エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

「しぶき氷」 見事な氷の世界

2012-01-20 | 旅行

  
  数日前に新聞で「しぶき氷」が見ごろと言う記事を見た。
  きのう、滅多にない快晴・無風の天気予報につられて出かけた。

 飯豊山

 八田野付近

 長浜付近

 冬の風物詩「しぶき氷」は猪苗代湖・天神浜でみられる神秘的な氷の芸術的な造形だ。
  猪苗代湖は冬も凍らないが、強い西風に打ち上げられるしぶきが、湖畔の木々を凍らせて大きくなる。

 天満宮前の駐車場はほぼ満杯、駐車場からすぐに湖水方面へ出る方が良い。
 雄大に聳える磐梯山を振り返りながめながら、いろいろな氷の造形が見られるからだ。

 天神浜

 

 

 

 

 

 結構な人たちが、それぞれに三脚、カメラを手に、思い思いのポイントで真冬の世界を撮っていた。
  今年は雪が少なく、かなり寒い日が続いていたので、数年見られなかった見事なしぶき氷が出来ていた。湖に浮かぶ秀峰磐梯はどこまでも凛々しく美しかった。

 帰りは静寂の林の中を進むと、あちこち雪が落ち、風花が舞っていた。ノウサギの足跡が林の中に続いていた。

帰路、長浜に寄った。湖畔の中華レストラン西湖でいつもの五目うま煮汁ソバを頼んだ。妻はエビ入りの塩汁ソバだ。

ゆっくり水鳥たちの行動を観察した。(2012.1.19)

 

 キンクロハジロ

 オナガガモ

 ホシハジロ

 めったにない快晴に恵まれた日、冬の風物詩を堪能した。 

 

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見事な氷柱

2012-01-19 | 日々の生活

このところの冷え込みが続き、見事な氷柱が出来た。きのう朝の最低気温が-10.3℃、
書斎脇の長いのをはかったら115cmあった。
  平屋部分の南向きの書斎、屋根の雪が庇の雨樋をまたいで解けて氷柱が下がっている。
  今年は雪が少ないせいもあるか。どこのお宅も立派な氷柱が下がっている。
 氷柱はただ寒いだけではできない。日中屋根の雪や氷が解ける必要がある。解けては凍り、さらに解けては凍る繰り返しで成長するのだ。
  すだれのような氷柱に朝日が当たり輝いている。

 

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最後の?歳の神

2012-01-15 | 日々の生活

  昨夜、町内の冬の行事「歳の神」が行われた。

  役員会の後、歳の神の準備に取りかかった。
 秋に立てた茅の回りに、子供会が町内から集めた正月飾りを運んだ。
  会館から何度も往復すると、膝まで埋まる雪の田に一筋の道が出来た。
 例年吹雪になることが多いが、宵の明星が明るく輝いていた。

  すっかり暗くなった6時に御神火が到着、辰年生まれの方が点火すると一気に燃え上がった。

 

 

 お神酒、甘酒などが振舞われ、そこここで新年の挨拶が交わされていた。
  皆それぞれに工夫してスルメやお餅を焼いていた。炙ったスルメで御神酒をいただいた。

 

 

途中で茅を支えていた青竹が何度も大きな爆竹音を出した。
 暖かい火にあたりながら、あらためて今年の無病息災を祈った。
 火は約1時間、燃え終わるころにチラチラ小雪が舞いだし、趣き深かった。

  町内の歳の神も今年が最後などと寂しい会話が聞こえた。わずかに残っていたこの田んぼも住宅地に開発されるという。残念でならない。

なんとか代替地を探して、この伝統行事をなんとか残していきたいものだ。
 
 参)【  拙ブログ「歳の神の茅を立てる」(2011-11-13) 
         http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=4172f5bd120965d0ebf3a49e063eb131  】


癒される 風花

2012-01-14 | 日々の生活

   「人生は浮き沈み」の感慨は、沈んでいるときに慰めに思うことだろう。
  家に籠もりっきりで庭の雪をぼんやりながめる。そんなことではなかなか気は晴れそうになかった。

