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   ある日のできごと、心の呟き、よしなしごとetc

小樽貴賓館・おたる水族館 (北海道の旅:その5)

2013年03月05日 | 
おたる水族館でペンギンのお散歩を見るのが大きな楽しみでしたが、その手前にある、貴賓館「旧青山邸」へ寄ることにしました。

おたる散策バスに乗車  
  
小樽貴賓館「旧青山別邸」    にしん御殿です

          

残念ながら、邸内では写真が撮れません  

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にしん御殿(旧青山別邸)建築費三十一万円、当時、新宿の有名デパートの建築費が五十万円ほどだったそうな。

祝津がにしん漁で湧いていた時代の、お金に糸目をつけず贅をつくした豪邸です。


小樽の初期経済は鰊漁によって基盤が築かれた、と言えるほどそれは重要な産業でした。 明治から大正にかけて北海道の西海岸(日本海側)の前浜一帯は、鰊の群来(くき)とともに、海は銀色に輝き、無数のカモメが飛び交い、漁師達は先を競って舟を漕ぎ出しました。
浜は水揚げで活気に満ち溢れていました。 小樽周辺には忍路(オショロ)、高島などの好漁場があり、漁師達は繁栄をきわめていました。
春先の2~3ヵ月の漁は「一起し千両」といわれ、その鰊漁だけで1年間の生活ができたということです。 旧青山家は、祝津の網元で小樽から留萌にかけて、いくつもの鰊漁場を経営し、1914年(大正3年)頃には1万石(7500t)以上もの水揚げがあったということです。 この数字は現在の価格に置き換えると約25億円になります。
このように鰊漁が小樽経済の基盤を築き、やがて「北のウォール街」と呼ばれるほど、多くの都市銀行や商社が軒を連ね、小樽の穀物相場はロンドンの相場に影響を与えるほどの力を持つようになりました。

http://www.otaru-kihinkan.jp/aoyama/index1.htmlより引用

にしん御殿(旧青山別邸)

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眼下に見える日本海    あそこで鰊がいっぱい獲れたんだなぁ





再びバスに乗って、おたる水族館へ。

おたる水族館の入り口から振り返ると見えた日本海  

ユムシ    私はちょっと苦手です

ゴマフアザラシの食事タイム  

モモイロペリカンの館内散歩  

ホテイウオ  

イトウ  

                 

ネズミイルカの丸飲みタイム  

カワウソ  

                    


セイウチのツララちゃん  

ツララちゃんの体重は370kg、キバの長さは5.5cm。シャボン玉を吹いてくれました。

オタリア  

バンドウイルカ  

ジャンプして、高いところにあるボールにタッチすることができました。

ペンギンのお散歩は一日2回  

ペンギンの登場をみんなが待ち受けます  



トコトコ歩く姿がとてもかわいい!!  



時々立ち止まってくれました  

かなり吹雪いていました  

おたる水族館で散歩するペンギンは、旭山動物園の散歩ペンギンとは種類が違うということがわかりました。

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