、しばしの贅沢を味わうことができた。

           

 
  何度かの春の雪に埋もれていた市道の路傍にセイヨウタンポポのつぼみを見つけた。

 つぼみに近い部分には白い糸状の毛が見えた。 通りを挟んだ自称トウホクタンポポとは様子が違う。今年はこの雑種について少し詳しく調べてみたいと思っている。           
 セイヨウタンポポ   雑種

 ようやく雪の消えた庭には、福寿草が一輪咲いていた。福寿草は地質を選ぶのか何年にもなるがなかなか殖えない。

隣のミスミソウのつぼみがたくさん。美しい紫色の花を咲かせるのもじきだ。

   

今日は快晴、10℃近くまで上がるらしい。そろそろ越冬したテング、ヒオドシ、キタテハにでも再会出来るかも知れない。里山を巡ってみるか・・・。

 


不安がよぎる 日本のビジョン

2015-03-23 | 日々の生活

 

  カワラヒワ


 
 ラジオ放送が始まって90年、その戦争体験をテーマにした特別番組で、「音に会いたい」を聴いた。

いくつかの戦争に纏わる便りと音だった。

何度か聞いたことのある当時のラジオ放送、雨の神宮外苑での「学徒出陣」壮行会の様子にあらためて戦争の悲劇を思った。

また、出征兵士を乗せる列車が止まり、沿線からの合唱が響いたそうだ。その投書には、それは軍歌でなく多分「ふるさと」だったかも知れないと。

流れる戦争当時の一つ一つの便りと音を聞きながら込み上げるものがあった。

そして今、日々平和な時代を送ることが出来る自分が、多くの先人の犠牲からなることを思った。

でも戦後70年の今、戦争を知らない国のトップが語る憲法解釈や歴史認識に不安がよぎる。

問題が山積するこの国で大切な物は、先ずは大震災の復興や原発問題であって、安保体制の整備や経済優先ではない。

国民はしっかりした将来の日本のビジョン構築を求めているはずだ。

  庭に来たカワラヒワ
                                      


映画「風に立つライオン」

2015-03-23 | Weblog

  
 

  映画「風にたつライオン」を観た。

アフリカの大地に向かって「ガンバレッ」と叫び、自分を奮い立てながら前向きに生きる青年医師の姿に、切なさ込み上げた。

エンディングでさだまさしの「風にたつライオン」が流れ、感動の映画の余韻に浸った。

 「風に立つライオン」の歌詞は彼が愛する人に宛てた手紙で

僕はやはり 来てよかったと 思っています 辛くないと言えば 嘘になるけど しあわせです」とある。

決して出来ない若き医師の辛い生活を考えた。

そして、いつも当たり前のことと受け止めている日々に感謝しながらも、「人の生き方」について考えさせられた。

また、この歌詞には気になる部分がある。

この偉大な自然の中で病と向かい合えば 神様について ヒトについて 考えるものですね 

やはり僕たちの国は残念だけれど何か 大切な処で道を間違えたようですね」と。

感動の歌を聴きながら、医師の在り方と共に今の日本の姿を重ねた。

  

「風に立つライオン」
https://www.youtube.com/watch?v=feLgF-SFgg0


残したい 美しい会津弁

2015-03-18 | 文芸

   
 
 今日は彼岸の入り、親戚筋にお彼岸のお供えを贈りに市内の菓子店へ行った。
いつもの和菓子詰め合わせを見繕って頼んだ。3件、宅急便で依頼した。

待ち時間にふと手に取った小冊子、「「残したい美しい会津弁」に目を通した。
表紙には「地域資源再発掘 会津遺産」とあった。

ページをめくると、磐梯山、猪苗代湖にサクラの写真に発刊の趣旨がすっきり書かれていた。

市内のあちこちの店に置いてある小冊子「会津嶺」はときどきいただいてくるが、この冊子、表紙にはマジックインクで店の名が記載されていたので、お持ち帰りではない。

用を足して、帰りに発行者の会津若松商工会議所へ立ち寄った。
 受付で、氏名、住所を聞かれ2冊いただいてきた。
    
 発行は昨年11月とあった。ネットで検索すると、発刊時のことが民友新聞にあった。
 「“美しい会津弁”冊子に 若松商議所作成、おもてなし活用」の記事。
   http://www.minyu-net.com/tourist/aidu/1118/odekake1.html
 

『会津遺産事業』の一環として刊行とあった。
『会津遺産事業』とは、会津の誇るべき「宝=遺産」を改めて見直し、広く発信することを目的として、会津弁の他、会津の食、教学、自然・文化などを選定し、会津の宝として後世に残す取り組みらしい。この小冊子はその第1弾という。
きっかけはNHK大河ドラマ「八重の桜」だ。