 雪の花を写しに庭に出た。長靴が埋まるほどの積雪だ。
 朝日が燦然と差し、輝く枝の雪が美しい。

 真上の桐の枝を見上げると、青空に薄いもやが流れている。心が洗われるようだった。

 枝の雪が、風に、陽の光にはらはらと降り落ちてくる。これを風花というのだろうか。

なんと美しいことか。感動にシャターを切った。

 

いつも思うことだが、ファインダーを通すと、なぜかその美しさは褪せてしまうような気がする。何故だろう。

 それはたぶん、眼に映ったその美しい光景はこころのファインダーを通るからに違いない。

そしてまた、その感動は冷たい澄みきった空気がなければ生まれないものだろう。

とすると、本当の感動は、そのとき一瞬の美しさで、写真のデータは偽物の美しさかもしれない。

 一瞬の感動であれば、しばらくはその余韻を楽しむことは出来るが、いずれ思い出として記憶されるものだ。

記憶をたどり、これまでの感動のいくつかは思い出せる。出来ればこれからも沢山の感動を味わえる人生でありたいものだ。
 
 ”我が生何処より来たり 去って何処にかゆく”などと、良寛は根源的な問いを自問自答し、

終わりに”縁に随いてまさに従容”とか、”騰々としてしばらく縁に任す”と解を残している。

 見倣って、やはり「騰々として天真に任せ」「草木を以て隣と為す」日々を送っていこう。そう結論づけて、少し楽になった。

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冬の書斎 火鉢を友に

2012-01-13 | 日々の生活

  書斎の机に向かい、椅子に座りときどき手をかざしている。

 炭を扱うに火箸はまだない。代わりにピンセットでときどき炭の位置を動かし、灰を掻いていると何ともこころが和む。

 近くのリサイクルショップをのぞいたら手頃な銅製の手あぶり火鉢があった。欲しかった火鉢だった。
 前から火鉢が欲しかったが、先週、夜10:30~BSで【にっぽん・微笑みの国再現!江戸職人の神業】を視聴しまた思いがもたげた。

 番組では、伝統的な竹細工と共に、高岡の銅製の火鉢、鋳物師から彫金師、塗り師へと引き継がれ作られる伝統工芸品にスポットを当て江戸の職人の神業を紹介していた。

 いつか、火鉢の醸し出すぬくもりを思い出しブログに書いた。

 そこには、「冷えきった部屋で、綿入れ半纏を着て火鉢に手をかざしてみたい。店を覗いてみようかと思っている。」と。
 【 拙ブログ「火鉢の温もりを思い出す」2008-01-13
http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/4dde97f7c59a027f6841727a35fd67b5 】
   **********************
一昔前まではどこの家庭でも必ずあった火鉢は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
・・・・・
火鉢に手をかざした温もりは遠い昔になってしまった。あの頃、五徳に乗せた鉄瓶がチンチンと沸いて、湯気が立ちのぼっていた。何をするではなく、火鉢で火箸や灰ならしで灰に模様をつけたりして暖を取っていた頃を思い出す。箸で炭を足したり、炭火の世話をするのも楽しかった。火鉢の醸し出す温もり、心の豊かさを想う。そのころは、時がもっともっと緩やかに流れていた。
  ・・・・・
  あかぎれの手を火鉢にかざしていたのは、小学生の頃だったろう。今の子どもの知らない火鉢や炭は、エアコンや灯油ストーブにない生活体験ができたと思う。さびしい気がする。
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   しんしんと雪が降る庭をながめ、網渡しにぎんなんを置いてぼんやり火鉢に手をかざしている。

 しばらくは冬の書斎で火鉢を友に過ごしたい。一酸化炭素には気をつけ、こまめに換気をしながら。

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厳寒の一日 湯川村へ

2012-01-12 | 街中散歩

  きょうの寒さはこの冬一番ではないだろうか。終日零下、真冬日だった。
 今朝は放射冷却だろう、厳しい寒さだった。朝方久々に雲の取れた磐梯山を仰いだが、
じきに中腹から上が雲に覆われてしまった。夕方見ると、雲が切れ夕日に輝いていた。

