エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

草原のチョウ 【スクロールギャラリー】

2006-08-31 | 昆虫
 この夏、お盆の墓参りに帰省したとき、戸隠や霧ヶ峰高原に高山植物や、チョウの観察を楽しんだ。
 草原のチョウの一部を載せてみた。
モンキチョウ、コヒョウモン、ミドリヒョウモン、ギンボシヒョウモン、ミヤマカラスアゲハ、オオウラギンスジヒョウモン、アサギマダラ、メスグロヒョウモン


 草原のチョウ   
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 モンキチョウ♀(妙高)                    コヒョウモン(戸隠)                     ミドリヒョウモン(黒姫)                    ギンボシヒョうモン(車山)                   ミヤマカラスアゲハ(戸隠)                 オオウラギンスジヒョウモン(黒姫)             アサギマダラ(戸隠)                    アサギマダラ(戸隠)                   メスグロヒョウモン(黒姫)  
 
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【オンマウスで止まる】



夏から秋への庭を楽しむ

2006-08-29 | エッセイ
             【咲き始めたアイ】

 我が家では、庭に生える草々をほとんど抜くことはない。二葉から慈しみ見守ったアイやアキノキリンソウが小さなつぼみを見せ始めた。身の丈以上に花茎を長く伸ばし、ミズヒキが細かな赤と白の花びらを宝石のようにちりばめ涼しげに揺れている.そしてヤブラン、マンリョウ、ハギもほころび始めた。いつも身近な個性的で美しい草花を楽しく観察している。
 咲き続けるサルスベリの樹皮の剥がれには驚いた。ケヤキ、トウカエデ、ヒマラヤスギなど他の木々の樹皮と比較しながら、初めて見る模様やつくりはとても興味深かった。  クロアゲハが目の前を横切り、辺りの葉を一つ一つ確認しながら間違いなくユズの葉裏に産卵していった。産卵の瞬間をカメラに納めたが、それにしても、彼女は我が子の食草をどのように識別したのだろうか。
 繰り返す自然の営みは千差万別だが、すべてが実に尊く、不思議でならない。
 庭は今、夏から秋へ、セミ時雨が夏を惜しむように聞こえている。


トンボの産卵

2006-08-27 | 昆虫
 
【産卵するオオルリボシヤンマ】

 アオイトトンボの産卵風景を飽きずに眺めている。
 いつもの観察フィールドの池では、いまトンボの産卵が盛りを迎えている。
 この時期になると成熟したアオイトトンボの胸には白い粉を吹いたようで、水色とのコントラストが何とも言えず美しい。オスの眼の色は本当にきれいな水色だ。
 アオイトトンボはペアになって、何組もが集団で産卵していた。一組が池のほとりに生えるカンガレイの葉で産卵していると、別の一組がその葉のちょうど反対側に止まっり産卵を始めた。2組のペアは、葉を対称軸にして、ちょうど鏡に映っているようだった。

【アオイトトンボのペア】


 調べてみると、トンボの産卵はいろいろな方法がある。アカネの水面を叩くようにする打産卵はよく見かけるが、アオイトトンボの産卵は連結植物組織内産卵と言う。観察していると産卵管をキリのように葉に突き刺し、身体をよじって産卵していた。水面から5,60cmもの葉に産卵していたが、ふ化した前幼虫は落下して水中に入り幼虫になるそうだ。また、クロイトトンボは水に潜って産卵すると知った。
 
警戒心の強いキイトトンボのペアは、オスが直立不動のユーモラスなカッコウをして水面の枯れ草に止まった。トンボの撮影は、多くの場合警戒心が強く、近づくと逃げられる。
トンボが来そうな場所で、じっとして待つことがポイント。
 そんな風にしていたら、オオルリボシヤンマが、間近で、腹のほとんどを水中に入れて産卵して行った。ギンヤンマはペアになって産卵していた。
 残暑の厳しい、炎天下の昼時、チョウトンボがテリトリーを誇示しながら舞っていた。
キラリと光るルリ色がとてもきれいだった。
 今、池は、明日のいのちを残そうとするトンボたちの、精一杯の活動が展開されている。
時間も忘れて彼女らの行動を見つめていると愛おしさが込み上げてきた。