 冊子には《身近な会津弁の使用例》が載っていた。今若者はほとんど使わなくなったが、
両親が使っていた言葉が網羅されていた。
いくらか拾ってみると。
・やんだおら → いやですよ         ・さすけねえがらっし  →  かまいません  ・おあいな(は)んしょ → いらっしゃいませ。
・なじょすんべ  → どうしましょう    ・おじんつあま  →  おじいさま        ・おんつあま  →  おじさま           ・あいばんしょ → 行きましょう
・くっちゃべ → あげたでしょう     ・たまげたべし → 驚いたでしょう      ・やっちゃぐね →やりたくない       ・やってみらんしょ→ やられたらどうですか
・こでらんに→こたえることのできないほど   ・いがんに →行けない       ・おぢる → 降りる                   ・がなる   →     怒鳴る
・むづる → 曲がる                  ・よっぱら   →   飽きるほど  

会津弁はその対象となる相手に応じて二通りの使われ方がある。

① 「~だべし」「~だなし」・・・・・目上の人やお世話になった人などへの思いやりや尊敬の念を持って丁寧な語尾となる敬語的表現

② 「~だべ」「~だな」・・・・・・・・主に年長者が年少者へ、自負心、かたくなさ、誇りと言ったプライドを持って言い渡すような言い切り型の表現

 失われてならない文化遺産は数々あるが、有形の文化遺産はそれなりの残されていくのかも知れないが、

この方言など無形の遺産はまさにこころして守られなければならない。 

あとがきには.気になる記述があった。

戊辰戦争で会津は「逆賊」とされ、東北地方一帯は新政府から一段低く見られていた。戦後も中央への人材やエネルギーの供給地に留まり、

この構造は基本的に今も変わっていない。》

これは決してひがみではないと思うが、これからのふるさと会津にはこれらの思いを打破する気概を持っていかなければならないと思う。

 時代の流れに左右され、どんどんなくなっていく”美しい会津弁”をあらためて考えた。 

さらに、現在興味を持って細々取り組んでいる会津の自然、自然遺産に思いを巡らせざるを得ない。

とりわけ絶滅が危惧されているチョウやトンボの保護もさらに重要な課題だとあらためて認識している。(2015.3.18)

 【参考 拙ブログ】

○絶滅が心配されるトンボ   2012-10-11 | 昆虫
          http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/b79492b4480e6731855df330e5e2f3cb

○絶滅が危惧される虫たちを守りたい  その2  2009-09-11 | 昆虫
         http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/1cd5adec5b60ae4791819210c28d7598

○絶滅が危惧される虫たちを守りたい   2009-09-02 | 昆虫                                                        http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/fc4004af5d78c8b83d3a7d9edac363ad


謙虚に和やかに

2015-03-18 | 日々の生活

  

 つかの間の6年間だった。武琉君の小学校への登校もあと2日、23日は卒業式だ。
久々にカメラを手に見送った。萌えちゃんも大きくなった。
 武くん、たくましくなった。もうママやばーちゃんの背を超えた。頑張り屋の萌えちゃんも今度5年生だ。

   

  エディお見送り

ママに抱かれて伊勢原の病院までお見舞いに来てくれた武琉君。萌えちゃんは未だ生まれていなかった。
生死をさまよっていた12年前のことを思い出してしまった。

 あらためて、すべてがつかの間だったように感じる。

 昨日我が家にお泊まりだった悠くん、朝から待ちきれずに庭で雪遊びを始めた。
やわらかい春の陽が昇りはじめたが、まだまだ朝の冷気は冷たい。

    

                                                                                                                                                         柱のキズ  また伸びた~

 すずちゃんも離乳食が進みたくましい。サエちゃんは15日に幼稚園を卒園した。奏ちゃん、はるくんもすくすく育っている。

 立ち止まり、7人の孫たちの成長を思っている。こんな幸せなことはない。

 今朝の民友新聞「生まれ月による運勢」欄に
「一人ですべてをやらないこと。大変な上に反感を買うことになる」とあった。
 まさに今の自分のように思えた。すべてに謙虚に和やかにと肝に銘じた。


町内の放射線量を計測

2015-03-16 | Weblog

 

  交通災害共済の会員証を配布に各組長宅を回った。
ついでに、町内の放射線量を計測して歩いた。

 震災1年後の市内一斉清掃の時に住民から不安がでた。そのとき清掃直前に計測した20地点、

その計測データと4年後の同地点でのデータを比較すると、1/3~1/2に減っていた。

 新聞では毎日県内各地の空間放射線量が載っている。
 市内でも各所にモニタリングポストを見かけるが、夕方の短大の値は0.055μSv/hだった。

 

