この記事は、きのうの続きです。
昭和47年(1972年)7月3日、早朝6時、名瀬(旧)港の岸壁には、南南西の風が吹いていた。
そのとき名瀬測候所は、風速1.8m/s、気温は25.2度と記録した。
島尾敏雄を乗せた、照国丸は、前日夕方鹿児島を出港し、この朝、7時前名瀬港に入った。
出むかへのミホ夫人は、日傘を差し、買ったばかりのワンピース姿。(島尾敏雄は、日記で、その柄がやぼったいと、8行も費やしている)
3時に家を出て、港までおりて行って待っていた。
島尾敏雄の旅の間、毎日そうしていたという。
1972年7月3日、午前3時の名瀬の気温25.2度、南の風、風速0.7m/s、古見本通りは、この日ミホ夫人にとって追い風であった(笑)
小俣町から港へ向かう途中、ダボ・シャツ姿の青年たちとすれちがって、声をかけられるが、島ことばだったから、ちっとも怖くなかった、と港で話している。
======島尾は勤め先の図書館へもどる。
旅先では気にならなかった騒音が気になった。
ひっきりなしに往来する自動車の騒音、宣伝者の甲高い若い女性の声。
「私の存在」がはじきだされそうで、「針の山に座るような気分」になる。
しかし、これらの騒音は、すぐに通り過ぎる。
がまんならないのは、道路をへだてて、すじ向かいにある板金塗装工場から
聞えてくる流行歌の音。
小さな工場で働く若い二人が、作業をしながら聞いている、カセットテープの再生音だ。
くせのついた歌いぶり、意味のついた、その音響は、耳について離れない。
永遠の拷問をうけているような気分になる。
若者の一人は円環作業衣が似合い、胸元のボタンを小意気にはずして「なかなかこっこいい」。憂いを帯びた面長の容貌の仕事熱心な様子がいっそう好ましい工場主の方の若者に、島尾敏雄は、こう呼びかける。
部屋を出て塀越しだ。
「にいさん、にいさん」
========と、ここまでは昨日の記事に書いた。
続く、と書いたが、実は続きは、もうあまりない。
「にいさん、にいさん」と呼んだ声は思いのほか力がなく、騒音は空気中にひろがっていた。=====中略======
気をとりなおし、もう一度「にいさん、にいさん」と呼ぶ。
いきなりスパナなど投げられはしないか心配しながら
「もう少し低くしてくれんね」
と島尾敏雄がいうと、若者は、無言でもう一人の若者にあごをしゃくったのだった。
音は、低く調整された。
しかし、こうしたことは、この日のことだけではなかった。
島尾敏雄は、くせのある流行歌の歌いぶりに、もう幾度も、この「にいさん、にいさん」を繰り返しているのだった。
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削りに削られて、磨き上げられた(と思われる)島尾の文章は、本でじっくり本文を味わってほしい。
として、おじさんの興味は、この流行歌がなんであったかに向かう。
そして、できたら当時若者だったこの「にいさん」たちに、いろいろインタビューしてみたいのである。
下記 1972年(昭和47年)の歌謡曲 人気順 参照
うーむ、気象はあまり関係がなかったかな・・・。日記によれば、島尾敏雄はこのあと数日体調がすぐれない。7月11日、夜中に頭痛がして、台風6号、7号、8号と三つの台風の予報を知る。
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1972年 7月3日の名瀬の気象
気象観測(電子閲覧室)
過去の気象統計データ検索
地点ごとのデータ(昨日まで)
一日の毎時の値 より
名瀬 時 現地気圧 海上気圧 気温 湿度 風向 風速m/s
3時 1008.6 1009.5 25.2 90 南 0.7 m/s
6時 1008.2 1009.1 25.6 南南西 1.8
9時 1008.8 1009.6 30.1 70 南南東 2.3
12時 1008.5 1009.3 31.7 南南東 4.0
15時 1008.1 1008.9 27.9 78 北北東 2.3
降水量8.5mm 日照時間9.2h