【キイトトンボのペア】


【チョウトンボ】


【ギンヤンマの産卵】



精一杯生きたチョウ

2006-08-26 | 昆虫
              【尾状突起のちぎれたジャコウアゲハ】

 ボロボロに翅の傷んだ一頭のジャコウアゲハのメスが無心に蜜を吸っていた。
この時期チョウの撮影をしていると、かなり傷んだチョウに出会う。思えば夏の日を活発に飛び回り、生を謳歌し、産卵を終え、いま静かに晩年を迎えているのだ。
 小さい秋の気配を感じながら、この花の楽園で憩う短いいのちをファイダーに見つめた。
 これまで、美しいチョウの姿ばかりを撮ろうとしていたが、翅を傷めた小さいいのちもまた美しい。精一杯に生きた彼女の一生を思うと、愛おしさ、切なさをも感じた。
 これからは、老いた虫たちの姿にもレンズを向けてみたいと思う。
最近撮った、晩夏のチョウを挙げる。

【ボロボロのカラスアゲハ】


【ボロボロのキアゲハ】

自然の中のビオトープ

2006-08-25 | 環境問題
              【霧ヶ峰八島ヶ原湿原】 

この夏、妻の里信州へ帰省の折、美しいマツムシソウが咲き乱れる車山高原を散策した。そこで、ホテルのマガジンの「車山高原ビオトープ誕生」というタイトル記事を目にした。大自然の中でのビオトープとは?と奇異に感じて記事を読んだ。駐車場のコンクリートを剥がして、今まで水路に捨てていた山の湧き水で湿原をつくったとあった。かつて自然を破壊してつくった空間を、今自然に帰そうという構想にとても感心した。
そのマガジンには「自然は本来あるがままに放置することではなく、自然との接点をつくることが大切」と書かれていたが、それがビオトープの原点なのだろうと思った。

 ビオ(生き物)のトープ(住むところ)という意味のドイツの自然思想であるが、十年ほど前から話題になり、学校や公園、公共施設等でビオトープ化が広まった。 意味からすると、実は当たり前の身近な自然そのものがビオトープなのだが、失われた自然を取り戻すためのビオトープの復元は、あらためて都市部の乏しい自然環境の現状を物語っているようで、切ない気持ちになる。 幸いまだまだ豊かな自然にめぐまれた地域は多いが、このビオトープは別の視点からの反省を促しているように思われる。私たちはこの身近にある貴重な自然環境を、もっと野生生物を見つめる視点から捉え利用するべきではないだろうか。それが自然保護の理念そのものだろう。
 たしかに学校敷地などではさらなる植樹が必要かも知れない。また除草剤の使用を避ければ、植物が虫たちを呼ぶだろう。小さくても自然の生態系を大切にするビオトープ的発想から子どもたちの自然保護の思想が養われるはずだ。

帰路、戸隠の森林植物園に立ち寄った。入り口近くの「もりのまなびや学習館」は森や自然を楽しく学べる、すばらしい工夫がされ、広い公園は、すばらしい自然の接点そのもので、理想のビオトープであることを再認識した。

珍しい花 タニワタリノキ

2006-08-24 | 自然観察

梅雨のころ、園芸店で珍しいミニ盆栽を気に入って買った。鉢のラベルには、「タニワタリノキ」とあり、図鑑を調べると「アカネ科の常緑低木で九州以西に自生、花は8~9月頃、枝先の葉腋から淡黄色の多数の小花を球状につける」とあった。
くっきりした葉の枝先に直径数ミリの丸い緑色の実のようなもの付いていた。今まで見たことのない木だった。その後、小さなつぼみは膨らみ、しばらく気づかずにいたら今朝、花火のような花を付けていた。よく見ると線状の雌しべが?放射状に伸びて、球をつくっていた部分に小さな花が開いていた。初めはワレモコウのよう、咲いた状態はオジギソウの花のような感じだ。
 改めていろいろな花があるものだと思った。しばらくは花の形に注目してみたい。
 花が終わり、どんな実がなるのか興味深い。