 

 昼前に、湯川村にかつての同僚を見舞った。5,6年ぶりの再会、私と同じ病気で手術、療養中だった。互いの近況を話し合い、話題は病状に移ったが、同病相憐れむでなく励まし合ってお暇した。今回も、彼の力作、先日発刊の著書『徳一と法相唯識』をいただいた。
   【拙ブログ『徳一と法相唯識』(2011-12-22)        http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/a1abfc41a1f21cc1872846c66703b126
 彼のその後の活躍の様子を伺い、我が平々凡々とした日々をあらためて思った。

 帰路、近くの勝常寺にお参りした。今年の恵方は北北西、湯川の勝常寺がいいと思っていた。そういえば、数年前にも初詣に行った覚えがあって、ブログを調べると確かに2007年正月に初詣に行っていた。 よく分からないが、5年前と同じ恵方と同じことになる。
  【拙ブログ「年越し 初詣」(2007-01-01 )     http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/a1abfc41a1f21cc1872846c66703b126  】

 勝常寺の創建は807年に、名僧・徳一上人によって開山された。創建当時は七堂伽藍を備え隆盛時には12の坊舎と百余の末寺をもつ大寺院であったという。
 

勝常寺薬師堂 

  久々に、本堂の脇の「土井晩翠ウォーナー碑」に土井晩翠の詩を読んだ。
         一千余年閲(けみ)したる
         仏像の数十三を
         伝へ来りし勝常寺
         尊き国の宝なり
         秋のけしきの深みゆく
         会津郊外勝常寺
         仏縁ありて詣できて
         十三像を拝みぬ

 

 帰りに園芸店に寄って、春らしいサクラソウや大きなシクラメン、ミニシクラメン、ミニバラの鉢などを求めた。玄関は一足早く春の花に華やいだ。

 

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穏やかな十日市

2012-01-10 | 日々の生活

  孫たちの冬休みも終わり今日が始業式、元気に登校した。

今朝の始業式で、萌ちゃんは低学年代表で「今年のめあて」を発表した。
先生に「よかった?」と聞いたら、「よかったどころかすごーくよかった!」と褒められたと帰ってきた。

 長かった正月休みも終わり少し解放されそうだが、悠人君は毎朝我が家へ出勤、特にばーちゃんはまだのんびりはできない。お疲れさま。
 悠人君は2か月が過ぎ、表現も赤ちゃんらしくなって、最近指をしゃぶるようになった。

 指しゃぶりが始まった。

  いつもは荒れる十日市、真冬日で寒かったが穏やかな晴天に恵まれた。
 午後から、午前中で帰ってきた孫たちを連れてでかけた。
 大町通りは、相変わらずいろいろな食べ物屋の出店のオンパレードだが、最近少なかった漆器類も結構見られた。漆器業界も景気を持ち直したのだろうか。
 ごった返す神明通りを歩いて神明神社へお参りした。
 初市で風車や起き上がり小法師など縁起物を求める風物詩を写真に撮った。

 

 いつものように、蒲生氏郷公の墓所にお参りしてきたが、今年は武琉がついてきた。
 氏郷について結構知っていて驚いた。授業でお椀の絵付けがあり、漆について教わったらしい。

   

 

