こうして人生を65年もやっているが、過去を懐かしく振り返ることは、まあある。
それでも、人生が二度あればとまでは思わないけどね。
だが、若い頃の岐路で違う決断をしていたなら、今の自分はどんな人生を送っていたのだろうと思う人は多いに違いない。
小説の世界は、そんなことを描いてくれる。
それが、男女のことでの岐路であったなら、悲恋になったり喜恋になったりして、物語が展開される。
だから、心情が左右され面白く感じる。
本書は、若い頃に出会った男女が、短い期間に燃え上がるような恋をしたが、やむを得ず別れを選択する。そして、25年後に再会したが…という展開になる。
舞台は、1975年のタイ・バンコク。
「好青年」と周囲から呼ばれ、婚約者がいて結婚式の日取りも決まっている主人公。
そこに突然現れた美女に、心も体もひかれていく。
2人は激しい逢瀬を重ねながらも、主人公の婚約者が結婚するためにタイに来る日に別れる。
主人公は、堅実な女性と人生を選び、25年が経過し順調に出世していた。
常務としてタイへの出張があり、そこで女性と再会したが、その後は…。
話全体として、確かに主人公は悩み苦しむことも多いとはいえ、全体にこの男性に甘い話が展開するよなあ、と思いながら読んだ。
謎の美女が突然訪ねてくるとか、
2度とない恋仲に陥るとか、
その美女との別れを選択して出世するとか、
婚約者(その後妻)に、女性の存在を知られずに生活していくとか、…。
女性の人生に比べたら、男性に都合がいいよなあ、ということを思ってしまった。
それでも、男性の葛藤部分などでは気持ちが分かるところも随所にあった。
私自身が甘ちゃんの男のせいかもしれないけどね。
まあ、そのことをさておいても、人生で何を大切にして生きるか、どんな人生を送りたいかが重要だと思う。
ただ、人生でどちらをどう選択するか、という岐路に立った経験のある人たちにとっては、自分の人生と重ね合わせてみてしまう作品かもしれない。
私は、社会人となって働きはしたが、こんな会社勤めはしたことがない。
タイに行ったこともない。
歴史あるホテルのスイートルームに入ったこともない。
私は、この話のような経験をしていない。
だけれど、人生の中でときめきをもって過ごしていた時期はあった。
それから25年はおろか、それ以上の多くの時間が過ぎて今に至っている。
若い頃のときめき、輝きは、今の自分につながっているのである。
さて、「サヨナライツカ」は、作品の中で詩として出てきている。
サヨナライツカ
永遠の幸福なんてないように
永遠の不幸もない
いつかサヨナラがやってきて、いつかコンニチワがやってくる
人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトにわかれる
私はきっと愛したことを思い出す
主人公の婚約者が作ったこの詩が、物語に深みを与えている。
なお、この話は、中山美穂、西島秀俊が出演して映画化されたのだとか。
映画では、女性と婚約者とで女性同士で激しいやりとりする場面があるなど、小説と話が少し違うところがあるらしい。
私は、原作の小説のままがいいな。