トンボ・チョウの撮影ドライブ

2006-08-22 | 昆虫
     
 【モンキチョウ♂♀】 

 今朝は朝方久しぶりの曇り空。何となくけだるく、体調が良くなかった。昼前には、真夏の青空が戻ってしまった。
 気分転換に、いつもの池にトンボの観察にでかけた。家から15分、しばらくぶりの今の時期、池にはチョウトンボとキイトトンボ、アオイトトンボの数が多かった。
 キイトトンボはイトトンボにしては少し太めで、ハラビロトンボを小型にしたようで、スイスイと流れるようになめらかに飛んでいた。
 ペアになったアオイトトンボが多く、オスは成熟して、腹の辺に白い粉が吹いていて、青や緑の金属色とのコントラストがいっそう美しく魅力的だった。
 チョウトンボはその飛翔がチョウの様と言われるが、やはり飛び方はトンボだ。むしろ形態的に、幅の広い翅がチョウのようだということだろう。オスの翅は黒みがかった青紫色で、光の加減でキラリと金属色に輝き、美しかった。翅の黒い付け根に黄金の紋が見える♀が、さかんに打産卵を繰り返していた。
 トンボの撮影は難しい。特に、チョウトンボはなかなか撮影しにくかった。ペアになった決定的な瞬間も逃してしまった。テリトリーがあるようで、さかんに池の上を飛んでいて、なかなか止まってくれず、何枚か撮ったがピントが甘くなってしまった。
 池の周囲にはアキアカネ、ナツアカネは少なく、他には個体数は少ないが、風格あるギンヤンマ、オニヤンマが悠然と飛んでいた。

  帰路、天鏡台(昭和の森)で、高原の風に吹かれた。下界とは違い涼しかった。草むらからジャノメチョウが飛び出した。ペアになったジャノメチョウを写真に撮った。押立温泉に下ったが、途中急に空が暗くなり、磐梯町で突然の降雨、数キロの間だったが、ワイパーが効かないほどの土砂降りとなった。この夏初めての遭遇であった。若松にも雨が欲しいところだが、青空が広がっていた。
 2時間ほどの撮影ドライブだったが、けだるさが薄らいだような気がした。

【ジャノメチョウのペア】
【オニヤンマ♂】
【アオイトトンボ♂】

庭にテントを張る

2006-08-21 | 日々の生活
 今日も気温は30度を超したが、風がわたり、日陰は思いのほか涼しく久しぶりに救われた。
 思い立って日陰が出来はじめた庭にテントを張った。もう10年来張ったことのないテントに、懐かしさを感じた。
  犬も設営作業中に入り込んで邪魔をするし、孫たちも大喜びで、昼寝をすると言って自分の枕を持ち込んだり、大変なさわぎだ。折角なので、2,3日張ったままにしておこうと思う。
テントに寝ころぶと、防虫ネット越しに、夏の青空にサルスベリの梢のピンクの花が、暑さを強調しているように鮮やかに咲いていた。普段と違った目線で眺める庭はなかなか魅力的だ。横になるとミョウガの花が見えた。サルビアの朱、オイランソウのピンク、キクイモモドキの黄色が夏の陽光に鮮やかに眩しい。炎天下の庭、これらの緑はなんと強く生きていることか。
 カラスアゲハが勢いよく、風に乗って飛んで行った。ホシミスジが木陰を気持ちよさそうにスイスイと飛んでいる。
  今まで聞こえなかったセミの声が、突然激しく聞こえてきた。このセミ時雨だ、考え事をしていたから聞こえなかったのだろう。
  まもなく終わるであろう酷暑の庭を目に焼き付けておこうと思った。