辞世の句碑「限りあれば吹かねど花は散るものを心短き春の山風」  

明日は雪降りの予報、いよいよこれからが寒さの本番だ。

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たこ揚げ

2012-01-07 | 日々の生活

  孫たちは凧揚げをしたことがなかった。お正月だ、早速ダイソ一から買ってきて一緒に作った。

 箱形の立体凧とポリプロピレン製の作業のいらないデルカイトだ。立体凧はヒゴで立方体をつくり、周囲に好きな絵を描いて貼ったものだ。

昔はお正月といえば羽根突きや凧揚げなどして遊んだものだが、今は見ることはない。残念なことだ。

子供のころ、赤い龍の字が墨書された凧が売られていて、新聞紙を帯状に切って貼り付け、糸で中心を取りながらよく飛ばしたものだ。

懐かしい半世紀も前の思い出だ。

 お昼過ぎ、曇り空に所々青空がのぞく短大グランドへ。ほどよい風に驚くほどうまく上がった。
 

  跡からママも参加、雪兎?を作って遊んでいた。

 

 そういえば、会津には伝統的な唐人凧がある。
 最近では、毎年秋に「會津唐人凧凧揚げ大会」が開かれているらしい。
 ネットで解説を見た。
 【九州に多く見られる唐人凧が、なぜ会津地方に伝わったのかは、今もはっきりと分かっていない。戊辰戦争の時に、会津鶴ヶ城が敵の軍隊に囲まれて不利な状況で、藩主は城の中から「べろくんだし」とよばれる唐人凧をあげ、味方の軍隊の士気を高めたという。目をむいて舌を出した異様な顔つきが印象的。さらに戦いの時に身を守るための面当や八幡座の下に描かれる鬼の図などは、他の凧には見られない。】

  我が家の玄関にその図案が飾ってある。定かではないが、もう30年も前、ウナギの「えびや」でいただいた記憶がある。

 

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江戸職人の神業

2012-01-06 | 文芸

 1/5朝4時にラジオで竹工芸作家の武関翠篁さんの話【竹のこころを編むの第1回】を聞いた。伝統的な竹細工について興味ある話だった。

2009年、武関さんは文化庁の文化交流使としてドイツに滞在し、日本の竹工芸技術の紹介や講演を行った。

ハンブルク美術館で、江戸末期から明治にかけて活躍した日本の竹工芸作家の祖と言われる、初代早川尚古斎のコレクションの特別展が開催された。

そのときにあるドイツ人が尚古斎の作品のレプリカを研究のためにつくっていたが、編みも組みも見た目はそっくりだが、手触りがまったく違った。

尚古斎のものは使っている一本一本の竹ひごすべてに面取りが施され滑らかでやさしかったのだ。日本の竹工芸の繊細さ、奥深さを再認識したという。

また、ドイツの人たちの美術や芸術への接し方が印象的で、日本以上に、ものを大切にする文化がしっかりと根づいていると感動したという。

武関翠篁さんと作品(ネットから)

  

 話の中で、武関さんが依頼されて造ったトンボの編み細工作品が、夜10:30~BSプレミアム【にっぽん・微笑みの国再現!江戸職人の神業】で紹介されることを聞いた。

深夜までの放送だったが、興味深い放送を楽しく視聴できた。 でも、残念ながら翌朝4時の武関翠篁さんの第2回目の放送は起きられずに聞けなかった。

 【にっぽん・微笑みの国再現!江戸職人の神業】(ネットの番組紹介欄) 
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明治初期に日本を訪れた、アメリカ人の生物学者エドワード・モース[1838~1925]は、誰も見向きもしないような、庶民の生活道具を収集した。その数、3万点。げたや雑巾、照明器具や花カゴ…。そこからは、当時の庶民の暮らしぶりや、職人たちが持っていた「美意識」「誇り」が、あざやかによみがえる。瓦版屋に扮した中村梅雀さんのナビゲートで送る、微笑みの国の物語。モースと梅雀さんの、時空を越えた不思議の旅にご招待する。
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   モース・エドワード  【動物学者】    
  大森貝塚を発見した日本考古学の恩人。日本文化を日本人以上に愛した。
 明治初期に来日したアメリカ人動物学者。メーン州生れ。1877年(明治10)日本の腕足類を研究するため自費で来日した。横浜から東京に向かう車窓から大森貝塚を発見、思いがけず東京大学初代の生物学教師として調査することになった。各地の講演会ではダーウィンの進化論を紹介、また一方では日本の文化財保護の重要性を説いた。79年帰国、セーラムのピーボディ博物館館長となり、自ら収集した日本コレクションを公開した。
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  モースは著書「日本その日その日」で、庶民の生活を細かに観察し、日常の生活にあった用と美を見つめながら、ありとあらゆるものが消え失せてしまうだろうと書いている。 
 また、日本人ほど自然を愛する国民はいない、美徳や品性を生まれながらに持っているなどと書いている。

