迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

在野歡觀。

2022-10-18 12:35:00 | 浮世見聞記



『「若い世代でやるのもよいですが、我々の世代と一緒に舞台に立つことも重要」。若手には伝統文化として歌舞伎を継承してほしいと望んでいる。 「その時代に合っていかなければいけませんが、世界遺産の歌舞伎が洋楽入ってやってたらね…。我々はまだ前の世代のにおいを残せている部分があると思いますので、まずは礎を身につけてから新しいことをやってほしい」と思いを明かした。』(日刊スポーツ 令和四年十月十七日付)──


十五代目片岡仁左衞門さんの、南座顔見世興行にあたっての記者會見における、直言。

よくぞ言ってくれた、と思ふ。

時代に即した新作モノをやるのは結構だが、それにしても近頃は演出が洋樂やら洋装に過ぎ、“歌舞伎劇”としての枠から逸脱しすぎてはゐないか──

しかも、宗家藤間流門下でいくらか踊りが出来る程度の、“古典”歌舞伎の芝居もロクに經験していない、つまり歌舞伎劇の基礎もロクに出来てゐない若手が、さうした奇妙な新作モノに大挙して出演し嬉々としてゐる姿など、在野から眺めてゐてさへも「こんなことで将来は大丈夫なのか……?」と、首を傾げる要素でしかない。


かつて、古典歌舞伎は木挽町(歌舞伎座)、それ以外の實験的な新作物は新橋演舞場、もしくは澁谷あたりの劇場と、新旧の棲み分けがはっきりしてゐた。

ところが、その澁谷あたりで上演してゐた輕演劇系の役者や演出家を取り込んだシロモノを、テント小屋を經て古典歌舞伎の殿堂“だった”歌舞伎座に持ち込まれるやうになってから、さうした境界線が曖昧になり、やがてすっかり崩壊して、現在に至ってゐる。

歌舞伎における新作劇とは、古劇の骨法をしっかりと呑み込んだ役者が演じるからこそ面白味が出るのであり、ただ“名門”の出と云ふだけの、事實上のぽっと出がそんなものをやったところで、基礎も無くただ雰囲氣と勢ひだけで誤魔化してゐるドサ回りの面々と、結局は大差ない。


もっとも、さうした若手の修行の場が、現在では年に一度の淺草正月興行のみしかないのも、氣の毒ではある。

だからと云って、高い入場料(カネ)をふんだくる木挽町の本興行で、たとへ端役であってもそこでお勉強會をやられたのでは迷惑だ。

大昔の二長町市村座や、「澁谷の海老さま」を生んだ東橫劇場のやうな具合にいかないまでも、毎夏の地方巡業や國立劇場の歌舞伎鑑賞教室などをさうした場に特化するべきで、特に歌舞伎鑑賞教室など客席の學生どもは居眠りばかりで誰も見てゐないのを幸ひ、人目を氣にせず大いに失敗して學べる絶好の機會のはずなのだが、現實には木挽町で役がつかない親世代たちの憂さ晴らしの場になってゐるのだから情けない。


古劇の基礎も出来てゐない若手が白粉をベタベタ塗って華美な衣装を着て、シナをつくったり目玉をひん剝くドサ回りな場當たり芝居をやったところで、結局はただそればかりで喜ぶその場限りなお客しか集まらず、私のやうな皮肉屋をムダに喜ばせるばかりで、役者もお客も共々育ちはしない。


しかし、仁左衞門さんのやうに危機感をはっきりと口にする重鎮がゐる限りは、まだ一縷の望みはある。

ところが、さうした松嶋屋のこゑを報道屋の殆どが黙殺してゐるところに、私は連中がどちらを向いて取材してゐるかを察し、まったくオメデタイと呆れる。













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