「開智」に見た信州教育の礎

2006-08-19 | 教育を考える

 長野県松本市の旧開智学校を久々に見学した。明治五年の学制公布から始まる近代教育だが、その文中「・・・其ノ身ヲ修メ智ヲ開キ才芸ヲ・・・」から命名された、我が国最古の小学校である。擬洋風様式の校舎はしばらく見とれるほどモダンであった。
 充実した教育資料から文明開化の時代の新鮮な教育理念に触れることができた。磨り減った木造校舎の階段を上りながら、ぬくもりと共にふとあの啄木の渋民尋常小学校の教室が浮かんできた。
 「智を開く」とは昨今の教育改革で言われる生きる力であり、小学校だけでなく幼稚園から高等教育、特殊教育機関までもが併設されて行った開智学校の歴史は、今の中高一貫教育の理念を見る思いであった。そして学校の建築費用が松本町民の献金によって賄わたことを知り、当時の地域社会の意欲あふれる熱意を感じ改めて信州教育の礎をみた思いがした。 かつてここに集い学びし童は今何処に。


雑草と仲良く

2006-08-19 | 日々の生活
  《炎天下のオオバコ、カヤツリグサ・・・》

 夏の炎天下にも道ばたの雑草はたくましい。毎朝の散歩では、いつもあまり見向きもされない雑草を観察している。たくましさの代名詞そのままに、雑草は実に強い。アスファルトと電柱のわずかなすき間に根をはって花を咲かせている。その生命力には驚かされる。
雑草は、精一杯生えているのに抜かれてしまう。青々と伸びた爽やかな緑を除草剤で枯らしてしまう。雑草のないことは美徳なのか、習慣なのか、その駆除の必要性も無いのに刈られたりする。いつも抱いている疑問だ。
 雑草にも一つ一つ名前があり、それぞれに生長しつぼみを膨らませ、個性的な花を咲かせる。そしてその周りには数多くの虫たちも生活している。だから、道ばたの雑草はいつでも観察できる、身近かな恰好の自然観察教材でもあり、子供達の自然保護の心を育てるものだ。大げさだが緑の自然、雑草ともっと仲良く、共存を図って行きたいものだ。


今年も、田淵行男記念館に立ち寄る 

2006-08-18 | エッセイ
《ときどき見ている田淵行男》

 今年も訪れた真夏の安曇野、北アルプス山麓の伏流水は変わることなく清らかに、爽やかに、どこまでも透き通り流れていた。
再び田淵行男記念館に立ち寄った。何度も訪ねていたが、その都度新しい発見があった。
 館内でビデオ「光ありて安曇野 |田淵行男 自然への賛歌|」を視聴し、あらためて安曇野の豊かな風土を思った。
 美術館、資料館等各種の文化施設が乱立し、近代的な開発の進んでいる安曇野だが、常に原点に立ち返り自然を基礎とする豊かな風土、生活や文化をいつまでも保全して欲しいと思わざるを得ない。
 記念館の訪問者の感想ノートに「私の青春に一本の道を教えてくれたナチュラリスト田淵さん、ありがとう!」と記した。蝶を求めた私の青春は、写真はもとよりスケッチ、エッセイ等、田淵行男氏に学び、導かれたものは実に大きかった。
第二の人生を歩み始めた今、それらを心にデジカメ、スケッチブックを携え、昆虫と植物をテーマにさらなる豊かな自然とのふれあいを楽しみたいと思っている。
(2006.8.10)

