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南方熊楠/柳田國男/折口信夫/宮本常一 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集14) 単行本 – 2015/4/12
図書館の海音寺文庫で見つけた。
折口信夫の「死者の書」を何かで知って、それだけを読むつもりだったが、やはり難解で、飛ばし読みになった。そのかわり、解説を読んで、やはり宮本常一を熟読した。
南方熊楠(みなかた・くまぐす)は、名はよく目にするが、今回もなじめない。
柳田國男の現実的かつ実証的な文章、もうなんだか、読んだ気になってしまっている。
折口信夫の誌的飛躍に富み、空想にもおよぶ方法、しかし、やはり難解だった。
それに対し、官学に属することなく(渋沢敬三の食客)全国を歩いた宮本常一。
山口県周防大島生まれということで何となく親近感もあり、『宮本常一離島論集』は
図書館の郷土コーナーにもあって、いくつか読んだ。齢のせいか、今回はじっくり読む気になった。
民俗学なのになぜ、この日本文学全集に? 「民俗学は文学のすぐ隣にある」柳田の現実的かつ実証的な文章、折口の誌的飛躍に富んだ方法よりう実は宮本の文章のほうがうまいのではないか。おもしろさに引き込まれた。
柳田にも折口にもなかった女性の側から社会を見るという視点も宮本の面白さの要因だろう。
柳田や折口のように堅い概念や、難しい漢字もほとんど使わない。
たとえば、炭坑で働くおかあさんが、権力をかさにきた役人に、荒くれたセリフで文句を言う。。「なんかキサマ。おまえは人間か・・・」略 引用文」。なにしろ生活がかかっている。方言もまじりとてもリアルだ。映画などでも見たことはあるが、こうして民俗学の本で読むと、いままでの歴史観までもひっくり返りそうな迫力を感じるものだ。
「出稼ぎと旅」では、農民は大地に縛り付けられているという思い込みが、少なくとも西日本では人はよく動いた。
共稼ぎ──生活の記録2では
夫婦船の老夫婦は石牟礼道子の『苦界浄土』に登場する夫婦に似ていて
p399夫婦共働きの世界はその生活は貧しくともそこには深い相互信頼があり、女が男の権力の前に屈してのみいるような風景は見られなかった。むしろ男は女に寄りそわれることによってどのような世界をも生きぬくことができたのが、日本の過去の民衆社会ではなかったのかと思っている。共働きの単一家族の世界においては男女同権は、けっして戦後にアメリカから与えられたものではなかった。p399
P470単に西欧の文化の影響のみで女の世界が今日のようになったのではないことは、こうした事実の累積のなかからもうかがわれてくる。P470 月小屋と娘宿
民俗学はもとより、社会学、人類学などの本当のおもしろさに気づかせてくれる。おんなや庶民はただ虐げられていただけでは、生きていけない。
ひるがえってわが奄美ではどうだったのだろうか。役人の横暴を西郷に助けてもらってだけいたのだろうか? 笠利鶴松の歌?に、おんなの機転と度胸で役人を追い返した話が伝わっている。
話がそれた。
宮本恒一で、とくに面白かったのは、「土佐源氏」。これは『忘れられた日本人』で読んだ記憶があったが、改めて読んでみて、その無類のおもしろさに、また驚いた。
「あんたはどこかな?はァ長州か、・・・
ときにあんたは何が商売じゃ
百姓といいなさるか、百姓じゃあるまい。ものいいがちがう。商売人じゃないのう。まァ百姓でもええわい。わしの話をききたいといいなさってもわしは何もしらんじゃ、何もなァ。・・・
あんたは女房はありなさるか。女房は大事にせにゃぁいけん。盲目になっても女房だけは 見捨てはせん」
いろりには火がチロチロもえていた。そのそばに八十をかなりこえた 小さい老人があぐらをかいてすわってる。いちじく形の頭をして、歯はもう一本もなくて頬はこけている。
やぶれた着物の縞もろくに見えないほどよごれている。
冒頭のこの部分だけで、もうぐいぐい引き込まれてしまう。
むかし極道で、ばくろうをしていていまは乞食のこの老人のおもに女にまつわる人生話がすこぶる面白い。
老人の体験そのものが面白いのか、その話方がおもしろいのか。
はたまた宮本の聞き出し方がうまいのか、それともその表現の工夫なのか。
上の文章からはほぼ初対面であることがわかるが、それでその後の老人の話を
聞き出した宮本の人徳も面白さの支えになっていて、おおげさにいうと民俗学の面白さや奥行きの深さまでも感じさせる。まだ読みたいのだが期限がせまった。
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宮本常一 生活の記録
ふだん着の婚礼──生活の記録1
共稼ぎ──生活の記録2
海女たち──生活の記録3
出稼ぎと旅──世活の記録4
見習い奉公──生活の記録5
女工たち──生活の記録6
行商──生活の記録7
人身売買──生活の記録8
月小屋と娘宿──生活の記録9
女の相続──生活の記録10
家出──生活の記録11
戦後の女性──生活の記録12
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amazon 登録情報
単行本: 544ページ
出版社: 河出書房新社 (2015/4/12)
amazon <内容紹介>
民衆の紐帯であり自然の宝庫でもある社(やしろ)の破壊に反対する、南方熊楠の画期的論考「神社合祀に関する意見」。
伊良湖岬の浜辺で目にした椰子の実から日本人の来し方を想起する、柳田國男「海上の道」。
後に中将姫と呼ばれる藤原南家の姫君と、非業の死を遂げた大津皇子の交感を軸に綴られる、折口信夫「死者の書」。
近代女性の生き様を活写する「海女たち」「出稼ぎと旅」「女工たち」ほか、宮本常一「生活の記録」。
神話、伝承、歴史、生活、自然など、日本のすべてを包摂する厖大な文業から、傑作29篇を精選。