五月は 空梅雨(からつゆ)のまま終わる。
いくらか荒々しさを増した五月の光を肉厚の照葉樹の木々の葉が
こともなげに跳ね返し、鳥たちに涼しい木陰を提供している。
サンコウチョウのさえずりが山に風をよんだ。
青空の日が木の葉をすべり落ち
満男の絵心を刺激した。
満男は首からさげた、お腹のカメラに手をやり、上を向いてシャッターを切った。満男は時を忘れた。(つづく)
↑ どうやって撮ったの?
ご質問にお答えします。ハウディドユーテイク・・・?
いまや、外国の観光客の方もご存知、ご用達、ビッグツー奄美店で、買った透明の虫かごにカメラを入れるだけ。(レンズが飛び出さないカメラだったら、ビニール袋に入れて密閉するだけでもよい)
ふたは網状なので、しぶきが入らないようタオルまたはビニールを掛け、ゼッタイにふたの位置までは水没させない。
万が一、つんのめって水没しかけたら、とっさに、おっとっととka言いながら、箱こと後ろに放り投げることをおすすめします。うっちゃりですねSumo Kimarite utchari (backward pivot throw) 。誰か後ろでキャッチしてくれる人がいたらいいのですが、そうでない場合でも、やわらかい砂地に落下してヨーキャームラが助かる可能性があります。なるべく落下の衝撃を軽減するため、・・・(長くなるので、以下略)
ダイジョウブか カメラ水没実験 成功 Waterproof ウォータープルーフ
ビデオには出てませんが、水中のカメラを濡れずにリモコン操作。80倍ズームやオドロキの連写もできる。もう初心者とはいえません(笑)。言いません。
underwater のカメラでは、アカショウビンの声を録音できるのか?実験つづく
↑ 湯湾岳(ゆわんだけ)にのぼる途中、お気に入りの水辺の広場。
↑ いつもの7合目↓より、坂道を数百メートル下ったところでは、まだポツポツ咲いている。
↑ いつもの7合目付近。下草は刈られて、葉桜。咲かなかったつぼみ↓ もたくさん。
↓ 下ったところでは、まだ葉が少ない。
=====今年のソメイヨシノ観察記事 一覧
2009年5月19日奄美、梅雨入り(18日)の ソメイヨシノ観察 No.12
2009年5月15日 (金曜日)
今頃満開?奄美・ソメイヨシノ 観察No. 11
2009年5月13日 (水曜日)
異例の開花 ソメイヨシノにアサギマダラ
2009年5月11日 (月曜日)
フッカツ? 奄美ソメイヨシノ観察 10 アサギマダラ 人生の並木道
2009年5月 2日 (土曜日)
奄美 ソメイヨシノ 観察 9
2009年4月27日 (月曜日)
夏場所(五月場所)新番付 and 桜観察9 and 各地でデイゴ
2009年4月24日 (金曜日)
観察 8 奄美のソメイヨシノ
2009年4月20日 (月曜日)
観察 7 ソメイヨシノ ブーゲンビリア
2009年4月17日 (金曜日)
ソメイヨシノ観察 6 今週の読書
2009年4月16日 (木曜日)
奄美・湯湾岳 ソメイヨシノ観察 5
2009年4月12日 (日曜日)
春うらら ソメイヨシノの観察 4
2009年4月11日 (土曜日)
奄美・瀬戸内町 由井岳ソメイヨシノ
2009年4月 9日 (木曜日)
湯湾岳にアサギマダラ 桜 ソメイヨシノ
2009年4月 3日 (金曜日)
ソメイヨシノはナゼ? うんちく2題 東京満開
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以下に夏場所 結果を書きます。
東幕下11 里山 さとやま 鹿児島県 尾上
-●-○●--○-●-○○-- 4勝3敗
西十両八枚目
旭南海
8勝7敗
初日 ● 叩き込み 春日錦
2日目 ○ 引き落とし 若天狼
