埼玉に行っていた時、その周辺の他の稲がずいぶん黄葉し、穂先が重たそうに見えた。
だが、新潟に帰って来てから田を見ると、やはり埼玉より一歩先を行っていて、黄葉の色も濃いし穂の実のなり具合も、新潟の方が進んでいるなあと思った。
今日は、夕方に走りに出たが、その中でこんな風景があった。

道沿いに、赤や黄色のカンナ。
カンナは、夏の花。
まだ綺麗に咲いている。
でも、その向こうに広がる田は、黄金色(こがねいろ)なのだ。
ここに、夏から秋への季節の変化を思う。
3日前には、なんとヒガンバナを見た。
近年、彼岸より後に咲いているのをよく見ていたのだが、今年は早い。
彼岸の入りの1週間前に咲いているのを見るなんて、なかなかなかった。
あんなに夏の暑さに苦しめられていたのに、埼玉に行っていた1週間で季節が変わったようだ。
秋を形容するとき、「もの思う秋」ともよく言われる。
埼玉でのできごとで、いろいろと考えるようになったことも、秋の訪れとあいまっているのかもしれない。
だが、新潟に帰って来てから田を見ると、やはり埼玉より一歩先を行っていて、黄葉の色も濃いし穂の実のなり具合も、新潟の方が進んでいるなあと思った。
今日は、夕方に走りに出たが、その中でこんな風景があった。

道沿いに、赤や黄色のカンナ。
カンナは、夏の花。
まだ綺麗に咲いている。
でも、その向こうに広がる田は、黄金色(こがねいろ)なのだ。
ここに、夏から秋への季節の変化を思う。
3日前には、なんとヒガンバナを見た。
近年、彼岸より後に咲いているのをよく見ていたのだが、今年は早い。
彼岸の入りの1週間前に咲いているのを見るなんて、なかなかなかった。
あんなに夏の暑さに苦しめられていたのに、埼玉に行っていた1週間で季節が変わったようだ。
秋を形容するとき、「もの思う秋」ともよく言われる。
埼玉でのできごとで、いろいろと考えるようになったことも、秋の訪れとあいまっているのかもしれない。