大蔵幕府址を見下ろす鎌倉殿の墓は、江戸中期薩摩藩主の島津重豪(しげひで)が再建した。私が10年ほど前に参拝した墓は傾き、雑草がわがものがおでしたが年々きれいになって驚いている。大将軍も苦笑いしていると思う。石柱に安永八年・・・薩摩中将源重豪建立、承 薩州侯命東都龍湖親和 八十歳謹書とある。薩摩藩初代、島津忠久は頼朝の落としだねと云われる。嫉妬深い北条政子の目をかろうじてかわし得たのでしょう。中世から幕末まで続いた殿様家は少ないはずです。
混雑が緩和するというので金曜日の四時ごろ、葛飾北斎展(上野国立博物館)へ参りました。折れ曲がる行列で四十分待ち、平成館を出た七時頃には五十分待ちとなり、特別に八時半まで入場を認めるとアナウンスされていました。
五百点近い展示はさすが国立の力ですね。初期の作品は混雑であきらめました。ほんとーに北斎は巨人ですね。江戸の暮らしが活き活きとまなかいに展開。意外と小さい作品が多いです。小に精密を技でギューと詰め込んだ感じです。一枚頂くとすれば、絶筆に近い「富士越龍図」。立ち昇る黒雲の中の龍は北斎が現代へ生まれ変わる執念でしょうか。
五百点近い展示はさすが国立の力ですね。初期の作品は混雑であきらめました。ほんとーに北斎は巨人ですね。江戸の暮らしが活き活きとまなかいに展開。意外と小さい作品が多いです。小に精密を技でギューと詰め込んだ感じです。一枚頂くとすれば、絶筆に近い「富士越龍図」。立ち昇る黒雲の中の龍は北斎が現代へ生まれ変わる執念でしょうか。
私は60過ぎまで、字は他人へ伝える為の単なる記号、符号だと確信してきました。カタカナの字画やバランスについて、俳句仲間からもありがたい指摘を頂いたこともありました。書をないがしろにしたことは大失敗です。なんとなーく字の軽視には違和感がおりのようにたまっていました。数年前に韓国の国宝展が上野国立博物館であり、漢字の古書に痛く感じ入り、書の大家「西川 寧」展ではミロの描くような書に感動しました。字は一字一字が造形というか、絵なのですね。美を愛するみだしなみなのですね。実用オンリーでなく、美を添える大和心にやっと気付いたようです。書道の素晴らしさに気付けました。恥はいっときのなんとやら、知らぬことばかりです。