「陸王」
このテレビドラマが放送されていたのは、もう2年も前になる。
そのドラマが放送されていた頃、私がRUNの大会に出たりしているランナーだと知ると、よく声をかけられたのが、
「陸王、見ていますか?」
だった。
興味はあったが、日曜の午後9時というのは、自分の生活のリズムに関して都合の悪い時間帯だったので、あえて見ないでいたのだった。
ただ、放送終了が惜しまれるほど人気があった番組であったと記憶している。
ランニングシューズを扱ったものだということは知っていたが、話の内容は詳しく知らないでいた。
再放送をしていたのは、去年の今ごろではなかったか。
そこで、何気なしに最終回だけ見たのだった。
ランナーとして焦点を当てられていたのは、竹内涼真演じる茂木という選手だった。
その活躍で、彼の履くランニングシューズを作った会社が、爆発的に売れるようになったというハッピーエンドであった。
話自体は、ランナーの物語ではなく、ランニングシューズづくりに取り組んだ老舗の足袋会社の物語だった。
当時書店に行くと、単行本がうず高く積まれていたが、2,000円近くの価格を見て、購入はちょっと迷ったのだった。
それが、今年文庫化され、価格も1,000円+消費税と手ごろになったので夏の終わりに買ったのであった。
買ったはいいが、分厚くて740ページもあるものだから、読み始めるのを躊躇していた。
今回、埼玉に行った際に、空いている時間に読むことを決めた。
読み始めると、さすが人気作になるだけあって、読ませるものがあった。
老舗の足袋業者が、右肩下がりの会社の存続をかけてランニングシューズ作りに取り組もうとする。
主人公の社長が、金も人脈も足りないところから、次々に生じる困難を、行動力と前向きな性格と人への信頼で、幾度も乗り越え前に進んでいく。
そこに読みごたえがある。
例えば、ソールに使う新素材の特許をもった、クセのある人物の引き込み方・活かし方。
例えば、零細企業ゆえの悲哀から資金もなくなりアメリカの新興大企業からの買収話に乗るしかないところで、別な提案をし、相手社長を丸め込む対応の仕方。
そこに、話の進展とともに、働き甲斐を見つけた息子の頼もしい変貌。
故障からの復活をかけるランナーの、信頼に応えようとする奮闘。
そういうものが、話を盛り上げていく。
結論として、人を動かすのは人への信頼であるということ。
そして、前を向いて進んでいくこと。
文庫本の帯には、「勝利を、信じろ。」と書いてあるが、信じられるのは「人のことを考えた、人とのつながり」ではないだろうか。
テレビドラマの最後のように、シューズの注文が相次いで大成功する、というような場面は、原作にはなかった。
しかし、読後感が非常に爽やかな一冊だった。
結果として、740ページがあっという間の数日であった。