ニラの花の思い出

2006-08-17 | エッセイ
             《咲き出したニラの花》

 真夏の暑さに、ニラの花がたくましく、美しく咲き始めた。つんと真っ直ぐに花茎を伸ばし、白い花が清楚に立っていた。つぼみは何日もかかってようやくほころんだ。畑の際に列をなし咲く姿は凛としていて気に入っている。
 小学生の夏休みには、ほとんど毎日昆虫採集に出かけた。炎天下の畑のニラの花にヒメアカタテハが蜜を吸っていた、50年も前の情景が目に浮かんでくる。その畑を過ぎ、いつも楽しみにしていたクヌギ林に急いだ。クヌギの樹液にはゴマダラチョウ、キマダラヒカゲが群がり、ときどきオオムラサキの雄姿も目にした。旋回するコムラサキの姿が、今も脳裏に焼き付いている。ニラの花を見ていたら、そんな遠い夏の日の思い出がよみがえってきた。
 ナスやキュウリ、エンドウなどはよく目にするが、野菜の花はどれも地味できれいだ。畑の脇に、旬を過ぎ捨てられたシュンギクがきれいに咲いていた。


【思い出のヒメアカタテハ】


故郷への墓参り  3日目

2006-08-16 | 旅行
         《スケッチ「四賀から北アルプスを望む」》

故郷への墓参り  3日目(2006.8.11)
       四賀~ 扉峠~ 八島が原湿原 ~車山~ 松本 

 9時前に、上田-松本線を松本へ。途中、召田の交差点付近から北アルプスを望む。去年の春にこの場所から北アルプスを描いたスケッチを姉たちに持参した。

 松本の里山辺から扉峠へ。峠から蓼科、八ヶ岳の山並みを遠望した。夏の空に、もやにかすんだ山々がきれいだった。扉峠からビーナスラインを霧ヶ峰方面に向かう。八島が原湿原駐車場は満車で、約10分待ちで停車できた。約1キロほど池の周囲の木道を歩いた。子ども連れの家族や年配者の団体が多かった。特に美しいと思ったのはアカバナシモツケ、コウリンカなど、ヨツバヒヨドリ、クガイソウ、コウゾリナ、ツリガネニンジン、ヤナギラン、キンミズヒキ、タチフウロ、ハバヤマフウロなど一つ一つ美しい草花を写真に撮った。チョウはヒョウモン類、キアゲハ、ヒメシジミなど、比較的少ないと思った。池の周りの高層湿原を高山植物を観賞しながらの散策はとてもさわやかで楽しかった。
八島が原湿原をあとに、ビーナスラインの雄大な草原の丘の間を車山高原へ向かった。リフトで山頂まで登ったが、リフトの下に移りゆく自然に心が洗われ、すばらしいショウを堪能した。標高1925メートルの山頂からの360℃の眺望を楽しんだ。八ヶ岳の裾野のはるか彼方に黒い富士山がかすかに見えた。遠望する北アルプスの山々は夏の季節特有に薄く靄って見えた。吹く風が汗に涼しく気持ちがいい。 山頂にはマツムシソウが美しく咲き乱れ、淡い紫色の花に集まる花アブをズームアップした。また、吸蜜するギンボシヒョウモンの美しさはたとえようもなかった。時折、草むらからジャノメチョウが飛び立ち、風に流された。山頂が好きなキアゲハが、登山者の間を行ったり来たりして舞っていた。

 車山をあとに白樺湖から茅野市へ下り、諏訪インターから中央高速に乗って松本の義姉の家へ向かった。松本空港の近くの姉の家には、子どもたちと小学生の頃お邪魔した時以来だった。もう20年も前、まだ両親も元気で家族中で楽しんだ信州博覧会の会場の脇にあった。今そこは広大な公園になっていて、少し日が傾いたころ兄、姉の案内で公園内を歩いた。大阪行きの飛行機が飛び立って行くのを見た。 夕食をご馳走になり、久々の団らんを過ごしたが、話題は病気のこと、お互いの健康を願った。
 夜8時過ぎに実家へ戻り、待っていた兄、姉と飲み直した。

 この3,4日の墓参りの旅は、健康を確認する旅となった。遠路車を走らせ、高原を飛び回り、3食美味しくものを食べ、お酒も美味しく飲んでいる。ここまで健康を取り戻した今を思うと、感謝、感謝の気持ちで一杯になった。
 お互いに年を取った。年々の衰えは仕方ないが、毎日健康に留意して、今を大切に精一杯の日々をと誓う旅であった。

