走行中の路線バス内で、高齢者が下車する停留所に近づいたので座席から立ち上がり出口に向ふと、運転士がすかさず車内マイクで、「停車するまで座ってゐることは出来ませんか?」と、苦情を申し立てた。
そして、「ただいま、高齢者の車内事故が大変に増えております」と續けた。
第一聲の云ひ方には驚いたが、しかし私は、さう云ひたくなる氣持ちはわかる。
こちらがいくら安全第一で運転してゐても、そちらが勝手に立ち上がってヒョコヒョコ動いた挙げ句に勝手に転倒して、しかし運転士側が「安全不注意」などと責めを負はされたのではやりきれん──
と云ふことだらう。
これなどは、「被害者だと云ってゐるのが實は一番の加害者」と云ふ真理の典型なのではないか。
私はちゃんと停車するまで着席してゐる。
どんなに急いでも、どうせ停車しなければ、扉は開かないのだから。
忘日、大丈夫だと斷ってゐるのに何度も座席を譲らうとする人に、その高齢女性はつひに堪へきれなくなって、
「だから結構(いい)と云ってるでしょ!」
──私も、席を譲られるのが嫌ひなジジイになるはずだ。