 町内会で市から借りている簡易のモニターで何度か計測して見るとた。0.071~0.09と、少し高めだった。

 誤差は当然だろうが、簡易計のシステムは分からないが、モニタリングポストは放射線により発する光を検出しているらしい。

 全国的にどんな傾向か知りたいと思ってネットで検索した。放射線モニタ結果はマップ形式でリアルタイムで閲覧できた。
【 放射線量測定マップhttp://radioactivity.nsr.go.jp/maps/ja/  】
北日本、西日本では確かに低いが、会津では関東、東海地方よりむしろ低い傾向であることが分かった。  単位[μSv/h]に慣れてまったが、比較値としては[nSv/h]が良いと思った。
 国の原子力安全委員会では国際放射線防護委員会の勧告を踏まえ、一般の人が受ける放射線量としては、平常時は年間1ミリシーベルト以下としている。
 環境省ホームページ【 http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=18437&hou_id=14327】を見ると
『被ばく線量年間1ミリシーベルトは、換算すると最大で0.19μSv/hになる。
(1日のうち屋外に8時間、屋内(遮へい効果(0.4 倍)のある木造家屋)に16 時間滞 するという生活パターンを仮定すると)
 ※毎時0.19 μSv/h×(8時間+0.4×16 時間)×365 日=年間1ミリシーベルト』
 
とすると我が町内の計測値は約1/3~1/2となりクリアしていることになる。
知らないことだらけだが、少し勉強して基礎的な内容を町内に回覧したいと思っている。

 


春は名のみの

2015-03-15 | 日々の生活

   春の陽やわらかな庭に出るも、 相変わらず朝の冷えは厳しい。
    雪の上に桐の実が落ちていた。
  シジュウカラガ春が来たと嬉しそうに囀っている。
    「春は名のみの風の寒さや」は早春賦、でも、今朝は風もなく、名ばかりではない春を感じた。

 

 雪が続いて、悠くん、すずちゃんも昨日はお泊まりだった。

雪がちらちら、まだまだ表では遊べなかった。 

  工夫して遊ぶ悠くん シャボン玉


  今日はサエちゃんの卒園式だ。いわきからばーちゃんもお祝いに来ている。

 武くん、萌ちゃんはドッジボールの大会で~す。6時過ぎに出かけました。

 すべてが生き生きした春のはじまりだ。 いよいよ待ちに待った春の訪れを楽しみたい。


大熊中学校卒業式

2015-03-13 | 日々の生活

   3日3晩降り続いた雪、今朝も止む気配はなかった。早朝から重い雪かたしに追われた。
気温のゆるみで、玄関先の屋根の雪が落ちかかっていた。
雪の塊が音を立てて落下した。ダンプで黙々運んだ。

  
 

大熊中学校の卒業式に招かれ、短大を通り中学校へ向かった。
 控え室へ入ると生徒がお茶を運んでくれた。気分がそうさせるのだろうが、華やかなムードだった。
 雪の降る中を隣の短大体育館へ案内され、式が始まった。

  

  
 40名程の来賓紹介を聞くと、ほとんどが大熊町の議員や職員等で、若松からは小生を含め3人だけだった。

29名の卒業生に証書が授与された。学校長の式辞、「感謝の気持ちを忘れずに、前進して欲しい」と。

 ブラスバンド部員の演奏の中の卒業生の入場、そして、はなむけの言葉を贈られ祝福されてからの退場、拍手が鳴り響いた。

一人ひとりの卒業生の歩みを見ながら、胸が熱くなった。

 4年前の災害、そして原発事故と、予期せぬ運命に見舞われた生徒たち、その辛い心は如何ばかりであったろうか。卒業生の前途に幸多かれと祈った。

式場を出ると、春の雪が一層激しく降っていた。大きな淡雪だ。


かわいいヒヨドリ

2015-03-12 | Weblog

 

 冬から春先にかけて庭に良く来るヒヨドリはかわいい。
 今日も雪の中、居間の窓越しにこちらを覗いていた。
 

 

庭のレストランに剝いたリンゴの皮を置くと、どこで見ていたのかヒヨドリがすぐに飛んでくる。

 数年前の6月、ヒヨドリが書斎の窓の脇のサザンカの枝に巣を作り卵を温めていたことがあった。

 カーテンを引きしばらく気を使いながら観察していたが、何せ出入りする窓の脇、残念ながら途中で巣を離れてしまった。

 これからの時期には愛嬌のあるコゲラも楽しみだ。ついこの前、窓ガラスをつついていた。

 また、梅が咲くころはメジロが訪れる。野鳥はどれもかわいい。
 


冬に逆戻り

2015-03-11 | 日々の生活

 