 【明日は会津へ戻る】

《マツムシソウに吸蜜するギンボシヒョウモン》


故郷への墓参り 第2日

2006-08-15 | 旅行
《お盆の時期に咲くナツズイセン》

(2006.8.10) 墓参り~ 霧ヶ峰~ 松本
 
 朝のうちにお墓に参った。1年ぶりに、庭の百日草を手折り、線香を手向けた。
どうぞご加護下さい。一生懸命に生きますからと。盆や彼岸にはどうしても父母に会いたいと思っている。なんだか最近は、強くそう思う。お墓からの帰り道、穂を出し始めた田んぼの畦には、いつも変わらぬ淡いピンクのナツズイセンが優しく咲いていた。
 9時すぎ、ブログ仲間のittokuさん(http://blog.goo.ne.jp/ittoku-shiga)へ手みやげ(会津の菓子「きてくたされ」、四賀からの常念岳のスケッチ写真A4)持ち訪問したが留守。勤務先へ伝言添えて依頼した。
 明科へ向かう。途中長峰山山頂へ。山頂はうす黄色のユウスゲが可憐に涼しい風に揺れていた。眼下に常念岳の麓に広がる安曇野をのぞんだ。
 犀川沿いの霧姉の家へ。完成したばかりの新築のお祝いに寄る。立派な大きな家だ。どこかに飾ってもらおうと、牛乳パックから再生した和紙に描いた「安曇野・常念岳」の水彩画をお祝いに贈った。兄や姉には昨年の姉妹会以来で1年ぶりの再会、ちょうど休みだった甥にも会えた。甥の息子は真っ黒に日焼けして健康的で覇気のあるいい息子に育っていた。
 秋に新築のお披露目をかねて今年の姉妹会を計画するとのこと。また秋に来たいと思う。

お昼をご馳走になり安曇野付近を廻った。昨年、初めて参拝した満願寺(我が家の菩提寺と同じ宗派)へ寄った。昨年、同じ時期、寺境内にはゴイシシジミが沢山見られたが、今年は全く見られなかった。参道のギボウシの開花も昨年より遅いようなので、おそらくもうじきの発生なのだろうと思った。参道に一輪咲くマツモトセンノウを認めた。本堂に参り、おみくじを引いた。末吉!。病気は弱気にならなければ完治するとあった。図星と思った。いつもの弱気を止めたいと思った。「来年は元気でお参りができるといいが・・・」、ではなく、「絶対お参りする」と言った前向きの姿勢でなければと思った。大手術から丸3年、もっと気丈に生きたいと思う。
 本堂前で記帳をしたが、前の参拝者の記帳名を見て驚いた。同じ名前の人だ。参道ですれ違い、一言言葉を交わした人だった。まれにしか見かけることのない名前が、こんなところで、しかも数分間に連署された。不思議な偶然を思った。
数か所の道祖神を廻り、いつも訪ねる田淵行男記念館へも寄った。記念館には何度も入るが、またも偉大なナチュラリストから教えられることは多かった。しばし安曇野の空気に触れ、安らぎを感じ取ることができた。

 もう一つおもしろいことがあった。豊科から妻の実家へ戻る途中のこと。街道沿いに青空市場の旗がはためき、「甘~いスイカ」の看板が見えた。傍らにスイカを荷台一杯にした軽トラックが数台止まり、にわか作りのテントの脇にごろごろとスイカが並べられていた。【「叔父さん、おすすめのスイカを選んで!」「どこまで持って行くのか」「◇◇です」「へー、◇◇のどこだい。」「○○です。」「へー、俺は、○○だが○○には▽▽という同級生がいたよ。」「エー!それは私の姉です」】と妻との問答。スイカを前にする叔父さんの写真を撮り、叔父さんの書いた住所に送ることにした。こだまのスイカをサービスにもらい、土産話ができたと思った。世の中は実に狭いと思った。
 今日のこれらの出会い、人と人のつながりとは不思議なものだとあらためて思った。


