カフェテラス

テラスの片隅で一人心に呟くように

石塀小路から庚申さんへ

2008年01月14日 | ☆ ふるさと・大和



 

10日戎で賑わう八坂神社のは、一応お参りだけして   


目指したのはここ、石塀小路

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石塀小路から八坂の塔へ
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3月の花灯路の頃に朧な燈籠の灯りの中を歩いた石塀小路を歩いてから帰ろうと思っていた。
表通りのような喧騒からは全くの別世界の小路を歩くと、好きな古都がここにあるように思う。
突き当たりに思わず目を見張った、庚申堂の境内の華やかな色彩が嬉しくて、お参りしてくる。
「欲が沢山ある」私はお猿さんを見るだけにした。
ここは初めてだったので、いつかまた「一つの欲」を我慢して、切なる願いをかなえてもらう時には訪れようかと・・・


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法然院

2008年01月13日 | △ 旅 あれこれ ドライブ



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法然院
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哲学の道をのんびり歩いていて目の入った、法然院への道しるべの、誘われるように歩いていった。
この辺りは、殆ど観光客らしき人はなく、寺院の幅広い石段を数人の人が掃き清めているのに出会っただけだった。

数奇屋風の茅葺の山門を入ると、両側には白い盛り砂の白砂壇があり、水を表す砂壇の間を通る事は、心身を清めて浄域に入ることを意味しているとのことである。
本当に静かな浄域という感じの寺院である。
庭園は拝観料が要らなくて、自由に庭園を鑑賞出来るのはあり難い。
白砂壇の模様は季節ごとに替わるそうで、今は何を表現しているのか暫く見とれながら考えた。

12月に行った寒牡丹のお寺石光寺にもこのような想観の沙というのがあった。
石光寺も、浄土宗のお寺で法然上人の教えを伝えている。


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狛さまざま 獅子 狐 鳶 猿 分からないものまで

2008年01月12日 | △ 旅 あれこれ ドライブ


 

大豊神社の最初の鳥居を護っているのは、狛犬でなくて狛獅子


 

参道で次に見かけたのは、これはなんだろう。
左側の狛さんは1本角を生やしている。
まさか狛雷ではあるまい。
睨みを利かせて威厳がある。



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狛さまざま
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本殿の御祭神は少彦名命 応神天皇 菅原道真である。
仰々しい構えでなく、ごく普通の村の鎮守様のようなお社が親しみを感じる。
しかし歴史は古く、創建は平安時代とのことである。
境内にあるお社が全てこのような簡素なつくりであるのがとても気に入った。

稲荷社は商売繁昌のお稲荷さん。
ここの鳥居に目が止まったのは「南禅寺 五右エ門茶屋奉納」と鳥居に書かれた文字だった。
4日の日には行けなかったが、南禅寺にお参りしたら、ここで湯豆腐を頂くのが楽しみにしているお馴染みの茶屋「五右エ門」さんが、商売繁盛祈願のために奉納した鳥居だったのだ。
ここは勿論狛狐、愛宕社と日吉社が、同じ社屋に祀られてるのも面白く、ここでの狛鳶、狛猿も、初めての出会いだった。
全てのお社におまいりして帰りがけに、お守りを求めるために入ったのもごく普通の社務所だ。
三宝に載っている数種のお守りの中から、赤い袋に白いねずみが刺繍してある小さいお守りを買った。
付いている金色の小判に「交通安全、開運、厄除け」とルーペで見れば書いてある。
信楽焼きの福ねずみの見送りで、大豊神社を後にした。


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逢いたくて ねずみさん 再びの京都

2008年01月11日 | △ 旅 あれこれ ドライブ


 

京都駅前に出て、1番に目に付いたのが、凛と背筋を伸ばして馬に乗った婦警さん二人だった。
なぜかパンダも愛嬌を振りまいている。
慌ててカメラをバックの中から出そうとした私に、「今日は110番の日です。宜しく」と言って、パンフレットとポケットティッシュを手渡された。
なるほど、昨日は1月10日、110番だ。
「交番便り特集号」と「自転車の罰則9項目」を書いたパンフだ。自転車の人は必読だと思う。

 

人だかりの間から見ると警察音楽隊の人達が演奏前のスタンバイ中だった。
聴きたいけれど、そうはしていられない。
4日に来た時のような行列もなく1番乗り場からバスに乗った。


 

銀閣寺方面行きの100系のバスに乗って宮ノ前町で下車し、親切な案内標識に従って歩く。
静かな通りで行き交う人も少ない。
目指すのは大豊神社である。


 

最初の鳥居をくぐって石畳の長い参道を行くと、二つ目の石の鳥居の向こうに赤い鳥居が見えてきた。
この辺りから参詣の人がやや増えてきた。


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逢いたかった大豊神社のねずみさん
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大豊神社の狛ねずみのことを知ったのは、4日に京都にいったときのバスの中だった。
混雑するバスの中で、ボランティアガイドの方が、名古屋から来たという女性のグループの人達に、この神社の事を親切に話していた。
この人達は青春切符で来て今日中に帰るとの事で、行こうかどうか迷っている様子だった。
その時私は、ゆっくり時間をとって一人で出直して来ようと決めてしまった。
子年生まれのこの子年に、それも1月が誕生月なので、今月中に是非お参りしたかった。
日は決めないで、朝起きてお天気がよかったら出かけようと思ったので、友人に声をかけるゆとりはなかった。

狛犬や、狛獅子、狛狐は見かけることもあるが、狛ねずみは初めてだった。
大黒社には、縁結び、学業、子授け、安産の願い事が書かれていたが、まずはここにご縁があったお礼を言い、健康を祈った。
そして「あなたに逢えてよかった」とつくづく長い間狛ねずみを眺めていた。

テレビ局の人がお参り風景の撮影をしていた。
どんな風に放映されるのか興味がある。

千住~草加
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元老 山県有朋の別荘 無鄰庵

2008年01月10日 | △ 旅 あれこれ ドライブ



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明治・大正の元老山県有朋の別荘 無鄰庵
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南禅寺辺りを散策しているうちに、「公開しています」という無鄰庵の前を通りかかった。
無鄰庵については何の知識も持たずに門をくぐった。
静かなたたずまいが気に入ったからというほかはなかった。
貰った説明書を見て、これはいい所に辿り付いたものだと、ゆっくり庭園を散策した。
広大な敷地の殆どが庭園である。
簡素な2階建ての母屋と茶室、重厚な洋室から、その庭園を眺めて、こよなく愛したという、明治、大正の元老山県有朋の別荘がこの無鄰庵なのだ。
無鄰庵HP
入口だけ最後の1枚写真に撮って来たが、この洋館の2階で明治36年4月21日に、元老 山形有朋、政友会 伊藤博文、総理大臣 桂太郎、外務大臣 小村寿太郎の4人によって、日露開戦直前のわが国の外交方針を決める会議が開かれている。いわゆる「無鄰庵会議」である。日本史で勉強したはずなのに・・・


無鄰庵を囲む板塀
こんな路地の一角に何気ない形で静かに存在する。

 日本橋~千住(今日から日光街道)
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