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1972年(昭和47年)主な出来事
1月24日 - グアム島で元日本陸軍兵士横井庄一発見。
2月3日 - 札幌オリンピック開催
2月19日 - 連合赤軍、あさま山荘事件。
4月16日 - 川端康成が逗子市でガス自殺。
5月15日 - アメリカから日本へ沖縄返還、沖縄県発足
5月30日 - イスラエルのテルアビブ空港で日本赤軍乱射事件
6月11日 - 田中角栄通産相が「日本列島改造論」発表
6月17日 - アメリカ、ウォーターゲート事件発覚。
9月29日 - 田中角栄首相が訪中し、日中国交正常化の共同声明。
12月10日 - 日本、第33回衆議院議員総選挙投票。
12月18日 - アメリカ軍、北爆再開。
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1972年(昭和47年)の歌謡曲 発売順
1972.01. 夜明けの停車場
1972.01. だれかが風に中で 上條恒彦
1972.01. 結婚しょうよ 吉田拓郎
1972.02. ぼくの好きな先生 RCサクセション
1972.02. 太陽がくれた季節 青い三角定規
1972.02. 北国行きで 朱里エイコ
1972.03. 八月の濡れた砂 石川セリ
1972.03. 人生が二度あれば 井上陽水
1972.03. メリー・ジェーン つのだひろ
1972.03. 黒の舟唄 長谷川きよし
1972.03. 走っておいで恋人よ アリス
1972.03. あの鐘を鳴らすのはあなた 和田アキ子
1972.04. 赤色エレジー あがた森魚
1972.04. 恋の追跡 欧陽菲菲
1972.04. 瀬戸の花嫁 小柳ルミ子
1972.04. サルビアの花 もとまろ
1972.05. 雨 三善英史
1972.05. ひとりじゃないの 天地真理
1972.05. 恋の町札幌 石原裕次郎
1972.05. 女のみち ぴんからトリオ
1972.06. 学生街の喫茶店 ガロ
1972.06. どうにもとまらない 山本リンダ
1972.06. 旅の宿 吉田拓郎
1972.07. 返事はいらない 荒井由実
1972.07. 傘がない 井上陽水
1972.07. 京都から博多まで 藤 圭子
1972.07. 耳をすましてごらん 本田路津子
1972.07. たどりついたらいつも雨ふり モップス
1972.07. せんせい 森 昌子
1972.08. 男の子女の子 郷ひろみ
1972.08. 折鶴 千葉紘子
1972.08. 雪 猫
1972.09. 喝采 ちあきなおみ
1972.09. めぐり逢う青春 野口五郎
1972.10. 少女 五輪真弓
1972.12. 怨み節 梶芽衣子
1972.12. 悲しみの町 藤 圭子
1972.12. 地下鉄にのって 猫
1972.12. さそり座の女 美川憲一
1972.12. おきざりにした悲しみは 吉田拓郎
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1972年(昭和47年)の歌謡曲 人気順
1 女のみち 宮史郎とぴんからトリオ
2 瀬戸の花嫁 小柳ルミ子
3 さよならをするために ビリー・バンバン
4 旅の宿 よしだたくろう
5 ひとりじゃないの 天地真理
6 喝采 ちあきなおみ
7 ちいさな恋 天地真理
8 太陽がくれた季節 青い三角定規
9 悪魔がにくい 平田隆夫とセルスターズ
10 夜明けの停車場 石橋正次
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1972年(昭和47年 書籍ベストセラー
恍惚の人(有吉佐和子)
日本列島改造論(田中角栄)
坂の上の雲 5・6(司馬遼太郎)
女の子の躾け方(浜尾実)
放任主義(羽仁進)
二十歳の原点(高野悦子)
般若心経入門(松原 泰道)
世直しの倫理と論理(小田実)
日本史探訪
狼なんかこわくない(庄司薫)