  江戸の豊かな日常を再認識し、確かにもう失われてしまったか、わずかに残されている文化を思った。
   番組は高岡の火鉢や竹細工にスポットを当てながら、江戸の職人の神業を紹介していた。
  あらためて、日本の伝統的な工芸について学びたいと思った。
 我々は、かつての清貧な豊かな生活やほとんど無くなってしまうであろう日本人らしささえももう一度取り戻さなければならないと思った。
 
 番組を視聴しながら、かつて読んだ渡辺京二著の「逝きし世の面影」を思いだした。 

 【拙ブログ 「逝きし世の面影」2009-01-13http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/a923fd306064729f8659b682186daef6

  彼は「文化は生き延びるが文明は死ぬ。一回限りの有機的な個性としての文明が滅んだ。意図はただ、ひとつの滅びた文明の諸相を追体験すること。それは、古き良き日本の愛惜やそれへの追慕でもない。」  「近代以前の文明が変貌しただけで、同じ日本という文明が時代の装いを替えて今日も続いているというのは錯覚で、このような日本の文明は、すでに逝ってしまった」などと著作の意図を述べていた。

 今夜は「新日本風土記スペシャル 手の国にっぽん」が放送される。
番組の解説には、「日本人は何を失い、何を守ってきたのか、目利き十人十色の物語を積み重ねながら、伝統工芸の至宝の魅力と、それを育んだ日本の風土を描きます。」とある。
視聴を楽しみにしている。

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良寛の書に思う

2012-01-04 | Weblog

孫たちが冬休みの宿題の書き初めをしていた。
1年生の萌香ちゃんは、硬筆で課題「もちつきぺったん」を書いた。
武琉君は3年生、今年は毛筆に挑戦、課題の「たつ年」を練習していた。
学校でも3年生から書道の授業が週1時間あるようだ。

 最近良寛の書を鑑賞している。これまではいつも、中野孝次氏に良寛の生き方を教えられていた。関心事は良寛像で漢詩や和歌に興味を持っていたが、書については何となくながめる程度だった。
 いつか分水町良寛史料館で「良寛  詩歌と書の世界」(谷川敏朗著 二玄社刊)をもとめた。いつも手元に置いて良寛の遺墨を楽しんでいたが、たとえば六曲屏風に見る、流れるような草書体の漢詩は素晴らしいと感じるが、少しへたくそな、バランスの悪い字もあるなと思っていた。
 手元にある吉本隆明の著書「良寛」には、「良寛書字(無意識のアンフォルメ)」と題して良寛の書をいろいろな書体を例に挙げて考察している。
  【アンフォルメ:フランス語で“形の無い”“形や枠にとらわれない”】

彼は、「草書体が一番好きだ。草書の中でも細身の字が流れるようにつながっていたり、天となって切れていたりする仮名と漢字の書簡体のものが特に好きだ。」
「良寛にとって書字はいつも布置の均整と無定型の曲線や点による造形美を意識されたものだ。」
 「鋭い会話感覚と自他にたいする配慮の配分を心得ている人間像は、良寛の楷書のなかに一番よく現れているようにおもえる。・・・草書の良寛はスピード狂の良寛だが楷書の良寛はゆったりと座っている良寛だ。」と述べる。
 また、彼は良寛の32個の「署名」を挙げて、草化の省略の仕方を興味深く考察している。