3日目 ● 叩き込み 土佐ノ海
4日目 ○ 寄り切り 大翔湖
5日目 ○ 引き落とし 豊桜
6日目 ● 送り出し 海鵬
7日目 ○ 寄り切り 潮丸
中日 ○ 寄り切り 保志光
9日目 ○ 送り出し 磋牙司
10日目 ○ 上手投げ 若荒雄
11日目 ● 押し出し 玉飛鳥
12日目 ● 上手投げ 春日王
13日目 ○ 引き落とし 十文字
14日目 ● 寄り切り 霧の若
千秋楽 ● 上手投げ 琴春日
7月22日の皆既日食まであと61日(2ヶ月)となりました。
きょうは、十両の旭南海と里山が同時に勝ち越しを決めました。前の記事
来場所の、旭南海の新入幕は?、しかしいよいよ三度目の新入幕挑戦の場所になることは確実。
里山も、長いトンネルからぬけだし、十両復帰をめざします。
来場所、名古屋(7月)場所の11日目(水)が、皆既日食の22日にあたります。
七月場所(名古屋場所) 愛知県体育館 平成21年
前売り開始 5月14日(木)
番付発表 6月29日(月)初日 7月12日(日)
千秋楽 7月26日(日)
↑ 赤崎公園のそてつの雌株(めかぶ)です。去年の実は、カラスなどがもっていき?、真ん中から新しい芽が伸びだしています。新芽のまわりは鋭いトゲに囲まれています(観察つづけます。)
↑↓ こちらは雄花です。できたてです。
↑↓ ツマグロヒョウモン メス
地表近くでオスとじゃれあっています。
蝶 チョースロー ビデオ編集中です。
新 チョウ超接写にも挑みます。
goo 大相撲五月(夏)場所 13日目(金)
西十14 十文字8勝5敗●引き落とし○旭南海8勝5敗 西十8
東幕11 里山 4勝3敗○突き出し●3勝4敗 松谷 東幕13
2時半過ぎごろ
松谷は強かった。
立ち合いも素早く勢いに勝った。
諸手からのつっぱり、大きく回転も早い。
今日もどとうの攻めを食らひます里山(画面左 東)です。
激しい突っ張りに前に出ることができません。
松谷、里山を寄せ付けません。
得意の早いせめです。
土俵際、逃げ惑うしかないのか里山(画面手前、左から右へ)。
しかし、里山、俵づたいに、巧みに回りこみながら
頭を下げ、相手の前まわしをねらう余裕を見せます。
が、それも苦し紛れ。
どとうの突っ張りが、なおも続きます松谷。
里山が土俵を半周ほど回りこんだ時、
松谷が突っ張りをやめ両まわしに手をかけようとした。
その時里山がおどろいたように大きく土俵中央につんのめるように戻ります。
里山の早い動きに目標を失った松谷、
あわてて左に向きを変え、里山を追いますが、
しかし、そこは土俵際ではなかった。
待てっ!、待てと出した腕を、すばやく体勢を立て直した里山にたぐられ、いなされます。
ここから先は、きのうの予想通り。里山一瞬の反転攻勢。
松谷、相手に背中を見せ、後ろから送り出しを食らふ。
土俵際、残したが、すでに遅く、里山の諸手からの突き出し一発に土俵を割った。東土俵徳だわら付近(画面左)。結局土俵を一周させられてしまったのは松谷のほうだった。
両者勝ち越しがかかった最後の一番
松谷、あれほど優勢にせめたのに
「勝ち越したのは、里山です。」
くやしさがにじむ松谷・・・。
テニアセニギルテンカイ、
ハクヒョウヲフム思いながら、
里山うれしい勝ち越し。
goo 大相撲五月場所12日目(木)
東十4 春日王7勝5敗○上手投げ●旭南海7勝5敗 西十8
東幕11 里山 3勝3敗○押し出し●2勝4敗 大天霄(だいてんしょう) 西幕12
きょうは国会中継で相撲中継は、BS1 で3:15から(里山の相撲は、間に合わなかったと思われる)
ネットで結果だけを知る。
里山○は勝ち越しへ王手
旭南海●は、勝ち越し明日へおあずけ
===あすの里山の最後の7番相撲の相手は松谷( まつたに)