夜、ブログ仲間の「四賀の里から」のittokuさんが見えた。初対面だったがいつモブログでのやりとりから初めて会ったような気がしなかった。四賀の地の「山の畑の桑の実ジャム」を頂いた。姪も同じ地域でお世話になっている。これからも頑張って下さいと激励した。

 【明日は霧ヶ峰高原への予定】

《新築祝いに贈ったスケッチ「安曇野・常念岳」》

故郷への墓参り 第1日

2006-08-14 | 旅行
《木漏れ日に透けるアサギマダラ》

故郷への墓参り 第1日(2006.8.9)
    会津若松~戸隠高原~四賀(松本市)
   
 今年も、お盆の民族大移動が始まる。お盆前に少しでもラッシュを避けてと、妻のふるさとへ両親のお墓参りに出かけた。3泊の予定だが、出発に会わせるように3つの台風が日本列島に近づき、どうも信州にいる間中、雨模様のようだ。でも、多少の心配をしながら出発したが、台風は静岡県沖から方向を東に変え、房総半島沖に抜けたようだ。
 むしろ台風一過になり、途中真夏の好天に恵まれ絶好の信州への小旅行のスタートとなった。 あさ9時過ぎに自宅を出て、会津若松インターから磐越自動車道を新潟へ。比較的空いた道を順調に走り、上越を過ぎた。妙高高原サービスエアリアまで2時間30分、昼食を取った。ここは、駐車場には珍しく緑の日陰にスペースが配置され、ちょうど木の陰に止めることができた。日差しは強かったが、高原を吹く風はさわやかだった。夏の雲がかかり、美しく聳える妙高を眺めながらベンチでおにぎりをほおばった。
 信濃町ICで下道に出てから黒姫高原に寄り、戸隠の森林植物園を目指した。
沿道にはシシウドの花が高く伸び、ミドリヒョウモンが飛び交い、ときどき車を止めシャッターを切った。
 楽しみにしていた植物園だが、時間の関係もあり今回は1時間の予定で散策した。園の入り口にある森林学習館に立ちより、いろいろ工夫された戸隠の自然の情報を楽しく見学することができた。
 林間の木漏れ日の向こうに「みどりが池」が静まりかえり、池の畔では老人が水彩画を描いていた。畔のヒヨドリバナにはミドリヒョウモン、メスグロヒョウモン、オオウラギンスジヒョウモン、コヒョウモンなどが飛び交い、クガイソウにミヤマカラスアゲハが美しく輝く羽を広げ蜜を吸っていた。美しい夢の世界に感嘆しながら、我を忘れてファインダーの妖精達を撮り続けた。また、期待していた数頭のアサギマダラが林間を弱々しく舞い、ヒヨドリバナに止まった。吸蜜するアサギマダラの羽根が林の木漏れ日に透け、この上なく美しく、感動した。これから長い旅をするアサギマダラを思い、存分にひとときの安らぎを味わわせたいと思った。路傍にエルタテハの姿も見かけたが、シャッターチャンスを失ってしまった。
 今回は、広い園内のほんの一部しか散策できなかったが、見るものすべてがさわやかで、きれいだった。いつか、もう一度時間を取って観察に訪れたいと思った。
 4時30分に長野東ICで、妻の親友と待ち合わせた。昨年、40年ぶりに再会を果たした彼女らは、ときどきメールのやりとりをしていた。1時間ほど、私はガソリン給油、本屋で時間つぶした。
 また高速・長野道に乗り、妻の実家へは6時半過ぎに無事到着、すでに庭でバーベキューが始まっていた。仏壇の両親に御無沙汰を詫び、線香を手向けた。
 久しぶりに実家の姉、兄と姪の一家と楽しい夕食を取った。いつも、私たちが帰省するときには必ず庭でバーベキューをした。何十年も繰り返してきた折々の思い出は尽きない。
【明日は墓参りと安曇野散策の予定】

《白雲なびく妙高山》