 美の壺(NHK出版)「良寛の書」には 、良寛の世界、文字の美しさを、のツボ・・・すべてをかなのように書く、 のツボ・・・ ずれとゆれを楽しむ
  のツボ ・・・弱さに強さがある  と鑑賞のポイントを上げて分析し紹介している。 そこで、夏目漱石がとびきりの良寛ファンであることも知った。
 さらに、北大路魯山人は、以下のようにコメントしている。
  ・強いて一言でいって見るならば、真善美が兼ね具わっているというの他はない。 ・すべて「芸術も人なり」で、作者の人格はその作品に反映しているものである。良寛様の書の価値は、とりもなおさず良寛様の人格の価値であると断じて万間違いはない。 ・良寛様の書は形がよい。味がよい。美的である。
 ・その超邁な見識とその真摯なる態度から生まれた良寛様の書は、徳川末期における一大奇蹟である。実に良寛様の芸術的態度と見識は、これまったく良能の革新者のみがもつ新思想であって、敬服に堪えざるところである。 ・良寛さまは書に優れていて、空海以来といわれている。また和歌は柿本人麻呂以来、漢詩は日本一だと思っている。中国の李白、杜甫に匹敵する人物だと思っている。  ・良寛はもって生まれた豊かな才能、悠々たる努力はしているが、苦しみながらの努力はしていない。ゆとりをもった努力をし、そして抜群の集中力が良寛の書を形作っていると思われる。 等々と。

晩年の書

  また、小松正衛著の「良寛さま」には「絶世の筆として断簡零墨といえども神品扱いにされる良寛の書が生まれたのは、玉島修行より帰郷し、五合庵に山居してからの修練の賜といってよい。」とある。子供たちの脇で滅多に持たない筆を握った。
  静かな環境で、墨の臭いを嗅ぎながら座机に向かう。おあつらえ向きに外は雪が静かに降り始めた。

 「騰々任天真」と、そして並べて「草木以為隣」と新年の抱負を書いた。
 ついでに、ハンカチに麗しの磐梯を描くと、実にさわやかなこころを感じた。

 自己流の下手な字だが、書の素晴らしい気分を少し味わったような気がした。
 65の手習い、これからも少し筆を持ってみたいと思った。
 孫たちの書き初めから、ひととき良寛の書に思いを巡らせた。


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新年に思う

2012-01-02 | 日々の生活

                                【悠人くん 初正月の破魔弓】

 いつもと同じ夜が明け、朝が始まった。でも新しい年の朝、不思議に気持ちが違った。

 お屠蘇をいただき,お重をつついた。娘と孫たちと八幡さまへ参りした。

 昼前には、家族全員が集まり新しい年が和やかに始まった。

 

 お重:ゼンマイ、棒鱈

 今年の抱負を確認した。

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生涯懶立身 騰々任天眞  (生涯身を立つるに懶く騰々として天眞に任す
嚢中三升米 爐邊一束薪 
(嚢中三升の米 爐邊一束の薪)
誰問迷悟跡 何知名利塵 
(誰か問わん迷悟の跡 何ぞ知らん名利の塵)
夜雨草庵裡 雙脚等間伸 
(夜雨草庵の裡 雙脚等間に伸ばす)
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次来韻        ( 来韻に次す)

頑愚信無比   (頑愚信に比無く)
草木以為隣 
草木を以って隣となす
懶問迷悟岐  
(問ふにものうし迷悟の岐)
自笑老朽身
 (自ら笑う老朽の身)
□脛間渉水  
(脛をかかげて間かに水を渉り)  
携嚢行歩春  
(嚢を携えて行く春に歩す)
聊可保此生  
(聊かこの生を保つべし)
非敢厭世塵  
(敢えて世塵を厭ふに非ず)
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  いつも、残された日々がそれなりに意義を持つようにと、床に就くと一日をふり返ってきた。

 無為に過ごした足早に過ぎ去る日々に焦りを感じることもしばしばだった。

 そんなときには、良寛の漢詩を見つめて安寧を取り戻してきた。

 新年あたり、今年も幾多の良寛の教えを信条に、日々を穏やかに過ごしていきたいと思っている。


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