幕下上位五番 十両土俵入り後 最初の一番か。
今場所の両者の星取表
12里山 さとやま 鹿児島県 尾上 -●-○●--○-●-○ 3勝3敗
13松谷 まつたに 福岡県 松ヶ根 ●--○●-●--○-○ 3勝3敗
今場所の里山は、相撲内容も星取りもテニアセニギルテンカイだ
=======松谷の研究
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
松谷(まつたに)1984年2月)
福岡県築上郡築上町
松ヶ根部屋所属
身長177㎝、体重126㎏
最高位東幕下5枚目(2008年7月場所)
取り口は突き起こしと
左差し右上手を引き付けての素早い寄り
==体格は里山とほぼ互角。取り口と得意技をみると、里山を嫌っているような。立ち合いのあと、松谷が左差しにくるところ、あるいは右上手を取りにくるところ、里山は、うまくかわしていなし、小手投げ、あるいは送り出し、または押し出しといった展開が考えられる。下がらずに行きたい。勝てば三場所連続の勝ちこし、負ければ負け越し。伸るか反るか大事な一番。
力士情報 松谷裕也 初土俵 平成18年3月
まだ完熟ではありませんが、
色づきだしました。ヤマモモ google です。
別名 楊梅(ようばい)など
もうすこし大きくなります。
あれだけの鳥たちが、狙わないのが不思議です。
かんさつ つづく
前回のかんさつ
2009年4月29日 (水曜日)
ヤマモモ 実
花の径が1~2センチほど。
県道脇の松などにからんでぶら下がっている、ちょっと黄ばんだ花の集まり。
名前が覚えにくいので、3つに分ける。
葛/蔓(かずら かづら ) つる性植物の総称。つるくさ。かずらぐさ。
定家葛(テイカカズラ)
和名テイカカズラの由来は、
藤原定家(1162-1241 鎌倉初期 公家・歌人)が
式子(のりこ)内親王(1149-1201 平安後期 皇族、歌人 後白河天皇の第三皇女)と
激しい恋におちいり、死後も式子内親王が忘れられず
内親王の墓に定家葛がまつわりついたという伝説を脚色した、能『定家』に基づく。
オキナワテイカカズラとの違いは?
沖縄では、ウクヮンシンカンダ御冠船蔓という。(カンダはカズラ)
御冠船は、冊封使(サッポウシ サクホウシ サップウシ=中国で、天子の勅を奉じて近隣の属国に使いとして行き、その国王に封爵を授ける使節)の一行の乗った船
ナゼ、そういうかは不明(調べ中)。御冠船 サネカズラ google
↑ 梅雨明けのきのう18日 「鶴瓶の家族に乾杯」龍郷編 放送
西郷隆盛上陸の地から、番組でたづねた西郷南洲謫居跡 (さいごうなんしゅうたっきょせき)のある龍郷入り口までをノーカット。(そのあと、メモリーカードの異常のためカット 後日編集予定)
きのう18日(月)「鶴瓶の家族に乾杯」
あまり熱心に見なかったのでいまいち意味がうつらんかった。
が、ゲストの渡辺えりさんが、観光ガイドがしたいとか言っていたのは
なんとなくわかるような気がした。
沖縄観光から奄美大島をおとづれるお客さんは「沖縄(本島)より自然が身近」。本島で生まれ育った沖縄のお客さんも「奄美に来ると心が洗われる、沖縄がなくした何かがある。言葉や習慣が同じい」とかおっしゃる。
で、あまりにも知られていない奄美の歴史について学ぶ。
まずは、番組にあった西郷隆盛から
薩摩藩の下級士族の出身の西郷は通称吉兵衛 号を南洲
藩主斉彬(なりあきら)に取り立てられ江戸詰め。
将軍継嗣問題で慶喜擁立運動に東奔西走。
見聞を広め、政治に対する見識を深める。
1853年(嘉永6年)ペリー来航 浦賀 1854年日米和親条約(下田、函館2港開港) 1858年(安政5年)日米修好通商条約(ハリス)井伊直弼が無勅許で。治外法権を認め、関税自主権のない不平等条約。