雪が消えかかっていたところに、風雪、大雪注意報が出て終日降り続いた。

武くんの小学校登校ももあとわずか、毎日私道まで送っているばあちゃんについて行った。

雪のなか元気に登校していた。

  

   一晩で真っ白  

  雪かきに追われました。

******************** 

町内の側溝が市道に溢れそうだとの電話、年に何度か溢れた箇所で水の流れがせき止めたれていた。

早速、市へ連絡の一報をすると、市内あちこちで同じような状態らしい。

近所の4~5人で下流から雪を崩した。堰き止められた上流の水位が30cmほど高くなっていた。

なんとか切り崩し流れを作ると、水位が見る見る下がった。第一関門通過後、その上流もあぶない。

駆けつけてくれた市のパトロール隊に除去をお願いした。

水の流れを堰き止める原因は、同じ箇所を雪捨て場としたことと、屋根からの一気の落雪のようだ。

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 疲れて帰宅、居間の窓越しに、のんびりヒヨドリの行動を観察した。

   サクラのつぼみを啄んでいた。 

  桐の実に

昨日はシジュウカラ、コゲラが訪れ、春が来たと喜んでいたのに、すっかり冬に逆戻りだ。

止むことなく降り続いているこの雪、明日いっぱいは降るようだ。

 

3.11   ふと、4年前の揺れを思い出した。そしてこれまでもやもやが消えない原発事故が浮かんだ。

  

 

 

 

 

 


辛かった歳月 明日への糧に

2015-03-09 | 日々の生活

  一月ほど前、大熊中学校の卒業式への招待状が届いた。町内会を代表して臨席し門出を祝いたいと思っている。

 招待状が届き、中学校の近くにいながら意識も薄く、生徒さんたちともほとんど関わりも持たずにいたことを反省している。

 ふるさとを追われ、季候も文化も違う会津若松での学校生活を送っている大熊中の生徒たちが浮かんできた。

 また、これまで、見ず知らずの土地での学校再編の労苦は如何ばかりであったろうか。

 ようやく落ち着いた学校生活を過ごしている生徒と教師、保護者や教育関係の方々には頭が下がる思いだ。

 これから中学校に隣接する町内会として何かできることがあればと、関わりを考えたいと思っている。

 あの忌まわしい震災から4年、小学生だった卒業生には、ふるさとを離れ、数々の辛い思い出が蘇ることだろう。

 でも、卒業生には辛かったこの歳月を記憶に留め、それらを明日の糧として頑張って欲しいと蔭ながら応援したい気持ちで一杯だ。

 卒業式は今週13日、隣接する会津大短大体育館で行われる。
                       

【校舎の写真 ・・・いずれも.大熊中学校ブログ大熊町立大熊中学校(H24~26) 花は、咲く より】

プレハブの校舎                               登校時、先生方が雪かき

  

 

 隣は短大の校舎                               確かここに養蚕試験場があった。銀杏を穫りに行ったことがあった。ある秋の日に。

     


コハクチョウとの別れ

2015-03-06 | 日々の生活

 

 何年ぶりだろうか、風邪をひいたようだ。
少し喉が痛かったが、今朝鼻水が出始めた。
時折、くしゃみが止まらなくなり、身体がほてった。少し花粉症も手伝っているような気もする。
体調はいまいちだったが、穏やかな日に誘われて、ハクチョウとの別れに出かけた。

  赤井付近

長浜にはすでにコハクチョウは見られなかった。すっかり減った水鳥たち、オナガガモより渡りが遅いのか、キンクロハジロ、スズガモが多かった。ユリカモメが水に潜った。

 

   


 崎川浜に回ると、未だ20羽くらいのコハクチョウが岸を離れて、泣き叫びながら漂っていた。いつ来ても感動の景色だ。
水草でも食べているのだろう、さかんに潜って逆立ちをしていた。

   風力発電 

   

 一度原まで戻ったが、薄い雲で見えなかった磐梯山の頂がくっきり見えてきたので、又浜へ戻った。
 誰もいない湖岸の砂浜を歩いた。ハクチョウの羽毛が浮かんでいた。急に寂しくなった。

 ふと、函館の浜辺に蟹とたわむれた啄木の心境が浮かんだ。そして、大自然に佇むこのちっぽけな人生を思った。

 しばし憩った猪苗代の水辺を離れ北へ帰る純粋無垢なハクチョウたちが愛おしくてならなかった。

 この冬、何度も訪れ、いつもいつも感動をもらった。有り難う!何度救われたことだろう。有り難う。