井伊直弼大老就任とともに始る安政の大獄で
西郷は幕吏の追及をを受け僧月照とともに帰藩。
しかし寵愛を受けた斉彬はすでになく、
佐幕論に傾いていた薩摩藩からも追われ、
1858年月照とともに錦江湾(鹿児島湾大崎鼻沖)に身を投じ自殺を図るが、ひとり息をふきかえし助かる。
藩の勤王派による西郷助命嘆願運動が功を奏し、
斉彬の父君斉興(なりおき)の裁量により
名前を菊池源吾と変えて、奄美大島龍郷に潜居を命じられる。
この時、薩摩藩は、別の罪人の遺体を西郷の遺体に擬して幕吏の検視を受ける。
(なので「オンミツ」が奄美までやってくる心配はあまりなかったのではないか)
砂糖積船「福徳丸」に身をゆだねた西郷が龍郷村アザン崎に着いたのは安政6年(1859)正月12日、彼が33歳のとき。(名瀬市誌)
「福徳丸」は阿丹(アダン)やソテツ、ガジュマルなどの自然の防風林の中の松の木(西郷松 Saigo Pine)に艫綱を結んだ。
奄美大島を訪れたなら、ぜひ行っておきたい名所のひとつである。
↑ 番組に出た 赤尾木海岸 2 年前アップ(今ではも少しうまく編集できるけど(笑)
再生回数 46,680 回
大相撲5月(夏)場所 十日目
西十8 旭南海 7勝3敗○上手投げ●若荒雄6勝4敗 西十2
東幕6 蒼国来 3勝2敗 ○ 掬い投げ ● 2勝3敗 里山 東幕11
蒼国来 栄吉(そうこくらい1984年1月)
中国内モンゴル自治区出身
身長186cm、体重117kg。
最高位は東幕下2枚目(2007年11月場所)
立ち合いです。
里山、先につっかけ、まった。
二度目、踏み込みがない。
蒼国来、里山を中に入れてはいけない、という動き。
里山、いなしたが、効かず、
蒼国来は引いてしまい、
両者まわしが取れず土俵中央で
組み合うかっこう。
里山は、蒼国来の左を警戒しているのか、動かない。
蒼国来、上体を左右に揺らしながら、左の差し手を深くしようとする動き。
胸が合った瞬間、蒼国来はそのまま左から、持ちあげるような豪快な掬(すく)い投げ。
あざやかに決まる。
まわしを取らずに差し手を返し、相手のわきの下からすくうように投げること。
蒼国来は中国人力士としては1974年清乃華、以来2人目、内モンゴル出身者では史上初の関取をめざしている。
湯湾岳公園入り口 ソメイヨシノ 散る
↑ きのう18日、奄美と沖縄地方が梅雨入りした。
奄美は平年より8日遅く、去年より4日早い。
梅雨明けの平年値は、奄美が6/28 沖縄が6/25
↑ これは、世界的にもめずらしい梅雨のソメイヨシノの花と思う。ですが、めずらしがる人は多いわけではない(笑)
この木は、5/15日ごろ、去年より一ヶ月もおそく満開(開花のピーク)になった。
沖縄でも、ソメイヨシノの木は生育しているが、まだ開花の報告はないという。
ここ7合目にいたる、下の坂道の並木、数十本も、わずかながら、ほとんどの木で開花が認められた。
つれゞ草 上
第19段 折節 抜粋 全文このブログ
折節の移り変るこそ、ものごとにあはれなれ。
鳥の声などもことの外に春めきて、のどやかなる日影に、墻根(かきね)の草萌え出づるころより、やや春ふかく、霞(
かす)みわたりて、花もやうやうけしきだつほどこそあれ、折しも、雨・風うちつづきて、心あわたたしく散り過ぎぬ、青葉になりゆくまで、万(よろづ)に、ただ、心をのみぞ悩ます。
つれゞ草 下
第137段 花は盛りに 抜粋 全文このブログ
散りしをれたる庭などこそ、見どころ多けれ。
「この枝、かの枝、散りにけり。今は見所なし。」などは言ふめる。
よろづのことも、始め終はりこそをかしけれ。
・・・ということで、なほも観察つづく